興奮しすぎてお腹痛い
なにはともあれ、みなさん香港に行くことがあったら、香港島の「益発大廈」という住宅と商店の複合ビルにぜひ行って見てほしい。
地名でいうとQuarry Bay、最寄り地下鉄駅はTai Kooだ。
Tai Koo駅を出て西を向いたら、声が出た。なんですか、あのやんわりと魅力的に湾曲したでかいビルは!
もともと胃腸が弱いぼくは、旅行に出かけるとほぼ必ずお腹を壊すのだが、このときは危なかった。エキサイトのあまり粗相寸前である。興奮の表現がびろうでもうしわけない。そういえばびろうとBelowは「下」という意味で奇しくも共通している。
ビルの「へ先」とでもいうべきこの部分、ちょう魅力的。湾曲したファサードから鋭角に道の角に入ってきて、角を丸めるというプレイ。風水が関係しているらしいが、もはや性的な魅力さえ漂う。建物を観ることはエクスタシーになりうるのである。きもいと思いかもしれませんが、しょうがないです。すごくすてき。まいった。
いま香港で最も抱かれたいビルNo.1である。ウェルカムな両翼の湾曲具合がセクシー。
細部(っていっても大きいですが)を見るとこれまためくるめいちゃう。じっと見てると何かが見えてきそう。キリストの顔とか。ああいうのってたいていキリストの顔ですよね。あるいはモナリザ。
写真を見ているだけでも当時のお腹の痛みが蘇ってきた。興奮のあまり全体的に妙なキャプションになってしまって申し訳ない。
で、屋上を見やると、そこがまたすごかった。
屋上の上になんか建っちゃってる。
わかるだろうか。屋上に「
山岡四郎の家」が盛大に建てられている。おそらくイリーガル。勝手に建てちゃったもの。
香港は歴史的にずーっと住宅不足でこのような屋上家屋ががんがん建てられている。もちろん厳密には違法だが、へたに取り締まると大量に住み場所が無くなる人がでてしまうので当局も黙認状態だという。
ここらへんのことは、僭越ながらぼくが日本語版解説を書かせていただいたすばらしい写真集『
香港ルーフトップ』に詳しいので、ご興味ある方はぜひ。
違法だが不動産市場に普通に出回り、水道や電気も引かれ、住民はちゃんと税金も払っているという。
いつかこの屋上建築を香港でめぐるのがぼくの夢です。
それにしても、屋上建築が3階建てぐらいになってる、というのはあまりにも大胆だ。だって、それってもはや「ビル」ではないか。屋上建築に屋上が出現するって、屋上建築の無限後退が起こりはしないか。
ぼくの胃腸がトランスフォーム
と、道路から外側見ているだけでも大興奮だったのに、ここで妻が言ったのです(こう見えてもこれ、妻とのふたり旅です)。「あー、ここの中、インスタとかでよく流れてくるあそこじゃない?」と。
で、中庭というか、棟と棟の間のスペースに入ってみた。
中庭に入ってみたら、写真撮ってる人がたくさん。みんな上を見上げてるからつられて見たら!
こんなですよ! かっこいい! でかした! 妻!
どうやらちょっとした観光地になっているようだった。あとで聞いたところ、トランスフォーマーのロケ地にもなったとか。
パノラマでぐいっと見渡すと、こんな。中庭自体は広くなくて、思いのほか居心地が良い。
前後180度見渡すと、こんな(全天球画像は→
こちら)。1階部分はいわゆる「団地商店街」。
カメラ持った人がたくさんいて、名所になってた。
妻、すごい。と思った。この人と結婚して本当に良かったとあらためて思った。むこうもそう思ってくれていることを願うばかりである。
まあ、これだけかっこいい場所だと、夜を待つよね。
で、陽が暮れるのを待って再び見上げた様子が冒頭でもお見せしたこれというわけ。
この「益発大廈」のかたちを地図で見ると、こんな。3本の翼が南北に延びていて、間に挟まれた空間が「中庭」。なので中庭は2つある。上の写真群は東の方。
こちらが西の中庭。ほとんど違いはないが、西(左)の建物の高さがちょっと低く、前出の中庭のほうがダイナミック。なのでこっちにはあまり「観光客」はいなかった。
崖に建ちがちな香港の団地
この光景についてだけでも語るべきことはたくさんあるのだが(バルコニーのカスタマイズ具合を
キエフの団地のそれと比較するとか)、ぼくが今回気になったのは、ここの敷地の地形である。
中庭の、道路と反対側の出口(南側)はがくっと下がっていて、急な階段になっている。ここでみんな記念撮影していたので、ぼくも撮ってみた。が、団地っ子たちのお気に入りの場所らしく、アー写風になりきれなかった。
このビルがどうして湾曲した形になっているかというと、地形に沿って引かれた道路に沿って建てられたからだ(おそらく)。
その結果、高低差がある場所に建っており、上の写真のように、敷地の一方は崖のようになっている。
さきほど「香港は慢性的に住宅不足」と書いたが、その原因のひとつは平らな場所が少ない点にある。
過日ロンドンで団地に泊まって大満足したものだが、今回香港でも団地に泊まった。ただし、現役ではなく、団地をリノベして宿泊施設にしている物件だが。
その建物もまた、崖に建っている。
ホテルの他、会議室、カフェ、そして団地博物館もあるという、団地マニアのぼくにとってパラダイスのような場所。香港ってすてき。
その団地博物館にあった展示より(以下同様)。写真はリノベ前の状態。
かつての団地時代の姿の再現模型。建設前、ここで香港史に残る大火があり、もともとの住宅難とあいまって大量の住む場所が無い人が発生。その解決策としてつくられたのだという。なるほど。
この模型でも分かるが、背後に崖が迫っている。
香港で最初の近代的団地だったという。それにしてもこうして当時の写真を見ると、日本の団地の風景と何ら変わるところがない。
けっこう見学している人がたくさんいる。わかる。楽しいよね、団地博物館。
これがぼくが今回泊まった部屋。ダブルの部屋として十分な広さ。快適。
ただ、当時はこのダブルルームになんと6人の家族が暮らしていたという!
再現された展示と、宿泊ルームが当時の間取りのままなので、すごく実感できる。
当時のキッチンの再現。なんで部屋の再現ってこんなにわくわくするんでしょうか。
80年代に撮られた写真も展示されてた。右は室内での婚礼の様子。
今はこんなふうに良い感じのカフェも入っている。お勧めです。そして注目いただきたいのは背後の崖。
あまりに気に入っている施設なので、思わず展示解説をしてしまったが、とにかくここもまた地形がダイナミックな場所である、ということを言いたいのです。
市内を歩いていると、いろいろなところでダイナミックな崖が顔をのぞかせる。それが香港という街。
キュートな崖団地のエレベーター
最初の「益発大廈」の中庭の写真は良かったのに、すっかり「団地と崖」っていう地味な話になっちゃって恐縮です。
恐縮ですが続けます。
さて、Shau Kei Wan 駅そばに「明華大廈」という団地がある。場所は
ここ。
この団地がまたすごくわかいくて、楽しくて、そして崖なのだ。
団地「明華大廈」の棟のひとつ。もうなんというか、このカラーリング、そして上に向かってテーパーがかかって広がったこの造形(階段室だった)。キュートきわまりない。ふたたび興奮のあまりBelowである。ちょうかわいい。
そして、ご覧のように、棟が崖に対して垂直に建っているので、ファサードに沿って行くとどんどん下る。
逆から見たところ。棟の向こう側の1階はこっちの4階。
ぼくがすごく面白いと思ったのは、この団地敷地へのアプローチ方法だ。
駅から行くと、とあるビルが建っていて、そこのエレベーターが 団地への入口になっているのだ。
画面右の建物。道路に面してエレベーターがあるのがわかる。一見、このビルのためのものに見えるが…
乗ってあがってみると、そこから渡り廊下が延びていて、崖の上の団地敷地につながっている。
どうやら、団地敷地にたどり着くために坂を登るのがたいへんなので、エレベーター用のビルを建てた、という風情なのだ。
つまり、団地の棟のためのエレベーターじゃなくて、敷地のためのエレベーター。これはちょっとおもしろいな、と思った。
それにしても、崖。
なぜ崖の法面を緑に塗った。嫌いじゃないけど。
崖に建つ棟のひとつ、1階部分がピロティになっていて、なにやらおじいちゃんたちが集っている。
見てみたら、そなえつけの盤面が。中国象棋というやつだろうか。
ほかの棟では卓球台が備え付けられてた。楽しそう。いいな、備え付け文化。
どうやらこの団地、卓球がすごく盛んみたいで、他のいたるところに台が置かれていて、大勢の人がプレイしていた。
上の写真の左の階段の脇を見ると、屋上児童公園がある、と書いてあった。なるほど、崖地なので平らな公園は屋上に設置してあるのか。
あがってみたら、すてきな団地ビューの公園。ただ、子どもが遊んでいる様子はなかった。
そのかわり、東南アジア系の女性たちがあつまって寛いでいた。
屋根のある一画では、昼寝をしている方も。どうやらここはもはや彼女たちの憩いの場のようだ。
どうも彼女たちは、いわゆるナニー(ベビーシッター)さん・アマ(お手伝いさん)さんのようだった。きけばフィリピン系の「お手伝い移民」が香港にはとても多いのだそう。
おそらく、この団地で雇われている彼女たちが集まる場所としてこの公園は機能しているようだろう。香港ではお手伝いさんを雇う場合、専用の部屋が用意されていないといけないといけないらしい。が、団地内ではほとんどろくなスペースはないだろう。そこでこういう場所に集まるのだと予想する(詳しい方がいらっしゃったら教えてください)。
などと思っていたら、ひとりの女性にみんながかわるがわるハグしだした。そしてみんな泣いている。別れを惜しんでいるようだ。彼女、国へ帰るのだろうか。
図らずも、彼女たちにとって大事な場面に居合わせてしまった。不思議な気持ちになった。
17階の外壁に張り付く「公共通路」!
すっかり何の話だか分からない感じになってしまったが、この「崖ゆえ、エレベーターで敷地にあがっていく」でいうと、その究極の例が「裕興楼」という団地だ。地下鉄の終点Chai Wan駅のそばにある。
これが問題の団地「裕興楼」。注目いただきたいのは、棟の中程やや上に、一本だけ横に走っている通路。
近づいて見ると、こんな。団地外壁に張り付いた通路。
写真でなんとなく分かると思うが、ここもまた地形がダイナミックな場所。というか、もはや山だ。
で、この通路は何かというと「共用通路」なのだ。あまりに高低差が激しいので、棟のエレベーターを、山の上の方に行く人みんなで利用する仕組みになっている。
実際登って説明しよう。
まず道路に面してエレベーターがある。バス停もすぐ前にある。
どんどん人が乗り降りする。棟の住民以外の方々も乗っているようだ。行き先のボタンは、くだんの通路がある17階のみ。
エレベーターを降りると、こんな。先に見えるのがその通路。
「公共通路」的に人が行き交う。街灯も付いている! (それにしてもこの洗濯物の干しっぷり、いい)
通路から見渡したところ。左の階数がカラフルに書いてある建物かわいい。
別途行ってみたら下が工場、上が団地という垂涎のビルだった。入りたい。どうやらこのエリアは工業の街のようだった。
通路の下は、こんな。17階の「公共通路」が団地住民のアクセスとは完全に分離された「外」なのがわかる。
17階の通路を抜けて敷地に入ると、そこに高層団地がどーんと建っている。高い斜面に高い建物。
そして敷地にはデッキが走っている。もはや「何階」という概念が役に立たない。
デッキから下はずっと斜面。
建物の足元を見ると「岩盤」と呼びたくなる荒々しい岩が顔をのぞかせる。
ディズニーランドにある演出の張りぼてのようだが、リアル岩だ。そのいかにもかたそうな質感に「ここ造成するのすごくたいへんだったんだろうなー」と思う。
こちらも「公共通路」。それにしても洗濯物がやっぱり大胆。
山から吹き下ろす風でよく乾きそうだ。
ぼくのおどろきと興奮がうまく伝わっているといいのだが。
エレベーターって、ふつうはビルための設備だが、ここ香港ではしばしば「公共交通機関」的なものになっているというわけだ。それもこれも平らな場所が少ないから。
つまり、ここでは街全体がひとつの建物なんだな。
次は団地の中に入りたい
何回行っても楽しいな、香港の団地。次回はなんとかして現役の団地室内を見てみたい。あと屋上も。
上は2014年に
雨傘革命を見に行ったときの様子。下は今回赴いた同じ場所。まるでなにごともなかったかのような風景に、何とも言えないふしぎな気持ちになった。