シャイニング顔ハメとは
映画の後半にジャックニコルソンが斧で洗面室の扉をぶちやぶり、そのスキマから顔を出して嫁さんを脅すシーンがある。映画シャイニングのポスターなどでもお馴染みのあのシーンだ。今回のシャイニング顔ハメは、あれをどこでも誰でも再現出来ることを目的としている。
作り方は簡単。
1.要らない扉を用意する。
2.斧で穴をあける。
たった2工程でシャイニング顔ハメの完成だ。最初はそんな風に簡単に考えていたが、実際やってみるとこれが簡単ではなかった。
扉を探す旅
まずは扉が必要だ。ホームセンターなどで扉を購入するのが一番早いと思ったが、ふと、実家のリフォームを思い出した。
最近、実家のお風呂とトイレをリフォームしたのだが、その際、トイレの扉を新しくするとプラス6万円かかると言われたらしく、母が悩んでいた。6万円は高いから今のままでいいだろう、と僕が説得した経緯があって「扉は高い」という認識が僕の中にある。
廃材を取り扱う業者に電話で問い合わせてみた。
「要らない扉を譲ってもらえないでしょうか?」
廃材屋さん曰く、確かに扉は流れてくるけどそれを譲ることは法律上無理とのことだった。廃材をリサイクルして売っているお店から購入するのが良いのでは? と提案されたが、廃材のリサイクルショップで取り扱う扉は、通常の扉よりも高価なことが多い。
早速、暗礁に乗り上げたシャイニング顔ハメプロジェクト。
どうしたものか、林さんに相談すると、
「Twitterで呼びかけてみたらどうでしょう?」
とアドバイスをいただいた。
Twitterですよ!と林さんからのアドバイス(画像はイメージ)
Twitterで扉が集まります?
と内心疑いながら扉を探している旨をつぶやいてみた。すると、沢山の方からリツイートされて「要らない扉を探しています」というつぶやきが拡散されていった。結果、2人の方から「要らない扉あります」という返信をいただいた。Twitter凄い。Twitterで募集したら小さい家一軒くらい建っちゃうんじゃないだろうか。
ラーメン屋さんに扉が
最初の扉情報は、江古田のラーメン屋さんからだった。休憩室で使っていた扉が要らなくなったのでどうですか? とのことである。是非、見せて欲しいと返信して、翌日、ラーメン屋さんに伺う約束をさせていただいた。
扉の写真を送ってもらってから判断、という方法もあったのだが、そのラーメン屋さんが「横浜家系ラーメン」のお店だったことに惹かれてしまった。
横浜家系ラーメン。横浜生まれ川崎育ちの僕にとって、それは青春の味である。最近、横浜家系ラーメンのお店が増えてはいるが、あの頃食べた青春の味とはだいぶ違う。今回メッセージをくれたラーメン屋さんはどうだろうか?
江古田の五十三家(いそみや)さん
メニューからしておいしそうだ!
メッセージをくれた店主さん
店構え、メニューの感じ、店主さん。どれをとってもいい感じである。しばらく出会えなかった青春の味を、ここでなら味わえるかもしれない。
扉の件は置いといて、早速ラーメンをいただくことにした。
らーめん(並)を頼む。
安い値段設定が嬉しい
ラーメンが出来るまでの間、厨房を観察した。そこには大きな寸胴が3つ置いてある。きちんとスープを仕込んでいる証拠だ。寸胴が置いてないラーメン屋は信用するな、とラーメンの番組で観たことがあるから間違いない。
これが横浜家系ラーメンだ!(トッピングはおまけしてくれました)
出来上がったラーメンを眺め、まずレンゲですくったスープを一口飲んでみる。するとどうだろう。高校時代の記憶が一気に蘇ってきた。
当時通っていた「自慢亭」というラーメン屋さんの味。そこには「金欠ラーメン」というメニューがあって、お金のない高校生たちは半額で食べることが出来た。ある日、友人が金欠ラーメンの会計に1万円札を出してしまい、店主がほろ苦い表情を浮かべていたことが昨日のことのように思い出される。
そう、家系ラーメンはこの味でないと!
店主さんにこの感動を伝えたかったのだが、うまい言葉が見つからず、
「どうもご馳走さまでした。また、食べに来ます」
とだけ伝えた。
江古田まで来た甲斐があったというものだ。ありがとうございました。必ずまた来ます。
いや、違う。扉だ。
僕はここに、扉を見に来たのだった。ラーメンの味で郷愁に浸っている場合ではない。
要らなくなった扉はお店の裏に置いてあるらしい。
お店の裏に扉が
要らない扉
そこには随分と立派な扉が置いてあった。高さにして2メートル以上、アコーディオン式の木製扉である。試しに持ってみたらずしりと重いし、叩いてみるとかなり固い。持って帰るのが大変そうだ。この重厚な板に穴をあける方法も分からない。
とりあえず、一旦検討させていただくことにしてこの日は江古田を後にした。
Twitterに寄せられた、もう1件の情報を確認してから判断しよう。
斧はどうする?
扉の手配と並行して、扉の加工方法についても検討を進めていた。冒頭でお伝えした工程の2番目「斧で穴をあける」だ。
斧さえあれば簡単に出来ると思ったのだが、僕の家に斧はない。友人にも聞いてみたが、斧を持ってる人は誰もいなかった。またTwitterで「斧を貸してもらえませんか?」とつぶやく、という方法も考えたが、そのつぶやきは常軌を逸してる感じがする。どうしたものか。
そんな中、別の仕事でご一緒していた岩沢さんに斧について相談してみた。岩沢さんは映像配信のプロで、配信仕事の際には手伝ってもらっている。
仕事仲間の岩沢さん
「岩沢さんは斧持ってますか?」
残念ながら岩沢さんも斧は持っていなかったが、お兄さんが空間デザイナーなので、頼めば斧がなくても扉に穴をあけることは可能だと言ってくれた。
やった。これで斧がなくても扉に穴をあけることが出来る。岩沢さんと扉に穴をあける日の約束をした。
あとは、扉だ。
親切な親子の助け船
もう1件の扉情報は、目黒区に在住のぼんどがーるさんという女性からだった。目黒区だったら僕の自宅からも近いので都合が良い。しかも、浅草にある岩沢さんのアトリエまで扉を車で届けてもいいと言ってくれている。まさに渡りに船である。
岩沢さんとの約束の日に、目黒区にあるぼんどがーるさんの職場の駐車場で待ち合わせた。
駐車場に行くと車が停めてあって、扉は既に積まれていた。積まれている扉のサイズ感もちょうどいい。
連絡をくれたぼんどがーるさん
連絡をくれたぼんどがーるさんは後部座席に座った。
車を運転してくれるのはぼんどがーるさんの娘さんなのだ。
運転は娘さんがご担当
シャイニングの顔ハメをつくるために、親子で協力してくれている。僕は助手席に座って、とにかく恐縮するしか術がない。
しかし、途中で「何でわたしたちはこんなことをしているのか?」と気付いてしまったら大変だ。
そうならないために、僕はシャイニングの面白さをプレゼンすることに努めた。シャイニングとアポロ計画の関係性、いくつも仕込まれたサブリミナル効果について、逆再生すると見えてくるもの。すべて「ルーム237」 で最近得たばかりの知識である。それらを都市伝説風に伝えることで、お二人の興味を引くことに成功したと思う。
終始なごやかな雰囲気のまま、僕と扉を乗せた車は浅草へと向かった。
岩沢兄弟のアトリエにて
ぼんどがーるさん親子の協力のもと、扉が岩沢兄弟のアトリエに到着した。
扉到着
岩沢兄弟のアトリエに置かれた扉
食事中だったお兄さんと初対面の挨拶をして、早速扉を見てもらう。
食事中の岩沢さん(兄)
シャイニングを確認してくれている岩沢さん(弟)
お兄さんのプランでは、
1.扉の表面をヤスリがけする
2.扉にドリルで穴をあける
3.ペンキで白く塗る
という3工程でシャイニングの顔ハメが出来るとのことだった。
色々な工具が登場する
作業はアトリエの外でやる予定だったのだが、この日はあいにくの雨。
雨が止むのをしばらく待つことになった。
雨の間に
待っている間、お兄さんから、
「顔ハメのオプションとして、小道具の斧を作りましょう」
と提案があった。
確かに、あの壊れた扉と斧がセットであると説得力が増す。でも、小道具の斧なんて簡単に作れるものなのだろうか?
そんな僕の心配をよそに、岩沢兄弟は作業を進めていく。
斧の形をスケッチ
段ボールで形を形成
あっという間に斧の原型が完成
アルミホイルで斧の質感を再現
シャイニングの斧、完成
斧は出来たが、まだ雨はあがっていない。
すると再びお兄さんから提案があった。
「この近所にインターナショナルスクールがあるから、そこに双子の姉妹がいるかもしれない」
確かに、シャイニングといえば双子の姉妹も欠かせない要素ではある。
「急にお願いして協力してくれますかね」
と、お兄さんの提案に乗りかけて、ふと気付いた。
僕は映画「シャイニング」のリメイクに挑戦している訳ではない。シャイニングの顔ハメを作りたいだけなのだ。
インターナショナルスクールで双子の姉妹を探す件は、丁重にお断りした。斧を作った手際の良さからすると、本当に双子の姉妹を連れて来てしまいそうな勢いがある。
雨あがる
斧が完成してからしばらく経って雨が上がり扉を外に持ち出した。
ここからお兄さんの指導のもと、扉に穴をあけていく。
ヤスリがけのマシンの説明を受ける
ヤスリがけマシンで扉の表面を削っていく
ドリルで
小さい穴をあけて
その穴を
つなげていく
ヤスリがけマシンとドリル、2つのマシンを使ったことで僕の手首が悲鳴を上げた。かなりのパワーだったので、軽く筋を痛めてしまったのだ。
手首を痛めたから補助的な役割で
最終的にお兄さんに仕上げていただき、こういう穴があいた。
兄の開けた穴から顔を覗かす弟
念願のニコルソン・ビュー
これで2工程目まで完成だ。
あとは劇中の扉に似せるため、白いペンキを塗っていく。
ヤスリがけした扉にペンキを塗る
扇風機を導入してペンキを乾かす
強力な扇風機のおかげで、ペンキはすぐに乾いた。
乾いた扉をアトリエの中に運び、仕上げにもう一度ペンキを塗っていく。
仕上げ塗装
こうして、念願だったシャイニングの顔ハメが完成した。
この穴から顔を出す仕様
ずっとこれが作りたかったのだ。
扉の情報をくれた五十三家さん、実際に扉を提供してくれたぼんどがーるさん、そして扉に穴をあけてくれた岩沢兄弟。みんなのお陰で、シャイニング顔ハメが実現した。
とても満足なのだが、一点だけ、残念なポイントがある。
引き戸
扉が引き戸なのだ。
ジャックニコルソンが斧で壊した扉は引き戸ではない。
しかし、どうだろう。こうして出来上がった扉を見ればそんなことは大きな問題ではない。この穴から顔を出せれば、誰が何と言おうとシャイニングなのだ。
そして、出来上がった顔ハメから、是非顔を出してもらいたい人物がいる。
ジャック役はあの人しかいない
僕の周りで一番ジャックニコルソンっぽい人。それは、林さんだ。ジャックニコルソンっぽいということは、この顔ハメが似合うということだ。
是非、この穴から顔を出してもらいたい。
ジャックニコルソンっぽい人物
林さんに顔ハメをしてもらうため、岩沢兄弟のアトリエに来てもらった。
「絶対似合うと思うんですよ」
と林さんに伝えると、林さんも乗ってくれた。スマホでシャイニングのあのシーンを検索し、ジャックニコルソンの顔を真似ようとしてくれている。
ジャックの顔を真似る林さん
どんな顔に仕上がっているのか? ちょっとこっちを向いてもらった。
ハヤシ・ニコルソン
こっちを向いた瞬間、思わず笑ってしまったら林さんの顔が一気に曇った。
「似合うっていうから…」
林さんが心を閉ざしてしまう前に、早く顔ハメをしてもらわなければ!
遠くから忍び寄る
ハヤシ
ニコルソン
「Here's Johnny」(劇中のジャックニコルソンの台詞)
とてもいい。
やっぱり林さんはこの顔ハメが似合う。
引き続き、あのシーンを再現してもらった。
隠れる嫁さん(岩沢さん)を脅かす旦那(林さん)
引くとこうなってる
近所の人が警察に通報したらどうしよう。
そんなことを考えながら、僕はカメラのシャッターを押していた。
せっかく作ったシャイニング顔ハメなので、どこかに展示して色んな人たちに顔ハメをしてもらいたい。でも、展示スペースのあてがない。どなたか、シャイニング顔ハメを置いてもいいよ、という方がいらっしゃいましたら編集部までご一報ください。
制作協力:バッタ☆ネイション(
www.battanation.com)