日本語は面白い
何を基準に置くかで、使う言葉が変わってくる。今回の耶馬溪もそれだ。もちろん調べればわかるけれど、実際に行って、こういうことか、と感じるのがいい。自然を感じるのではない。日本語を感じるのだ。あまり日本語を感じることはないので、いい旅だった。ちなみに「大分には、トトロはいるし、炭酸水は湧いているし、コーヒーは美味しいし」で大分に行った時に撮影した。大分いいですな!
耶馬溪という大分を代表する名勝がある。山国川の上流と中流あたりの渓谷で、日本新三景にも選定された観光地だ。耶馬溪と書いて「やばけい」と読む。古くは修行の場にもなり、多くの文化人も訪れた。
耶馬溪はいくつかのエリアに分かれている。「本耶馬溪」「奥耶馬溪」「深耶馬溪」だ。本当は裏耶馬溪などもあるが、今回は「本」「奥」「深」に絞り、一番山深い場所はどれなのかを感じたいと思う。
言葉というものは難しい。小ライス大盛りは普通ライスと比べると、どちらが多いのだろうか。また下校中の小学生が「下半身の上半身が痛い」と友達と話していた。下半身の上半身とは、膝上みたいなことだろうか。
では、「本」「奥」「深」はどれが一番山深いのだろうか。たとえば、基本を山深い場所とした場合、「本耶馬溪」が一番山深いとも考えられ、「奥」と「深」の差は判断に困る。基本を街中とすれば、「本耶馬溪」よりは、「奥」や「深」が山深いと考えられる。
「まだここは奥や深だ。本に行かなければ伝説の剣は手に入らない」とRPGゲームでセリフがあるとすれば、本が一番山深い可能性がある。木々が生い茂る中に岩に刺さった剣があるのだ。街中にはなさそうだから、山深いはず。
逆に「ここはまだ本なんです。まだまだ続きがあり、奥や深と探検は続きます」となれば、本が一番都会で、奥や深が山深いだろう。問題は奥と深の判断。どっちが山深いのだろう。山深いとう言い方もあるし、山奥という言い方もある。判断に困るのだ。
まずは「本耶馬溪」を訪れた。青の洞門やオランダ橋がある観光としても人気のエリアだ。青の洞門と聞くと、青の洞窟と勘違いして、ポロネーゼ、アラビアータ、ジェノベーゼなど美味しそうなパスタが頭の奥の深いところでチラつくけれど、洞窟ではない。洞門だ。
俗世を捨てた僧が半生をかけて掘ったトンネルだ。このトンネルが掘られる前は、水難事故が多発する小道しかなかったそうだ。30年ほどの年月をかけて、1764年に貫通する。日本最初の有料道路とも言われている。今は無料だけどね。
1923年に竣工したオランダ橋。日本で唯一の8連石造アーチ橋で、日本最長の石造アーチ橋だそうだ。橋の下には山国川が流れている。8連石造アーチ橋ということからもわかるが、川幅が広いのだ。つまり中流域と言える。
一般に、川は上流より中流、中流より下流と川幅が広がり、上流が山深いことが多い。つまり、この後に行く「奥耶馬溪」や「深耶馬溪」でも川幅で山深さを判断できるわけだ。もちろんそれだけではなく、広く写真を撮るとなんとなくわかる。
確かに木々が茂っているところはあるけれど、空が広い気がする。そこまで山ではない、という感想を持った。ということは、この後に行く「奥」や「深」の方が山深いのではないだろうか。
奥田さん、深田さん、本田さんでは誰が一番山深い? と聞かれたら困る。苗字だから、山深いとかないからだ。しかし、地名だから、そこには理由があるはずだ。今回のパターンは地形的なことから命名されたと思うのだ。
街の作りが素朴な感じがした。本耶馬溪よりも素朴で、わかりやすく本耶馬溪より奥耶馬溪が山深い。本より奥が山深いのだ。ということで、この時点で本耶馬溪より、深耶馬溪の方が山深いと確定した。
上記は「猿飛千壺峡」というもので、大小様々な甌穴が約2キロに渡り、峡底に広がっているそうだ。山猿が昔は飛び回っていたのでそのような名前がついたらしい。そして、ここからしばらく歩くと「魔林峡」もある。マリンと読める。
山の中に「マリン」があると喜んで向かったら、「まばやし」だった。魔物が吠えているような音を立てて激しく水が流れるので「魔林峡」と呼ばれるようになったという説がある。とりあえず「マリン」は関係ないようだ。
一旦、まとめよう。本耶馬溪より、奥耶馬溪が山深い。順当と言えば順当だ。そして、いよいよ最後の「深耶馬溪」。本より奥の方が深いとわかったけれど、奥と深ではどちらなのだろう。
空が狭い。木々が押し迫って来る感じがする。標高が高い気もする。実際にも高く、わかりやすく「山深いところに来たな」という感じ。いや、まだ深耶馬溪が一番山深いと言うのは早い。川幅を見よう。
わかりやすく狭かった。とても狭かった。ゴールデンレトリバーが4頭並んで歩いたらギュウギュウになるような幅だ。象なら1頭だろう。2頭は無理だ。ただハムスターなら80匹くらいはいける。そんな気がする。
これで答えが出た。「本」「奥」「深」では、「本」より「奥」が山であり、「奥」より「深」が山ということだ。わかりにくく書くと、奥は本より山ではあり、本は深より山ではなく、奥より深が山であり、奥より本は山ではない、ということだ。
何を基準に置くかで、使う言葉が変わってくる。今回の耶馬溪もそれだ。もちろん調べればわかるけれど、実際に行って、こういうことか、と感じるのがいい。自然を感じるのではない。日本語を感じるのだ。あまり日本語を感じることはないので、いい旅だった。ちなみに「大分には、トトロはいるし、炭酸水は湧いているし、コーヒーは美味しいし」で大分に行った時に撮影した。大分いいですな!
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