大人の世界では見られない字
撮影が終わって、ありがとうございました。あー、おもしろかったと散会するころ、ウェブマスター林が「先生の字は居酒屋のメニューにはない字ですよね」といってまさにそれだなと思った。
小学校に息づく文字なのだ。大人の生きるどこにもない字。
もし私が習得してあちこちに書いたらそこが小学校っぽくなるんだろうか。
いや、日々子どもに教える環境がなければ書けるようにはならない字なんだろうな。
小学校の、とくに低学年の先生の字はとてもきれいだ。
書道で追及される芸術性の高い文字とは違うし、行書的な大人の達筆とも違う、独特の「先生らしさ」がある。
自分の子どもが小学校に通いだして学校公開(授業参観)などで先生の板書にふれる機会がふえ、その書体がいまも私の小学生のころの先生の字とほとんど変わっていないことに驚いた。
つまり先生のあいだであの書体は脈々と受け継がれているということだ。
疑問に答えていただくべく、現役の小学校の先生を探したところ協力してくださる方がみつかった。
都内の区立小で教職についているミー先生だ。職歴は18年。ここ数年は中学年(3、4年)を教えているとのことだが低学年(1、2年)ばかりを集中して担当していた時期もあったそう。ぴったりの人材である。
若手のころは「楽しいから」宿泊学習などにも自ら立候補して同行していたそうで、シンプルに子どもが好きなんだろうという、いかにも自分が小学生だったときこの先生だったらな~~~~! という雰囲気の方である。
古賀
先生の字って独特だなと思ってまして。学校でしか見ない美しさだなと。
ミー先生
いわれて自分でも書いてみたんです。
林
あ、これは先生の字だ(ウェブマスターの林が撮影で同行しております)。
ミー先生
「オレ」って書いてある一番上の文字が学校の指導で書くときの自分の文字です。
古賀
2段目が一般的な楷書(一点、一画をつなげずに正確に書く書き方)ですね。
ミー先生
板書するときはゆっくり書けないのでどうしても早く書く文字になっちゃうんですよね。楷書体とも違ってきちゃうなと思います。
古賀
先生が字を教えるときに見るお手本みたいなものってあるんですか?
ミー先生
はい。1年生の国語の教科書です。
古賀
あー!
ミー先生
そうなんです。普段板書するときはもう少し略して書きますが、1年生に文字を教えるのは完全にあれです。
ミー先生
だから多分古賀さんがおっしゃってる先生フォントというのはあの、教科書のお手本の文字のことだと思います。
古賀
うわ、そうかー。言われてみればめちゃめちゃ普通のアンサーだ……。記事、終わりました……!
ミー先生
教科書のお手本は大人が大人に教える字とはちょっと違いますよね。
教科書だと「え」や「う」の点がはねているのをあまり見かけませんね。大人に楷書を教える本だとはねる本もあるんじゃないかな。
ミー先生
「え」や「う」は難しくて。子どもに書かせると斜めのところがうまくいかないんですよね。ここをはねさせようとすると指導もむつかしくなると思います。
古賀
やっぱり最初は子ども用の教科書を見て練習するんですか?
ミー先生
子どもに配る教科書やドリルに先生用のものがあるんです。新人時代は見て前日に練習したりしましたね。1の部屋からはじまって、3の部屋に……とか。
古賀
部屋?
ミー先生
マスを4つに分けて運筆を指導するんですよ。
古賀
あー! マス目!
古賀
大人の文字は成熟するほどに文字がつながっていくイメージがあります。
楷書から行書(線を続けて書く文字)に行く感じ。小学校の先生はそこを脈々とお手本通りに書くんですね。仕事中ずっと。
林
小学校の先生はつないで書いちゃいけないんですか。板書するときの文字のルールって決まってるんでしょうか。
ミー先生
特に決まりはないんですよ。
板書でも「お」なんかは1画目と2画目がうっかりつながっちゃったりしてますね。「す」も、さっと書くとつながっちゃいます。書き順で自然なのでそこは良いかなと思ってます。
行書みたいに文字をつなげて書くというのはさすがにやりません。子どもが読めないですよね(笑)。
古賀
大人でもおばあちゃんからの手紙とか達筆すぎて読めないってことありますもんね。
林
「そ」はつなぐのとつながないのどっちが先生的には正しいんですか?
ミー先生
1年生のひらがなの授業では点で書かないように指導しますね。
点で書くのも字の成り立ちを考えれば間違いではないんですよ。自分もそう書く時もあります。
ただ、はじめて1年生持ったときは点で書いて先輩に言われましたね(笑)。
林
点のほうがくずした書体ってことですか?
ミー先生
書体としてはどちらもくずした書体ではあるんですよね。もともと「曽」をくずした字なので。
ミー先生
だからつながっていても点でも成り立ちとしては間違いではないんです。
ただやっぱり小学校1年生くらい小さいと同じ文字に選択肢があると混乱してしまうんですよね。2種類あると。なので一つに決めて、つなげた方で教えます。
古賀
ああ、子どものころ印刷された文字は「さ」がつながってるのに書き文字はつながってないことが普通だから混乱した記憶あるなー!
ミー先生
教科書の書体は「さ」は離れてますよ。
古賀
先生の字は独特のダイナミックさみたいなものがあるような気がするんです。
ミー先生
若干誇張するからかもしれないですね。子どもが真似したときにきれいに書けるように。
「よ」とか「ま」の結び(丸くする部分)を子どもはまん丸く書きがちなんですよね。なので楕円だよ、と伝えるように誇張するとか。
林
丸くするところを真ん丸にするとヤンキーの年賀状みたいになりますね。
古賀
同じ職業の先生と見合ってあの人うまいな、とかありますか?
ミー先生
正直ありますね! 自分は入ったときに先輩しかいないような状況だったのでみんなうまいなと思いました。あとは低学年の経験が長い人はやっぱりうまいです。
職場や地域の雰囲気的にも字に力を入れているかどうかは違うんです。そういうのも影響してくると思います
自分は低学年をやって確実にうまくなりましたね。昔は直線的な悪字だったんです。ザ・雑!な
古賀
じゃあもう仕事しながら上手くなったんですね。
ミー先生
学年が上がってくると、彼らだんだん書いているうちに雑になってきちゃうんですよね
で、そのときにここだけはきれいに書こうなとか、人に見せる文章だからしっかり書こうなとか、そういう感じでポイントを伝えているうちに自分もどんどん上手くなっていきました。
古賀
1年生に伝えるポイントってどういうところですか?
ミー先生
さっき話に出たむすびの形がそうですし、行儀の悪い字があるという話はよくします。
古賀
行儀の悪い字! 先生っぽい!
ミー先生
印刷書体みたいに真ん中に行儀よくおさめようとすると逆に悪くなる字があるんですよね。
「あ」とか「お」とか「か」とかです。思い切って左側に書くとバランスが整います。
林
大事なところを意外に左に寄せるんですね、内臓みたいなところを。
古賀
内臓!
ミー先生
左右もなんですが、上下のバランスも子どもたちにはよく言います。「み」と「る」は頭を大きくするとつたない字になってしまうんです。
ミー先生
あと「一時停止」はよく教えます。
例えばまあ「え」とか「ん」とか「ち」とか。一回止まる。とめ・はねですね。
とめるときとはねるときは一旦停止な! とか。ちょっとくらい急いでいても丁寧な字になります。
古賀
先生ってよく、きれいじゃなくてもいいから丁寧に書きなさいっていいますよね。
ミー先生
いいますね!
林
小学生にとって一番難しい字ってなにですか?
ミー先生
「ふ」ですね。じぶんも得意じゃないです。
古賀
ああ~書きづらいですね。小学生にとって、というか大人にも苦手な人多いんじゃないかな。
あ、私の「ふ」ぜんぜんだめだ!
ミー先生
真ん中が「う」みたいに丸くなっちゃうとだめなんですよね。放物線を描くようにするといいです。
林
野球のフォームみたいな話になってきた。
「ふ」は中途半端ですよね。バランスが抜けてる感じがする。
古賀
漢字はどうですか? 一番黒板に書きたくないとか、教えにくい漢字ってありますか。
ミー先生
(間髪入れず)「必」!
「ふ」と同じ理屈ですね。パーツがバラバラで難しいんです。書き順も点の向きもむつかしい。
ミー先生
あとは「む」がむつかしいんです。自分で思っているよりもコーナーぎりぎりのところを結ぶとよくなります。
林
へえ!「α」みたい。
ミー先生
「む」は子どもたち、こうなっちゃうことが多いんです。
林
「すし」みたい。
古賀
上手くない「む」が「すし」なの大発見じゃないですか!
林
カタカナも1年生で教えるんですか?
ミー先生
そうです。
林
「ツ」と「シ」が難しいですよね。
ミー先生
「ツ」と「シ」は中学年くらいになっても注意しますねー! 斜めっていうのが子どもにとっては理解しにくいみたいなんです。
そういう場合はもう思い切って、横と縦で指導します。「ン」と「ソ」もそうです。
古賀
書き順で間違いやすい字ってありますか? 私は書き順はすべての文字においてボロボロなんですが……。
ミー先生
書き順、難しいですよね。間違いやすいのは「せ」と「や」……かな。
林
「せ」……? おれ曲線先に書くな。
ミー先生
「せ」は「世」なので、横棒から書きますね
「や」も「也」なので横からです。
古賀
「や」の2画目と3日画目まちがえてました…!
あと、わたしは数字の「5」の描き方も36年くらいまちがえてたんです。一角目を横棒にしてたんです。これ、書き順通り縦からちゃんと書くとめちゃめちゃ書きやすいんですよ!
林
というか、数字に書き順あったんですね。
ミー先生
あるんですよ。自分もよく新人の頃言われました。違ってるよって。
古賀
そうだ、わたしは「8」がまたひどかったんです。中学あがるくらいまでずっと逆回りで書いてました。とっくりみたいになって。
林
先生のはいい数字ですねー。
古賀
これもまた先生フォントですね。
ミー先生
数字も職業でいろいろありますよね。伝票書く人の数字はまた違ったり。
というわけで、先生の文字が先生フォントたるのには以下のような理由があった。
・小学一年生むけのお手本が先生にとってもお手本である
・字の上手な大人がよく書くのは行書風の字であり、それと差異がある
・子どもにわかり良いように若干誇張する書き方をすることもある
子どもに教える目線の文字だから、一般的な大人が書く文字とは違うものになる。
それこそが、先生の文字の独自性を生んでいたのだった。完全にガッテンした……!
撮影が終わって、ありがとうございました。あー、おもしろかったと散会するころ、ウェブマスター林が「先生の字は居酒屋のメニューにはない字ですよね」といってまさにそれだなと思った。
小学校に息づく文字なのだ。大人の生きるどこにもない字。
もし私が習得してあちこちに書いたらそこが小学校っぽくなるんだろうか。
いや、日々子どもに教える環境がなければ書けるようにはならない字なんだろうな。
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