もはやNじゃなくてもいけるのでは
見ましたか?はいそうです、ニューバランスです。断じてアシックスやナイキではない。誰しも、瞬時にこのスニーカーをニューバランス社製のものと認めることと思う。
しかしこれって、よく考えたらとてもすごいことだ。デザインされているのは、アルファベットのNが一文字だけ。かなり単純なデザインなのに、このマークを一目見れば、ただちにニューバランスというメーカーが想起されてしまう。
しかもこのNマーク、実は細かなバリエーションが無数にある。靴のデザインにあわせて色は多様だし、サイズやカタチ、素材もまちまち。
要するに、細かなデザインはさておいて、スニーカーの側面に大きく一文字が配置されていると、我々はそれをニューバランスだと認識するように刷り込まれている。企業が長年、資本投下し続けたブランディングの賜物という訳だ。
そこで一つの仮説を立てた。これ、もはや「N」じゃなくてもニューバランスなのでは。
世界の文字でニューバランス
1906年、ボストン。ニューバランス社は、履く人に「新たなバランス」感覚をもたらすことを志して創業された。それから100年あまり。いまや押しも押されもせぬグローバルブランドにのし上がったニューバランスに、おそれながらご提案差し上げたい。
このあたりで新たなローカライズキャンペーンを打ち出すというのはどうだろう。つまりラテン文字(ABC…)以外の文字を常用する地域向けの新製品である。
まず第一弾はこちら。
Nによく似ているけど、Nでなし。ロシアや東欧などで使用されるキリル文字の「И」をあしらってみた。
昔ながらの商店街の靴屋で、軒先にしれっと置かれていそうなニセモノ感がある。でもこの絶妙なニセモノ感が愛おしい。自信作だ。
ちなみにこの「И」、カタチはそっくりでも発音はエヌとはかけ離れていて、ラテン文字のI(アイ)の音に相当する。ということでこのスニーカーのことは「Иバランス(いーばらんす)」と呼んでほしい。
ニューバランスらしさ★★★★☆
愛すべきニセモノらしさ★★★★★
お気に入り★★★★★
次は日本語から一文字を拝借しよう。
主観に過ぎないけど、先程の「Иバランス」とは違って、これを靴屋で扱うのはさすがにアウトな気がする。このスニーカーに居場所があるとしたら、それは観光地の土産物屋。某スポーツブランド風の「KUMA」とか「ajides」とか、そういうパロディーTシャツと一緒に売られていたらギリギリ許されないだろうか。ニセモノ以下の、バッタもん。だがそこがまたいい。とても気に入っている。
ニューバランスらしさ★★★☆☆
地方の土産物らしさ★★★★★
お気に入り★★★★★
つぎはお隣の国からこちらの文字を。
結局、翻訳ツールで「N」を韓国語訳して表示された「엔(えん)」をチョイス。のちにハングルの五十音表に「뉴(にゅ)」という文字があるのを見つけたがあとの祭りであった。
全体的にフォルムが四角ぽくて、斜線がないせいかニューバランスらしさには欠ける。ただし単に靴のデザインとしては、これまたかなりお気に入りの作品である。これでもかとカクカクしているところがすごくかわいい。ハングルはロゴデザインに向いている文字のような気がする。
ニューバランスらしさ★★☆☆☆
カクカクのかわいさ★★★★★
お気に入り★★★★★
日韓とくれば、次は必然的にこの文字になる。
正直なところ、これではぜんぜんニューバランスに見えない。元のシンプルなNマークにくらべて、画数が多くてぜんぜん余白がないのが問題だろうか。だがそんなことは全く関係なく、今回の記事中で一番と言ってもいいくらい気に入っている。
ニューバランスらしさ★☆☆☆☆
「止まれ」らしさ★★★★★
お気に入り★★★★★
かんたん!オリジナルスニーカーのつくりかた
こうして右から見ても左から見ても一部の隙もない、素敵な一足のスニーカーが爆誕したわけです。お気づきかと思うけど、どのロゴもお気に入りレベルは星5つ。とんだ茶番だ。
一応、製作の過程もご報告しておきましょう。包み隠さずいうと、わたくし手先が器用なほうではありません。とにかく簡単で失敗が少なそうな、お手軽オリジナルスニーカーの作り方です。針も糸も使わないので不器用に生きる同志も、ご安心ください。
まずは土台となる無地のスニーカー。
そして高度なスキルとは無縁そうな手芸素材たち。
ロゴのデザインは、世界中のビジネスマンに愛されるデザインソフト、マイクロソフトWordを駆使する。躍動感のある斜体と、力強い太字を意識して、コツコツと型紙をつくる。
型紙をコピー用紙に出力したらグレーのナイロンシートの上にセロテープで固定して、型紙ごと切り抜いて。
このナイロンシートは破れたジャケットなどを直すための補修用なので、あらかじめ裏面が粘着素材になっているのがありがたい。白い合皮の端切れに丁寧に貼り付ける。
あとは数ミリ分の余裕をもたせて、カッターナイフで合皮を切り抜いていけば、きれいな縁取りができるというわけです。
あとは布用の接着剤でスニーカーの側面に貼りつけ、一晩固定しておけば完成!
新たなバランスを確かめに
さて。いつまでも眺めていたくなるような逸品に仕上がったものの、運動靴としてつくってやったからには、ちゃんと外で履いてやらなければならない。梅雨空の隙間をついて現れた陽光の下、ジョギングにやってきた。
早朝から老若男女がジョグに精を出している。ニューバランス(本物)を履いているランナーもちらほら見受けられ、「それ最新モデルですか」「どこで売ってるんですか」と声をかけられたらどうしようと、余計な心配をしながら走り出す。
新しい靴を履いて走るのはテンションがあがるものだが、加えて今日は自作のオリジナル。コース中の階段だって、軽やかに駆け降りる!
意外とひとの足元なんて見ていない
せっかく素敵なデザインに仕上がっているので、ジョギングだけではもったいない。後日、普通の街歩きでも履いてみた。
しばらくあてなく歩いていると、意図せずこんな建物に出会った。
そう思いながらも、正直に言うと少しビビっていた。ひょっとしたら、へんなニセモノ作ってんじゃないよと怒られる可能性もあるんじゃないかと思ったのだ。なぜなら働いている人はニューバランスのブランド伝道師である訳だし、ここに来ているお客さんたちだって、コアなファンの可能性がある。
気づいて欲しいような、気づいて欲しくないような。宙ぶらりんな心のまま、勢いにまかせて入店する。ソワソワと挙動不審な様子が隠せない。
すると早速ひとりの男性店員さんが、すすすっと寄ってきた。どうなのだ。気づいているのか、おれの足元に。Иバランスや新バランスの存在に。
店員さん「メンズ商品はお二階にもございます」
それ以降、客にも店員にも、一言も話しかけられることはなかった。試着のお願いまでしたのに。杞憂。