「撮りトラ」の世界へようこそ
お話を伺ったのは、茨城県・水戸にお住いのはっとりさん。ご自身の運営するウェブサイト「水戸市大場町・島地区農地・水・環境保全会便り」では、ほぼ年中無休で地域農業に関する情報を更新している。
トラクター写真は、サイトの人気コンテンツの一つ。「撮り鉄(鉄道写真ファン)」になぞらえて「撮りトラ」と称し、10年以上におよぶ膨大なアーカイブが蓄積されている。おれは数年前に偶然このサイトに流れ着いてファンになり、ずっとお話を聞いてみたいと思っていたのだ。念願の取材の前日は、よく眠れなかったほど気持ちが高ぶっていた!ふんがふんが!
と。不気味に興奮するおれをよそに、ほとんどの人は「トラクター…?の写真を撮るの?なぜ??」と疑問符が渦巻いていることと思う。そこでまずは読者の皆さまへのご挨拶がわりに、はっとりさんのコレクションをダイジェストでご紹介いたします。
※以下、トラクターの写真について特に断りのないものは全てはっとりさんからのご提供
どうもすみません、いきなりずらずらと。見慣れないモノの魅力を伝えるには、まずは物量でゴリ押しするのが一番かと思いまして。でも、どうです。一台くらい心の琴線に触れる子がいませんでしたか。
古くて小さくてかわいいのもいれば、新しくてデカくてカッコいいのもいて、よく見ればみんな魅力的な姿かたち。でもそれだけではなくて、土にまみれて寡黙に仕事をする工業製品として、信頼できる野暮ったさがにじみ出ているような気がするんです。
かわいく、カッコよく、野暮ったく。三拍子そろったトラクターの魅力を本日はご紹介していきますので、どうぞひとつお付き合いください。
10年間で1500件、超弩級のアーカイブ
あらためまして。はっとりさん今日はよろしくお願いします!冒頭の素晴らしいコレクション、これでもごく一部ということですが、これまでに撮った写真は何点くらいあるんでしょう。
はっとりさん:よく聞かれるんだけど、うーん。全然わかんないですね。インタビュー受けるから改めて見返してたら、たくさんありすぎて頭痛くなっちゃいました。でもね、ウェブサイトを始めたのは2010年ですけど、はじめのうちは誰も見てくれない。砂漠の真ん中でお店を出しているような気分ですよ。
そこからよくぞ10年以上もコツコツと続けられて…。
はっとりさん:意地で「人が集まるまで辞めないぞ」って戦略なんですよ。続けているうちに気づいたらだんだんと見てくれる人が増えて。「こんなトラクターがあったよ」って写真を投稿してくれる人にも支えられて。一番嬉しいのは、ぜひ自分の家のトラクターを撮りに来てって連絡もらえるときですよね。普通、いきなり人んちの庭先でトラクター撮っていたら不審者ですよ。だから撮りに来てっていうのは本当ありがたい話です。
ちなみに取材後にサイト内を「撮りトラ」タグで検索したら、なんと実に1500件近い記事が蓄積されていることが判明した。メーカーでも販売店でもない、一個人の所業である。
はっとりさん:ぼくはかなり飽きっぽい性格だから、実はこれだけ長く続けるのはちょっと無理してる。今さらやめようにもご近所のお爺さんから、楽しみにしてるよなんて言われるとなかなかやめられなくて。
そんな、ぜひ今後も末永く続けていただきたいです…これだけ長らく活動されていると、お気に入りの一台というのもあるんでしょうか?
はっとりさん:やっぱり初めて見たときに、衝撃を受けたのはこれですね。
はっとりさん:一番好きといってもいいくらいの「顔」なんですよ。この機械、めちゃくちゃに「顔!」って感じがしませんか?
はっとりさん:こんな魅力的な顔なかなかありませんよ。もともとこのトラクターは下の写真みたいに、目玉はボディの外についてるのが本来の姿なんです。
はっとりさん:たぶん、オーナーの方が農作業の都合上ジャマだから、改造してヘッドライトを車体の中に収めちゃったんじゃないかと想像しているんですけどね。そういう、これまでトラクターが使い手に寄り添ってきた年月が見えるのも含めて、すごく好きな一台ですね。
そしてはっとりさんのすごいところは「とても気に入っちゃったから」と、このトラクターのファンアートまで起こしてしまうところ。
トラクターには「顔」がある
そう、たしかにトラクターには顔があるのだ。冒頭のコレクション写真でコイツはかわいいとかアイツはカッコいいとか雑な感想を書き連ねたけど、トラクターの正面に顔があるからこそ自然と生まれてくる感想だったのだ。
自動車のボディもよく顔に例えられるけど、構造上どうしても目が離れがち。その点、トラクターはおでこが狭くて、より人間の顔に近い比率だ。もしかしたら、トラクターは現代でもっとも表情豊かな乗り物かもしれないぞ。
ここで、はっとりさんがこれまでに見つけたいろんな「顔」をいくつかご紹介。簡単なクイズ形式にしたので皆さんもぜひ一緒に、何顔なのか名前を考えてみよう。
このあたりでおれも石川さんも「これはとてつもない人が現れたぞ…!」と直感し始めた。はっとりさんの解説はまだまだ止まらない。
はっとりさんの解説によって、無機物であるトラクターに魂が吹き込まれていくようだ。文字だけではうまく伝えられなくて恐縮なのだけど、はっとりさんは実に楽しそうに、いきいきと語ってくれるので聞き入ってしまう。
余談ながら、なんでもできちゃう器用なはっとりさんは、イラストだけじゃなく造形でもトラクターの顔の楽しさを表現している。
この子たちがぺちゃくちゃ喋るクレイアニメーションがあったらさぞかしかわいいだろうな。軍艦や競走馬など、まさかという発想の擬人化キャラが成功を収めているのだから、意外と次あたりトラクターの擬人化、商機があるかもしれない。
おれはブルトラがほしい
次々にイイ顔が紹介されてきたが、おれが特に気に入った一台はこれ。これこそカッコよく、かわいく、野暮ったく。見事に三拍子そろった機械だ。
はっとりさん:これは1970年代に販売されていたトラクター。数字やアルファベットの型式だけじゃなく「ブルトラ」という愛称がつけられたトラクターは初めてなんじゃないかな。
こいつが販売されるより少し前のこと。当時の農家さんはまだ当たり前のように家庭で牛を飼い、農作業を手伝わせていたはず。きっと一家の一員として頼りにされ、大事にされてきたことだろう。そんな牛のようにパワフルに働き、可愛がってもらえるようにとの思いで、ブルトラというシリーズ名称が名づけられたのではと、はっとりさん。
はっとりさん:でもかわいいだけじゃないんですよ。まだ手押しの機械が主流の当時に、ブルトラは運転席がついていて、かなり小さいけどしっかり四輪駆動。本格仕様でマルチな仕事をこなすことができました。トラクターが高嶺の花の時代に、農家さんの「欲しい!」という気持ちに火をつけて大ヒットだったようです。小さいけど本格派。ある意味ソニーのウォークマン的な発明じゃないですか。
ううむ。キュートな上に機能も本格派なのか。これは現代でも欲しいという人がある程度いるんじゃなかろうか。おれだって、もし土地がたっぷりある田舎に引っ越したとしたら、こういうちっこい機械を相棒にして暮らしたい。
はっとりさん:ブルトラはすでに生産は終了していますけど、今でもそれなりに人気があって、たまにネットオークションにも出ていますよ。価格も10万円もしないくらい。
はっとりさん:ぼくの知人に、きれいに整備して山遊びにつかっている人がいます。かんたんに軽トラに載せて運べるし、水田で使う四駆車両だから悪路には強いので。
とんでもない写真が次々出てきて、語彙力が小学生になってしまった。どうやら一部の界隈では、ブルトラの走破性と堅牢性に着目して、超高性能なアウトドアのガジェットとして楽しむ文化が発達しているようだ。えげつない。トラクター、実は全地形対応ビークルだった。
ちょっとネットオークション覗いてみようかな。うん、覗くだけならいいよね。覗くだけ。
持ち主の「愛」がこびりついている
ここまでは主にトラクターの全体的なフォルムについて語ってきたが、実ははっとりさんの真骨頂は、細部に面白味を見出す観察眼にある。
はっとりさん:実は写真を集めるときは裏テーマとして「トラクターは鑑賞に値するか?」ってことを考えています。音楽とか美術は、芸術性とか教育的見地とか理論づけされていて、鑑賞するものとして広く認められていますよね。ぼくは工業製品も同じように鑑賞して楽しめるものだと思うんですよ。
はっとりさん:新しい機械と古い機械、どっちが好きかといったらぼくはもう絶対使い古された機械。古い機械には、乗っていた人の思いがどこかに残っているんです。農家さんにとってはすごく大切なものだから、生活を背負っている思いみたいなものとか、これまでトラクターが生きてきた歴史が積み重なっているような感じ。それを見つけるのがすごく楽しい。
人間が長くつかっていたモノに精神が宿る、付喪神(つくもがみ)の発想だ。で、このトラクターについて、はっとりさんが「一番気に入っている」という部分がここ。
はっとりさん:ここは運転するときはちょうど、手を置く場所になっていたんだと思います。ずーっと長いあいだ手が触れていたから、全体的に錆びているのに、ここだけつるつるでしょ。こういうの見つけるのはたまらないですね。
なるほど…これがはっとりさんのいう「トラクターの鑑賞」なのだ。はっとりさんは鉄の塊の表面から、ひとの営みを読み取ろうとしているのだ。
トラクターという工業製品は過酷な環境で働くことが前提でやたらとタフに造られていて、大事に使えば何十年と現役生活を送ることができる。その間に持ち主が注いできた”愛”は頑固にこびりつき、簡単には剥がせない。その愛情や愛着の痕跡を探そうというのがトラクターの鑑賞というわけ。これってものすごくレベルの高い鑑賞行為じゃないか。
はっとりさん:長年使われるものだからこそ、修理の跡を見るのも面白いです。農家さんは壊れたり使いづらくなると、手近なもので間に合わせの工夫をしてるんですけど、この無造作な細工がとてもいいんです。
はっとりさん:ぼくはバイクも好きで、シートの補修にはついガムテープを使っちゃいます。機械に無造作にガムテープが貼ってあると「わかるわかる!」って嬉しくなっちゃうんですよね。
ほぼ同じ型式のトラクターで、こちらも大胆な補修が施されている。本来の格子状の顔は丸ごと失われてしまっているけど、少しでも見栄えよくしてやろうという農家さんの愛情が見えてくる。
うおー、本当だすげえ!違和感なくマッチしていたから気づかなかったけど、野菜とか入れるカゴだこれ!
はっとりさん:このセンス、大好きですね。身近にあるものでできるだけカッコよく。それでいてお金はかけないように。そういう工夫がよく現れています。
ちなみにマフラーなどに空き缶をかぶせるのはよく見られる光景らしく、はっとりさんの主な鑑賞対象の一つに。
これを見つけてくるはっとりさんもすごいけど、農家さんが身近なものでササっと不具合を解消していること自体がだんだんカッコよく思えてきた。かつてアポロ13号が、船内の二酸化炭素上昇という緊急事態を「乗組員の靴下」で解決したという逸話を彷彿とさせる。間に合わせで問題に対処するって、とってもクリエイティブな行為なのだ。
オモリだけで記事が一本書ける
トラクターは基本的に、重たいものを引っ張る仕事が多い。なので前輪が浮き上がらないよう、前面にオモリ(カウンターウェイト)をつけてバランスをとることがある。オモリは言うなればただの鉄塊で、べつに可愛げのあるものではない。しかしはっとりさんの観察眼にかかれば、この超絶地味な部品で一本記事が書けるんじゃないかというくらい、いろんなバリエーションを紹介してくれる。
はっとりさん:こういうのって、はじめは納屋とかそこら辺にあったものをあまり必然性もなく使い始めてるんですよ。でもしばらく使っていると手放せなくなるような、なんかいいな、好きかもなと愛着が湧いちゃう。元はどこにでもあるような針金と石なんかが、長年ペアで使っているとしっくりくる絶妙の組み合わせになって「おい、大事なあの石、どこやった?」なんてことになるんですよ。
このあたりの話は、おれも石川さんもひいひい笑いながら聞いていた。場面を想像すると間違いなくおかしいんだけど、たまらなく愛おしい。そしてちょっぴり切ない。まさかボロの中古トラクターの話を聞いて、こんなに複雑な感情を呼び起されるとは思ってもみなかった。深い。深いぞ、トラクターの世界。
はっとりさん:じゃあ最後は、中古機械屋で見つけたこのトラクターの話を。
はっとりさん:この置台は手作りですね。四隅にある鉄筋の柱、微妙に素材が違うんです。右奥と左手前の鉄筋だけうっすらスパイラルの模様がついている。材料が足りなくて全部同じので揃えられなかったんでしょうね。でもぼくだったら模様付きの2本は手前側に寄せちゃうなあ、作った人はなんで対角線に配置したのかなあ、って想像が膨らみますよね。こういうの好きなんですよ。
今さらはっとりさんの観察眼に驚くことはないが、さすがにここまで見ているのは日本中ではっとりさんくらいのものだろう。と思いきやである。少なくとも、一人いた。「たぶん、昔これに乗ってました」と元の持ち主がサイトをみて連絡をくれたそうな!
はっとりさん:鉄筋の枠は鍛冶屋さんにお願いして作ってもらったのだそうですが、コンクリ部分は持ち主のお父さんとお祖父さんが手練りでつくったものだと教えてもらいました。このとき作ったコンクリ板のうち何枚かは、今でも家で使っているそうですよ。
トラクターは農村のマスコット
結構なボリュームの記事になってしまったけど、これでも紹介しきれなかったお話はまだまだたくさんある。関心を持った方はぜひ、はっとりさんのサイトをチェックして、宝探しのようにアーカイブを掘り起こしてみてもらいたい。ホント、すごいんだから。
https://oba-shima.mito-city.com/
しかしこれだけは触れずに終われない。ついついはっとりさんの話に引き込まれて大事なことを最後まで書きそびれてしまったが、そもそもなんでこんなにトラクターの写真を集めまくっているのか?ということを。
ごくごく簡単に説明すると、実はこれ「農村の魅力を発信する活動」の一環なのだそう。
はっとりさん:ぼくのサイトでは農村の自然や田園風景の価値を伝えるために、生き物の写真や農作業風景の写真もたくさん載せています。でも正直なところ、お爺さんたちが草刈りする画ってあまり興味持ってもらえないわけです。せめてかっこいい農業機械の写真なら興味持ってもらえるんじゃないかなって。
はっとりさん:普段食べているお米はこうやって作られているんだなと、都市に住む人に興味をもってもらう入口としてはトラクターはいい題材だと思っているんです。だからこの記事でトラクターに興味を持った人が、間違って農村風景の写真も見てくれたらいいなって。あと!みんなもう少しお米をたべてもらえたらそれが一番嬉しいですね!
そうそう。それから「撮りトラ」の投稿も大募集中だそうです。素敵なトラクターの写真をみつけたら、ぜひはっとりさんまで。
toritora★mito-city.com
(★を@に置き換えてください)