特集 2021年5月7日

カッコいい!かわいい!野暮ったい!農業用トラクターを愛でる

農業に使われるトラクターは、いかめしいメカをギュッと押し込んだ細身のボディに、でかくてゴツいタイヤ。まさに質実剛健。きっと「無骨」とはこういう機械のためにある言葉なのだろう。だけど一方で、見る人が見れば、まるでおもちゃ箱をひっくり返したようなキュートな魅力にあふれた乗り物でもあるらしい。このたびはトラクターの写真収集家にお話を伺い、その見どころをとくと語っていただいた。深いぜ、トラクターの世界。

海外旅行とピクニック、あとビールが好き。なで肩が過ぎるので、サラリーマンのくせに側頭部と肩で受話器をホールドするやつができない。

前の記事:にしん蕎麦は優しさに包まれている

> 個人サイト つるんとしている

「撮りトラ」の世界へようこそ

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お話を伺ったのは、茨城県・水戸にお住いのはっとりさん。ご自身の運営するウェブサイト「水戸市大場町・島地区農地・水・環境保全会便り」では、ほぼ年中無休で地域農業に関する情報を更新している。

 

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素顔は、口髭が素敵なベテラン音楽家みたいな風貌のはっとりさん。編集部・石川さんとともにリモートで取材

トラクター写真は、サイトの人気コンテンツの一つ。「撮り鉄(鉄道写真ファン)」になぞらえて「撮りトラ」と称し、10年以上におよぶ膨大なアーカイブが蓄積されている。おれは数年前に偶然このサイトに流れ着いてファンになり、ずっとお話を聞いてみたいと思っていたのだ。念願の取材の前日は、よく眠れなかったほど気持ちが高ぶっていた!ふんがふんが!

と。不気味に興奮するおれをよそに、ほとんどの人は「トラクター…?の写真を撮るの?なぜ??」と疑問符が渦巻いていることと思う。そこでまずは読者の皆さまへのご挨拶がわりに、はっとりさんのコレクションをダイジェストでご紹介いたします。

※以下、トラクターの写真について特に断りのないものは全てはっとりさんからのご提供

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フォードソン スーパーデキスタ。かわいい
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インターナショナル B-450。かわいい

 

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マッセイファーガソンMF240。簡素にしてかわいい
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クボタ T15。赤白ツートンかわいい
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日の本トラクター MB1500。ポンコツかわいい
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ヰセキ TB23。お花かわいい
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シバウラトラクターSD2640。つぶらな瞳かわいい
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デヴィッドブラウン1212。ボロかわいい
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フィアット 211R。端正な横顔かわいい
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三菱マヒンドラ農機 GCR1380。かっこいい
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ジョンディア JD6930 Premium。かっこいい

 

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ヤンマー AF226。トレンディーかっこいい
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フェント 1050 Vario S4LR。角刈りかっこいい
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ランボルギーニSPARK165VRT。ガンダムかっこいい
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ドイツファール WARRIOR 7250TTV T4F。えーっと、ガンダムの敵かっこいい
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クラース ARION 550。左右対称かっこいい
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ニューホランド T4030。なんかわからんけどもうかっこいい(提供:長野のDちゃんさん、Aちゃんさん)

 

どうもすみません、いきなりずらずらと。見慣れないモノの魅力を伝えるには、まずは物量でゴリ押しするのが一番かと思いまして。でも、どうです。一台くらい心の琴線に触れる子がいませんでしたか。

古くて小さくてかわいいのもいれば、新しくてデカくてカッコいいのもいて、よく見ればみんな魅力的な姿かたち。でもそれだけではなくて、土にまみれて寡黙に仕事をする工業製品として、信頼できる野暮ったさがにじみ出ているような気がするんです。

かわいく、カッコよく、野暮ったく。三拍子そろったトラクターの魅力を本日はご紹介していきますので、どうぞひとつお付き合いください。

 

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10年間で1500件、超弩級のアーカイブ

あらためまして。はっとりさん今日はよろしくお願いします!冒頭の素晴らしいコレクション、これでもごく一部ということですが、これまでに撮った写真は何点くらいあるんでしょう。

はっとりさん:よく聞かれるんだけど、うーん。全然わかんないですね。インタビュー受けるから改めて見返してたら、たくさんありすぎて頭痛くなっちゃいました。でもね、ウェブサイトを始めたのは2010年ですけど、はじめのうちは誰も見てくれない。砂漠の真ん中でお店を出しているような気分ですよ。

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はっとりさんの主な”狩り場”は中古機械屋さんやメーカーの展示会、博物館など。謎マシーンがところ狭しと並んで楽しそう!

そこからよくぞ10年以上もコツコツと続けられて…。

 

はっとりさん:意地で「人が集まるまで辞めないぞ」って戦略なんですよ。続けているうちに気づいたらだんだんと見てくれる人が増えて。「こんなトラクターがあったよ」って写真を投稿してくれる人にも支えられて。一番嬉しいのは、ぜひ自分の家のトラクターを撮りに来てって連絡もらえるときですよね。普通、いきなり人んちの庭先でトラクター撮っていたら不審者ですよ。だから撮りに来てっていうのは本当ありがたい話です。

 

ちなみに取材後にサイト内を「撮りトラ」タグで検索したら、なんと実に1500件近い記事が蓄積されていることが判明した。メーカーでも販売店でもない、一個人の所業である。

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証拠はないけど、個人としては日本最大級の収蔵数で間違いないのでは

はっとりさん:ぼくはかなり飽きっぽい性格だから、実はこれだけ長く続けるのはちょっと無理してる。今さらやめようにもご近所のお爺さんから、楽しみにしてるよなんて言われるとなかなかやめられなくて。

そんな、ぜひ今後も末永く続けていただきたいです…これだけ長らく活動されていると、お気に入りの一台というのもあるんでしょうか?

はっとりさん:やっぱり初めて見たときに、衝撃を受けたのはこれですね。

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ドイツ D40L。色鮮やかで丸っこくてかわいい機械だなー

はっとりさん:一番好きといってもいいくらいの「顔」なんですよ。この機械、めちゃくちゃに「顔!」って感じがしませんか?

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うお、顔があるな…!カタコトでなら会話できそうな気がするぞ

はっとりさん:こんな魅力的な顔なかなかありませんよ。もともとこのトラクターは下の写真みたいに、目玉はボディの外についてるのが本来の姿なんです。

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なんと!先に見たせいか、目玉が車体の中におさまっているほうがしっくり感じてしまうな…

はっとりさん:たぶん、オーナーの方が農作業の都合上ジャマだから、改造してヘッドライトを車体の中に収めちゃったんじゃないかと想像しているんですけどね。そういう、これまでトラクターが使い手に寄り添ってきた年月が見えるのも含めて、すごく好きな一台ですね。

そしてはっとりさんのすごいところは「とても気に入っちゃったから」と、このトラクターのファンアートまで起こしてしまうところ。

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はっとりさんとしては、D40Lはロボット顔。優しくて力持ちのロボットに見えるようだ。めちゃくちゃかわいいな

 

トラクターには「顔」がある

そう、たしかにトラクターには顔があるのだ。冒頭のコレクション写真でコイツはかわいいとかアイツはカッコいいとか雑な感想を書き連ねたけど、トラクターの正面に顔があるからこそ自然と生まれてくる感想だったのだ。

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ヴァルトラ N134D。こいつなんかあからさまに”顔”。名づけるなら宇宙人顔だろうか

自動車のボディもよく顔に例えられるけど、構造上どうしても目が離れがち。その点、トラクターはおでこが狭くて、より人間の顔に近い比率だ。もしかしたら、トラクターは現代でもっとも表情豊かな乗り物かもしれないぞ。

ここで、はっとりさんがこれまでに見つけたいろんな「顔」をいくつかご紹介。簡単なクイズ形式にしたので皆さんもぜひ一緒に、何顔なのか名前を考えてみよう。

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ヰセキNTA55。第一問は、くっきり太眉で切れ長の目をしたこいつ。名前をつけるとすれば何顔?

 

 

 

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「はい、これは歌舞伎顔ですね」。なるほどたしかに隈取メイクっぽくみえる…!

 

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三菱トラクターD2650FD。第二問。白ボディの隙間、黒い部分に注目するとだんだん見えてくるのでは…

 

 

 

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「ホネホネさん顔ですよ」

 

 

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フォード 2000。えらく角ばった顔の第三問は難しいぞ

 

 

 

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「カップ焼きそばのハコ顔ですね」。すげえ、そんなのありか!

このあたりでおれも石川さんも「これはとてつもない人が現れたぞ…!」と直感し始めた。はっとりさんの解説はまだまだ止まらない。

 

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ヤンマー CT226。特徴的なフロントグリルのこいつは何顔なんだ!
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メガマウス(深海サメ)顔

 

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シバウラ SU1340。こいつは割と見たまんま

 

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ダルマ顔でした

 

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フェント 415。顔というか重厚な全体の雰囲気が…
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おすもうさん顔

はっとりさんの解説によって、無機物であるトラクターに魂が吹き込まれていくようだ。文字だけではうまく伝えられなくて恐縮なのだけど、はっとりさんは実に楽しそうに、いきいきと語ってくれるので聞き入ってしまう。

余談ながら、なんでもできちゃう器用なはっとりさんは、イラストだけじゃなく造形でもトラクターの顔の楽しさを表現している。

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プラスチック粘土でつくったトラクターの顔標本
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ぐええ、めっちゃ素敵!

この子たちがぺちゃくちゃ喋るクレイアニメーションがあったらさぞかしかわいいだろうな。軍艦や競走馬など、まさかという発想の擬人化キャラが成功を収めているのだから、意外と次あたりトラクターの擬人化、商機があるかもしれない。

 

おれはブルトラがほしい

次々にイイ顔が紹介されてきたが、おれが特に気に入った一台はこれ。これこそカッコよく、かわいく、野暮ったく。見事に三拍子そろった機械だ。

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クボタ ブルトラB5000。ぬぼーっとしたロボット顔に、レトロなエンブレムが素敵
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何がいいって、実はびっくりするくらい小柄なのだ。高さは約1mで、お金持ちが飼っているめっちゃデカい犬をさらに一回り大きくしたくらいのイメージ

はっとりさん:これは1970年代に販売されていたトラクター。数字やアルファベットの型式だけじゃなく「ブルトラ」という愛称がつけられたトラクターは初めてなんじゃないかな。

 

こいつが販売されるより少し前のこと。当時の農家さんはまだ当たり前のように家庭で牛を飼い、農作業を手伝わせていたはず。きっと一家の一員として頼りにされ、大事にされてきたことだろう。そんな牛のようにパワフルに働き、可愛がってもらえるようにとの思いで、ブルトラというシリーズ名称が名づけられたのではと、はっとりさん。

 

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年季を感じさせても可愛さはあせない

はっとりさん:でもかわいいだけじゃないんですよ。まだ手押しの機械が主流の当時に、ブルトラは運転席がついていて、かなり小さいけどしっかり四輪駆動。本格仕様でマルチな仕事をこなすことができました。トラクターが高嶺の花の時代に、農家さんの「欲しい!」という気持ちに火をつけて大ヒットだったようです。小さいけど本格派。ある意味ソニーのウォークマン的な発明じゃないですか。

 

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「うちもこの間、ついにトラクター買ったんだよ。へへへ」「先を越された!」という会話が当時の農家さんの間でなされていたものと思われる

ううむ。キュートな上に機能も本格派なのか。これは現代でも欲しいという人がある程度いるんじゃなかろうか。おれだって、もし土地がたっぷりある田舎に引っ越したとしたら、こういうちっこい機械を相棒にして暮らしたい。

 

はっとりさん:ブルトラはすでに生産は終了していますけど、今でもそれなりに人気があって、たまにネットオークションにも出ていますよ。価格も10万円もしないくらい。

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なんということ!しかも手が届くお値段!ただし動作保証されているものばかりでないので、自分でレストアする覚悟が必要だ。機械工学のキの字もしらないおれには無謀な話だけど

はっとりさん:ぼくの知人に、きれいに整備して山遊びにつかっている人がいます。かんたんに軽トラに載せて運べるし、水田で使う四駆車両だから悪路には強いので。

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えっ、えっ?(以下3点 提供:シャチさん)
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なんだなんだ
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これはいったいなにをしているんだ…!

とんでもない写真が次々出てきて、語彙力が小学生になってしまった。どうやら一部の界隈では、ブルトラの走破性と堅牢性に着目して、超高性能なアウトドアのガジェットとして楽しむ文化が発達しているようだ。えげつない。トラクター、実は全地形対応ビークルだった。

ちょっとネットオークション覗いてみようかな。うん、覗くだけならいいよね。覗くだけ。

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持ち主の「愛」がこびりついている

ここまでは主にトラクターの全体的なフォルムについて語ってきたが、実ははっとりさんの真骨頂は、細部に面白味を見出す観察眼にある。

 

はっとりさん:実は写真を集めるときは裏テーマとして「トラクターは鑑賞に値するか?」ってことを考えています。音楽とか美術は、芸術性とか教育的見地とか理論づけされていて、鑑賞するものとして広く認められていますよね。ぼくは工業製品も同じように鑑賞して楽しめるものだと思うんですよ。

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フォード 4600

はっとりさん:新しい機械と古い機械、どっちが好きかといったらぼくはもう絶対使い古された機械。古い機械には、乗っていた人の思いがどこかに残っているんです。農家さんにとってはすごく大切なものだから、生活を背負っている思いみたいなものとか、これまでトラクターが生きてきた歴史が積み重なっているような感じ。それを見つけるのがすごく楽しい。

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なんか…すごい写真だ。生き物みたいな息遣いが感じられて凄みがある。「存在感がすごいでしょ、もう神さまになっちゃってる」

人間が長くつかっていたモノに精神が宿る、付喪神(つくもがみ)の発想だ。で、このトラクターについて、はっとりさんが「一番気に入っている」という部分がここ。

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運転席の真横、泥よけの部分。なぜこんな地味なところを…?

はっとりさん:ここは運転するときはちょうど、手を置く場所になっていたんだと思います。ずーっと長いあいだ手が触れていたから、全体的に錆びているのに、ここだけつるつるでしょ。こういうの見つけるのはたまらないですね。

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「ペンキも何度も塗っているんでしょうね。擦り切れた風合いが茶器みたいです」

なるほど…これがはっとりさんのいう「トラクターの鑑賞」なのだ。はっとりさんは鉄の塊の表面から、ひとの営みを読み取ろうとしているのだ。

トラクターという工業製品は過酷な環境で働くことが前提でやたらとタフに造られていて、大事に使えば何十年と現役生活を送ることができる。その間に持ち主が注いできた”愛”は頑固にこびりつき、簡単には剥がせない。その愛情や愛着の痕跡を探そうというのがトラクターの鑑賞というわけ。これってものすごくレベルの高い鑑賞行為じゃないか。

 

はっとりさん:長年使われるものだからこそ、修理の跡を見るのも面白いです。農家さんは壊れたり使いづらくなると、手近なもので間に合わせの工夫をしてるんですけど、この無造作な細工がとてもいいんです。

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コマツインターナショナル 455。かなり年季の入ったトラクターの顔。右目のランプはバッキリ折れてしまっている
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それをなんとガムテープで大胆補修!(提供:宮城のSSKさん)

はっとりさん:ぼくはバイクも好きで、シートの補修にはついガムテープを使っちゃいます。機械に無造作にガムテープが貼ってあると「わかるわかる!」って嬉しくなっちゃうんですよね。

 

ほぼ同じ型式のトラクターで、こちらも大胆な補修が施されている。本来の格子状の顔は丸ごと失われてしまっているけど、少しでも見栄えよくしてやろうという農家さんの愛情が見えてくる。

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「この顔、よく見てくださいね」
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「たぶんプラスチックコンテナの底ですよ、これ」

うおー、本当だすげえ!違和感なくマッチしていたから気づかなかったけど、野菜とか入れるカゴだこれ!

 

はっとりさん:このセンス、大好きですね。身近にあるものでできるだけカッコよく。それでいてお金はかけないように。そういう工夫がよく現れています。

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ヤンマー F-7。ミラーから謎のワイヤーが。おそらく左にあるアクセルレバーが緩くて勝手に倒れちゃうのを防ぐため。「こういうの親近感持てます。いいですよねえ」
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マッセイファーガソン MF135。制帽をかぶった車掌さんのような顔もかわいいけど、真の見どころはニュッと縦に伸びたマフラー
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てっぺんにコーヒーの空き缶をかぶせて雨除けに!取りつけられたワイヤーは「もしかしたら運転席から外せるようになっているのかも」

ちなみにマフラーなどに空き缶をかぶせるのはよく見られる光景らしく、はっとりさんの主な鑑賞対象の一つに。

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円滑油の代名詞、KURE 5-56。さすが、はたらく機械のおとも
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ハーブティーの茶筒。フェミニンな雰囲気がごついトラクターにミスマッチでおかしみがある。よほどサイズがジャストだったに違いない
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コーヒー豆缶。たぶん、前職はペンキの筆入れ
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缶がなければ、コンビニ袋をかぶせればいいじゃない

これを見つけてくるはっとりさんもすごいけど、農家さんが身近なものでササっと不具合を解消していること自体がだんだんカッコよく思えてきた。かつてアポロ13号が、船内の二酸化炭素上昇という緊急事態を「乗組員の靴下」で解決したという逸話を彷彿とさせる。間に合わせで問題に対処するって、とってもクリエイティブな行為なのだ。

オモリだけで記事が一本書ける

トラクターは基本的に、重たいものを引っ張る仕事が多い。なので前輪が浮き上がらないよう、前面にオモリ(カウンターウェイト)をつけてバランスをとることがある。オモリは言うなればただの鉄塊で、べつに可愛げのあるものではない。しかしはっとりさんの観察眼にかかれば、この超絶地味な部品で一本記事が書けるんじゃないかというくらい、いろんなバリエーションを紹介してくれる。

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これは乱暴にロープで結えつけられたオモリ。でた!「無造作の美」だ
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こっちのオモリはなんと、レールの切れ端!そんなものどっからもって来たのか。針金でぐるぐる巻きなところもチャーミング
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これは…たぶんバーベルだ。もはや重量があればなんでもアリなのか

はっとりさん:こういうのって、はじめは納屋とかそこら辺にあったものをあまり必然性もなく使い始めてるんですよ。でもしばらく使っていると手放せなくなるような、なんかいいな、好きかもなと愛着が湧いちゃう。元はどこにでもあるような針金と石なんかが、長年ペアで使っているとしっくりくる絶妙の組み合わせになって「おい、大事なあの石、どこやった?」なんてことになるんですよ。

 

このあたりの話は、おれも石川さんもひいひい笑いながら聞いていた。場面を想像すると間違いなくおかしいんだけど、たまらなく愛おしい。そしてちょっぴり切ない。まさかボロの中古トラクターの話を聞いて、こんなに複雑な感情を呼び起されるとは思ってもみなかった。深い。深いぞ、トラクターの世界。

 

はっとりさん:じゃあ最後は、中古機械屋で見つけたこのトラクターの話を。

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ゼトアトラクター TZ5714。こいつはコンクリ製のオモリらしい
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オモリの置台のところをよーく見ると…

はっとりさん:この置台は手作りですね。四隅にある鉄筋の柱、微妙に素材が違うんです。右奥と左手前の鉄筋だけうっすらスパイラルの模様がついている。材料が足りなくて全部同じので揃えられなかったんでしょうね。でもぼくだったら模様付きの2本は手前側に寄せちゃうなあ、作った人はなんで対角線に配置したのかなあ、って想像が膨らみますよね。こういうの好きなんですよ。

 

今さらはっとりさんの観察眼に驚くことはないが、さすがにここまで見ているのは日本中ではっとりさんくらいのものだろう。と思いきやである。少なくとも、一人いた。「たぶん、昔これに乗ってました」と元の持ち主がサイトをみて連絡をくれたそうな!

 

はっとりさん:鉄筋の枠は鍛冶屋さんにお願いして作ってもらったのだそうですが、コンクリ部分は持ち主のお父さんとお祖父さんが手練りでつくったものだと教えてもらいました。このとき作ったコンクリ板のうち何枚かは、今でも家で使っているそうですよ。

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「それを知れたからどうということはないですけどね。でもなんか嬉しくなりますよね。無機質なコンクリが急に愛おしく感じられる。気になって想像を膨らませていたことがネットのおかげで答え合わせできて、ぐるっと円が閉じたような気持ちでした」

 


トラクターは農村のマスコット

結構なボリュームの記事になってしまったけど、これでも紹介しきれなかったお話はまだまだたくさんある。関心を持った方はぜひ、はっとりさんのサイトをチェックして、宝探しのようにアーカイブを掘り起こしてみてもらいたい。ホント、すごいんだから。

https://oba-shima.mito-city.com/

 

しかしこれだけは触れずに終われない。ついついはっとりさんの話に引き込まれて大事なことを最後まで書きそびれてしまったが、そもそもなんでこんなにトラクターの写真を集めまくっているのか?ということを。

 

ごくごく簡単に説明すると、実はこれ「農村の魅力を発信する活動」の一環なのだそう。

 

はっとりさん:ぼくのサイトでは農村の自然や田園風景の価値を伝えるために、生き物の写真や農作業風景の写真もたくさん載せています。でも正直なところ、お爺さんたちが草刈りする画ってあまり興味持ってもらえないわけです。せめてかっこいい農業機械の写真なら興味持ってもらえるんじゃないかなって。

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細かいことは各自しらべていただくとして、農水省による多面的機能支払制度に則ったものだ。はっとりさんは謙遜するけど、この草刈り写真もふつうに美しいですよね

はっとりさん:普段食べているお米はこうやって作られているんだなと、都市に住む人に興味をもってもらう入口としてはトラクターはいい題材だと思っているんです。だからこの記事でトラクターに興味を持った人が、間違って農村風景の写真も見てくれたらいいなって。あと!みんなもう少しお米をたべてもらえたらそれが一番嬉しいですね!

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レッドブル主催の手作りカートのレースにおにぎり型カートで参戦しちゃうはっとりさん。もちろん、もっとお米食べて!の一心でこのデザイン。この人は本気なのだ

そうそう。それから「撮りトラ」の投稿も大募集中だそうです。素敵なトラクターの写真をみつけたら、ぜひはっとりさんまで。
toritora★mito-city.com
(★を@に置き換えてください)

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