おまけ:カップヌードル目線はこんな感じ
完全に蛇足だが、カップヌードル目線の写真も撮影した。
底に開けた穴にスマホのレンズを差し込むと……
カップヌードル目線の世界は白くて明るい。紙製のカップが光を通すのだ。
これを卵とごはんと共に炒めれば……
シーチキン缶の中は暗く閉ざされている。我々がフタを開けるとき、シーチキン側から見た世界はどうなっているのだろうか。
ボケて(bokete)という画像大喜利サイトで、飛びぬけて有名な投稿がある。
「シーチキン目線」だ。野暮だと思いつつ解説すると、これは日食の画像を「ツナ缶の中から外を見た様子」にたとえている。
当たり前だが、これは日食の画像だ。実際の「シーチキン目線」はどうなっているのだろうか。
シーチキンを買ってきた。
缶の底を缶切りでこじ開けた。
そして缶をきれいに洗ったら準備完了。
さあ、シーチキン目線の世界はこうなっている!
もう少し日食に寄せたい。そのためには、がら空きの缶底から入る光の量を調整する必要がありそうだ。
お風呂の中とかトイレの中とか、自宅の中の「ほどよく暗い場所」を探した。この日は大晦日。「2023年の終わりになにをやっているんだ」という気持ちになるが、すべては「最高のシーチキン目線」のため……。
シーチキン目線の世界、どうなる!
これはこれでいいのだけれど、ここからさらに画像編集ソフトで明るさやコントラストをいじって、日食に寄せていく。
ニーチェは言った。「シーチキンをのぞく時、シーチキンもまたこちらをのぞいているのだ。」
こんなにもシーチキン側の気持ちになったことがあっただろうか。シーチキンに思いをはせる大晦日。思えば2023年、いろんなことがあった。それはシーチキンも同じだ。2023年がはじまったころ、まだ大海原を泳いでいたマグロは、漁獲され、急速冷凍され、はごろもの工場で缶詰され、マルエツに出荷され、我が家にやってきて、先ほど取り出された。シーチキンは明日お餅につけて食べるよ。いっしょに年を越そうね。
せっかくなのでシーチキン目線の「フタが開けられたようす」を動画にしてみた。
進撃の巨人みたいになってしまった。絶望的な状況だ。
シーチキンからしてみれば、フタが開けられるまでは自分がいったいどこにいるのか分かりようがないのである。まるでおなかの中の赤ちゃんのよう。フタが開いたとき、缶というシーチキンにとっての世界の終端が取り払われ、世界が一気に広がる。しかし、それもつかの間。食され、今度は人間の体内という狭い世界に再び閉ざされてしまう。
そんなことを考えていた。シーチキン、気の毒だ。
シーチキンが気の毒だ。シーチキンは空を知らない。だからこそあの「シーチキン目線」の画像にはたとえのうまさ以上の味わいがあるのだろう。
ならば、シーチキンに空を見せてあげよう。シーチキンの缶を持って外に出た。
見よ、シーチキン。これが空だよ。
僕はそのまま電車に乗った。シーチキンの缶とともに。
いままで、シーチキンが移動するときは暗く閉ざされたトラックの中だった。というかそもそも、缶の中だった。何も見えない。シーチキンは移動の楽しさをしらない。
シーチキンよ、これが電車だ、これが車窓だ。
僕は電車を降りた。
こうしてシーチキンとともに2023年が終わりを迎えた。
年が明けて2024年、先ほど餅といっしょに食べたシーチキンの分も精いっぱい生きたい。
最後にプレゼント。誰でも簡単にシーチキン目線の写真が撮れるようなフレームを作りました。ご自由にお使いください。
完全に蛇足だが、カップヌードル目線の写真も撮影した。
底に開けた穴にスマホのレンズを差し込むと……
カップヌードル目線の世界は白くて明るい。紙製のカップが光を通すのだ。
これを卵とごはんと共に炒めれば……
カップヌードル炒飯だ。簡単かつおいしいのでよく作る。レシピはこちら。
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