砂漠のオアシス、チャイハナ
それでは早速ですが、こちらが地元のおじさんが茶を飲んで涼をとっている様子です。ご覧ください。
どうです、この力いっぱいのくつろぎっぷりは。街中でここまで無防備に心地よさそうにしている人はなかなかみない。
おじさんがくつろいでいるのは”チャイハナ”とよばれる喫茶店。昔からよくお茶が飲まれているこの地域にはこんな店がたくさんあって、毎日とろけたおじさんたちを見ることができる。観光客の利用も多いが地元の人々にも現役で愛されている、生きた文化だ。
チャイハナの特徴は、まずは見ての通り、開放的な屋外にあること。それからなんといっても、この冗談みたいに大きな座席。
チャイハナには普通の椅子型の席もあるが、運良く涼み台に通されたら、この広い空間をあますことなく満喫するために、まずは靴を脱ごう。台の上によじ登って、クッションをうまく配置して自分好みの座席をセッティング。お茶が運ばれてきたら、あとは何も考えずに惚けていればよい。
こんな感じで、何時間でもぼんやりしていられそうなくらい、本当に快適な空間だ。ところで心地よい記憶に頭を巡らせるうちについ説明が後回しになってしまったけど、中央アジアという地域は大雑把にいって非常に暑い。最近の日本の夏もどうかしているが、こちらはこちらで気が狂わんばかりの暑さだ。
紹介している写真はウズベキスタンという国で撮ったもので、国土の多くは砂漠と荒野。強烈すぎる日差しを真上から浴びるとそのまま消え入りそうだ。真夏の気温は、45度になることも。
そんな土地で屋外の喫茶店なんて正気かと思うかもしれないけど、乾いた空気のおかげで、チャイハナの日陰に入った途端にスッと体感温度が下がる。さらに涼み台は熱のこもった地面からも一段高く、風も通りやすい。目の前に降り注ぐ真っ白な太陽光線との対比で、不気味なほどに涼しく感じられる。
観光地を歩き回ってへろへろになったときにチャイハナを見かけると、「なるほどこれがオアシスか」と思う。ちなみに供されるお茶は、季節を問わずホットが基本。だけど、少量ずつ口に含むと、乾燥した内蔵にじわっじわっとしみこむようで、たまらずうまいのである。
外と中の境界を曖昧にすると娯楽になる
このように独特の魅力あふれるチャイハナがおれは大好きで、旅行中は毎日なんどもチャイハナに入り浸ってしまう。そしてひとたび席に着くと、日差しの下に再度出ていくのに相当な勇気が必要なので、長々と居座ることになる。
たぶんチャイハナのよさというのは、「屋外なのに室内ぽい心地よさ」なのだと思う。普通、オープンカフェで使われる什器は椅子も机も金属製か、あるいはプラスチック製か。いずれにしても味気ないが、過酷な外気の環境を考えればいたしかたない。
一方のチャイハナの涼み台はといえば、木の柔らかい質感にふかふかのクッション、滑らかな布の手触り。まるで自宅のリビングのいちばんお気に入りの空間を切り取って、そのまま外に持ってきたような。そんな心地よさがある。
思えば、少し前に流行ったグランピングとか、京都の川床、それから屋形船なんかも基本は同じ発想のような気がする。本来は何かとストレスが多い野外に、手間ひまかけて室内のようなコージーな空間を作り出すという種類の娯楽なわけだ。
ただこういうのは、便利であればいいというものではない。もしグランピングが冷暖房完備でテント内にバスタブと水洗トイレもあったら、それはもうリゾートホテルに行けという話だ。チャイハナは自然の力だけを使って涼をとりつつ、しっかりゴージャスな気分を味わえるのだから絶妙なバランスといえよう。
しかし人間は古今、外と中の境界を曖昧にすることに喜びを見出し、贅沢な楽しみとしてきたのだなあ。詠嘆
伝統家屋の納涼空間
ここまでは、チャイハナで飲むお茶のすばらしさを渾々と語ってきた。しかし本来お茶というのは普段着の飲み物、店で飲むばかりがお茶ではない。この地の伝統的な民家では、家の中に涼をとる空間を備えており、ここで飲むお茶がまた最高なのだ。
はじめに伝統的な家屋の構造を説明しよう。一般的には正方形のような敷地で、四方は土壁で囲まれる。居住空間がコの字型(もしくはロの字)に並んでいて、その内側はぜんぶ中庭だ。
歴史的な町並みが残る旧市街地では、古い家屋を利用したホテル(B&B)がたくさんある。下の写真は、昔の商人の個人宅をそのまま利用した家族経営の小さなホテルだ。
チャイハナではヒサシや幌で日陰をつくるけど、個人宅の場合は建物の設計そのものが、中庭が一日じゅう涼しい日陰になるようにできている。
こんな空間で涼み台に腰かけて飲むお茶がうまいのはわざわざ言うまでもない。
こんな美してく涼しげな中庭にいるとつい忘れてしまうけど、壁の向こう側の路地はほこりっぽくて、ちりちりに乾いている。
「はあ、ここはなんだか天国みたいなところですね」
同じ涼み台をシェアしていたドイツからの観光客に話しかけると、意外なことを教えてもらった。
「ええまあ。イスラム建築では、中庭は楽園を模して作られるそうですから」
ちなみにこのホテルを切り盛りする家族は建物の1階に住み込んでおり、中庭と涼み台は、お茶を飲んだり、食事をしたり、仕事をする場所でもある。楽園の普段づかいだ。
このように素晴らしい中庭の文化だが、現地の20代の友人たちから聞く感触では、すでに過去のものになりつつあるようだ。世界中どこでもそうだけど、いまどき伝統家屋に住んでいる都市民はそうそういない。
自国の大切な文化でよく知っている存在だけど、自分の家にはない。存在感としても機能としても、ちょうど日本の縁側くらいの存在なのかも。
現地の友人の多くもマンション住まいだ。中庭も涼み台もない。部外者がそれを嘆くのは身勝手で不躾なことだがついつい「もったいない!」と思ってしまう。しかしあるとき招かれた友人の家で素晴らしいものを発見した。
個人的思い出を語るあとがき
記事中で紹介できなかったお話を一つ。伝統的な家屋の説明で登場した国立民族学博物館。ここにあるウズベキスタンの家屋の1/10模型が、たいへん精巧で素晴らしいのです。
10代半ばのころ旅行で大阪を訪れて、初めてこの模型を目にした拙攻少年。この建物と中庭、そして涼み台の美しさに心を奪われ、いつかこの国を旅行してみたいものだと思いました。それから10数年が経ち、現地にも3回渡航し、その魅力をなんとか記事にまとめられて、肩の荷が降りた思いでございます。早く4回目の渡航があればいいけど、それまでは博物館で我慢しておこう。
■国立民族学博物館(https://www.minpaku.ac.jp/)
開館時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日:毎週水曜日(※ただし、水曜日が祝日の場合は翌日が休館日)、年末年始(12月28日~1月4日)
観覧料:一般580円、大学生250円、高校生以下無料
ご連絡先:TEL:06-6876-2151(代表)