沖島に到着し、まずは島の方々にご挨拶を
沖島港から長持を引き、公民館へ向かう。伊勢大神楽を迎える島の方々の善意で、この公民館を拠点にして移動しながら、今日の神事が行われるようだ。このようにして、伊勢大神楽の神楽師のみなさんと島の方々は長い関わりを続けてきたという。

公民館では島の方々が「サト豆」と、飲み物を用意してくださっていた。いきなり図々しく申し訳ないと思いつつ、私も末席に加えていただいた。この「サト豆」は、あられを砂糖で固めたお菓子で、伊勢大神楽が来る日には伝統的に作られてきた縁起物だという(そういえば『よみがえる新日本紀行』にもこのお菓子を作っている様子が映っていた)。

ここで伊勢大神楽について説明しておきたい。伊勢大神楽は江戸時代から続く伝統の神事、そしてその神事を行う集団のこと。昔から一生に一度でもいいから参拝したい憧れの場として人々の信仰を集めてきた伊勢神宮だが、当然、誰もがそこにお詣りに行けたわけではない。遠地に住んでいたり、多忙だったり、高齢だったり、様々な事情を抱えて暮らす人々に向けて、家々を一軒ずつめぐって伊勢神宮のお札を配り、祈祷をし、悪魔払いの意味を込めて獅子舞いをするのが伊勢大神楽の役割である。
そのかわりに、人々からお布施(お金とは限らず、お米やお酒だったりもする)を受け取る。また、その地域の人々へのお礼の意味を込めて、多くの人の集まる場で「総舞」という神楽を奉納する。その「総舞」には大道芸的な要素があったり、「萬歳」という、今の漫才のルーツになった芸も含まれる。
ちなみにさっきから“伊勢大神楽の神楽師のみなさん”といった風に書いてきたが、「伊勢大神楽講社」に5つの社中が存在してそれぞれに活動しており、今回私が同行させていただいたのはそのうちの「山本源太夫社中」である。山本源太夫社中は当世で二十三代目となるとのことで、それだけでも歴史の長さがわかる。
各社中ともそれぞれに神事を行うエリアが古くから決まっていて、「檀那場」と呼ばれる訪問先を年間通じてまわっているそう。山本源太夫社中の神楽師の方々も、多くは一年のほとんどをそうして旅しながら過ごしているとのことだった。
公民館で一休みした後、いよいよ家々をめぐっての神事が始まる。

この日は11人の神楽師が、いくつかの組に分かれ、家々をめぐることになった。

家々をまわるといっても、訪問する先とは、代々に渡って関係が続いていて、同じ場所を毎年繰り返し訪ねているそうだ。沖島では150軒ほどの家を3組で手分けしてめぐっていく。伊勢大神楽の神楽師のみなさんが行き当たりばったりにお布施を要求してまわっているように誤解されることが稀にあるらしいが、毎年待ってくれている人がいて、そこにお札を届け、お祓いをするという関係性なのである。家によっては、家主が亡くなって空き家になったり、その年が喪中だったりして、そういう家には、それとわかる目印が軒先に出されているという。
私が同行させてもらった組は、沖島の氏神である「奥津島神社」での神楽の奉納から一日をスタートしていた。石段を上っていくと、家々の屋根に雪が積もっているのが見え、琵琶湖の水面が太陽に照らされてなんとも神々しかった。


島を歩き、家を一軒一軒訪ねて行う神事
住民の6割ほどが漁業従事者だという沖島の街並みには、今まで私がいくつか見てきた漁師町と似ているところがあって、湖に面した広い景色と、入り組んだ路地に家が並ぶ景色の両極が印象的だった。

訪問先に家に着くと、まず神楽師が家の方に挨拶し、お札を渡し、お布施を受け取る。そして、竈(かまど)、台所に向かって火事が起きぬよう“火伏せの祝詞”をあげ、家の中や軒先で獅子舞いを奉納するという順序で神事が進んでいく。獅子舞いは基本的には二人がセットになって行い、一人が獅子頭を被ってお祓いをしながら舞い、もう一人は獅子頭から延びる幕を動きに応じて捌きながら笛を吹く。そして三人目が太鼓を叩くという構成で行われていた。

路地から出て、今度は湖岸の家を訪ねる。神楽師のみなさんの後ろをついて歩きながら「なんと貴重な景色を見せていただいていることか」と感慨深かった。


雪が止んで、日が出てだいぶ暖かくなってきた。そして、そんな中で見る獅子舞いもまた美しかった。


1時間ほど家々をまわったところで、先ほど訪ねたお家の方が差し入れを持って追いかけてきてくださった。聞けば、伊勢大神楽の日には島外に住んでいるお孫さんが帰省してくるそうで、そのお孫さんの大好物だからとたくさん作っていたサラダ巻きをおすそ分けしてくださったそう。


1時間同行しただけでかなりハードな一日になりそうなことがわかる。もちろん、全然まだ序の口で、あと2~3時間は家々をまわり、その後に休憩を挟んで「総舞」が3~4時間ほど行われるという。神楽師のみなさんは今日は沖島に来ているが、明日は滋賀県の市街地をめぐる予定だという。タフである……。
一行がしばらく歩いて引き返すと、道の途中に長持が置かれていた。お札をここから補給したり、家々でいただいたお米やお酒を一時期的に収納しておいたりする。

見ると長持に札が取り付けられていて「ココからまだ。」と伝言が書き残されていた。「この長持がある場所から向こうの家はまだめぐっていないよ」という意味で、こんな目印としても長持は使われるそうだ。

それからまたしばらくして、神楽師の一人が「あいまいです!」と言う声が聞こえた。「……曖昧?」とポカーンとしていたら、二つの獅子が一緒に軒先で舞うのが見え、「相舞」という意味だったのだと気づいた。

お布施の額に応じて、このように「相舞」が奉納されたり、演目が増えることもあるのだとか。貴重なものを見た。
ちなみにお昼近くなってくると、カメラを携え、伊勢大神楽の神事を撮影する人々の姿が一気に増えてきた。伊勢大神楽はカメラマンの方たちにも大人気で、みなこの日を目掛けて通船に乗ってやってきたようだった。たしかに、沖島(しかも雪景色の!)を歩く伊勢大神楽はみんな写真に収めたくなるよなーと思う。



獅子頭の頭頂部にある白い紙製の“毛”は「幣(ぬさ)」と呼ばれるもの。持っていると厄払いになるというので、たまに地域の方が「ちょうだいー!」と言ってもらっていた。

