創作物に登場する実在しない鉄道路線図
映画鑑賞をしたり漫画を読んだりするたびに、後ろに架空の路線図が映り込んでないか気にして集めている。
そこそこあつまってきたので、路線図マニアでライターの井上さん、路線図デザイナーの大森さんとともに鑑賞してみることにした。
大森さんはJR西日本で鉄道路線図のデザインなども手掛け、最近では柴又駅にある路線図でデザインした寅さんや、恐竜風にデザインされた福井県の鉄道路線図などが話題になった方でもある。
以前、井上さんの取材記事(「路線図をゼロから作り直してデザインを学ぶ授業」)にも登場してくださったこともある。
『AKIRA』に登場した路線図。実は広義の路線図?
西村:まずは漫画『AKIRA』ですね、主人公の金田とその仲間の甲斐が地下鉄をバイクで走るシーンで、路線図がポロッと出てくるんです。
西村:ネオ東京という東京湾の上にできた都市で大爆発が発生して瓦礫の都市みたいになるんですが、その後の話ですね。そのネオ東京の地下鉄の路線図だと思います。
井上:ほうー、これは一応地理ベース(※1)の路線図でしょうね……。
(※1)地理ベース……実際の地形や地図に寄せて表記された路線図。
西村:ネオ東京って埋立地なわけですけど、この路線図、どこが運河でどこが陸地なのかがちょっとわかりずらいんですよね……。まぁ大友先生か誰かはわかりませんけど、多分これを描いた人はそんなに考えては描いてないと思うんですけど。
井上:丸いのが多分乗り換え駅の表現なんでしょうね。一部、川の中に乗換駅があるように見えるところもありますね……たぶん地下鉄路線のレイヤーが一番上になっていますね。
西村:ああ、なるほど、鉄道は本来水路の下に隠れていて見えないけれど、水路の上にぐっと路線のレイヤーを持ち上げてというか、見えるように描いていると。
井上:これ、この鉄道路線のレイヤーを上に持ってくる描き方は、アムステルダムの鉄道路線図に似てるかな。
井上:アムステルダムは水路がいっぱいあるんですけど、その水路の上に地下鉄の路線が描いてある……まあ、地下鉄路線のレイヤーを一番上に持ってくる描き方は他にもいっぱいありますけど、アムステルダムはその様子がわかりやすい。
西村:『AKIRA』のこの路線図はヨーロッパっぽい?
井上:いや、でも自由なんだよな〜。
大森:これ(『AKIRA』の路線図)は、いわゆるロンドン方式の整え方(※2)をしていないですね。鉄道よりも都市の情報(運河など)が多い。だから、どっちかと言うと、バス路線図や市街地図のように見えますね。
(※2)ロンドン方式の整え方……地図の中から、鉄道など交通機関の情報“だけ”を取り出し、地理的な位置の正確性を無視して抽象化するデザインのやり方。例えば、線路をまっすぐ描くために、実際はまっすぐ並んでない駅を一直線に並べたりするような方法。このようなデザイン手法は、1931年に、ハリー・ベックによってデザインされたロンドン地下鉄路線図から始まったとされている。
西村:あぁそうか。路線図じゃなくて鉄道路線が書き込まれている市街地図みたいなのがあって、それを見てる可能性がある。ぼくが勝手に「路線図だー」なんて言って喜んでますけど、そういうわけでもないかもしれないと。
大森:とはいえ、角度が整ったロンドン式ではないけれど、広くいえば路線図ではあるかもしれないですね。
井上:広義の路線図(※3)ですね。
(※3)広義の路線図……鉄道などの経路を簡略化した一般的な路線図の他にも、運賃を分かりやすく表示するための運賃表、列車の停車駅を案内するための案内図、市街地図と合体した地図、観光地を案内するための絵地図など、本来、路線図ではないのでは? というものも、鉄道路線が描き込まれているものは「広義の路線図」として、井上さんやぼくは鑑賞の対象としている。
西村:ちょっと路線図から離れますけど、これは地下鉄駅名看板ですね。
西村:『AKIRA』の何がいいかって、こういうリアルな都市の風景が詳細に描き込まれているところなんですよ。「55BANK」の看板とかもそうですけど……漫画は『ドラえもん』ぐらいしか読んだことなかった中学生にこの駅名標は衝撃だったんです。「これが東京か〜」って。ネオ東京ですけど。で、これ。音羽っておそらく講談社の所在地からとったんでしょうけども、見たことない書体で書いてあって、かなりおもしろいなと。
大森:これ、時代設定はいつぐらいなんですか?
西村:2020年の前の年だったかな。2019年ですね。2020年に東京で2回目のオリンピックが開催されるという設定で、現実でもそうなったという。まあいろいろありましたけど。
井上:あ、そうか、もう追い越しちゃってるんだ。
大森:2カ国語の表示とか、駅ナンバリングがないですね。
西村:確かにないですね。しかも横の壊れている看板? よく見ると蛍光灯ですねこれ。時代設定は2019年とは言うものの、描かれている景色や風景というのは、昭和というか、80年代なんですよ。まあ、当たり前ですけど。
井上:ユニバーサルデザイン(※4)の考え方は、当時まだ浸透してなかったと。
(※4)ユニバーサルデザイン……年齢、性別、文化の違い、障害の有無などによらず、誰とっても分かりやすく使いやすいものを目指したデザインの考え方。路線図も、言語が違ったり色の見分けがつきにくい人たちでも使いやすいように工夫されたデザインが増えている。
鳥瞰図風の路線図『王立宇宙軍 オネアミスの翼』の路線図
西村:続いては1987年公開のアニメ映画、『オネアミスの翼』ですね。こないだ破産したガイナックスが制作した映画です。個人的には一番好きなアニメ映画なんですが、それはさておき、劇中で主人公が切符を買うシーンで路線図が出てくるんです。
西村:これ、画面が横にパンして横長の路線図になるんですが。画面をつなげたのがこちらです。
西村:一応、作品の設定としましては、地球によく似た惑星に存在するオネアミス王国の士官である主人公が、人類初の有人宇宙飛行を行うまでの物語なんですが、地球でいうところの1950年代ぐらいの文明がある世界ということになっております。
井上:駅がピクトグラムになってるのは福岡地下鉄っぽいですね。
西村:おそらくなんですけど、駅の部分のやつはこの世界の文字? だと思われます。この作品、世界設定の作り込みがものすごいんですよ。例えばコイン、硬貨ですね、それが細い棒状なんですよね。
井上:へー。
西村:その棒状の硬貨を券売機のなかにガチャガチャって入れて、レバーをガタって押すと硬券の切符がゴトッと出てくる。そのシーンで出てくる路線図がこれですね。これ、イメージ的には大阪の汐見橋駅にあった、ふるーい路線図。あれに似てるなと思いました。
井上:あぁ、あの昔あった鳥瞰図風のやつですね。
大森:これ(『オネアミスの翼』の路線図)は、海の部分とかが3次元的表現となっていて面白いですね。(最近の)路線図の表現としてはあんまりないですが、吉田初三郎(※5)的な表現ですよね。
(※5)吉田初三郎……1884年京都市生まれ。大正から昭和の中頃にかけて商業美術の分野で活躍した画家。鳥瞰図で描かれた観光案内図などは、当時から人気が高かった。1955年没。
西村:あ、吉田初三郎……ちょうど昨日見に行ったんです。
大森:府中市美術館でやっている展覧会?
西村:そうです。
大森:(吉田初三郎の作品は)鳥瞰図として作ったものも多いですが、路線図として作ったものもありますね。
西村:吉田初三郎は路線図だなと思って、路線図ファンを名乗っているからにはちゃんと向き合わないとだめだと思って、吉田初三郎展行きました。
大森:初三郎はすごいんですよね。工房を抱えててものすごい数の作品を作っていますけど、見る角度の自由さがすごい。北海道を真北から鳥瞰したやつとか、本当にすごい。
西村:飛行機もやっとできるかできないかぐらいの時代で、もちろん宇宙に出るなんて夢のような話だった時代にISSから地球を見たような絵を描いていて、その視点どこから持ってきたんだという気になりますね。