自分で作るってスゴいな
それにしても学生さんたちの作品のクオリティの高さである。デザイン志望の皆さんとはいえ、元の路線図のテイストなども再現しつつ、ゼロから新しいものを作るのって本当にスゴい。
山手線の新駅が「高輪ゲートウェイ駅」に決まったけど、この長い駅名をデザインの力でどう解決するかも期待してしまう。現場は大変だと思いますが……
路線図マニアなので、「高輪ゲートウェイ駅」が今の路線図にどう組み込まれるか気が気でない。
駅や路線など、いろいろな制限なのなかで、わかりやすくデザインするのって大変だ。どこかで教えてたりするのかな。
あるのだ。教えているところが。千葉大学に路線図でデザインを学ぶ講義があるという。
その講義では、路線図を教材として扱うだけでなく、既存の路線図を自分の手で作り替えるという。ネットでよく言うところの「オレの考えた最強の路線図」ではないか。
路線図好きとしてぜひ見てみたい。講義におじゃました。
というわけで千葉大学にやってきた。正確には千葉大学工学部。最寄りはJR西千葉駅である。
ひとくちに「デザイン」と言ってもいろいろある。
図形とか模様とかに限らず、建築も衣服もWebも工業製品もみんなデザインだ。「私もサザエさん、あなたもサザエさん」みたいなものである。
で、この講義で学ぶのは「コミュニケーションデザイン」。ははぁコミュニケーションのデザインですね……と、うっかり知ったかぶりしてしまうが、ちゃんと聞いてみよう。なんですかコミュニケーションデザインって。
「そうですね……たとえば、1985年に阪神タイガースがリーグ優勝しましたよね」
大森さんは熱狂的な阪神タイガースファンである。野球をよく知らないちびっ子たちもここは黙ってうなずいておこう。
「道頓堀にカーネル・サンダースの人形が投げ込まれたりして、それはもう大騒ぎでした。それから7年後、阪神は1992年に再び優勝争いに加わります。すると、大阪中の看板や人形たちが足かせをはめられ、地面や店舗にしっかり固定されたんです」
「うちのもんまで道頓堀に投げ込まれてはかなわん」ってことですね。
「でも、あの有名な『食いだおれ人形』は固定せず、代わりに吹き出しをつけて一言しゃべらせたんです。なんて言わせたと思います?」
なんでしょう。「やめてください」的な……?
「『わて泳げまへんねん』って言わせたんです。泳げへんならしゃあないわ、と投げ込まれず済んだんですね。一方的にダメですと言うのではなく、相手に心からの納得感があるかたちで伝える、それが理想的なコミュニケーションデザインです。相手の立場に立ってわかりやすく伝えることにより、デザインで問題を解決できる。これは路線図のデザインにも言えるんです」
電車に乗るのに、路線網が複雑だったり、乗換がわかりにくかったりすることもあるだろう。じゃぁわかりやすくするために、駅や路線を一旦壊して作り直します! というシムシティみたいな力業は普通やらない。
駅のサインや路線図など、デザインの力でわかりやすくする=問題を解決する、というわけだ。路線図を教材にコミュニケーションデザインを学ぶ意味がここにある。
この日は全6回ある講義の最終日。学生さんたちによる最終プレゼンが行われた。
講義では、交通デザインの基礎を学ぶほかに、課題も出る。
課題はざっくり言うと、「好きな路線図と、なんとかしたい路線図を見つける」、「なぜそう思ったのか分析する」、そして「なんとかしたい路線図をデザインの力でなんとかする」。
つまり、最終プレゼンのこの日は、みんなが「なんとかした路線図」を持ち寄る日なのだ。オンリーワンの路線図である。路線図マニアとしてこんなに興奮することはあるまい。
学生さんのひとりが取り上げたのは、埼玉県を走る秩父鉄道の路線図。
確かになんとかしたくなる気持ちはわかる。路線図マニア的には味があっていいのだけど、ちょっと見づらいところもある。路線図マニア的には味があっていいのだけど(2回目)
この路線図を学生さんがデザインし直したものがこちら。
めちゃくちゃスタイリッシュ……! このまま採用されてもおかしくないクオリティ。ずいぶん変わるものである。街ですれ違っても気がつかないだろう。同窓会で再会してハッとするレベルだ。
デザインし直すといっても、勝手気ままに作っていいわけではない。事前に大森さんが設けたガイドラインがある。「線の角度を統一する」「ラインと文字を重ねない」「線路の配線通りに表現する」など、わかりやすくするためのポリシーがあるのだ。
さっきの秩父鉄道もスタイリッシュなだけじゃなくて、斜線の角度が45度で揃っていたり、秩父鉄道を実際の地形に沿って曲げたりしている。なるほどわかりやすい。
学生さんの手にかかると、東京と神奈川を結ぶ東急電鉄の路線図もこうなってしまう。
渋谷を中心に、放射状&同心円状に路線が広がっている。こういう観点からの「角度の統一」もあるのだ。東急グループ的にも渋谷が中心なのは理にかなっている気もする(ヒカリエとか)
大森さんによると「東急電鉄と名古屋地下鉄は取り上げる人が多い」という。なんとかしたい気持ちを高ぶらせるなにかがあるのだろう。別の学生さんが描いた東急電鉄を見てみると……
地味な変化ではあるが、学生さんそれぞれで「こうすればわかりやすい」という視点が異なるため、違った路線図がどんどん出てくる。
どれも同じ路線のことを描いているのに、デザインのアプローチはひとつじゃない。同じ話を演じているのに落語家によって演出が違う、みたいなものである。
ずっと眺めていたいが、そろそろあの疑問に戻ろう。鉄道会社の方が、どうして千葉大学で教鞭を執っているのか? しかも大森さんのお仕事は、車両の設計が専門なのだ。
大森さんの母校はここ、千葉大学。専攻はもちろんコミュニケーションデザインである。
「公共の領域でこそ、デザインが必要。鉄道会社に入って公共サインをやりたい、と思ったんです。赤瀬達三先生も千葉大学の出身ですから」
赤瀬達三さんは、営団地下鉄(現・東京メトロ)の案内サインをシステマティックにデザインした人物である。
東京メトロって、出口が黄色で表示されてるじゃないですか。あと路線が○のマークだったりしますよね。これら案内サインの体系的なルールをデザインした方です。
「それでJR西日本に入社するんですが、配属されたのは車両部。そもそも、路線図などの案内サインを専門に扱う部署というのは、鉄道会社には根付いてないんですよ。特に路線図はみなしごハッチみたいな存在なんですね」
車両設計の仕事もこなしながら、デザインの必要性を問い続けてきた大森さん。新しい特急列車の車内に掲示する経路案内図や、車両パンフレットに載せる路線図も自分で描いていた。
さらにJR西日本の路線図も、車内案内表示のデザインのひとつとして描いていたところ、なんと公式に採用されてしまった。
一方その頃、赤瀬達三さんは公共サインのデザイン事務所を営みながら、千葉大学でデザインの講義を持っていた。しかし事務所経営との両立は大変だったそう。卒業できないかと、大学側にその旨告げると「代わりの人を紹介して」という。ちょうどいい後輩がいる。
「赤瀬先生の頼みとなれば断れないじゃないですか(笑) 千葉大学から公共サインや路線図の火を消してはいけないと、謹んでお受けして。もう今年で4年目ですね」
講義終了後、学生さんのひとりとお話する機会があった。
「モスクワ地下鉄を参考にアップデートした」とのことで、モスクワ地下鉄好きの西村さんの目が光る。
おぉ~スッキリしましたね~と話していたのだが、一箇所不便になっていることに気がついた。「市民会館」の名がつく2つの停留所である。
実際は長崎市民会館の前に「市民会館」という停留所があり、路面電車の系統によって「3系のりば」「4・5系のりば」と2つの乗り場に分かれている。元は同じ停留所なのだ。
元々の路線図は2つの乗り場がそばにあるが、改変後は見やすさを重視するあまり完全に離れてしまった。「配線通りに表現する」というポリシーからも外れてしまう。
一見、野暮ったく見えた元の路線図の形にも、ちゃんと理由があったのだ。
「現地に行ってみるのも大切なんですね……!」と西村さんが気づく。図だけに注目していると大事なポイントを見逃してしまう。「LINEで済ませず会って話すのも大事」みたいなものだ。路線図も恋愛も同じである。
講座を終えた学生さんの反応を聞くと、「自分で描いてみて初めて難しいことがわかった」というものが多かった。普段目にするもののデザインって、無意識のまま通り過ぎること多いですもんね。
なかには「路線図を注意して見るようになった」というコメントも。大森さんも「人によっては完全に“こちら側”に来ていますね」としたり顔である。
「路線図が題材ですが、コミュニケーションデザインの考え方は他のさまざまなデザインに役立ちます。とはいえ、将来は一人でも路線図に携わってくれたら嬉しいですね。千葉大学を出て変な路線図を描いたら許しませんから(笑)」
それにしても学生さんたちの作品のクオリティの高さである。デザイン志望の皆さんとはいえ、元の路線図のテイストなども再現しつつ、ゼロから新しいものを作るのって本当にスゴい。
山手線の新駅が「高輪ゲートウェイ駅」に決まったけど、この長い駅名をデザインの力でどう解決するかも期待してしまう。現場は大変だと思いますが……
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