特集 2019年2月7日

高さ4000m・幻の読売タワーとは? 昭和最強のメディア人・正力松太郎の夢をたどる旅

富士山より高い塔を夢見た昭和の大巨人・正力松太郎(読売新聞 1968年10月25日号より)

1960年代後半。東京タワーの333m、東京スカイツリーの634mをはるかに上回る、4000mのテレビ電波塔を建てるという計画があった。

それをひそかに推し進めていたのが、プロ野球の父、テレビ放送の父、原子力の父とも言われた昭和最強のメディア人、正力松太郎だった。

以前日本テレビで少し働いていた僕は、その夢の跡を見たくなって旅に出た。

ライター、番組リサーチャー。過去に秘密のケンミンSHOWを7年担当し、ローカルネタにそこそこくわしい。「幻の○○」など、夢の跡を調べて歩くことがライフワークのひとつ。ほか卓球、カップラーメン、競馬が好き。(動画インタビュー

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時の総理をしのぐ力を持っていた

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昭和の日本を形作った、正力松太郎。読売新聞を世界一の発行部数の新聞にのし上げ、日本初の民放テレビ局・日本テレビを立ち上げた。

さらには野球の読売巨人軍を創設し、プロ野球の前身とも言える日本職業野球連盟を発足。さらにCIAともつながって原子力発電を日本に持ってくるなど、賛否両論あれどもあまりにもスケールの大きいことをやってきた男である。

彼の世に与えるパワーたるや、時の総理をしのぐと言われたほどだ。

彼は荒々しすぎるほどの豪傑で知られ、「立山連峰をダイナマイトでぶっ放して、裏日本をなくせ!」という、富山出身ゆえの郷土愛あふれる放言まで飛ばしている。

富士山よりデカい!

正力の口癖は「男なら空前絶後の仕事をしろ」だったが、晩年の1966年に彼がブチ上げたのが、まさに空前絶後、4000mの高さの読売タワーだった。

基礎工事は山梨と静岡と神奈川にまたがるという巨大なもので、計画には設計図だけで2億円ものお金を投入している。

ちなみに当時の円の価値は今の2倍ぐらいなので、現在の4億円相当だ。

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完成していたら、だいたいこんな感じ?(厳密に計算したものではありません)

富士山の横に、それよりも高い塔がスッとそびえ立つ。読売タワーが実現していたら、富士山の風景も大きく変わっていただろう。

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ちょうど山梨・静岡・神奈川の県境にある三国山あたり?(提供 国土地理院)

あまりのことに正力の知人からも「富士山の上にアンテナを建てれば良いじゃないか」というごもっともな発言も飛び出したそうだ。しかし正力はあくまで4000mタワーにこだわった。

「それでは面白くない。下からつくるところに面白味があるんだ。こう(4000mタワーに)すると下の方の土台の面積が非常に広くなるから、そこを全部百階建て、二百階建てのビルにする。世界一の塔と世界一の都会を同時に建設できるんだ(巨怪伝 佐野眞一 文藝春秋より)」

「すごい」を通り越して、もはや常軌を逸したレベルの発言である。

ただし山梨・静岡・神奈川の県境あたりは山岳地帯だが、実現していればよみうりランド造成時のように山を切り崩し、谷を埋める大工事を行ったのかも知れない。

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向こうの山のあたりに建つはずだった読売タワー(御殿場線の駿河小山駅と足柄駅間の車窓から撮影)。

天才「バックミンスター・フラー」により設計されていた

「そんな“トンデモ塔”、誰が作るんだ?」と思ったかも知れない。しかし世界的な権威によって設計が為されていた。

その建築家の名はバックミンスター・フラー。正力による無茶な要求をかなえるため、知恵をしぼった。

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「宇宙船地球号」という言葉でも知られるフラー
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読売タワーの模型。ちなみに右下の小さな塔はエッフェル塔だと思われる(バックミンスター・フラー マーティン ポーリー 鹿島出版会より)
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「塔の下に超高層のオフィスや集合住宅、スタジアムなどを構える、あまりに壮大すぎる計画(クリティカル・パス R.バックミンスター・フラー 白揚社より)」

ちなみに彼の理論により生まれたジオデシック・ドームは「世界で最も頑丈な建築物」とも言われ、生まれたドームは世界で30万個以上とも言われる。

富士山の山頂にあった「富士山レーダードーム」も彼の理論によって生まれたものだ。山頂の猛烈な風雨にも耐え抜き、現在は富士山レーダードーム館で余生を過ごしている。

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富士山レーダーもフラーの理論によって構築された

ちなみに正力は、「よみうりランドに超高層ビルを作り、百万都市を作り上げる」とも豪語しており、それにもこのフラーが関わっていた模様だ。

最終見積額がいまの価値で1兆円超えに

フラーは奇天烈な理論で周りを困惑させることも多かったようだが、いまの世界を支える重要な特許などを多く取得したことも事実だ。

「トラス構造」や、大陸の形の歪みが目立たない「ダイマクション2次元世界地図」なども発明した。

4000mの読売タワーも、あくまで彼の理論では「実現可能」としていた。

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富士登山も行ったフラー。読売タワー建設のための下見?(読売新聞1966年8月5日号より)

時速400キロの風荷重に耐えられるか、水が落下する危険区域への保護対策はできているか、エレベーターが故障した場合にヘリコプターでどう救助するか……などもすでに考えられていた。

しかし最終見積額が総額15億ドル(5400億円)にも跳ね上がってしまい、結局断念したという。確かに、いまの価値に直せば1兆円超えである。

ちなみにコスト面の問題をクリアするため、3億ドル(1080億円)でできる2400mタワーも検討されていたようだ。

もしゴーサインが出たとしても、ホントに建てることができたのかどうかは正直マユツバではあるが、これが世界的建築家の手によって、大マジメに検討されたことは事実である。

東京タワーができる前、日本一高いタワーは日本テレビ塔だった

東京スカイツリーができる前に一番高かったテレビ塔は、東京タワー。しかしその前に大きかったのは? 実は日本テレビのテレビ塔(154m)だった。

その跡は、麹町にある日本テレビの敷地に残っている。

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オールドファンならおなじみの日テレ麹町ビルの南館が取り壊しを待つ。ちなみに筆者の学び舎「日テレ学院」も移転していた

現在、中継などでよく見慣れた日テレ麹町ビル南館など、多くの施設が取り壊しを待っていた。跡地には新しい放送施設ができる予定。

進んでいくと、目の前に大きなアンテナが現れた。これぞ当時のテレビ塔に付いていた、22mのスーパーターンスタイルアンテナだ。

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警備員さんのいる後ろで、静かに立っていた
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1961年当時の日本テレビ塔。自立式で日本一の154mを誇った

建てた場所の標高が30mほどあるため、合わせて184mほどの高さが得られた。当時の東京なら、電波が届くのにはこれで十分だった。

この塔は55mの地点に第一展望台、74mの地点に第二展望台があり、無料解放されていた。

テレビの鉄塔に展望台を作るのは世界でも画期的だったそうで、大人気だった。これに後の東京タワーらも追随したとも言われる。

あの「街頭テレビ」の電波も発信された

日本テレビが開局した1953年8月28日当時、NHKに登録されている受像機の台数は3500しかなく、スポンサーをつけなければならない民放はビジネス的にむずかしかった。

そこで正力が考えたのが、街頭テレビだった。

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プロレスの力道山戦を観る観衆たち(1955年)。

街頭テレビにはたちまち人が集まり、大抵一台に2000~3000人、多いところでは1万人が同時に同じテレビを観た。

この街頭テレビの成功により、民放の先陣を切った日本テレビの経営は軌道に乗り、7ヶ月で黒字を達成。ほかの民放テレビ局が続く下地を作った。

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右下には忘却のかなたにあった「日テレの旧ロゴ」も。懐かしい

テレビが敗戦の傷の残る日本人の心をひとつにした。その電波を発信していたのが、このアンテナだったのである。

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解体される直前の写真。街中にヌッと大きなタワーが(1979年11月 提供 国土地理院)

のちに送信所を東京タワーへ移した後も、東京タワーが使えなくなったときの予備塔、後楽園球場や事件現場からの中継に使用されていた。それも1980年2月28日のニュース番組を最後に、その使命を終えた。

すべての解体が終わったのは、1980年8月10日だったという。

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その傍らにある碑。なお関係者には、テレビ塔の支柱の一片を使った時計が配られた

4000m→550mにして再チャレンジ

前述のとおり4000mタワー計画は頓挫した。その後に持ち上がったのが、550mと大幅に低めた塔を新宿に作る案だった。これには日本テレビ技術陣の賢明な助言があったとい

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(読売新聞 1968年5月11日号より)

なぜここまで正力が独自テレビ塔の建設にこだわったかというと、東京タワーはフジサンケイグループが主導したもので、そこに乗り入れたくない気持ちが強かった。

加えて1965年以降になると、都心部のビル高層化により低い塔から電波を飛ばす日本テレビの視聴状況がどんどん悪くなっていき、当時の日テレ苦戦の遠因とも言われた。

他局とのハンデを埋めるために、より高いテレビ塔を確保することは急務だったのだ。三菱グループの協力を得て、大々的に起工式も行った。

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正力タワー建設予定地。東京ドームよりもずっと早い日本初のドーム球場建設も想定されていた(1966年撮影、提供 国土地理院)
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起工式(読売新聞 1968年10月25日号より)

ちなみに正力いわく「一部の(テレビ)局は、(正力タワーから電波を発信したいと)頼んできたところもある」とのこと。真相は闇の中だ。

かくして正力タワーの工事がはじまるも、対抗したNHKが600mものタワーを渋谷に建てると発表(最終的に代々木公園へ610m塔を建てる計画に)。ここから両者の押し問答がはじまった。

しかしそんなさなかに正力松太郎は1969年10月9日に死去。正力タワーの大きな推進力であった正力の存在なくては、もうタワー計画は風前のともしび。

そらから1年ほど後の1970年11月10日、日本テレビも東京タワーから電波を発することになった。かくして正力タワー計画は忘れ去られ、ついでにNHKタワー案も闇に葬られた。

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その後、建設予定地は日本テレビゴルフガーデンになり……(提供 国土地理院)
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現在はイーストスクエアガーデンに。スクウェア・エニックスの本社もある。

すべてを捨てて、日テレは東京タワーへ

旅の終点は東京タワーだ。大学時代、片思いしていた娘と行ったなぁ……と思い出しながらもやってきた。

自前のテレビ塔も、読売タワーや正力タワー計画も、日本テレビはすべてを捨てて、みんなと同じ東京タワーへ遅ればせながら入れてもらうことになる。

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たどりついた、東京タワー
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ホリエモン万博が開催中だった

この東京タワーだが、スカイツリーができたことにより、さまざまな生き残り策を図っているという。この日開催されていたホリエモン万博もその一端だろうか。

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と、ここにあったのがモスバーガーの東京タワーバーガーシリーズ(東京タワー店限定)

TBSのやさしさで息を吹き返した、日本テレビ

当時すでに東京タワーの送信アンテナ取り付け部は、5局によって占められていた。しかしTBSの厚意に預かる形で、同社と併設で海抜292mの地点にアンテナを取り付けられたという。

これで日本テレビは電波面での不利を解消。フジテレビなどとの視聴率競争を経て、いまでは視聴率日本一の地位を確立している。

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アンテナが取り付けられた場所は、だいたいこのへん(海抜292m)。

そんな東京タワーも、東京スカイツリーの登場とともに役目を終え、唯一東京タワーから電波を送っていた放送大学さえも2018年9月30日で電波送信を終了。

60年にも渡る電波送信の役目を終えたのだ(ただし予備電波塔としての機能は維持する)。

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現日本の“王様タワー”

最後に正力松太郎氏のことを、いま日本テレビに勤める友人に聞いた。

「入社するときに社訓は読んだよ(日テレの社訓は、正力の遺訓から作られている)。ただ、それぐらいかな。みんなよく知らないと思う。氏家さん(斉一郎。元日テレ社長)に関する話は聞いていたけどね」

「正力タワーの話は知らなかった。麹町にあるテレビ塔のことに関してもくわしくは知らなかったな。4000mのタワー……(笑)。良くも悪くも、テレビに元気があった時代だったんだろうね。」

現在、正力松太郎の存在は日テレですら薄らいでいる。

それもそのはず、行き過ぎたといわれるワンマンぶりと、ときに暴君とも言われた専制的な態度で側近からの評判は芳しくない彼。現在の日テレも、彼とは距離を取っているようだ。

しかしその無鉄砲で、ときに乱暴とも言われる精神と行動力から生まれたものが、日本をいまでも形作っているのは事実だ。良いか悪いかは別にして。

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自由が丘から。この記事の舞台で撮影。

「男のロマン」としか言いようがない、4000mタワー

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旧日テレ学院の近くにいた「なんだろう」。最近見かけなくなった彼がホコリをかぶっていた

誰もマネできない空前絶後の大きさのタワーを目指していた正力。

そのロマンは男ならわかるのではないか。1cmでも身長を伸ばしたいと思っていた思春期。168cmまでしか背が伸びなかった僕は、つい共感してしまうのだ。

富士山のそばに造る4000mのタワーは明らかに費用対効果、景観などの問題で疑問符がつくので、「できて欲しかった」とまでは思わない。

しかしいつか高熱にうなされた夜にでも、悪夢の中でひょっこり現れて欲しい。

<参考文献>
テレビ塔物語 日本テレビ放送網株式会社
巨怪伝 佐野眞一 文藝春秋
我、拗ね者として生涯を閉ず 本田靖春 講談社
AERA 2012.7.16(大澤昭彦氏の記事)
バックミンスター・フラー マーティン ポーリー 鹿島出版会
クリティカル・パス R.バックミンスター・フラー 白揚社
読売新聞

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