読んだよ 2024年11月28日

火星に取り残された底抜けに明るいサイコ野郎がほぼ一人で奮闘しまくる話~「火星の人」

デイリーポータルZのライター、関係者が愛読している本を語ります。

今回はライターの拙攻さん。レコメンドは「火星の人 (ハヤカワ文庫SF)

聞き手はまこまこまこっちゃん、こーだい、石川です。

では拙攻さん、お願いします。

インターネットにラブとコメディを振りまく、たのしいよみものサイトです。

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おもしろすぎて5周した

拙攻:
小説です。けっこう有名なSFですけど、「火星の人」っていう。

まこまこまこっちゃん(以下、まこ):
映画は見ましたよ。「オデッセイ」ですよね?

こーだい:
見ました見ました。

拙攻:
そう。その原作小説です。私はあんまり映画を見ないんですけど、これは飛行機の中で見て、面白くて3回見ました。

まこ:
けっこう見ましたね!

拙攻:
行きに2回見て、帰りにもう1回。

石川:
ははは。全部機内で。

拙攻:
で、帰ってきて、 小説も読もうと思って、英語の原著にトライしたんですね。英語そんなできないけど、3回も映画見たからさすがにいけるだろうと思って。それで読み終わって、で、日本語の小説にも手を出したっていう、そのくらい。

石川:
5周してるじゃないですか。

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底抜けに明るいサイコ野郎がほぼ一人で奮闘しまくってるだけのお話

拙攻:
宇宙飛行士の主人公が火星に探査に行くんですけど、帰りに一人だけ事故で置き去りにされるというとんでもない災難に見舞われるんです。
でもこの主人公がね、ひたすらポジティブな、底抜けに明るいサイコ野郎だっていうところがですね、この小説の最高なところ。

石川:
へー、おもしろそう。
いまこの場で僕だけ、映画も本も読んでないから新鮮な気持ちで聞いてます。

拙攻:
(笑)
そういうサイコ野郎がですね、ほぼ一人で奮闘しまくってるだけのお話。

石川:
じゃあ登場人物は一人?

拙攻:
火星には一人で、地球側に救出ミッションを任されてる人たちがいっぱいいます。
この人たちとの対比もすごく意図的にされています。

主人公が置き去りにされたことが衛星画像でわかって、NASAの人たちがすごく心配して「見つかったけど、彼を助けることはできない」って悲嘆にくれてる時に、アメコミ読みながらしょうもない設定の矛盾にぶつぶつ文句いってるんですよ。
コントラストで笑わしに来るんです。

石川:
ははは。

滞在11日目、ひとり取り残された絶望感に浸る間もなく贔屓の野球チームが気になる主人公(上巻 28ページより引用)

拙攻:
文章は日記調なんです。彼は毎日ビデオログをつけるんですよ。
「〇月〇日、火星滞在〇日目。今日はこんなことがあった。なんちゃらかんちゃら~」って。
彼がずっと一人語りをするのが文章になってるっていう体裁。

石川:
航海日誌の現代版だ。

拙攻:
主人公は本当に頭がいかれてて、ひたすらジョークばっか言ってるんです。
(本をめくって)今パッと開いたページにもやっぱりジョークがあります。

ブラケットの強度を見るために岩で殴ってみた。 ぼくら惑星間科学者は、こういった洗練された手法をよく使うことで知られている。

(下巻 88ページより引用)

拙攻:
殴ったのをですね、「洗練された手法」という風に言ってみるという冗談。
次に火星滞在388日目を見てみます。

石川:
長い。

拙攻:
物資がとにかく限られてるんで、最初は嗜好品…甘いものとかいっぱいあったんですけど、どんどんなくなっていきます。
ジャガイモを育てることに成功したんで、ジャガイモだけいっぱいあるんですよ。

きょうもジャガイモでスタートした。ジャガイモは火星コーヒーで飲みくだした。 火星コーヒーというのは、”お湯にカフェインの錠剤を溶かしたもの”にぼくがつけた名前だ。

(下巻 128ページより引用)

拙攻:
本物のコーヒーは何カ月も前にそこをついてるんです。
彼は皮肉屋で、でも超前向きで、彼が苦しめば苦しむほど、読者は楽しくなって続きが読みたくなるという素敵なエンターテインメント小説です。

まこ:
だんだん思い出してきた!植物学者かなにかですよね?

拙攻:
そうですね、主人公は植物学者で、帰っちゃったクルーは他に軍人とか医者とか、原子炉エンジニアとか。

彼らと主人公がチャットでやり取りするシーンがあるんですよ。クルーのひとりにこれまた皮肉屋のひどいやつがいてですね、そいつが主人公に言うんですよ。「宇宙船が少し広くなって快適だ」って。

主人公は、「でも僕の仕事もみんなで分担する必要があるから大変だろ?」って言うんですけど、そしたら「大丈夫だ、たかが植物学だから」って切られるんです。

石川:
ははは。

こーだい:
すごい。

拙攻:
そういうジョークの応酬をやってる様子なんか、もう最高ですね。

生死を分ける大事な計算中に、独自の単位「パイレーツ・ニンジャ」を考案(下巻 71ペーより引用)
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映画ではカットされてるエピソードも

まこ:
映画とは内容違うんですか?

拙攻:
かなり忠実に再現されてます。いくつかの災難がカットされてますけど。
印象深いところでは、終盤に主人公がひとりでちっちゃいローバーを改造して、それに乗って80日ぐらい旅をするんです。「オデッセイ」というタイトルは多分これを指してるのかなと思うんですけどね。
その道中に、とんでもない砂嵐が発生します。

石川:
うんうん

拙攻:
砂嵐が発生すると、空が砂で遮られて、動力源である太陽光が得られなくなっちゃうんです。実は出発前に、彼は凡ミスで地球との交信手段をダメにしてるんですね。
地球側のみんなはローバーが砂嵐に突っ込もうとしてるっていうのを何日も前から知ってるんですけど、彼だけが知らない。

石川:
えー

拙攻:
でも彼は、太陽光発電の効率が落ちてきてることに気がついたんです。
そこで何千キロもある砂嵐の入りたての時に、3か所に太陽光発電パネルをバラバラに置いたんです。そして発電効率の違いから砂嵐がどっち向きに動いいるのかを推測して、迂回したという。

まこ:
アイデアだ。なるほど~。

拙攻:
はい。それが映画ではカットされてるエピソードですね。

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投稿サイト発の傑作

拙攻:
著者のアンディ・ウィアーという方は野良の小説家で、 最初は小説投稿サイトみたいなところで書き始めたものが注目されて、出版されたようです。この方の最新作もめっちゃ面白いんで、ぜひ読んでくださ。

こーだい:
なんてやつですか?

拙攻:
「プロジェクト・ヘイル・メアリー」。

石川:
すごい話題作だった。同じ人なんだ。

拙攻:
そう。ちょっと前「三体」と「プロジェクト・ヘイル・メアリー」が話題を二分してましたよね。でも私はその前の、この「火星の人」が大好きです。

こーだい:
いま続きの短編が出たって書いてありますね。
「火星の人」が刊行10周年で、それを記念してXで関連する短編が公開されたそうです。

石川:
スピンアウト版みたいなやつ?

こーだい:
『破損していたログデータを修復したという形式で、ログエントリー・ソル488の出来事が…』

拙攻:
なるほど。488。確かに。

石川:
原作だとログに抜けてる番号があるわけですね。

拙攻:
ありますね。
面白そう。それは頑張って英語を読まないと!

Kindle版です。紙の本はリンク先で「文庫」を押してください。

下巻

火星の人〔新版〕 下 (ハヤカワ文庫SF)

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