現実は平坦で、派手なドラマはない
佐伯:バンドマンのマンガなんです。メジャーデビューしたばっかの。っていっても音楽マンガって感じでは全然なくて、音楽のことよくわかんないっていう人も全然読める話。
石川:うん。
佐伯:会話が主軸の群像劇っていうのが一番わかりやすいかな。
唐沢:なんかしゃべってる系?
佐伯:そういう感じですね。そして本当に波がないんですよ。
石川:言い方(笑)
唐沢:登場人物が喧嘩するとかもなく?
佐伯:ほぼなく。
石川:ドラマ的な面白さじゃないんだ。
佐伯:ないんです。ライブシーンとかもそんなないし、練習もそんなしてないし。
石川:その会話を楽しむ。
佐伯:そう。伏線とかは全然ないし、心の葛藤とか、 劣等感がどうのとかそういうのも、かなりあっさりしか描かれてなくて。
でもちょっとエッセイ漫画っぽい手触りがあるのが特徴なんです。
神様視点っていうか、作者のサライネス先生がこの人たちの日常を見て、客観的に描いてるっていうような。
石川:へー
佐伯:これは私の考えですけど、この作者の先生の作品に通底してるテーマとして、「現実は平坦で、派手なドラマはない」っていうのがある思うんですよね。
小話みたいなちょっとした出来事の連続でできてるのが日常で、でも結果的にそれって実はすごい面白い、っていうのを描いてるんじゃないかと。
石川:なるほどね、なるほどね。
佐伯:そういう「何もなさ」っていうのも、人によって違うじゃないですか。例えば、私の何もない日常も、唐沢さんから見たらけっこういろいろあるかもしれないし。唐沢さんの「なんか普通だったなー」っていう一日も、私から見たらなんか面白いかもしれないし。
唐沢:はいはいはいはいはいはい
佐伯:そういうのを捉えて書くのがめちゃめちゃ上手なんです。
間欠泉のような会話
石川:日常系ってジャンルあるじゃないですか。あれとも違う感じ?
佐伯:ギャグじゃないんですよね。
石川:そこか。
佐伯:現実すぎてギャグじゃないんです。面白くはあるけど、「笑わせてやろう」みたいな気合がない感じっていうか(笑)
それがすごい珍しくて。
石川:はいはいはいはい。
佐伯:これは私が好きな話で、バンドがアナログ盤を出そうってなって、 ジャケットのデザインをデザイナーさんと一緒に検討するんです。
石川:はい。
佐伯:で、デザイナーさんと主人公の二人が、パソコンの前で特に相談もせず黙っては……都営バスの話をぽつりぽつりとして、また黙っては都営バスの話をぽつりぽつりとして……終わるんですよ。
唐沢:ははは。デザインの話をせず。
佐伯:しないんですね。「間欠泉のような会話」ってこの話では言ってるんですけど、 でも日常ってそうじゃないですか。そういうところに、なんか日常の面白さが出るっていうのを描いてるんですね。
石川:いわゆる日常系ってフィクションっていうか、ファンタジーじゃないですか。
唐沢:ゆるく見せかけておいて、けっこうヤマもオチもありますもんね。
佐伯:ただ、このマンガの唯一のファンタジー要素だなって私が思うのは、出てくる人のほとんどが、最終的には『自分は自分で他人は他人』って割り切れる人たちなところです。
石川:
はいはい。
佐伯:それって現実だと難しい。他人とどうしても比べちゃったり、そういう葛藤を描くリアルっていうのもあるじゃないですか。
この作品はそういうのは描いてなくて、だからこそなんか日常に起こる出来事をただこう、ポツポツとつまみとったものを、ノイズなく楽しめるみたいな。
石川:リアルに日常を描いてるんだけど、現実のそういうドロドロのない、ある意味で理想のリアルみたいな。 そういうとこなんですかね。
佐伯:こうでありたい現実がここにあるっていう。
「日常に大ゴマはない」
唐沢:1巻の1話目ってどんな話なんですか。
佐伯:どんな話だったっけな。練習シーンから始まって……、でも練習はしてないですね。
ギター持ってるのこのコマだけだ。 それ以降はずっとしゃべってる。
石川:練習しないんだ(笑)
唐沢:(読みながら)番組に出ないといけないか……それは苦手だから……みたいな感じのことずっと思ったり言ったりしてる。
佐伯:出るかどうかしゃべってるシーンはあるんですけど、出るシーンはけっこう端折られてる(笑)。そうやって話が動いちゃうと、この漫画じゃなくなっちゃうんで、
唐沢:いかに話を動かさないか。
佐伯:(めくりながら)こっちは私が好きな話で、新曲のMV撮影で遠方ロケに行く日の朝の話。
石川:うん。
佐伯:それで事務所の前でみんなで集合するのに、遅刻しました、でも頑張って起きてきました、じゃあ出発しますよ、っていうところで終わる(笑)
唐沢:ロケは?
佐伯:描かれないんですよ。次の話に続くわけでもなく。
バンドらしい話とか。ドラマが起こりそうになると終わるんですね。恋愛系の話とかもちょっとあるんですけど、でも恋愛が進展しそうになると、なんか終わる。
「これからだぞ」みたいな。何かの始まりをずっと描き続けてる感じ。
石川:ははは。いやでも、それはいいですね。基本的に一話完結?
佐伯:そうです。基本的に一話完結。一話も短いんですよ。
しかもコマ割りが全部ほとんど同じで、1ページ目が3コマ、2~6ページ目が6コマ。
日常って大ゴマはないじゃないですか。
石川:「日常に大ゴマはない」。格言。
佐伯:そういうのないから、日常を描くっていう表現をするにあたって、この6コマっていうのはすごい最適化されてるなって思うんです。
週刊連載で書いてた人なので、もしかしたら効率化のために6コマ固定にしたのかもしれないですけど、そうだとしても話の内容とフォーマットがすごく合ってるなって。
商業的なわちゃわちゃ感のつらさ
唐沢:雑談もいろいろありますよね。
少女漫画の日常系って、違うタイプのイケメン何人かがわいわい日常だらだらトークをしてくれている、みたいなのが多い。
VTuberの雑談配信なんかも、美少年キャラ4人がわいわい喋ってる雑談配信とかありますけど、個人的には理想が入りすぎてるように思えて、辛くなっちゃうんですよね。
佐伯:「これ見たいんだろ」みたいな、見せられてる感ですかね。商業的なわちゃわちゃ感っていうか。
石川:商業的なわちゃわちゃ感(笑)
でも、そういうのって味付けが濃いからわかりやすい面はあるじゃないですか。このマンガみたいなのは出会ってすぐ「面白い!」ってならなくて、ある程度信頼感ができてからやっと楽しめるみたいなところがある。
佐伯:そういう意味では、この作者さん、ほんとずっと同じことを違う題材で30年以上やり続けてるので、信頼があるんです。
石川:いま濃い味付けでやってるvtuberとかも、長くやってだんだんテンションを落としていったら、ここにたどり着くってことないですかね。
唐沢:VTuberでたまに面白いのは、なんかあんな華やかなに活動してるけど、たまに昼ご飯の写真出してすごいしょうもなかったりすると「すごい」って思って。
石川:ははは。
唐沢:白ご飯と卵、とかだと嬉しくなりますね。
石川:もはや本のレビューじゃなくなってきましたね。このへんで。
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