カンゾウタケはスダジイの大木に生える
案内してくれた友人達によると、カンゾウタケが関東で発生するのは5~6月頃で、他のキノコがあまり採れない狭間の季節。珍しく二期作タイプのキノコなので、秋にもまた生えてくるらしいのだが、その頃は他のキノコ狩りで忙しくて、探しに行っている暇がないそうだ。
スダジイなどシイの仲間の大木に生えるキノコなので、そういう木がある場所をどれだけ知っているかが勝負の分かれ目となる。
これがスダジイの木。幹がちょっと白いのが特長。
スダジイは食べられるドングリとして有名な木で、わざわざ山の中とかに行かなくても、その辺にけっこう生えている。ドングリ好きなら何か所か思い当たる場所があることだろう。
ただしカンゾウタケが好む大木となると、これがなかなか見つからない。うちの近所では未だに発見できていないので、案内してくれた友人には大感謝である。
スダジイ、このような特徴になっております。
幹や葉だけではどの木がスダジイかわからなくても、下を見ればドングリが落ちているのでわかるはず。
カンゾウタケを探しにいく
都内某所にカンゾウタケを探しに来たのは5月10日。まだちょっと盛りには早いかな、でもきっと出てるでしょう、というタイミングとのこと。
予報では朝には止むはずだった雨が、昼になってもシトシトと降り続けていたが、マイタケ狩りみたいにハードな山登りをするわけではないので、我慢さえすれば問題なし。
今年は降って欲しくない日にばかり雨が降る。
最初にチェックしたのは、去年カンゾウタケが生えていたという大木だ。ちょうど我々3人が手を繋ぎ合ってようやく抱えるくらいの巨木で、本当に抱えられるか試したかったが、言い出すのが恥ずかしいのでやめた。
「ほら、やっぱり今年も生えていた!」
おっ。
いきなり発見したらしい。
この中央にあるのがカンゾウタケだそうです。
カブトムシやクワガタを探す時にチェックするような木のウロから、ピョコッと生えている赤っぽい塊。ほほう、これがカンゾウタケなのか。すごい色だな。
なんだか肝臓というよりは、巨木にできたカサブタとかニキビみたいなヴィジュアルだ。あるいは動物に吸い付いたマダニ。
あえて肝臓らしさを探すとすれば、表面を炙ったレバーっぽいかな。
下から覗くとこんな感じ。
普通のキノコは下から上へ、あるいは木の真横に生えているが、どうもこのカンゾウタケはコウモリみたいに上から下へと生えているようだ。さてこれをどうやって採ったらいいんだろう。
「これいいよ、ベトナムで買った中国製の安物のスプーン。使うのは曲げた柄の方」
安物の薄っぺらいスプーンが最高だそうです。こういうこだわりグッズの話を聞くのが好き。
森の中に隠されたマイクロチップを探すスパイみたいだ。
こうしてお気に入りのスプーンで剥がされたカンゾウタケを持たせてもらったら、これが意外と重くて驚いた。
雨の日なので湿気を吸っているためか、かなりの重量感だ。
裏側はキノコというよりも断熱材っぽい。
キノコなのでシイタケとかマイタケくらいの重量をイメージして受け取ったのだが、小振りの桃くらいずっしりしている。
もぎ取った部分をみてみると、なかなかのジューシーさだ。カンゾウタケってなんだか桃っぽいんだなと、図鑑に載っている写真を眺めただけでは伝わってこない感想が湧いてくる。
もし私に命名権があったなら、カンジュクモモタケっていう名前にするな。
カンゾウタケはいろんな形だった
これが秋のキノコ狩りなら、いろんなキノコを探して歩き回るけれど、この時期に生えている欲しいキノコはカンゾウタケだけなので、チェックするのはスダジイの大木のみ。
友人達の脳内にあるスダジイマップをオリエンテーリングのように回り、ウロや根元を丹念にチェックしていく。
この日はちょうど良いタイミングだったようで、様々な状態のカンゾウタケを観察することができた。
わかりますよね、どこにあるか。
カンゾウタケ探しは、キノコ狩りというよりは昆虫採集っぽい。
まだ若いカンゾウタケ。森の妖精のベレー帽みたいだ。
私が採ったらボコボコになってしまった。やっぱり桃っぽいな。
それにしてもカンゾウタケのヴィジュアル、まったく意味が解らない。派手な色の動物や植物は毒を持っている場合が多いけど、カンゾウタケはこう見えて食用キノコだ。
生える場所は人目につかない木の隙間だけど、離れた場所からでもすぐに見つかる鮮やかなカラー。なんだか林家ペー・パー子とのかくれんぼみたいである。
隠れていたいのか、目立ちたいのか、かまってちゃんか。でもそこがかわいい。
このくらいの巨木になると、2、3個生えている可能性が高い。
発生からだいぶ経ったカンゾウタケは、ちょっと肝硬変っぽさがあるね。
さっきまではカンゾウタケって桃っぽいなと思っていたが、何個か続けて採ったことで、それは浅はかだったと理解した。
とにかく個体差が激しいキノコなのである。成長具合や生えた場所の状況によって、本当にいろんな形になるのだ。
ものすごくわかりにくい場所で派手な服を着ているね。
そんなとこに隠れてないで、ちょっとこっちで話そうよ。
きみ、本当にキノコなの?北寄貝の親戚じゃない?
もしかしたら、海外のフルーツとのハーフ?
この形、「牛の舌」と呼ぶ国があるのもわかるね。
ベルベットみたいな質感に見えるけど、アップにするとツブツブがちょっと怖い。
マツタケやシイタケだったら、誰もがイメージする形というのものがあるけれど、カンゾウタケは標準的な形がよくわからない。
でもどうみてもカンゾウタケという色。うーん、おもしろい。
この木には2つあった。
これが肝臓だったら相当やばい状態だ。雨に濡れる場所に生えるとこうなるのかな。
でも裏側はこんなに鮮やか。
こちらは岩陰に隠れたウチワエビみたいなカンゾウタケ。
採ってみたら意外な形。これは下から上に向けて生えていた。自由だ。
小さいものほど鮮やかな色で、自然の中での違和感がすごい
鮮やか過ぎて人工物っぽいぞ。
赤やピンクに目が反応してしまって、落ちている椿の花もカンゾウタケに見えてしまう。
いやいやいや、ツバキじゃなくてカンゾウタケの幼菌じゃないか。
カンゾウタケを生で食べてみよう
このようにカンゾウタケ探しはとても楽しい。これで食べて美味しかったら完璧なのだが、さてどんな味なのだろう。
「このキノコは生でも食べられるよ。家に着くころには黒くなっちゃうから、きれいなうちに食べてみれば」
え、生?キノコなのに?
せっかくなので一番きれいなカンゾウタケを切ってみる。
真っ二つに切ってみると、その断面は食べ頃の桃っぽかった。
なるほど、これなら生で食べられるような気がする。案内をしてくれた二人が、ちょっとニヤニヤしているのが気になるけど。
外観も断面もまったくキノコっぽくない。
これを薄く切って、ちょっと生で食べてみよう。
カンゾウタケだけに懐かしのレバ刺しの味がしたら嬉しいけど、やっぱり桃の味なんじゃないかな。
こう切ると桃にしか見えない。
この味は……。
そのヴィジュアルから完熟の甘い桃をイメージして口に入れたのだが、さすがに甘みはまったくなくて、未熟な桃っぽい酸味を感じた。
そして食感もちょっとサクっとして、若い桃といえないこともないかなーと一瞬思ったのだが、すぐにシイタケやマッシュルームのようなキノコの味わいが広がってきて、魔法が解けたように食感もキノコになってきた。
うん、やっぱりこれはキノコだ。
もうちょっと成長したカンゾウタケも食べてみようか。
せっかくいろんなカンゾウタケがあるので、先程のよりも少し色の落ちついている、最初に見つけたやつも食べてみることにした。
こいつの断面は色がちょっと濃く、桃だったら腐りかけか。これなら甘いかなと思ったが、さらに酸っぱい味がした。そしてサクッとした桃らしさは皆無で、まさにキノコの食感だ。
世の中には派手で酸っぱい食用キノコというのがあるんだね。野菜サラダにこれがちょっと入っていたら、色と味と食感がおもしろいかも。
成長するほどに酸っぱくなるみたい。
カンゾウタケのバター焼き
こうして採ってきたカンゾウタケだが、友人がいっていたように、帰る頃にはすっかり変色していた。あの鮮やかな色は採れたてだからこそなんだな。
残念な見た目になってしまった。
オススメの食べ方は、たっぷりのバターで炒めるの一択と聞いたので、とりあえずそれを試してみよう。
すっかり普通のキノコっぽくなってしまった。
バターを溶かしたフライパンでスライスしたカンゾウタケを炒めていると、なんだかレバーを炒めているようにしか見えなくなってくる。
くすんでしまった赤い色が、油でコーティングされることで、実にレバーっぽくなるのだ。
なるほど、こりゃカンゾウタケだ。
火を通したことで酸味が飛んだかと思ったら、まさかの酸っぱさパワーアップ。うお、すっぺえ。
加熱とバターの力でムニョっとした食感は、どこかアワビっぽいかも。
これに醤油をちょっと垂らして食べたところ、トータルするとエリンギかシイタケのバター炒めをポン酢で食べているような味になった。なるほどー。
見た目と味がイコールにならない感じがおもしろい。
一般受けはしないような気がするけれど、こういう予想外の味がする料理こそ、わざわざ食材を採ってきて作る価値がある。求めるのは旨味以上に面白味なのだから。
カンゾウタケ入りレバニラ炒め
せっかくのカンゾウタケなので、バター焼きを本物の肝臓を使った豚のレバニラ炒めに混ぜてみたところ、知らずに出されたらレバーともう一つなにか内臓が入っているのかなと思う見た目になった。
これをキノコだと気づく人は少ないだろう。
見た目はレバーの仲間っぽいけど、食感と味が決定的に違うんだな。
一度カンゾウタケに関するすべての記憶を消して、先入観と予備知識のない状態でこいつを食べると、口の中に酸っぱさが広がって混乱した。
レバーとカンゾウタケ、その見た目は似ているけれど、味と食感がまったく違うというコントラストが楽しい一皿だ。
タンシチュー風カンゾウタケシチュー
バターで炒めたカンゾウタケは、ビーフシチューに入れるのが一番うまいという話も聞いたので、それも試してみることにした。
レトルトのビーフシチューに入れてみよう。
温めたビーフシチューにカンゾウタケのバター炒めを入れると、見た目は具がゴロゴロしている高級なタンシチューとなった。レストランなら1600円はするやつだ。
ほら、高級なタンシチューにしか見えない。
見た目はこんなにもタンシチューなんだけど、食べると酸っぱいキノコシチューというマジックなマッシュルーム。カンゾウタケを噛んだ瞬間に感じる違和感がやっぱり楽しい。
レトルトのシチューをそのまま食べるよりも、こっちの方が断然味に広がりがある。バターの効果も大きいけれど、カンゾウタケの酸味がサワークリーム的な役割として合うのかも。
キノコうどんに混ぜてみよう
どうもカンゾウタケは単体で調理するよりも、他の食材と合わせて、その独特な酸味をアクセントにしたほうが生きる気がする。酢豚におけるパイナップル、ポテトサラダのミカン的な使い方である。
さてどう料理しようかと迷ったが、やっぱりキノコ同士と相性が良いのではなかろうか。
戻した干しシイタケ、ブナシメジと一緒に、カツオと昆布のダシで煮て、めんつゆを加えた。
いろんなキノコが入る料理といえばキノコ鍋。でも鍋っていう季節でもないので、冷たいうどんをキノコたっぷりのつけ汁で食べることにした。
見た目的には絶対にうまいやつなんだけど、さてどうだろう。
カンゾウタケは食用キノコとしては特殊な味だが、こうして他のキノコと合わせることで溶け込むかと思いきや、やっぱり酸味の個性が強烈だった。
カンゾウタケが入った一口と、入らなかった一口で、味の印象が全く違う。うん、それでこそカンゾウタケだよね。
まるでサクマドロップスに混ざっている白いハッカ味のような孤高の存在、それがカンゾウタケなのかもしれない。
タマゴタケやホンシメジみたいに誰が食べても美味しいキノコとは違い、まったく予想外の味が楽しめるカンゾウタケ。好き嫌いは分かれそうだけど、探すこと自体がおもしろいし、この味にあった料理方法や食材の組み合わせを導き出す喜びもある。たぶん次に食べる頃にはこの味を忘れているので、何度でも楽しめるし驚けるな。
年に1回か2回、自分で採って食べたい食材をまた一つ知ることができたのが最大の収穫。秋のシーズンには自力で見つけられるように、今からスダジイの大木を探しておこうと思う。
撮影にはCanCamの付録にあった自撮りライトが便利だよ。