特集 2016年1月19日

貝殻を背負ったタコ カイダコ(アオイガイ)を捕って食う

アオイガイ(カイダコ)。見た目は最高。じゃあ味はどうか。
アオイガイ(カイダコ)。見た目は最高。じゃあ味はどうか。
アオイガイという軟体動物がいる。貝と名はつくものの、その正体は巻貝でも二枚貝でもなく、なんとタコである。わけがわからないだろう。

またの名を「カイダコ」というこの生物は、タコでありながら立派な貝殻を背負っているのだ。この摩訶不思議な存在を冬の日本海で追った。獲った。食った。
1985年生まれ。生物を五感で楽しむことが生きがい。好きな芸能人は城島茂。(動画インタビュー)

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砂浜で拾えるらしい

アオイガイは基本的に沖合を漂いながら生活しているらしいが、まだまだその生態は謎に包まれている。
貝殻に…
貝殻に…
タコが?どういうこと?
タコが?どういうこと?
そう聞くと僕のような一般人にはなかなか出会うチャンスが無さそうな生物に思えるが、実は年に二回ほど「ボーナスステージ」を用意してくれる。彼らは冬と初夏になぜか日本海側の砂浜へまとまって打ち上げられるのだ。
冬の砂浜を練り歩く。ライバルに差をつけようと夜明けと同時に捜索開始。
冬の砂浜を練り歩く。ライバルに差をつけようと夜明けと同時に捜索開始。
ぜひ捕まえたい!と2014年末に日本海側のある海岸へ繰り出した。毎年たくさんのアオイガイが打ち上げられる有力ポイントだ。

ただし、事はそう簡単には運ばない。
普通の貝は目に入るが…
普通の貝は目に入るが…
まず、アオイガイの数は年によってかなりバラつく。この年はアタリ年とは言えなかったようで、あまり頻繁には獲れたという報告を聞かなかった。

さらに、打ち上げられるわけだから、発見が遅れると絶命してしまう。さらには肝心の中身(タコ本体)が抜け出て殻だけになっているケースも多い、いやむしろそれがほとんどだという。
栗も流れ着いていた。一体どこの山から、どんな経緯で海へ出て、ここへ漂着したのか。
栗も流れ着いていた。一体どこの山から、どんな経緯で海へ出て、ここへ漂着したのか。
さらにさらに、ライバルまで存在する。アオイガイの殻はとても綺麗なので、貝殻コレクターやビーチコマーたちに大人気で、彼らもシーズンになるとめぼしい浜を練り歩く。彼らが採集した直後は当然、出会える確率が低くなってしまう。その辺の駆け引きもちょっとは必要になってくる。
そんなわけで、生きたアオイガイを浜で拾える可能性は決して高くない。
あった!でも殻だけ!
あった!でも殻だけ!
結果、二日間かけてようやく発見できたのは小さな貝殻ただ一つだった。それでもまあ初挑戦にしては上出来なのかもしれないが。
口が異様に広い、巻き方が浅い、透けるほど薄いなど、普通の貝には無い特徴が見られる。
口が異様に広い、巻き方が浅い、透けるほど薄いなど、普通の貝には無い特徴が見られる。
ちなみにアオイガイという名前は
ちなみにアオイガイという名前は
二つの貝殻を合わせるとアオイの葉のような形になるところからきている。
二つの貝殻を合わせるとアオイの葉のような形になるところからきている。
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イカ釣り船でまさかの出会い

だがやはり!中身入りが見たい!それも生きたやつ!リベンジせねばと心に誓って迎えた翌年、たまたま仕事でイカ釣り船に乗ったのだが、そこで予期せぬ事態に見舞われた。
翌年、たまたま乗ったイカ釣り船で衝撃的な出会いが。
翌年、たまたま乗ったイカ釣り船で衝撃的な出会いが。
作業の合間に集魚灯で照らされた夜の海面を覗くと、何やら手のひらサイズの生物が船べりで群れを成しているのが目に入った。
水面下を何かが群れて泳いでいる
水面下を何かが群れて泳いでいる
水面がさざ波だっていて姿ははっきり見えないが、きっとイカの一種なのだろうとたいして気にも留めなかった。
だが、突然その中の一匹がポコッと水面に浮かんだ。
ときどき、群れからはぐれて「ポコンッ!」と水面に浮かんでくる白くて丸い物体。あれ、これって…。
ときどき、群れからはぐれて「ポコンッ!」と水面に浮かんでくる白くて丸い物体。あれ、これって…。
一瞬だが水面から突き出したモノは丸くて白かった。イカじゃない。
まさか!と船長室へ向かう。
「さっき群れてたヤツ、何ですか!?」と興奮気味に聞くと、「あーカイダコっていうやつですよ。アンモナイトみたいなやつ。」と平然とした回答。
ウソでしょ…。
イカ寄せ用の集魚灯に集まってくるようだ。
イカ寄せ用の集魚灯に集まってくるようだ。
詳しく話を聞くと、この海域のイカ釣り船においてアオイガイは決して珍しいものではないという。冬の夜に集魚灯を焚いてイカを釣っていると、灯りに寄って来た個体を頻繁に目にするし、イカ用の仕掛けで釣れてしまうこともしばしばなのだとか。
こんなワイルドカードがあったとは。盲点だった。

カモメとの争奪戦!そしてついに…

意識して海面を眺めていると、たしかに結構な頻度で白いかたまりが浮上してくる。
これは獲れる!と仕事の片手間、船の備品であるタモ網で掬おうとするものの、浮上位置が微妙に遠くて柄が届かない。
ようやく船べり付近に浮いたと思うと、どこからかカモメがやってきて咥えて行ってしまう。沖にもまさかのライバルが!!
柄の長いタモ網を用意してリベンジ!
柄の長いタモ網を用意してリベンジ!
結局この日は採れずじまい。カモメ先輩の一人勝ちに終わった。
だが幸い、翌日もまた同じ船に乗ることになっている。よし、今度こそ獲る!
夜焚きのイカ釣り船周りではいろいろなものが掬える。これはジャノメガザミというカニ。
夜焚きのイカ釣り船周りではいろいろなものが掬える。これはジャノメガザミというカニ。
迎えた第二回戦。この日は柄の長いタモ網を用意して船に乗り込んだ。これで守備範囲は倍以上に広がる。
アミモンガラというカワハギの一種
アミモンガラというカワハギの一種
日が落ちて集魚灯を焚き始めると、まず小さな動物プランクトンと子イカが寄り始めた。続いて、それらを食べに来たのかシイラやカワハギ類の姿が見えるようになる。アオイガイはまだ現れない。
産卵のために回遊中の特大ニホンウナギまで。もし食べたら、脂が乗ってさぞ美味かったのだろう。
産卵のために回遊中の特大ニホンウナギまで。もし食べたら、脂が乗ってさぞ美味かったのだろう。
全身が透明、SFに出てきそうなビジュアルをしたこの生物は日本海名物の「オオサルパ」。食べてみたが、味はまんま海水だし食感は最悪だしでおいしくなかった。
全身が透明、SFに出てきそうなビジュアルをしたこの生物は日本海名物の「オオサルパ」。食べてみたが、味はまんま海水だし食感は最悪だしでおいしくなかった。
点灯して2時間近く経っただろうか、不意に船の下からアオイガイの群れが現れた。落ち着いて、気まぐれな個体が水面に浮かんでくれるのを待つ。
と、まさに足元、絶好のポジションに真っ白な貝殻が突然現れた。カモメも近くにはいない!今だ!
そしてついに…
そしてついに…
出ましたカイダコ!アオイガイ!
出ましたカイダコ!アオイガイ!
差し出した網の中へ、海流に押されるようにそれは収まった。
船上に引き上げると、一年ぶりに見るあの貝殻から数本の触手が伸びてウネウネ蠢いている。
正真正銘、生きたアオイガイだ…。
捕まえると長い腕をウネウネと振り回す。なんと素晴らしい姿。まさかこんなに元気な個体を捕まえる方法があったとは。裏ワザ発見だ。
捕まえると長い腕をウネウネと振り回す。なんと素晴らしい姿。まさかこんなに元気な個体を捕まえる方法があったとは。裏ワザ発見だ。
結局、6匹ものアオイガイを掬い捕ることができた。船長が言うには、アオイガイはもともと珍しいものでないにせよ、今シーズン(2015年)は特に数が多かったそうだ。実際、ビーチコーミングでも近年まれにみる大漁が報告されている。
仕事の合間の捕獲作戦だったが、それでも最終的に6匹ゲット!ちなみに、カモメ先輩は軽く20匹くらいキャッチしていた。さすが。
仕事の合間の捕獲作戦だったが、それでも最終的に6匹ゲット!ちなみに、カモメ先輩は軽く20匹くらいキャッチしていた。さすが。
ちなみに、この数日後には海外の研究者チームがアオイガイの群泳を世界で初めて撮影、観察して話題になっていた。参考:Paper nautilus sighting off California

おいおい、ちょっと待ってくれよ。こっちだって群れの動画くらい撮影したぜ?
誰に断って世界初を謳っているのかな~?
これがその証拠映像だ。
…はい。すみません。ノーカウントでお願いします。調子に乗ってました。
仕事の合間、一瞬の隙にありあわせの機材で撮影したのでこれがクオリティの限界でした。

来年こそちゃんとした機材を揃えて、アオイガイ撮影に専念しよう。…とも考えたのだが、船長さん曰く「こんな群れを作っているのはめったに見られない。今年がとびきり特別なんですよ。」とのことだった。…千載一遇のチャンスだったようだ。惜しいことをした。
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アオイガイを観察しよう

では、捕獲したアオイガイたちを観察してみよう
海水を貼ったトロ箱に入れておくと、チョロチョロ、クルクル可愛く泳ぎまわる。田んぼにいるカイエビやカブトエビを彷彿とさせる動き。
海水を貼ったトロ箱に入れておくと、チョロチョロ、クルクル可愛く泳ぎまわる。田んぼにいるカイエビやカブトエビを彷彿とさせる動き。
船長の言う通り、貝殻から腕が伸びる様はアンモナイトやオオムガイを思わせる。
しかし、その腕に並ぶ無数の吸盤はまさにタコのそれ。
実際、分類学的に見てもアンモナイトやオオムガイとはさほど近縁ではない。
いつの間にか殻がギラギラした膜に覆われている。これは一体?
いつの間にか殻がギラギラした膜に覆われている。これは一体?
ところで、アオイガイたちの白い貝殻はふとした拍子に銀色に変化していることがある。これは貝殻が変色しているのではなく、左右一対の腕についた特殊な膜を張りつかせているのだ。
その正体は先端が団扇状に広がった一対の腕。貝殻を作るための器官であり、普通のタコには見られないものだ。
その正体は先端が団扇状に広がった一対の腕。貝殻を作るための器官であり、普通のタコには見られないものだ。
この膜の役割はなんと石灰を分泌することで、これによってアオイガイはあの特徴的な殻を形成しているのだそうだ。
また、何らかの事故で殻が破れたりした場合はちゃんと自分で修復できるらしい。えらい。
やがて、ある個体が殻を脱ぎ捨てた!こうして見ると、たしかに本体はまごうことなきタコだ。
やがて、ある個体が殻を脱ぎ捨てた!こうして見ると、たしかに本体はまごうことなきタコだ。
さて、気になる本体の全貌だが、基本的にまんまタコである。細身で透明感があるためやや繊細な印象を受けるが、パッと見た感じはイイダコと大差ない。
まな板の上で広げてみた。意外と脚が長い。
まな板の上で広げてみた。意外と脚が長い。
だが、まな板に乗せて広げるとやはり異様な雰囲気を放つ。先述の膜については語るに及ばないが、脚もなんだかやたら細くて長い。
普通のタコは海底を8本脚でゴリゴリ這い回り、カニやイセエビなど大きく力強い獲物を締め上げるための太く筋肉質な脚を持っている。一方で遊泳性のアオイガイは移動に脚を使わないため筋量が少なく、代わりに小さなエビや小魚を確実に仕留められるよう、リーチが長く繊細に動く脚を身につけたのかもしれない。
そして圧倒的な存在感を誇る腕マント。
そして圧倒的な存在感を誇る腕マント。
そういえば言い忘れていたが、今回捕れたアオイガイは全部メスである。実はそもそも、アオイガイはメスしか貝殻を持っていないのだ。
殻を持っているのはすべて雌で、殻の奥に卵の塊を抱えている個体もいた。卵塊は成長具合の異なる三層でできていたので、時期をずらして複数回産卵し、それぞれがふ化するまで殻の中で保護するのだろう。特定の季節に浅場へよって来るのは繁殖に関係する行動なのかもしれない。
殻を持っているのはすべて雌で、殻の奥に卵の塊を抱えている個体もいた。卵塊は成長具合の異なる三層でできていたので、時期をずらして複数回産卵し、それぞれがふ化するまで殻の中で保護するのだろう。特定の季節に浅場へよって来るのは繁殖に関係する行動なのかもしれない。
オスは非常に小さく、めったに獲れるものではないという。殻が無いわけだから、一見して間違いなくタコの仲間だとわかる姿をしているが、やはり一か所変な部位がある。8本脚のうちの一本が異様に長いというすごくアンバランスなシルエットなのだ。
一部、すでにふ化しているものも。せめてこの子ダコたちだけはリリース。
一部、すでにふ化しているものも。せめてこの子ダコたちだけはリリース。
その腕は「交接腕」と呼ばれるもので内部には精子が貯蔵されている。オスは海中でメスに出会うとこの交接腕を切り離して渡し、「じゃ、あとヨロシク!」とばかりに死んでいく。しかし、託された腕だけは、メスの繁殖準備が整うまでその体内で生きて待ち続けるのだという。壮絶だ。
相手に巡り合う機会の少ない漂流生活ゆえに確立された繁殖方法なのだろう。もし出会ったら確実に、一撃必殺で、命を捨てても、相手をモノにする根性。「出会いが無くてさ~」とかほざいている男子諸君は見習わないかんのと違うか?
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気になる味は!!うん、…まあ、普通…。

これだけ特殊な身体構造なのだから、きっと味や食感も普通のタコとは違うのだろう。
もしかしたらひどく不味いかもしれない。あるいは、驚くほどの絶品かもしれない。楽しみだ。
すべて殻から出して下ごしらえ。軽く塩もみしてぬめりを落とし、内臓とくちばしを取り除く。
すべて殻から出して下ごしらえ。軽く塩もみしてぬめりを落とし、内臓とくちばしを取り除く。
口には一般的なタコと同じくくちばし(カラストンビ)が。船上で小さな個体に噛みつかれたが、なかなか痛かった。
口には一般的なタコと同じくくちばし(カラストンビ)が。船上で小さな個体に噛みつかれたが、なかなか痛かった。
とりあえず生食は外せないだろう。刺身とたこわさで食べてよう。
アオイガイのたこわさ。事情を知らない人には訳が分からない料理名。
アオイガイのたこわさ。事情を知らない人には訳が分からない料理名。
サイズが近いので、イイダコの例に倣って煮つけにもしてみよう。
里芋とアオイガイの煮つけ
里芋とアオイガイの煮つけ
あー…、不味くはないよ。まあ美味いよ。うん。
あー…、不味くはないよ。まあ美味いよ。うん。
…どちらもまあそれなりに美味い。ちゃんとタコの味するし。
ただ、身が柔らかくて歯ごたえが弱い。これはおそらく、アオイガイは海底を歩かないので「タコらしい」筋肉の付き方をしていないことに起因するのだと思う。
また、ちょっと水っぽく、味も薄い。これは浮遊・遊泳生活に適した比重の小さな体を作るために水分の含有量が多くなっているためではないだろうか。たぶん。

何が言いたいかというと、味の良しあしでいえばイイダコとかマダコには到底敵わないなということである。
いや、イイダコとかマダコがおいしすぎるというだけのことかもしれんが。

殻を活かそう

まあ、とりあえず十分食用に値する味であることは分かった。特に癖もないし、どう料理してもよさそうだ。
せっかくなので、あの特徴的な貝殻を活かしたメニューを考えてみた。
本体(タコ部分)を詰めなおし、ガーリックバターをかけて…
本体(タコ部分)を詰めなおし、ガーリックバターをかけて…
以前クックパッドでタコのぶつ切りをエスカルゴ風に仕立てるレシピを見つけて、いつか作ってみたいなと思っていたのだ。貝殻付きのタコが手に入った今こそうってつけの機会。ここでやらずいつやるのか。
オーブンで焼く
オーブンで焼く
アオイガイのエスカルゴ風
アオイガイのエスカルゴ風
味は予想通り「まあ、普通に美味いよ!」という感じ。だが器代わりになったアオイガイの殻が想像以上に洒落ており、見た目にもなかなか楽しい一品となった。
エスカルゴの代用としては、ちょっと歯触りが優しすぎるけど。
うまい!
うまい!
ところで、アオイガイの英名は「ペーパーノーチラス(紙のオオムガイ)」と言い、その名のとおりその殻はとても薄く、壊れやすい。卵の殻よりも脆いほどだ。

こんな殻では外敵から身を守るという意味ではたいして役に立ちそうにない。実際、カモメに襲われまくってたし。
綺麗な貝殻も手元に残る。一粒で二度おいしいというやつか。
綺麗な貝殻も手元に残る。一粒で二度おいしいというやつか。
これに関して、オーストラリアの研究者が近年面白い報告をしている。アオイガイは殻の中に空気を貯めることで、遊泳時に浮力を調節しているというのだ。
ということは、僕やカモメが捕まえていた水面に浮いている個体たちはきっと空気の補充中だったのだろう。
…結構リスキーな習性だな。

薄い殻の役目は浮力調節

というわけで、アオイガイのおかげで砂浜でも、船上でも、キッチンでも、食卓でも、とても楽しいひと時を過ごすことができた。
さらにアオイガイの殻は置物やランプシェードとしても優秀。これからもまだまだ楽しませてもらえそうだ。
貝殻に豆電球を仕込むと、それだけでちょっとオシャレな照明になる。
貝殻に豆電球を仕込むと、それだけでちょっとオシャレな照明になる。
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