特集 2013年11月20日

魔法びんはかつてなぜ花柄だったのか?

花柄の魔法びん
花柄の魔法びん
そういえば、花柄の魔法びんって、さいきんあまり見かけない。

おばあちゃんの家に行くと置いてあったあの鮮やかな花柄魔法びんは、いったいどこへ行ってしまったのだろう?

たまには花柄の魔法びんをながめて、その実家っぽさに癒やされたい。
鳥取県出身。東京都中央区在住。フリーライター(自称)。境界や境目がとてもきになる。尊敬する人はバッハ。(動画インタビュー)

前の記事:外骨格ロボや立体地下鉄路線図に鼻息を荒くした「Maker Faire Tokyo 2013」

> 個人サイト 新ニホンケミカル TwitterID:tokyo26

家の中の花柄を探しだす

ところで、いま家の中に花柄の家財道具はどれほどあるだろうか? 探しだしてみた。
これだけ
これだけ
以前、シチューをかき回しながら都心をぐるりと歩いたことがあったのだが、その時に使ったホーローの鍋とプラスチック製のトレイだけだった。

トレイの方は正確に言うとフルーツのような気もするのだが、花も果実も、鳥取と島根みたなもので一緒くたに考えてもさしつかえないだろう。

それにしてもたった2つである。子供のころ暮らした家のなかのようすを思い出してみると、もっと花柄があふれていたような気がする。

テーブルクロス(ビニールのやつ)、炊飯器、食器棚のガラス……中でも印象に残っているのはやはり、魔法びんの花柄だ。

花柄の魔法びんを見ると、よくポットのお湯で抹茶を点ててくれた祖母のことを思い出すのだ。

花柄の魔法びんはどこへ行けばあるのか?

「花柄の魔法びんをひとめ見たい」

調べてみると、大阪にある「まほうびん記念館」では昔の魔法びんも展示されているという。

これは行くしかない。
大阪の象印マホービンにやってきた
大阪の象印マホービンにやってきた
「まほうびん記念館」は象印マホービンの運営する企業博物館ではあるものの、象印に限らず「魔法びん」という道具の発展の歴史をふり返ることができる展示が行われている。

事前予約が必要だが、記念館の方がつきっきりで解説してくださるのが嬉しい。
当たり前だけど、まほうびんについてほんとに詳しい
当たり前だけど、まほうびんについてほんとに詳しい
ぼくが行った日は館長の山口さんが解説してくださった。
花柄魔法びんはどこかな~
花柄魔法びんはどこかな~
あ、花柄のまほうびん。見つけた!
おぉ、こんなかんじのまほうびん! 探してたんです!
おぉ、こんなかんじのまほうびん! 探してたんです!
極彩色の花柄。農家の友達の家にあったやつっぽい
極彩色の花柄。農家の友達の家にあったやつっぽい
象的なイラストの花柄。団地に住んでたいとこの家にあったやつっぽい
象的なイラストの花柄。団地に住んでたいとこの家にあったやつっぽい
バラと野菊だろうか。サイケデリックなまほうびん
バラと野菊だろうか。サイケデリックなまほうびん
控えめだけど、しっかり花柄。上のサイケなやつとは同じ花柄でも印象がまったく違う
控えめだけど、しっかり花柄。上のサイケなやつとは同じ花柄でも印象がまったく違う
さすが、魔法びん記念館だ。花柄の魔法びんには事欠かない。

いやー、花柄の魔法びんを見ることができ、眼福眼福。以上で取材終了……というわけにはいかない。

やはり、話を聞かなければならないだろう。

どうして花柄が流行ったのか?

花柄は訪問着

山口さんによると、そもそも、花柄の魔法びんは1967年(昭和42年)に、大阪の魔法びんメーカー「エベレスト魔法びん」が発売したものが最初だ。

それに追随する形で象印、タイガーなどのメーカーも花柄の魔法びんの発売をはじめた。

昭和42年は「花柄魔法びん元年」である。
最初期の象印の魔法びん
最初期の象印の魔法びん
しかし、1967年にとつぜん花柄ブームがはじまるのはなぜなのか?

山口さんが準備してくださった、『日本の魔法瓶』という本に、そのヒントとなる一文があった。

そこには、業界で最初に花柄の魔法びんを売りだしたエベレスト魔法瓶の西岡社長の言葉としてこんな言葉が載っている。

『適齢期になった女性が訪問着をほしがるように魔法瓶では花柄を求めると思う。これは花柄が良いかどうかはムードの問題だ。魔法瓶業界もデザイン、色彩面で適齢期になってきたということだろう。』(全国魔法瓶工業組合『日本の魔法瓶』132ページ)
魔法瓶業界の発展の歴史を記した書物
魔法瓶業界の発展の歴史を記した書物
ーー適齢期の女性というのが独特な言い回しですが……当時は花柄というデザインが斬新だったんでしょうか?
「そうですね、それまでの魔法びんや家電製品は単色のものが多かったんです。それこそ白物家電と言われるように白いものが多かった。だから、どこのメーカーの商品なのか区別がつきにくかったんです」

ーーメーカーがデザインに個性を出すようになったということですか?
「そうですね、あわせて昭和40年代といえば高度経済成長で国民がずいぶん豊かになっていたということもあり、デザインで商品を選ぶぐらい余裕が出てきたということもあるんでしょう」
花柄ポットのラインナップ
花柄ポットのラインナップ
以下はぼくの勝手な考察だが、昭和42年といえば東京オリンピックから3年後、カラーテレビが台数こそ少ないものの、一般家庭に普及し始めた時期と一致する。

そして、7年後の昭和49年にはカラーテレビの普及率が85%を超え、完全に白黒テレビと逆転する。

そのカラーテレビで鮮やかな色の花柄魔法びんをCMする。となると、花柄がブームにならないわけがない。

花柄魔法びんのブームは、まさに世の中が「色づき始めた」時期と一緒なのだ。

むかしのテレビCM。キョウリュウジャーでいうと、レッドとゴールドの部分が花柄の魔法びんだ
むかしのテレビCM。キョウリュウジャーでいうと、レッドとゴールドの部分が花柄の魔法びんだ
エベレスト魔法瓶、西岡社長の「花柄が良いかどうかはムードの問題だ。魔法瓶業界もデザイン、色彩面で適齢期になってきた」という言葉の「ムード」や「適齢期」というキーワードの意味は、こういう時代をみこしての言葉だったのではないだろうか?

テレビのせいで魔法びんの形が変わった

花柄の魔法びんが発売された昭和42年の翌年、もう一つの重要な機能が魔法びんについた。「回転台」である。

お茶の間のテーブルの上に置いてある魔法びんをいちいち持ち上げ向きを変えてお湯を注ぐのは面倒くさい。じゃあ、底に回転台をつけて魔法びん自体を回転させたらいい。という逆転の発想だ。
回転台をつけた魔法びん
回転台をつけた魔法びん
花柄と回転台の相乗効果でさらに魔法びんは売れる。

しかし、人間の横着はとどまることを知らない。卓上に置いた魔法びんをいちいち持ち上げてお湯を注ぐのも面倒くさい。という話になってきた。
最初はポットを逆さまにしたような形が考えられたが、不安定で危ないので商品化には至らなかった。
最初はポットを逆さまにしたような形が考えられたが、不安定で危ないので商品化には至らなかった。

そういうわがままに「どこまでめんどくさがりなんだ!」と逆ギレすることなく、メーカーは魔法びんを持ち上げずにお湯を注ぐ方法を一生懸命考える。そして、いくつかの試行錯誤を経て、登場したのがエアーポットだ。
上のボタンを押すだけで、お湯が出る「エアー式卓上用魔法びん」である。
三枝(文枝)も驚くエアーポット。押すだけでお湯がでるなんて画期的だったのだ
三枝(文枝)も驚くエアーポット。押すだけでお湯がでるなんて画期的だったのだ
花柄の華やかさもあり、回転台が付いて向きが容易に変えられる上に、軽く押すだけでお湯が出る魔法びん。これで万事解決……と思いきや、またさらにクレームが出てきた。
花柄、回転台、エアー式ポット……これ以上なにが不満なのか
花柄、回転台、エアー式ポット……これ以上なにが不満なのか
山口さんはいう「当時の社長が問屋さんと話をしててこんなことを言われたんです。『魔法びんテーブルの上の置いといたら邪魔でテレビが見られへん』って」もう、子供の駄々と同じレベルだ。
しかし、メーカーは「邪魔ならテーブルからおろせばいいだろうが!」というふうには絶対言わない。

邪魔にならない魔法びんを直ちに考える。

その結果、卓上用の魔法びんは、横方向に膨らませてお湯の用量はそのままで、どんどん背が低くなっていく。
従来のものより背が低くなった魔法びん
従来のものより背が低くなった魔法びん
それ以降、卓上用魔法びんの高さは背の低いものが主流になっていく。テレビと魔法びんのあるお茶の間の風景にはそんなひみつがあった。

もともと電球を作っていた工場が魔法びんを作り始めた

魔法びんのルーツは、イギリスで発明されたデュワー瓶だ。フラスコを二つ重ね、間の空気を抜くことにより保温力を高めたものだ。

小・中学校の理科室ではあまり見かけない実験器具かもしれないが、液体窒素の実験をする場合、液体窒素を入れておく瓶がまさに「デュワー瓶」である。
魔法瓶の原型、デュワー瓶の復元モデル
魔法瓶の原型、デュワー瓶の復元モデル
二重になったフラスコの間の空気を抜いて真空にすると熱が外にもれないので保温力が高くなる
二重になったフラスコの間の空気を抜いて真空にすると熱が外にもれないので保温力が高くなる
1904年、ドイツでデュワー瓶に金属製のケースをつけることにより、家庭用で使える保温瓶として作られ販売された「テルモス」という商品が現在の魔法びんの原型である。
寒暖瓶という呼び名が風流でいい
寒暖瓶という呼び名が風流でいい
1908年、魔法びんは「寒暖瓶」の名で日本に輸入される。今、便宜的に魔法びんと呼んでいるけれど、この頃はまだ「魔法びん」という呼び方はない。
こちらがその「寒暖瓶」の実物。花柄なんてかけらも見えない
こちらがその「寒暖瓶」の実物。花柄なんてかけらも見えない
1912年、日本電球に勤めていた八木亭二郎が魔法びんの国産化に成功する。電球のガラス製造技術や真空の技術がそのまま魔法びん製造の技術に応用できたためだ。
日本で造られた魔法びん
日本で造られた魔法びん
その後、ガラス製造の本場であった大阪で、魔法びんを作る業者が続々と現れる。日本の魔法びんメーカーのほぼすべては大阪に存在するのはそのせいなのだ。

象印マホービンをはじめ、タイガー魔法瓶、ピーコック魔法瓶など、すべて大阪の会社だ。

日本で売れなかった魔法びん

しかし、明治・大正の時代。国産の魔法びんはとても高価なもので、庶民に手の届くシロモノではなかった。

したがって、日本国内ではほぼ売れず、もっぱら欧米の植民地であった東南アジアなどに輸出された。

東南アジアでは生水をそのまま飲むと危険なため、植民地の欧米人は沸かした水で紅茶やコーヒーを飲む、その時に魔法びんが必需品だったのだ。

魔法びん会社が象や虎、孔雀などの動物を商標にしているのは、当時、外国人に向けてわかりやすい商標として動物を採用したためだと言われている。
市川兄弟社の商標は象。のちの象印マホービンである
市川兄弟社の商標は象。のちの象印マホービンである
見覚えのあるやつが出てきた
見覚えのあるやつが出てきた

日本で魔法びんが売れるようになったきっかけ

終戦後、日本では相変わらず魔法びんはあまり売れてなかった。しかし、1958年(昭和33年)大阪で発明されたある商品が発売されたおかげで、魔法びんが徐々に売れるようになってきた。

大阪で発明されたその商品とは「チキンラーメン」だ。
魔法びんもチキンラーメンも大阪の産業というところがおもしろい
魔法びんもチキンラーメンも大阪の産業というところがおもしろい
チキンラーメンを作るために魔法びんが売れた。それまであまり売れなかった魔法びんがすこしづつ売れはじめるきっかけとなった。

ここで思い出すのが『オバケのQ太郎』や『ドラえもん』など、藤子不二雄作品に出てくる小池さんのことだ。

小池さんはいつもインスタントラーメンばかり食べているのだが、ラーメンを作るとき、魔法びんから丼にお湯を注いでいた。

家にあるオバQを確認したところ、やはりその通りであった。
どんぶりとラーメンの袋とともに魔法びんが!(てんとう虫コミックス『オバケのQ太郎』5巻より)
どんぶりとラーメンの袋とともに魔法びんが!(てんとう虫コミックス『オバケのQ太郎』5巻より)
描かれている魔法びんと展示してある魔法びんがそっくりすぎてちょっとビックリしたけれど、こんなところにも魔法びんの普及の様子を見てとれるのが面白い。
そっくりだなー
そっくりだなー
その後、じょじょに魔法びんは日本でも売れていき、花柄魔法びんブームへと続くのである。

魔法びんだけではなかった象印マホービン

象印マホービンといえば、もちろん魔法びんで有名だが、その他にも炊飯器や電子ジャーなどをイメージすることが多い。
しかし、過去にはちょっと変わったものも作って販売していた。

記念館にはその輝かしい栄光と挫折の歴史も展示してある。

中でも目を引いたのはこれだ。
家庭用寿司製造機
家庭用寿司製造機
ーーこれ、すごいですね、家庭用の寿司製造機って、手で握ったほうが早いような気もしますけど……。
「ですよね(笑)でもそれ、企画書きったの私なんです」
上司がどうしてもやりたいっていうから仕方なく……
上司がどうしてもやりたいっていうから仕方なく……
ーーえ、そうなんですか! 失礼しました……。
「私は売れないって言ったんですが、上司が「どうしてもやる」っていうので仕方なく企画書作ったんですが……案の定うれなかったんです」

ーーそうですか……
「これは完全OEM生産だったんですが、どこが作ってたと思います?」

ーーまったく想像つかないです。
「オーディオテクニカさんなんです」

ーーえーっ!
「びっくりしますよね? でも実はオーディオテクニカさんは回転寿司チェーン店にあるような業務用の寿司製造機を今でも作られてるんですよね」

ーーということは、寿司製造機の技術は無駄にならずに済んだということなんですね
「そういうことになりますね」

確かにオーディオテクニカでは寿司製造機を今でも販売している。

あのオーディオテクニカが寿司ロボット。意外な一面が意外すぎて目が点になるパターンのやつである。

そしてもう一つ気になったのはこちらの商品だ
すぐつかる浅漬をつける時間さえも待てないせっかち向けの商品
すぐつかる浅漬をつける時間さえも待てないせっかち向けの商品
「スピードつけもの器はやづけくん」だ。

ーーこれは……スピードつけものってどういうことなんでしょう?
「これもね、私が企画書切ったんです、中に野菜と漬物の素を入れてテコの原理で空気を抜いていって真空にするんですね、で、プシュッと空気を入れると野菜に漬物の素が浸透して早く漬物がつかるという商品だったんですが……売れませんでした」

ーーそうなんですか? 今売ってたらちょっと欲しい気がします
「8000円ぐらいするんですよ」

ーーけっこうしますね……それだったら30分ぐらい待って普通につけるかな……。

今、たまたま売れなかった商品を二つ紹介してしまい、失敗ばかりしてるようなイメージになってしまうと申し訳ないので、現在でも現役で使われている象印商品もいくつか紹介しておきたい。
ホテルのバイキングでよく見かけるスープ温め器。この商品はほぼすべてが象印製らしい
ホテルのバイキングでよく見かけるスープ温め器。この商品はほぼすべてが象印製らしい
福祉施設などに給食を運ぶための配食保温容器
福祉施設などに給食を運ぶための配食保温容器

花柄の魔法びんを見るだけのつもりだったが……

花柄の魔法びんがなぜ流行したのか? ぼくは花柄魔法びんの流行は、テレビの普及と密接に関わっていたのではないかと考えた。
では、なぜいま花柄の魔法びんは少ないのか? 山口さんは「飽きたんじゃないですかね?」とのことだった。

たしかに、味の濃いものばかり食べてると飽きるもんなぁと、妙に納得した。
日本で初めて「魔法瓶」という言葉が使われた新聞記事
日本で初めて「魔法瓶」という言葉が使われた新聞記事

取材協力
まほうびん記念館
〒530-8511
大阪市北区天満1丁目20番5号
(象印マホービン株式会社 本社1F)
http://www.zojirushi.co.jp/corp/kinenkan/index.html
事前予約制となっているので、電話で問い合わせてください。
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