設計演習Aとはなにか
早稲田建築の「設計演習A」とは、「役に立たない機械を作りなさい」みたいなよく分からない課題に対して学生が全力で応えるというものだ。
授業終了後、学生が主体となって展覧会を開くことがあり、ぼくはこれまで毎回訪問している。
今年の展覧会は「設計演習万国博覧会」というタイトルだった。会場は去年と同じワセダギャラリーで、早稲田大学のすぐそばだ。
中はこんなふう。黒いシャツを着ているのが主催した学生のみなさんだ。作品の作者たちでもあるので、聞くと丁寧に教えてくれるのがうれしい。
都市の採集
最初に目についた課題は「都市の採集」。街にある何かのバリエーションを集めてくださいというものだ。それに対する回答の1つがこれ。
これは、なるほど。スマホの割れ具合だ。いまどきだなと思う。
見ていると、割れ方は指紋のように一つ一つぜんぶ違う。全体としてみるとちょっと綺麗な模様かな、と思ってしまうけど、どれも実際にこの割れ方のまま使っている人がいるんだ、と思うと胸に来る。
はしっこがちょっとだけ割れてるやつはまだ大丈夫だ。でも真ん中から蜘蛛の巣みたいに割れてるのはどう折り合いをつけてるんだろう。さすがに買い替えたいけど、もったいないから使ってるうちに意外と慣れちゃったのか。
自分のスマホが割れてる人は、どれに似てるか探すといいかもしれない。妙な親近感が湧いてくる。
さっきよりは分かりにくい。中身を見てなんのことかを推測するしかないけど、それも楽しい。
かすり事故録とあって、下のほうには「コインパーク新大久保」とか書いてあるので、きっと駐車場の地面に引いてあるラインのことだろう。車が踏むので、かすれて消えてしまう。そのようすが場所ごとに違うということか。
こんなふうに、そんなところ全然見てなかった!という視点を教えてもらえるのがとても嬉しい。
これによると、「ENEOS戸山町SS」のラインがもっともかすれてる。車の往来が多いからか、たんに古いからか。視点を得ることによって、新たな疑問も生まれる。いい。
都市のリズムを採集
こんどは「都市のリズムを採集」というテーマの作品。街の中にあるリズムを見つけ出して、それを各自の創意によって可視化しなさい、という課題だ。さっきと似てるけど、ちょっと違う。
これ、最初はなんのことか分からなかった。アップにしてみよう。
こうなると分かる。たぶん小説から記号だけを抜き出したんだ。するとそこには一定のリズムが刻まれている。
会話文を使いがちな作家、読点をなかなか打たない作家、などなどの個性によってこのリズムは変わってくるのだろう。
よく見るとこんな行がある。
「 ___!____?」
文章はなにも書かれていないが、形だけで内容がちょっと浮かんでくる。前半で驚いて、後半で質問している。きっとこんな感じじゃないだろうか。
「そんな! どうして?」
形だけから内容が想像できるとは思わなかった。
これもすごく好きだ。スーパーの牛乳売り場だろう。
この光景を見て作者はこんなふうに想像したという。おそらく担当者は左半分についてはパックが左を向くように並べ、右半分は右を向くようにした。すると、ちょうど真ん中のところに葛藤が生まれる。どう置いても秩序が乱れちゃう。
そこで一番手前の角は左の勢力に合わせた。二番目もそうだ。でも、三番目は右の勢力に合わせちゃった。そこが人間くさく、リズムが生まれている。こういう隙っていいなと思う。
私しか知らない美
つぎは「私しか知らない美」という課題。美しいんだけど、みんなが普段注目してるわけじゃないものを探して、描く。
その回答の1つがこれだ。とても綺麗。結束バンドというやつでしょう。それが自分自身を結んでいる。役に立たない機械といってもいいかもしれない。
たたずまいが美しい。もともとこうなっているものの美しさを発見したのではなく、通常はやらない自分だけの使い方に美を発見したというところもいい。
自分で課題を考え、それにチャレンジするという課題
つぎは「好きな作品を一つ選び、それがA++を取るような課題を考え、さらにその課題にチャレンジする」という課題だ。どういうことか順に説明します。
作者の林さんはカフカの「変身」を読んだ。そしてその作品から「意思の疎通ができないことから生じる気味の悪さを表現しなさい」という課題を思いついた。カフカの「変身」は、その課題に対してきっとA++(最高評価)を取るだろうと。
この課題の本題はそこからだ。「意思の疎通ができないことから生じる気味の悪さを表現しなさい」という課題に、こんどは自分でチャレンジするのだ。これはつまり、なにかに感銘を受けたとき、それをもとに作品を生み出す方法論の一つといえるだろう。
それにたいする回答として、林さんは「花」という作品を作った。
たしかに花とは意志の疎通ができないし、向こうも人間に見せようと思ってるわけじゃない。昆虫にとって魅力的な色や匂いも、人間にとっては気味悪いこともあるだろう。例えばめしべがびっしりと生えている感じ。拡大するとけっこう気味が悪い。
写真の撮り方も含めて、うまいなー。
知られざる集落の風景
これは「知られざる集落の風景」という課題にたいする回答。習慣が違う未知の人々がいたとして、そのようすを教えてくださいというもの。
倉品さんは直角が60°になっている集落を想像した。そんな世界では、交差点は六叉路になっているし、建物も三角形になっている。ふとんも六角形だ。
面白いのは、紙の大きさの規格だ。A1が一番小さくて正三角形、A2はそれが2つ分、A3は3つ分となっている。ぼくらの世界とはいろいろ違うけど、分かりやすい。
戦略モノのゲーム(「カタン」とか)って地図のパーツが六角形になっているけど、あれもじつはそういう世界だったのかもしれない。地図だけが六角形だと思いこんでたけど、じつはその中で建ってる家とかもぜんぶ六角形なのかもしれない。
役に立たない機械
「何かの役には立っていそうなのだが、それが何かは決して分からない機械」をつくるという課題。実際に動くものが作品になっているので面白い。
実際に使っているところはこんな感じ。
音がいい。カラランと涼やかなグラスの音がする。音だけ聞いていると、ほんとに賑やかな宴会の中にいるような気がする。本当は一人だとしても。
この機械は役に立っちゃっている気がしないでもない。たとえばこれを飲み会に持っていっても十分ネタになるだろう。飲むたびに毎回これで乾杯したら景気もよさそうだ。
これも動かしているようすを見てもらうのがいい。
これは封筒からお金を落とすための機械だ。ぼくたちは「お年玉」という言葉と習慣を知っているので、そういうことねと理解できる。でもたとえば海外の人がこれを見ても意味が分からないだろう。何かの機械みたいだけど、いったい何の役に立つの?
だからこれはただしく「役に立たない機械」になっている。
これはとても印象深かった。時計なんだけど、耳にはめて使うのだ。作者の湊さんがいたので、じっさいに使っているところを撮らせていただいた。
湊さんに使い方を説明してもらい、ぼくも耳にあててみた。最初は分からないんだけど、だんだん音が聞こえてくる。
… ヵッカッカッカッ
耳に響く。とても気持ちいい音だ。
よく見ると長針と短針がはずされて、秒針だけが残っている。だから、いまが何時何分かは分からない。耳に当てると、ただ時間が過ぎていることだけ分かる。湊さんはこの音にこだわり、いくつも時計を試したそうだ。たしかにとてもいい音がする。
時が過ぎていることはいつだって知っている。でもこれを耳に当てることで、そのことを強く意識できる。そしてこの作品にはその機能しかない。
作品の説明には「時の流れを聴く機械」とあった。すばらしい。