特集 2019年4月18日

薬局のフリーペーパーの表紙が最高すぎるので作っている人に話を聞いてきた

いま住んでいる家に越してきて10年近くになる。当時2歳だった娘も4月から中学生だ。年を取るわけですよ。そりゃ平成も終わるだろう。

小さな子どもが熱を出すのは日常茶飯事のことで、引っ越した当初から近所の小児科には大変お世話になった。そばの調剤薬局にも何度も足を運んだ。

その薬局で配っていたフリーペーパーが今回の主役である。

1975年宮城県生まれ。元SEでフリーライターというインドア経歴だが、人前でしゃべる場面で緊張しない生態を持つ。主な賞罰はケータイ大喜利レジェンド。路線図が好き。(動画インタビュー)

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インパクト100%の表紙

そのフリーペーパーとは、アイセイ薬局さんの『ヘルス・グラフィックマガジン』。名前も聞いたことがない人も、とにかくその表紙を見てほしい。

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Vol.9『鼻炎』。あふれる鼻水を滝で表現。当時SNSでバズったりしたので、見たことがある人もいるのでは。
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Vol.6『肌荒れ』。なんてことはないモナリザのアップに、「肌荒れ」というタイトルがついた瞬間、絵の具のひび割れが肌荒れに見えてくる!
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Vol.5『眼精疲労』。目が疲労を回復している。これ以上ないハマリ役。
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Vol.10『夏バテ』。思わず「バテてるなー」と声が出た。ちなみに左にある「便秘」は桃のアップ。

こんなハイセンスな表紙、どうしたって手に取ってしまうだろう。我が家も薬局に行くたびに「あのフリーペーパーないかな」と探すようになってしまった。

それにしても、真面目なイメージの調剤薬局が、どうしてこんなフリーペーパーを作っているのだろう。東京は丸の内にある、アイセイ薬局さんを訪ねた。

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「ヘルス・グラフィックマガジン」2代目編集長、門田さん。手にしているのは取材時の最新号Vol.32「肩こり・腰痛」。プロレスラーがOLにコブラツイストをかけている。
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広報担当の霜(しも)さん、上司の飯村さんと共に、アイセイ薬局さんの会議室でお話を聞きました。
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バックナンバーにはしゃぐ

基本スペックから先にお伝えしておこう。

『ヘルス・グラフィックマガジン』は年4回発行の季刊誌で、現在の発行部数は1号につき15万部。全国のアイセイ薬局店舗に加え、スポーツクラブや一般企業など600拠点で配布されている。

バックナンバーは公式HPで全て見ることができるのだが、取材当日に現物をご用意いただいて、すっかりはしゃいでしまった。見たことある!のオンパレードだったのだ。

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「ワー! 覚えてますよこれ!『肩こり』だ!」
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Vol.1「体脂肪」は肉、Vol.2「花粉症」は蛇口、Vol.3「肩こり」は甲冑。

創刊号の『体脂肪』が発行されたのが2010年9月。我が家がアイセイ薬局さんにお世話になり始めたころと、ちょうど同時期だ。どおりであれこれ覚えているわけだ。

門田さん:医療の情報はどうしても「固い」「つまらない」というイメージがありますよね。薬局で手に取ってもらうためには、やはり表紙のビジュアルは見過ごせないものにしようと。このコンセプトは創刊時から変わっていません。

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Vol.13『睡眠不足』。目がパッチリ。動物ものはお子さんにも人気。
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Vol.27『高血糖』。パンダがケーキを食べている。発行時期はちょうど上野動物園でシャンシャンが公開されたころ。「その辺も狙いました(笑)」(門田さん)
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Vol.22『アトピー性皮膚炎』と、Vol.14『むくみ』。「炎症を抑える」からファイヤーマンを、「靴がはけない」からシンデレラをモチーフに。

どの表紙もテーマを直接的に表現するのではなく、ワンクッション置いて連想させるように作られているのが印象的だ。どうやって表紙を決めているんだろう。

門田さん:発行5ヶ月前から編集会議を行っていて、テーマや構成案、監修者への取材の段取りなどを進めています。大まかに記事化できたところで、表紙を考えますね。多いときは100案近くになります。

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「この部屋でよく会議をするんですけど、表紙の案を広げると机いっぱいになっちゃって」
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Vol.25『じんましん』、Vol.24『痛風』。グラフィックに合わせ、タイトルのフォントを変えてしまうことも。特に『痛風』は浮世絵風の表紙に合わせて縦組みにした。

門田さん自身が気に入っている表紙はどれですか? と聞いてみたところ『乾燥肌』だという。

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Vol.28『乾燥肌』。マスクメロンにマスク(フェイスパック)。ダジャレだ……!

門田さん:ただのダジャレじゃないんですよ! メロンって内側の果肉の成長が早いので、表皮にヒビが入ってしまうんです。ヒビをふさぐように果汁がしみだして、渇いて、またしみ出して……を繰り返して、この模様になる。実は乾燥と因果関係がある、という意味でも気に入ってます。

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言うのは簡単、作るのは大変

大喜利でいう「写真で一言」は、写真に一言を付け加えて笑いをとる。『ヘルス・グラフィックマガジン』の場合は逆で、テーマが先にあって、そこに写真やグラフィックを持ってくる。

しかも、ただ有りものの写真を持ってくるに収まらないのだ。撮影のためにイチから作ったものも多いという。たとえばこちら。

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Vol.8『冷え性』は身体を氷に、Vol.26『体臭』はSMILEを「SMELL」に、Vol.29『ロコモ』は骨と肉をジェンガに。これ全部、撮影のために作ったもの!

「骨と肉のジェンガなんて売ってないですからね」と門田さんは笑う。Vol.14『むくみ』に登場したガラスの靴も「作りました」とのこと。

そうなのだ。「冷え性がテーマだから、身体を氷で作っちゃいましょう!」などと口で言うのは簡単だが、実際に形にするとなると大変なのだ。本サイトのネタ会議でもやりがちである。シンパシーを感じる。

ちなみに『鼻炎』の2本の滝は、写真素材を加工して作ったらしい。どこの滝なんだろう?と思っていたけど、確かに実際に存在したらもっと有名になってますもんね。

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名作なのでもう一回載せちゃう。ドバー。

長く続けているからこその遊びもある。Vol.32『肩こり・腰痛』は、過去のモデルさんが再登場した「セルフカバー」だ。

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左がVol.17『頭痛』(2015年)、右がVol.32『肩こり・腰痛』(2019年)。4年の時を経ているのに、机の上の小物まで完全再現!

門田さん:ちょうど頭痛号が発行された2015年当時、本誌が「グッドデザイン・ベスト100」を受賞しました。
メディアにも紹介され、おかげさまで知名度もあがったんですが、その頃から人気のある表紙と言うこともあって、セルフカバーという形で、ヘッドロックをコブラツイストにしようと(笑) 

――これ、登場人物は同じ人なんですか?

門田さん:プロレスラーはマッチョ系の外国人モデルの方で、今回の撮影のためにもう一回探し出してお願いしました。『頭痛』のときより筋肉が締まっててびっくりしましたね。同じ人だから同じ筋肉ってわけじゃないですもんね。

ちなみに「頭痛」のOLさんはモデルをやめてしまったそうで、「肩こり・腰痛」では似ている顔の違うモデルさんなのだ。そっくり! 全然気がつかなかった。

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薬局で配るので「2ページ完結」に

制作のこだわりが詰まった『ヘルス・グラフィックマガジン』であるが、創刊当初は社内から「こんなものは配れない」との声もあったという。

門田さん:ただ、冊子を受け取られた患者さんはとても好意的で、高齢者の方にも面白がってもらえたんです。表現にエッジ立てても、伝える情報が間違ってなければ、幅広い年齢に受け入れられるんだなと実感してます。

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「いまでは経営層にも認められる存在になってきましたね。まぁ、外から何か言われたらどうにかするのが私の仕事ですから(笑)」と上司の飯村さん。

調剤薬局は「処方箋を出して薬をもらう」イメージが強い。でも薬剤師さんが働く薬局は、健康に関する情報をたくさん持っている。せっかく情報を持っているなら、地域の皆さんに提供したい。

イベントや動画制作などいくつか施策を考えるなかで、『ヘルス・グラフィックマガジン』はスタートした。「薬局のなかで配布する冊子」だからこそ、気を配っていることもある。

門田さん:老若男女さまざまな方が薬局にはいらっしゃいますので、テーマが偏らないように気をつけています。高齢者が対象の『ロコモ』の次に、子どもが対象の『きず・やけど』を持ってきたり。

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2018年7月発行のVol.30『きず・やけど』 ジャングルジムのてっぺんに立つやんちゃな子ども。テーマは季節性もあり、秋に『内臓脂肪』をもってきたりするそう。食欲の秋ですからね。

中身にも気をつけていることがある。薬局に来る人は、体調が優れない人が中心。細かい字の本を読む気にはなかなかなれないのだ。

なので、『ヘルス・グラフィックマガジン』は20数ページの内容を「イラスト中心」「2ページ完結」にしている。どこから開いても読めるのだ。だから「グラフィックマガジン」なのか! と今さらながら感心してしまった。

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Vol.32『肩こり・腰痛』だとこんな感じ。イラスト中心でわかりやすい。
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これは『痛風』の号の例。内容には決まったフォーマットがなく、デザインもテーマによって毎号異なるため、過去の号とのネタかぶりも深刻に。
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『高血糖』の号に双六があるな……と思ったら、これは甘味料のPR記事。冊子に溶け込むように、テーマとトーンに合わせた記事をイチから起こすそう。ここにも手間暇が……!
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コンプリートボックス14800円が完売

ところで我々は門田さんのPCがずっと気になって仕方がなかった。

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なんですかその「乾燥肌」のステッカーは……!

門田さん:今年の3月からネットショップでオリジナルグッズを販売しているんです。表紙のステッカーと、マスキングテープを作りました。あと、30号分をセットにした「コンプリートボックス」も再販売していて……。

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コンプリートボックスである。もちろんこのために箱も作った。「クリエイターの方もけっこう読まれているので、そうした方にも……と、クオリティを追求したらお金をかけすぎてしまって……」(門田さん)

もともと、コンプリートボックスは昨年秋に100セット限定販売したという。「バックナンバーがほしい!」という声をきっかけに、過去30号分と豪華特典をつけた。そのお値段、14,800円! 

門田さんによれば、大好評だったため再販売することになったほどだそう。

門田さん:昨年末にトークイベントを開きまして、『ヘルス・グラフィックマガジン』ファンの方々の前で制作裏話などさせていただきました。今後もそうした交流の場は持っていきたいですね。

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もうすぐ五月病シーズンですけど頑張っていきましょう……!

業界にも隠れファンが

聞けば、門田さんの前職は広告制作会社で、アートディレクターをされていたそう。薬局に収まるレベルのこだわりでは……と思っていたら、しっかりバックボーンがある方だった。

同じ業界から「実はファンです」と声をかけられることもあり、4月から台湾の図書館にも配架されている。デザインの力で、どんどん輪が広がっている。次の表紙も楽しみ。

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取材後にVol.33『口内トラブル』が出てました!歯が……!

 

 

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