業界にも隠れファンが
聞けば、門田さんの前職は広告制作会社で、アートディレクターをされていたそう。薬局に収まるレベルのこだわりでは……と思っていたら、しっかりバックボーンがある方だった。
同じ業界から「実はファンです」と声をかけられることもあり、4月から台湾の図書館にも配架されている。デザインの力で、どんどん輪が広がっている。次の表紙も楽しみ。
いま住んでいる家に越してきて10年近くになる。当時2歳だった娘も4月から中学生だ。年を取るわけですよ。そりゃ平成も終わるだろう。
小さな子どもが熱を出すのは日常茶飯事のことで、引っ越した当初から近所の小児科には大変お世話になった。そばの調剤薬局にも何度も足を運んだ。
その薬局で配っていたフリーペーパーが今回の主役である。
そのフリーペーパーとは、アイセイ薬局さんの『ヘルス・グラフィックマガジン』。名前も聞いたことがない人も、とにかくその表紙を見てほしい。
こんなハイセンスな表紙、どうしたって手に取ってしまうだろう。我が家も薬局に行くたびに「あのフリーペーパーないかな」と探すようになってしまった。
それにしても、真面目なイメージの調剤薬局が、どうしてこんなフリーペーパーを作っているのだろう。東京は丸の内にある、アイセイ薬局さんを訪ねた。
基本スペックから先にお伝えしておこう。
『ヘルス・グラフィックマガジン』は年4回発行の季刊誌で、現在の発行部数は1号につき15万部。全国のアイセイ薬局店舗に加え、スポーツクラブや一般企業など600拠点で配布されている。
バックナンバーは公式HPで全て見ることができるのだが、取材当日に現物をご用意いただいて、すっかりはしゃいでしまった。見たことある!のオンパレードだったのだ。
創刊号の『体脂肪』が発行されたのが2010年9月。我が家がアイセイ薬局さんにお世話になり始めたころと、ちょうど同時期だ。どおりであれこれ覚えているわけだ。
門田さん:医療の情報はどうしても「固い」「つまらない」というイメージがありますよね。薬局で手に取ってもらうためには、やはり表紙のビジュアルは見過ごせないものにしようと。このコンセプトは創刊時から変わっていません。
どの表紙もテーマを直接的に表現するのではなく、ワンクッション置いて連想させるように作られているのが印象的だ。どうやって表紙を決めているんだろう。
門田さん:発行5ヶ月前から編集会議を行っていて、テーマや構成案、監修者への取材の段取りなどを進めています。大まかに記事化できたところで、表紙を考えますね。多いときは100案近くになります。
門田さん自身が気に入っている表紙はどれですか? と聞いてみたところ『乾燥肌』だという。
門田さん:ただのダジャレじゃないんですよ! メロンって内側の果肉の成長が早いので、表皮にヒビが入ってしまうんです。ヒビをふさぐように果汁がしみだして、渇いて、またしみ出して……を繰り返して、この模様になる。実は乾燥と因果関係がある、という意味でも気に入ってます。
大喜利でいう「写真で一言」は、写真に一言を付け加えて笑いをとる。『ヘルス・グラフィックマガジン』の場合は逆で、テーマが先にあって、そこに写真やグラフィックを持ってくる。
しかも、ただ有りものの写真を持ってくるに収まらないのだ。撮影のためにイチから作ったものも多いという。たとえばこちら。
「骨と肉のジェンガなんて売ってないですからね」と門田さんは笑う。Vol.14『むくみ』に登場したガラスの靴も「作りました」とのこと。
そうなのだ。「冷え性がテーマだから、身体を氷で作っちゃいましょう!」などと口で言うのは簡単だが、実際に形にするとなると大変なのだ。本サイトのネタ会議でもやりがちである。シンパシーを感じる。
ちなみに『鼻炎』の2本の滝は、写真素材を加工して作ったらしい。どこの滝なんだろう?と思っていたけど、確かに実際に存在したらもっと有名になってますもんね。
長く続けているからこその遊びもある。Vol.32『肩こり・腰痛』は、過去のモデルさんが再登場した「セルフカバー」だ。
門田さん:ちょうど頭痛号が発行された2015年当時、本誌が「グッドデザイン・ベスト100」を受賞しました。
メディアにも紹介され、おかげさまで知名度もあがったんですが、その頃から人気のある表紙と言うこともあって、セルフカバーという形で、ヘッドロックをコブラツイストにしようと(笑)
――これ、登場人物は同じ人なんですか?
門田さん:プロレスラーはマッチョ系の外国人モデルの方で、今回の撮影のためにもう一回探し出してお願いしました。『頭痛』のときより筋肉が締まっててびっくりしましたね。同じ人だから同じ筋肉ってわけじゃないですもんね。
ちなみに「頭痛」のOLさんはモデルをやめてしまったそうで、「肩こり・腰痛」では似ている顔の違うモデルさんなのだ。そっくり! 全然気がつかなかった。
制作のこだわりが詰まった『ヘルス・グラフィックマガジン』であるが、創刊当初は社内から「こんなものは配れない」との声もあったという。
門田さん:ただ、冊子を受け取られた患者さんはとても好意的で、高齢者の方にも面白がってもらえたんです。表現にエッジ立てても、伝える情報が間違ってなければ、幅広い年齢に受け入れられるんだなと実感してます。
調剤薬局は「処方箋を出して薬をもらう」イメージが強い。でも薬剤師さんが働く薬局は、健康に関する情報をたくさん持っている。せっかく情報を持っているなら、地域の皆さんに提供したい。
イベントや動画制作などいくつか施策を考えるなかで、『ヘルス・グラフィックマガジン』はスタートした。「薬局のなかで配布する冊子」だからこそ、気を配っていることもある。
門田さん:老若男女さまざまな方が薬局にはいらっしゃいますので、テーマが偏らないように気をつけています。高齢者が対象の『ロコモ』の次に、子どもが対象の『きず・やけど』を持ってきたり。
中身にも気をつけていることがある。薬局に来る人は、体調が優れない人が中心。細かい字の本を読む気にはなかなかなれないのだ。
なので、『ヘルス・グラフィックマガジン』は20数ページの内容を「イラスト中心」「2ページ完結」にしている。どこから開いても読めるのだ。だから「グラフィックマガジン」なのか! と今さらながら感心してしまった。
ところで我々は門田さんのPCがずっと気になって仕方がなかった。
門田さん:今年の3月からネットショップでオリジナルグッズを販売しているんです。表紙のステッカーと、マスキングテープを作りました。あと、30号分をセットにした「コンプリートボックス」も再販売していて……。
もともと、コンプリートボックスは昨年秋に100セット限定販売したという。「バックナンバーがほしい!」という声をきっかけに、過去30号分と豪華特典をつけた。そのお値段、14,800円!
門田さんによれば、大好評だったため再販売することになったほどだそう。
門田さん:昨年末にトークイベントを開きまして、『ヘルス・グラフィックマガジン』ファンの方々の前で制作裏話などさせていただきました。今後もそうした交流の場は持っていきたいですね。
聞けば、門田さんの前職は広告制作会社で、アートディレクターをされていたそう。薬局に収まるレベルのこだわりでは……と思っていたら、しっかりバックボーンがある方だった。
同じ業界から「実はファンです」と声をかけられることもあり、4月から台湾の図書館にも配架されている。デザインの力で、どんどん輪が広がっている。次の表紙も楽しみ。
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