けっきょくのところ、何屋?
「みさわ」からもっとも近いのは、京王井の頭線の神泉駅。が、渋谷駅からも歩けなくはありません。「首都高速3号渋谷線」の真下を通る「玉川通り」と「旧山手通り」が交わる「神泉町交差点」付近。渋谷駅からなら徒歩10分くらいでしょうか。
この都会的な街並みの中で、静かに異彩を放つ店。それが、
看板に「酒」とあるので、一瞬「酒屋さんかな?」と思うと、「そば うどん 立ち飲み処」と続く。店前の看板には「テイクアウトコーヒー」の文字もある。
営業時間は8:00~22:00で、土日祝日が定休日とある。一般的なコンビニからすると短いけれど、飲み屋だったら異常事態。
ほんとに一体どういうお店なんだろう?
うん、端的に「ここは何屋!」と言い表せなくて混乱しますが、「こういうお店なんだな」ということがわかる。
なんでしょうか、この、店の前で抱いた感想がそのまま持続する店内。引き続き、「こういうお店なんだな」としかいえない感じ。
そして魅力的なメニューが多いな。
しかしながら、そこからスーッと視線をレジカウンターまで動かすと……
そうか、自分は立ち食いそば屋みたいなコンビニに入ってしまったんだ。と、自分に言い聞かせ、いったんカウンターに席をキープしましょう。すると……
そういえばさっき確かに、揚げ物ゾーンに擬態するように紛れ込む、
を見たわ。
ドリンクコーナーにも、
あと、
そしてラインナップが、
とりあえずビール
現時点でひとつだけわかっていることは、とにかくここでは、お店で購入したものを何でも、店内のカウンターで飲み食いしていいということだけです。となればいったん小難しいことは忘れ、飲み始めましょうね。
「かきあげ天」(120円)に「温玉」(80円)をトッピング。それから、せっかくいろいろあるのでちょっといいビールをと、「日本ビール株式会社」の「赤濁(あかにごり)」(470円)。
かき揚げや天ぷら類は、もちろんそばやうどんに乗せることができるんですが、僕のように単品でつまみにしたい酒飲みに向けては、器に入れて温かいつゆをかけて出してくれます。江戸から続く、そば屋で酒を飲む文化「蕎麦前」でいうところの「天ぬき」の簡易版。そのひと手間が嬉しすぎる。僕はそこに、単品の温玉を勝手に乗せてみました。
モグモグモグ……。
っふぅ~……最高。
先ほどの写真で気づかれた方も多いと思うのですが、「赤濁」は、飲むときにちょうどいいにごり具合になるよう、逆さに陳列することを前提に作られたビール。サイトの説明によれば、「大麦麦芽をローストし、ルビー色に輝く色合いと風味をつくり出す特別酵母により、リッチ&スムーズな味わいに。クラフトホップにより芳醇でフレッシュな香りが特徴」とのことで、うんうん、僕もまったく同じ感想を抱きました(ダメレポート)。とにかくフルーティーで香り高く、普通のものとは一味違う。そんなこだわりのビールを、温玉・オン・かき揚げという庶民派メニューと一緒に味わえてしまう。こんなお店、他になかなかないですよね。
さてさて、この組み合わせをじっくりと楽しんだからといって、帰りません。まだ飲みます。
そう、みさわでは、ドリンクの棚にしれっと並んでいるホッピー(220円)と、レジで注文できる焼酎(「JINRO」「鏡月」「キンミヤ」から選べて、なんとすべてワンショット150円!)を合わせ、ホッピーセットもいただけてしまうんですね~。僕はキンミヤを選び、セット価格、驚異の370円!
受け取るとき、カツオ節を自由にかけていいシステムが嬉しい。
あとですね、カレー好きとしてはどうしても見過ごすことのできなかった、「半カレーライス」(260円)も追加し、第2セットのラインナップはこんな感じになりました。
ホッピーと相性抜群のカレー、ちびちびとつまみにしていると永遠に飲めてしまいそう。というかこのカレー、僕の知っている「半カレー」ではないですね。僕の住む世界ではこれを「全カレー」と呼ぶ。いや、全カレーなんて呼ばないか。普通に「カレーライス」と呼ぶ。260円にしてそのくらいのボリューム感。職場の近所にあったら、毎日これが昼ご飯でもいい。たまにコロッケなんかも追加しちゃおうかな、と妄想を膨らませつつ、飲む。途中でホッピーのナカも追加したし、冷奴もでかいし、もはや満腹ですわ。
は~、安くて美味しくて驚異的なお店だった。
そうだ、聞いてみればいいんだ!
時間はちょうど、お昼と夜の合間のアイドルタイム。運良く他のお客さんが誰もいなくなったところで、店主の三澤さんにお話を聞かせてもらうことができました。三澤さん、一体この店、なんなんですか!?
なんと普通のアルバイトの方だと思っていた女性店員さん、三澤さんの娘さんだそうです。そして実は、お店には先ほどから、先代と思われるご主人もちょくちょく顔を出されています。家族経営。
さらにすごく印象的だったのが、かなりの割合のお客さんが、三澤さんや店員さんと何気ない会話をして帰られること。コーヒーを1杯買いにきたお客さんに三澤さんが「あの件どうだった?」なんて聞いて「それがも~大変なんですよ」なんて会話が始まる。そばを食べ終わったあとにすぐ帰るんじゃなく、のんびりと井戸端会議のように三澤さんとの会話を楽しんで帰るお客さんも多い。
この感じは、立ち食いそば屋とも立ち飲み屋ともコンビニとも違って、強いて言えば、商店街に古くからある酒屋さんの雰囲気。そういった気になるポイントあれこれ、お話を伺うことによって、すっきりと解決しました。
・「みさわ」の歴史
三澤さん「店がこの形態になってから丸2年になります。もとは『三澤酒店』っていう酒屋だった。じいちゃんの代からだから80年くらいかな? ただ、じいちゃんは他にもいろいろ商売をやってたみたいで、ここをきちんと酒屋の形にしたのはうちの親父ですね。
そのあとは、酒屋を『スリーエフ』というコンビニにした。うちがコンビニをやろうと決めたのには、きっかけとなった人がいたんです。スリーエフの営業さんで、本当にいい人だった。当時はコンビニ経営のハードさなどが問題にもなっていた時代で、最初はやるつもりなかったんだけど、とてもきめ細かく、悩みや要望を聞いてくれてね。その一生懸命さにうちの親父が折れたような感じです。その方と知り合ってなかったら、今のこの業態にもなっていなかったでしょうね。以前の店舗からこのビルに改装できたのも、その方のおかげだったりする。本当に感謝してます。
ただ、契約がまだ2、3年残っているところで、スリーエフ自体がローソンに吸収されてしまったんです。うちはそもそも、その契約が終わったらコンビニをやめるつもりでいた。始めた頃より周囲にコンビニも増えたし、駅からそんなに近くないので、アルバイトの人手不足問題もあった。オフィス街だから、お昼時なんかすごくお客さんが来てくれて、全盛期の頃なんか22名も従業員がいたんですよ。それでも足りなくて、しょうがないから両親にまで手伝いに入ってもらったりしている状態だったので」
なるほど。このお店の、一見コンビニのようでいて随所に感じられる、個人商店的ホスピタリティーは、そういう経緯から生まれたものだったんですね。
・そこからなぜ立ち食いそば屋になった?
三澤さん「コンビニ時代からおふくろと、『次にここで商売するとしたらなんだろうね?』なんて話はしてたんです。
おふくろの実家が宇都宮のほうなんですけど、宇都宮駅に立ち食いそば屋があって、子供の頃からそこでよくそばを食べてた。それが美味しかったって思い出があってね。あと、他の料理屋に比べたら手軽にできるし、コストもそんなにかからない。『立ち食いそば屋がいいかな~』なんて言ってたんですよ。それがきっかけ。
さらに、コンビニ時代に偶然よく買い物にきてくれていたお客さんの中に、今うちで使わせてもらっている『丸山製麺』の息子さんの知り合いという方がいたんですね。それで、『次何やるの?』『実は立ち食いそば屋をやろうと思ってて』なんて世間話をしてたら、息子さん経由で社長さんを紹介してもらえて、話が現実的になった。作りかたのノウハウまで教えてもらったし、天ぷらや、その他そばに関わる食材に関しても、丸山製麺さんが業者を紹介してくれたんです。本当にありがたい縁に恵まれてるなぁと思いますね」
・三澤さんのアイデアは止まらない
三澤さん「別に立ち食いそばじゃなくてもいいと思うんです。コンビニのイートインを『酒ありき』で考えてみると、商売の可能性が広がる。
ただ、場所的にできるところとできないところは出てきますけどね。駅前の繁華街や、人がいっぱい集まるような場所だと、きっと無法地帯になっちゃうでしょ。そういう規制は、店側がしていかなければいけない。あと、この価格構成というのは、うちが持ち家でやっているから可能ということもあります。そのあたりがクリアしていければ、おもしろい形態なんじゃないかなぁと。
とはいえ、うちも最初から『立ち飲み屋を併設しよう』なんて頭はなかった。コンビニ時代から、ここでお酒を買って店の前で飲まれてる方はいたんです。みんな常連さんだからうちもある程度は黙認していたし、彼らもスリーエフの本部に苦情が入らないよう、一応は気を使ってくれていた(笑)。
店と常連さんが割と垣根なく付き合あうっていうのは、両親の時代からの商売方針なんですよ。そのやりかたでず~っと来てるから、コンビニのときも雰囲気は変わらなかった。基本、みんな顔見知りなんですよね。だから、初めてのお客さんはたいていみんなびっくりするんだけどね。いわゆる『いらっしゃいませ~』『ありがとうございました~』みたいな感じじゃないから。
で、その延長線上で、『せっかくカウンタースペースを作るなら飲めるようにしちゃえばいいじゃん』と思いついたわけですね。それに、治安の関係から言っても、そのほうが周囲の人たちにとってはいいじゃないですか。
理想をいえば、よくコンビニにあるホットスナックやおでんなんかも置きたいと思ってるんです。だから、コンビニ時代の什器(専用の調理販売器具)も取ってある。ただいかんせん、フランチャイズではなくなってしまって、今はまだ仕入れるルートがないんですね。皮肉なことに、コンビニおでんが当たり前になったことで、街に昔からあったような「おでんだね専門店」がすごく減ってしまったこともあって。そういうつてを今、探しているところです」
コンビニのイートイン+お酒。確かに難しいところもあるでしょう。が、三澤さんのバイタリティーとさまざまな縁が絡み合った結果、この奇跡的なお店が生まれてしまった。冗談ではなく、これからのコンビニの進むべき方向性のヒントが、「みさわ」にはたくさん隠れているような気がします。
さて、ちびちびとホッピーの残りをいただきつつ、小一時間も話を聞かせてもらってしまいました。満腹になったお腹も若干こなれてきた。何より、あんな話を聞いてしまったら味わって帰らないわけにはいかないでしょう。
「焼酎ハイボール 強烈りんごサイダー割り」(160円)と「グラス氷」(50円)を合わせて。
このそばがまた、お世辞抜きでものすごくうまい! しっかりと食べ応えのある麺をすするだけで、口いっぱいにダシの香りが広がるつゆ。旨味たっぷりのミックスきのこがまた贅沢。
こんなそばが立ち食い価格で食べられて、焼酎ハイボールまで飲めてしまう。難しいこと抜きで、天国ですよ、このお店。
三澤さん、今日は本当にありがとうございました! またちょくちょくおじゃましま~す。
今回、謎多きお店に興味本位で訪れてみたら、あまりにも天国だっただけでなく、これからの時代に求められているもののヒントや、自分の生きかたにまで影響を受けてしまうお話をたくさん聞かせてもらってしまいました。
なにも「酒屋で立ち食いそば屋で立ち飲み屋な次世代コンビニ」が最高! というわけではなく、三澤さんのような考えかたの人が、店が、どんどん増えてくれたら、世の中もっと楽しくなるだろうな~と。
そういえば、僕が感動してしまった「みさわ」のもうひとつの魅力に、
があります。缶詰も、缶飲料も、すべて正面が揃っている。もはやその景色がつまみになる。
これもまた、常連さんたちが快適に過ごせるようにという心遣いからなんだろうなぁと、ほろ酔いの頭で、いつまでもうっとりと眺めていたのでした。