てぼはロマンだ
山後さんは言う。「われわれがやっていることは、お店のやりたいことと機器メーカーとしてできることとの兼ね合いなんですが、正直これはもうロマンの部分が大きいですね。」
「てぼ」はロマン。すごい話を聞いたなと思った。
次にラーメン屋さんに行ったらぜったい「てぼ」の振り方を見ると思うし、山後さんのことを思い出すと思う。いままで名前を知らなかったが、「てぼ」もう忘れないですよ。
取材協力:新越ワークス
ラーメン屋さんの豪快な湯切りを見たことがあるだろうか。
あの湯切りに使う道具には正式な名前があるのだ。
その名も「てぼ」。ちょっと意外じゃないですか?
どうして「てぼ」っていうのか、製造工場で聞いてきました。
新越ワークスさんは新潟県燕市で60年にわたって厨房用品やステンレス製品を製造している会社である。
「ユニフレーム」と聞けばキャンプ好きの人にはピンとくるかもしれない。あのかっちょいいたき火台とか作ってるユニフレームも、新越ワークスのブランドなのだ。
案内してくれるのは新越ワークスの山後さん。よろしくお願いします。
工場で実際にてぼを製造していると聞いてきたので、巨大な機械がうなりをあげて製造している様子を勝手に想像していたのだけれど、案内されたのはショールームのような整然としたオフィス空間だった。
山後「10年くらい前にオフィスを建て替えまして、やっぱり若い社員が多いこともあって、こういったオープンでクリーンな雰囲気になりました。あとで見てもらう工場も、空調完備だし明るくて清潔ですよ。」
なるほど。
僕たちが考える製造工場のイメージは、今やとっくにアップデートされているのかもしれない。
ーー今日うかがったのは「てぼ」について教えてもらうためなんですが、そもそもこんなに種類があるなんて知らなかったです。
「うちのてぼにも歴史がありまして、もともとはこの『そば揚(そばあげ)』っていうんですが、大きな茹で窯のなかで麺を泳がせておいてすくっていくタイプのものを主に作っていました。ラーメン業界では『ひらざる』とも呼ばれているものです。」
「70年代、80年代になってくると、中華そば屋さんがそば揚でひとつずつすくっていたところから、どうしても効率よく大量に調理していく必要性が出てきまして、一人前を効率よく同じ条件で茹でたい、そんな要望から『てぼ』が生まれました。」
「そば揚」だとひとたま分の麺を茹で器の中で泳がせていたものを、「てぼ」ならば数たま分を一斉に茹でられるのだ。確かにこれは革新的だったに違いない。
ーーでもどうして「てぼ」なんて名前になったんですか。
「これは『てっぽうざる』がなまった、という説が有力だと言われています。この道具自体の形がてっぽうのたまみたいだから、と言う説と、もう一つは鉄砲も『たま』を込めますよね、ラーメンも玉で茹でる、だからてっぽうざる、という説とがあります。」
なるほど!てっぽうざる、てっぽうざる、てぽざる、てぽざる……
「てぼ!!」ということか。かなり略したが、納得はできる。
ーー全国的に「てぼ」って呼ばれているんですか。
麺業界ではだいたい「てぼ」で通じると思いますね。さっきの「ひらざる」に対してこちらは「振りざる」と呼ばれることもあります。
ーーどうして「てぼ」だけでこんなに種類があるんでしょう?
「よくぞ聞いてくれました。うちは現在、てぼだけで28種類作っているんですが、ぜんぶがそれぞれ少しずつ違っているんです。たとえばこの二つのてぼの違い、わかりますか。」
「向かって右のものは、力強い湯切りをしたときにも壊れないように、取っ手とざるとの接合部分の強度を高めているんです。」
「ラーメンの麺揚げに、ある時を境にパフォーマンス的な要素が入ってきまして。」
ーー「湯切り」というやつですね。
「そうです。有名なところだと『天空落とし』だとか、そんな技まで出てきました。これに伴い、ざるにかかる耐荷重が、われわれの想定の範疇を超えてきたんです。」
ーーなるほど。天空落としにも耐えられるてぼを、ということで強度を増す必要があった。
「そうです。他にも太麺細麺でも変わってきますし、大盛りがやりたいとか、そうやってお店側のニーズに細かく対応していった結果、これだけのラインナップになったというわけです。」
ーー他の厨房機器もこんな感じなんですか?
「ラーメンは特になのかもしれないですね。ラーメンってすごく自由度が高いんです。言い換えると統制がとれていないんですよ。だからお店によって麺の太さから茹で方から湯切りの仕方から、みんなまちまちで、だからこそ「てぼ」もそれに合わせて探究したくなるんですが。」
ーーだからといって全てのお店に対応した器具を提供していくのって難しくないですか?
「漠然とした要望を持ってこられても突き返すことはありますよ。それ本当に必要ですか?って。われわれはこだわりを持ってお店をやっている人たちにとって、本当に必要な道具を作っていきたいと思ってるので。」
「この『てぼラシ』は僕が入社して初めて開発した商品で、てぼを洗う専用のブラシです。実際にラーメン屋さんで自分のところのてぼを洗う手伝いをしていたときにわかったんですが、てぼってスポンジだと洗いにくいし、金たわしを使うと手が痛い。バイトの子はよくがまんしてやってるなと。」
ーーそれで専用ブラシを開発しちゃったんですか
「そうです。ブラシの部分はてぼのカーブに沿っていますし、ブラシ自体も抜け落ちないよう工夫されています。万が一抜けても、赤だから麺に混ざって間違ってお客さんに出されることがない。これはどのラーメン屋さんに持って行っても喜ばれますよ。」
ここまで話を聞いてわかったことは、山後さんのてぼに対するこだわりの強さだ。見た目も話し方も現代風だが、マインドは完全に職人のそれだと思う。ただし頑固ではない、一途なのだ。
そんなてぼ職人山後さんに、実際にてぼを作っている工場を案内してもらった。
さっき山後さんも言っていた通り、工場内は明るくて空調が完備された快適な空間だった。まるで精密機器を作っている工場みたいである。
それぞれの行程を新越ワークスのみなさんが揃いのポロシャツで真剣にこなしている。会社というか、チームだなと思った。
いくつかある行程の中で、一人だけ専用の機械を使わずにペンチを持って作業している方がいた。
「この行程は『網線抜き』といって、地味だけどむちゃくちゃ大切なんです。」
「ここでは加工中にはみ出した短い線を手作業で取っています。網って加工途中でどうしても短いワイヤーが出てきてしまうんです。それが製品になった時に残っていると、いつか異物混入につながりますからね。そうなる前に確実に目視で取るようにしています。」
ーー人が目視で取るのはかなりたいへんな作業なんじゃないですか。
「食品業界で使うものですからね、単価をあげても確実に安心に、というのが第一になっています。」
ーー製造工程は思ったよりもずっと人の手による作業が多いんですね。
「そうですね、作業がすべて画一化できるほどシンプルではないんです。網は柔らかいものなので、どうしても手作業と機械作業とが交互に発生してきます。」
ーー「てぼ」はどのくらいの生産量なんですか
「てぼだけで言うと、ざっと年間で10万本くらいは製造しています。」
ーー10万本!!てぼってそんなに頻繁に買い替えるものなんですか?
「丈夫そうに見えますよね。よく5年6年は使えるだろうって思われるんですが、お店によっては半年で使い倒すところもあるみたいです。耐久性をいくら増しても、絶対に壊れないものは作れないですから。」
山後さんは言う。「われわれがやっていることは、お店のやりたいことと機器メーカーとしてできることとの兼ね合いなんですが、正直これはもうロマンの部分が大きいですね。」
「てぼ」はロマン。すごい話を聞いたなと思った。
次にラーメン屋さんに行ったらぜったい「てぼ」の振り方を見ると思うし、山後さんのことを思い出すと思う。いままで名前を知らなかったが、「てぼ」もう忘れないですよ。
取材協力:新越ワークス
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