今回で3回目
世界のキーボード入力事情調査は今回で3回目だ。
簡単に振り返ると、韓国語で使用されるハングルは母音を表す文字と子音を表す文字の組み合わせになっており、キーに印字された文字を拾うことで自動的に組み合わさるようになっていた。
台湾などで使用されている中国語・繁体字は発音ベースで入力する方式であった。日本語のローマ字入力方式と似ているが、アルファベットではなくボポモフォという発音記号を使って入力する。
2回の調査でわかったのだが、この調査活動はとても楽しい。キーボードという身近なアイテムなのに、言語が変わっただけで自分の知らない奥深い世界が広がっているのだ。
そして、今回はいよいよアラビア語の入力方式について調査する。
アラビア語。これまで多くの日本人にとってまったく馴染みのない言語であったが、去年から突如Twitterで頻繁に見かけるようになった。ニョロニョロっと繋げて書く字だ。どのように入力するのか想像もつかない。
右から左に読み書きするという話も聞いたことがある。この記事でアラビア語を入力したらどうなっちゃうんだろう。当サイトの入稿システムはアラビア語に対応しているのだろうか。こちらについても楽しみにしてほしい。
調査の進め方
調査は次の手順で行う。
① アラビア語の文字体系を見てキーボードのデザインを予想する
② アラビア語のキーボードを見て答え合わせをする
③ アラビア語のキーボードを使って実際に入力してみる
アラビア文字について学ぶ
まずは、アラビア語で使われるアラビア文字について学ぶ。いきなりものすごく大変な作業だが、大変ありがたいことに当サイトにこういう記事がある。
この拙攻さんの記事を読めば、アラビア文字の概要が分かる。デイリーポータルZの英知の結集だ。上記記事から大事な点を抜粋・要約する。
まず、アラビア文字は28文字からなる ”アルファベット” で、ABCの遠い親戚である。
これを見て気になるのは、語頭形、語中形、語尾形、独立形というパターンだ。アラビア文字では基本的に一単語を続け字で書くという決まりがあるため、位置によって文字の形を変えることで、繋げて書けるようになっているのだ。覚える手間が大変そうだ。
でも、たぶんこれはキーボード入力では気にしなくもいいと予想する。おそらくパソコンが自動的に適切な形で表示してくれるはずだ。
さきほどのアルファベット表と見比べ、解釈するとこうなる。
なんだ、意外と簡単じゃん。
続け字と聞いてビビっていたが、分解すればたった28文字の組み合わせである。けっこうシンプル。
ここからちょっとだけやっかいな話をする。拙攻さんの記事では省略されていたが、調べたところ、実は特殊な文字が4つあるらしい。
たとえば、ラーム・アリフという特殊文字は……
予想する
以上を踏まえると、アラビア語のキーボードには28 + 4 = 32個のキーがあるのだろう。
問題はキー割り当てだ。言語によらずキーボードは同じ形をしているので、アラビア語と英語ではキー割り当てが違うだけだ。となると、26文字のキーの場所はあるが、残りの6文字はどのキーに割り当たっているのだろう。
私の予想はこちら。
【アラビア語のキーボード入力事情】予想
・アラビア語のアルファベット28文字 + 特殊文字 4文字 の 32文字のキー入力を行う
・入力時に語頭形、語中形、語尾形、独立形の区別はしない
・アルファベット領域の26個のキーのうち、6個のキーについては1キーあたり2文字が割り当たっており、Shiftキーで切り替える
正直、今回はけっこう自信がある。アラビア語が英語と親和性が高いおかげで自然な予想が出来たと思う。
実物を見てみる
いよいよ次は実物を見てみる。
箱をオープン!
なんか予想と全然違う。どこから指摘すればいいのやら……。
まず大はずしなのが、明らかに文字の数が32個より多いということだ。話が違うではないか。
キーの右下に着目し、アルファベットと特殊文字に色を付けてみる。
特殊文字が6文字ある理由はすぐにわかった。特殊文字の1つであるハムザが、1文字かと思いきや3文字もあった。
キー割り当ても予想がはずれた。英字配列の記号エリアにまで、びっしりとアラビア文字が書かれている。日本語のかな入力に似ている。
おそらく、記号を入力したいときは 日/英切り替え の要領で アラビア/英切り替え をするのだろう。
まだ残された疑問がある。
調べたところ、じつはこれはインド数字と呼ばれる文字らしい。ん……?
我々になじみのある「0123456789」という文字はアラビア数字と呼ばれている。しかし、アラビア語で使われる数字は、アラビア数字ではなくインド数字なのである。
ややこしい!幕張メッセの最寄り駅が幕張駅ではなく海浜幕張駅なのと同じぐらいややこしい。一体どうなっているんだ。
伝来元の地域名で呼んでいるために、アラブではインド数字、ヨーロッパではアラビア数字となっている。伝来元へのリスペクト精神、いいね。(実際にはけっこう複雑な事情があるようで、詳しくはこちらの記事が参考になります。)
最後にもうひとつ。各キーの右上に書かれているのは、記号の類であった。
アラビア文字は子音しか書かないのだが、それだと初学者には発音できないので、辞書や初学者向けの本では発音補助記号を用いて母音の発音を示すようだ。
答え合わせをしよう。
【アラビア語のキーボード入力事情】予想結果
・アラビア語のアルファベット28文字 + 特殊文字4文字 の 32文字のキー入力を行う
→結果:△
アルファベット28文字 + 特殊文字6文字 + インド数字10文字 + 記号30文字の74文字のキー入力を行う
・入力時に語頭形、語中形、語尾形、独立形の区別はしない
→結果:〇
・アルファベット領域の26個のキーのうち、6個のキーについては1キーあたり2文字が割り当たっており、Shiftキーで切り替える
→結果:×
ほぼ全部のキーに対し、1キーに1文字のアルファベットか特殊文字かインド数字が割り当たっている。日本語のかな入力に似た方式
う~ん、まずまずの結果。
アラビア語を入力してあそぶ
ここからは、アラビア語のキーボードを使って実際に入力してみたい。
ではさっそく、入力させていただく。
文字が左から右に押し出されるような感覚が新鮮だ。本来アラビア語は右寄せで表記するのだが、ソフトウェアの設定や仕様の都合で左寄せの表記のままになっていると、このような変な感じになる。
このように、アルファベット表とにらめっこしながらであれば、私のような初学者でも狙った文字を入力することができる。
さて、この記事でも入力してみよう。どうなる!
شمس
お、一応表示されたが、左寄せだ。しかし、このサイトの入稿システムには、右寄せ機能が実装されている。かねてから「この機能いつ使うねん!」と思っていたが、まさに今だ。右寄せに変更してみる。
شمس
↑右寄せになっているはず。
グローバルメディア・デイリーポータルZの誕生だ。
أقطاب النفط، ونحن نتطلع إلى الاستماع منك.
訳:石油王の皆様、ご連絡をお待ちしています。
勝手に続け字になる快感
先にも述べた通り、アラビア文字では基本的に一単語を続け字で書くという決まりがあり、そのために1つの文字に対して語頭形、語中形、語尾形のような表記パターンが存在する。
しかし、そのあたりはパソコン側が自動でいい感じにやってくれるので、気にしなくてもよい。これが爽快なのだ。
「×」「÷」がちょっとうらやましい
キーの右上に書かれた記号たちをどう入力するのかというと、ふつうにSHIFTキーを押しながら入力すればよい。
面白いのが、記号として「×」「÷」をサポートしているという点だ。
パソコンでは「×」のかわりに「*」を、「÷」のかわりに「/」を使うと習ったけど、どうしても「×」「÷」を使いたくてひとしれず泣いた夜もあった。いちいち「かける」と入力して変換して「×」を出していた。
アラビア語のキーボードでは一発でこれらを入力できるのだ。ちょっとだけうらやましい。
仕組みを知るだけなら簡単
アラビア語をゼロから学び、ゆっくりではあるがキーボードで入力できるようになった。このように、仕組みを知るだけなら簡単だ。続け字と聞きやっかいそうだと思っていたが、仕組みを知ると意外にもシンプルなのだと気づかされ、親近感がわいてくる。
もちろん、アラビア語を話せるようになるにはこの何十万倍もの努力が必要なのは承知している。しかし、その手前の手前の段階にある「キーボードを通じて世界の言語の仕組みを知る」という活動は、手軽に知的好奇心を満たせる面白い活動だと思っている。
つぎはタイ語のキーボードでお会いしましょう。
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