わずかな値のために体を張る人がいる
さんざん重力を測るぞ!だって場所によって変わるから!と言ってきたけども、人の身体ではほとんど変化を感じることはない。
そんなわずかな値のために、技術を駆使したり、体を張ったりする人がいるのだ。
実際に飛ぶところを見るのは叶わなかったけど、これから「標高」という単語を見聞きするたび、あのセスナを思い出すと思う。
国土地理院が重力を測るために飛行機を飛ばすと聞いた。
測った重力の値は、標高を計算するために用いるという。
……ん?ん?
標高って山の高さとかのあれですよね? 高さを測るのに、なぜ重力が関係あるの……? そしてなぜ飛行機で……?
なぜ?の嵐を携えて、日本初となる「航空重力測量」の出発式に行ってきた。この夏の自由研究は「重力」で決まりだ。
場所は東京都の調布飛行場である。大島など離島への定期便が飛ぶほか、航空写真撮影の拠点となっている飛行場だ。当サイトでもかつて調布でグッドラック!などでおじゃましている。
この飛行機に超精密なバネばかり(航空重力計)を乗せ、これから4年かけて日本全国の空を飛び、10km間隔で重力を測るという。
航空機で全国の重力を測量するのは国内では初のこと。
この日はその「出発式」のため、報道陣へのレクチャーや式典などがにぎにぎしく行われた。
とまぁ、この日の概要はこんな感じなのだが、肝心なのは「なんで重力を計る必要があるの」である。
そもそも重力って、そんな変わるの?
この取材のために重力についてだいぶ勉強したので、余すところなく伝えたい(間違っていたら優しく教えてほしい)
重力、場所によって結構変わるのだ。例えば沖縄で金1kgを計ったとする。そのまま同じはかりと金を北海道に持っていくと、金が約1g重くなっちゃうらしい。
1g重くなるってことは、今の金相場だと5000円ぐらい儲かるぞ!やった!みんな北海道に集合だ!
……ってなると社会が混乱するため、はかりにはあらかじめ各地で測定した「重力値」で補正がかかっている。沖縄でも北海道でも1kgになるように。
補正に使う重力値は国土地理院が提供しているもの。全国約250箇所ある「重力点」で計測されたデータなどが元になっている。
さて、場所によって重力が変わる理由は2つ。
「地球の遠心力」と「地下の密度」だ。
地球は丸い。そして回っている。回ると遠心力がかかり、遠心力は赤道に近いほど大きくなる(回る距離が長いから)。
遠心力は地球の「外」に引っ張られる力なので、遠心力が大きくなれば重力は小さくなる。北極や南極より、赤道上の重力は約0.5%小さいそう。
ということは、赤道に行くだけでやせる。赤道ダイエット。食事制限も運動もいらないぞ。
もうひとつ、重力が変わる理由が「地下の密度」。地下に重たい岩石や鉱物があると、そこだけ重力が大きくなっちゃうのだ。
つまり、一見平らに見える地面でも、地下に重たい物質があれば重力が変わる。
水があったら、重力の大きいほうに流れちゃう。見た目は平らなのに。
あれ? 地面が平らなのに水が流れちゃうってことは、「ここからここまで平らだから同じ標高だよね」ってダムや水路を作ったりすると、おかしくなるんじゃない? 変な方向に水が流れたりしない?
お待たせしました。ここでようやく標高が出てきた。
「標高」って、重力を計らないとちゃんとした値にならないんですって!
日本の「標高」は、東京湾の平均海面を基準にしているそう。「海抜0m」のとこですね。
でも海面はザブンザブンと動いちゃうので、地上に基準となる地点を作っている。それが「日本水準原点」で、千代田区の憲政記念館にある。
これまで全国の標高は、この日本水準原点を基準にして「水準測量」によって測られてきた。
水準測量、精度はめっちゃ高いのだが、測量地点である「水準点」は全国約17,000点あり、全部回ると25年くらいかかっちゃう計算になる。果てしない。
でも今や、GPSや「みちびき」などの準天頂衛星システムがある。宇宙からズバッと測ったほうが早いじゃない! と思うだろう。
……だがいろいろと勝手が違うのだ。衛星測量で高さを測ると、地球をツルッとしたモデルで考えた「地球楕円体」からの高さで計っちゃうという。これだと日常で必要な「標高」にならない。
ここでさっきの重力がやっと出てくる。
地球の遠心力だったり、地中に鉱物があったりして、重力は場所によって変わる。さっきの水が流れちゃう話とかがある。
なので、重力の影響を考慮した「ジオイド」という高さを「標高0m」とするのだ。
……大丈夫だろうか。ここまで話を聞いてくれてる人がいるだろうか。
もう細かい理屈はいいので、「まぁあれでしょ、衛星から標高を測るのに重力のデータがいるんでしょ」ぐらいに思ってください……!
さて、「ジオイド」算出に必要となる重力のデータ。実は、いま国土地理院が持っているものは完全じゃない。
人がたどり着けない山岳部や沿岸海域は空白になってるし、そもそも残ってるデータも30年以上前のもの。だからといって、今から人が測りに行くのは大変だ。
というわけで、飛行機で空から一気に最新の重力データを測っちゃおう、そしてより正確に標高を求めよう、というのが今回の「航空重力測量」なのである。
飛行機なら山岳部も沿岸海域もお構いなし。大規模災害の影響で土地が変化しても、すぐに計り直しにいける。
東日本大震災のときは広い範囲にわたって土地が1m以上沈み、水準測量で標高を再決定するのに約7ヶ月もかかったそう。標高がわからないと水路や堤防が作れない。
一方、ジオイドは大規模な地震が起きてもほぼ変化しない。高精度なジオイドのデータが手に入れれば、あとは衛星測位でピャッと標高を測ることができる。
ジオイドは迅速な復興にも役立つのだ。
仕組みは基本的にさっき床の上で測った重力計と同じ。バネばかりを使った測量だ。
でも今度は飛行機。揺れちゃう。空の上でバネがビヨンビヨンって止まらなくなっちゃう。
まさにこれが、今まで飛行機で測量できなかった理由。今回、その辺が大丈夫になったので航空重力測量の目処が立ったという。
バネばかりが入った箱をバランス良く、うやうやしく扱う仕組みが端々にある。卵をスプーンに乗せて走るみたいな感じだ(『サザエさん』の世界での運動会でよくある競技)
さらにGPSで飛行機の動きを、ジャイロセンサーや加速度センサーで揺れ&傾きをリアルタイムに検出する。
これらのデータを元に補正をかけ、「揺れてない」状態の正確な重力値を求めるのだ。
セスナは高度3000mから5000mまで上昇し、日本上空を10km間隔で飛行する。
でも1日に飛べる距離は往復約400kmだけ。ほぼ毎日飛行機を飛ばしても、全国(離島除く)を測定するのに4年もかかっちゃう。
これは魂をこめた「いってらっしゃい」が必要だ。
さていよいよ「出発式」である。実はこの式典のあと、実際に飛行機を飛ばす予定だったのだが、悪天候による視界不良で中止に。
脳内に流れる「RIDE ON TIME」のボリュームが若干さがる。
今年は日本で近代測量がはじまって150年目。その節目に新たな歴史の1ページが加わる。4年にもわたる測量は生やさしい仕事ではない。胸を張って取り組んでほしい――
普段知らない世界にも、歴史があり、誇りがあり、厳しさがあり、思いがある。そして節目となるハレの舞台がある。
スタートの数だけ、こうした式典があちこちで行われているんだろうなと思う。
これまで地面のうえで重力測定をしてきた皆さん。初となる空での測定に不安はないだろうか?
「基本的に高いところが苦手なので(笑)そういう意味の不安がありますね」
「私は試験飛行を経験しました。高度600mでしたが、それでも高く感じましたね。実際は5000mまで行きますから……」
小型機のため、機内は外と同じ気圧になる。高度5000mともなれば防寒具もいるし、酸素マスクも必要だそう。それをほぼ毎日である。なんとも過酷。
そして1度のフライトで搭乗するのはパイロット1名とスタッフ1名だけ。責任重大。ミスったらやり直しも大変だ……!
さんざん重力を測るぞ!だって場所によって変わるから!と言ってきたけども、人の身体ではほとんど変化を感じることはない。
そんなわずかな値のために、技術を駆使したり、体を張ったりする人がいるのだ。
実際に飛ぶところを見るのは叶わなかったけど、これから「標高」という単語を見聞きするたび、あのセスナを思い出すと思う。
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