※今回は動画もあるから再生しながら詳細を記事で読むと楽しいよ。
透明標本作家からの贈り物
事の起こりは二ヶ月ほど前にさかのぼる。
知り合いの透明標本作家・冨田伊織さんから不意に電話があった。
「ラブカが手に入ったんですが、いりますか?」
間髪入れずに「いります」と返した。いらないわけがない。
ホントかー?ホントにラブカが届くんかー?
一ヶ月早いエイプリルフールじゃないのかー?
とそわそわしながら待つ事しばし。クール便で大きな発泡スチロール箱が届いた。
贈り物を開封するのは何歳になってもドキドキするものだが、中身がわかっているのにこれほど胸が高鳴ることはそうそうない。蓋留めのテープを剥がし、深呼吸をしてから蓋を持ち上げると…!
出ました。ラブカ。本物。
うわ〜、キッチンにラブカいるよラブカ!
ラブカってご家庭でさばいていいんだね。個人が所有していいんだね。
ちなみに、テレビなどではラブカが『絶滅危惧種』的にあつかわれることがあるようだが、それは正しくない。
そもそも深海性でろくに調査もできず何から何まで謎だらけだからこそ『幻』あつかいされているのに、実際の個体数など調べようもない=絶滅の危険性などわかりっこないのだ。
『激レア』には違いないが、それはあくまで我々がお目にかかれる機会についての話である。
むしろ誰も狙っていないのにたまに漁獲されて話題になるあたり、深海魚としては数がそこそこ多い可能性すらある。
なんにせよ網やはえ縄にかかって深海から無理やり船上へ引き上げられた個体は体力を消耗しきっており、普通にリリースしても助かる可能性は低い。
深海へ帰りつけないのでは『リリース』どころか『廃棄』あるいは他のサメへの『給餌』になりかねない。
ならばこうして冨田さんのような有志へ渡そうという漁師さんの心がけは素晴らしいものだと思う。
貴重な機会をありがとう漁師さん。ありがとう冨田さん。
エラがすごい歯がすごい体がニョロい
いやー!それにしてもラブカだね!すごいね!
もったいないから包丁入れる前にもうちょっと観察しよう。
ラブカは深海という我々からすれば非常に特殊な環境に生息している上、サメとしてはかなり原始的な特徴を備えている。このサメが生きた化石と呼ばれる所以である。
つまり、一般的にイメージされるサメからはかなりかけ離れたとても面白い姿をしているということだ。
まず体型からして僕らが想像しがちな『フツーのサメ』からはかなりかけ離れている。
トカゲのように小顔で、各ヒレも小さく貧弱で体の後端に密集している。シルエットは流線型とは言い難い間延びしたニョロニョロシェイプ。ウナギというかダックスフントというか…。
とにかく素早く泳ぐのにはあまりにも向かない体つきなのだ。
彼らが暮らす深海底はにはエサとなる生物が少ない(太陽光が届かないので海藻や植物プランクトンが存在しないことに起因する)ため、極力エネルギーの浪費を避ける方向へ進化しがちである。
ラブカの「水を切る」ではなく「水を受け流す」サメらしからぬニョロボディと小さなヒレもそうした省エネ設計ゆえの特徴なのだろう。遊泳性のサメたちとは違った意味で洗練された体型と言えるかも。
もしかすると現生のサメの祖先たちはみんなこういう深海性のニョロニョロ体型で、長い進化の歴史の中で浅い海へ進出するためにマッシブな流線型ボディと立派なヒレを獲得したのかも…などと想像するとなかなか楽しい。
そしてラブカ最大の特徴といえばエラである。
現生のほとんどのサメは体の左右に5対のエラが空いている。
しかしラブカには6対のエラがあるのだ。
ちょっと難しいことを言うが、動物の骨格とは進化の過程で徐々に、まるで無駄なパーツをそぎ落とすようにその数を減らしていくものである。そして、その逆は基本的にありえない。
つまりこの「エラの数が多い」という点もラブカが原始的なサメ、『生きた化石』であることを示す特徴なのだ。
また、ラブカのサメはフリルのようにビラビラしているのも大きな特徴だ。
この特徴から英語圏では『frilled shark(フリルをまとったサメ)』というかわいらしい名で呼ばれているという。
さらにガバッと大きく開く口と独特な歯の形状も見逃せない。
大きくな口と、それをパカッとフルに開く柔軟な顎の可動域は深海魚に多くみられる特徴だ。
これもきっとエサの少ない深海底で見つけた獲物を手当たり次第に、誰より先に飲み込むための進化なのだろう。「え〜大きすぎて一口じゃ食べられないよぅ」なんて甘いことを抜かしていては深海では生き残れないのだ。
さらに、それこそ『蒲田くん』などの怪獣を彷彿とさせるユニークな形状の歯。鋭い三又の歯がびっしりと、何列にも並んでいる。
こんな口で噛まれたら、人間の手なんて一発で切断されそう!…と思うかもしれないが、その心配は無用である。
葉の向きと並びをよく見ると、そのすべてが喉の奥に先端を向けて整列していることがわかる。
これは先ほども述べたような「手当たり次第に丸飲み捕食」に適した歯型だと考えられる。
これは、一度口に入れたエサを絶対に話さないための滑り止めスパイクの役割を果たしているのだと考えられる。
この歯なら獲物がどんなに暴れても歯に引っかかって口外には出られない。逆に、もがけばもがくほど喉の奥へと送り込まれていくに違いない。
実際に手を突っ込んで試してみたが、これがまた面白いほどしっかりホールドしてきやがって超痛い。獲物の気持ちになると絶望しかない。
逆に、この歯では映画『ジョーズ』のホオジロザメのように獲物を鮮やかに切り裂くことは不可能だ。包丁の代わりに剣山で肉を切れるか?という話である。
まあ、どっちにしろ食われる獲物の気持ちになって考えると死ぬほど怖いのは一緒か。
お腹の中は肝臓でパンパン!
よし!まだまだ見た目について話したいことはたくさんあるけどキリがないので調理に進もう!
まず腹を割くと、内部のモノトーンぶりに驚かされる。
腹の中が巨大な灰色の臓器で占領されているのだ。
肝臓である。
サメやエイといった軟骨魚類は体内にうきぶくろを持たないため、肝臓に油を蓄えることで浮力を獲得している。
深海性のサメでは特に顕著で、たっぷんたぷんの肝臓から採れる肝油は精製されスクワランオイルとしても利用される。
栄養を蓄える貯蔵庫としても機能しているのだろう。
内臓を全部選り分けたら、今度は身を三枚におろす。
ん?メニューは何かって?
こんな新鮮なラブカやぞ!刺身に決まっとるやろが!!レバ刺しもつけたる!!
フヨフヨと水っぽく刺身を引きづらい。盛りつけも難しい。
しかし綺麗な白身だし、臭みもまったく無い。案外悪くなさそうだぞ。
…しかし問題なのは肝臓、レバ刺しである。見てこれ。
漏れ出す肝油がハンパない。
ああもったいないもったいない。その一滴一滴は、われら魚好きたちの見果てぬ夢ぞ。夢のしずくぞ。
というわけで溢れ出た肝油を使って刻んだ内臓を炒めてみた。味付けは塩、薬味にネギ。ほぼラブカの腹の中身だけで構成された魔の一皿。
ここまで味が計り知れない魚料理もなかなかない。
イカ味?タコ味?いや、ヌタウナギ味?
よっしゃ、できたぞラブカ料理二品!
さっそくいただきましょう。
刺身はやや水っぽさを感じるものの、程よく筋が張っていて歯ごたえしっかり。
そして肝心の味だが…魚肉ではなくむしろイカやタコに似ている。あれ?この感じ、前にどこかで…。
あー!思い出したぞ。イカタコ味の魚肉っつったらヌタウナギだ。ヌタウナギに近いわ、ラブカの味。
イカかタコかヌタウナギかはっきりしろと言いたい気持ちはわかるが、イカでタコでヌタなのに魚肉なのだから仕方ない。事実をお伝えしたまでです。
おいしいかマズいかで言えば、明らかにおいしい。
胸を張って言えるぞ、ラブカは美味い魚だと。
刺身は美味かった!ならば肝は?わさび醤油にひたして頬張る。
食感は豚のレバ刺しに似ているが、噛んだ瞬間に肝油がにじみ出る。というか吹き出す。湧き出す。
肝油はほんのり甘みを感じられ、なかなかにいい味である、が!しかし!くどい!くどすぎる!
肝臓だけ食べると、口の中が一瞬で油に占領される。噛み締めた瞬間こそおいしさを感じられるのだが、すぐさま下が油でコーティングされるのだ。
同席した友人も最初は「こりゃ美味いよ!」「口の中がハッピーになる」などと言っていたが、やがて押し黙った。
ベストな食べ方は『キモサンド』!!
だがここでかつて駿河湾の深海鮫漁師に教わった秘技を思い出した。
その名は『キモサンド』。深海性のサメを美味しく食べるために焼津・長兼丸の長谷川船長が発案した作法である。
…要は二枚の刺身で肝臓のスライスを挟むだけ。だがこれにより淡白な白身と濃厚すぎる肝臓が互いを補い合い、掛け算のように美味さが増すのだという。
……!!
…ごめん、たぶん全人類に先駆けて正解見つけちゃったわ。ラブカ料理の。
こりゃあ美味いよキモサンド。
本当に淡白な白身と濃厚すぎる肝臓が互いを補い合い、掛け算のように美味さが増しているわ。ラブカがセルフでマリアージュでハーモニーしているわ。
皆さんも超新鮮なラブカが手に入った場合は試してみてくださいキモサンド。
さて、最後は内臓を!
今回は胆のうまで食べちゃってるからねぇ、いよいよ余さず我が身へ取り込んでます。だって相手がラブカだもん。しょうがないよね。
消化器系はいずれも食感、味ともにイカそのもの。美味なり。特に腸が歯ごたえも味わも明瞭でおいしいなと感じた。
精巣、つまり白子はアミノ酸の塊といった味。旨味が強すぎて喉が焼けるような感覚を覚える。他の食材で例えるならイカスミに近いだろうか。
ちなみに肝臓も肝油で炒めてみた。油を搾り取られて消しゴムのカスみたいに小さくなってしまったが、味は濃厚で良し。魚の肝というより豚や鶏のレバーに近い味わいであった……ように思う(小さすぎてよくわからん)。
ぜひみんなも食べてみて!
というわけで、生きた化石にして幻のサメ、そして深海のスターであるラブカは数多の宣伝文句に負けない素晴らしい魚だった。外見も中身も味もね。
しかし、こうしてラブカを深く理解できたのはやはり実際にさばいて食べてみたからに他ならない。ラブカ食べられるなんて、人生わからないもんだ。貴重な経験をさせてくれた漁師さんと冨田さんにあらためて感謝である。
読者の皆さんにもある日突然「ラブカ、いります?」と声をかけられるかもしれない。その時はぜひ本記事を参考に食べてみてほしい。いろんな発見があるはずだ。ラブカをもっと好きになれるはずだ。
YouTubeのチャンネル作ったよ
これまで世界中で撮りためてきた変な生き物の動画をYouTubeで公開していくことにしました。間違いなく面白いからみんなチャンネル登録しといたほうがいいと思うよ。
YouTubeチャンネル : 平坂寛
みんな新型コロナウィルス禍で外出できなくて退屈していると思います。些細ですが日々の楽しみにしていただければ幸いです。
僕にできることはこれくらいのもんです。
ラブカ以外の動画もどんどんアップしていくんでよろしく!