野暮には際限がない
どうやって食べればいいか考えている時「手で食べればいいんですよ」と一番やっちゃいけないアイデアが出て、実際に長い箸を握りながら手でパンを食べた。
『長い箸を使って地獄と極楽で食事する話』を中学生の頃に聞いた。仏教の有名な説話らしい。
あの説話に対して「箸を短く持てばいいじゃん」という無粋なことをずっと考えていた。無粋ではあるが気になるのでやってみた。
『三尺三寸箸』という仏教説話がある。中学校の時の先生が話してくれて、印象に残ってずっと覚えていた。ざっくり説明するとこんな話だ。
中学校の時に一回だけ聞いたこの話をずっと覚えていたのは「箸を短く持てばいいじゃん」という極めて無粋で野暮な疑問が頭の中でこだましていたからである。
いや、そういうことではないのだ。助け合うことの大切さを説きたいのであって、箸をどう持つかっていうのは大事じゃないんだ。自分の口に届かないものが皆の口には届くって素敵なことじゃないか。
そう自分に言い聞かせようとするが、頭の中で真顔の自分が「箸をさあ、短く持てばいいじゃん」とうるさい。しかし1メートルの箸って短く持ってうまく扱えるものなのだろうか。
気になったので実際にやってみることにした。まず三尺三寸、1メートルほどの箸を作る。
長さが910ミリで、少しだけ足りない。先端に普通の箸を取り付けることにする。1メートルに届くし、先が実際の箸になるので使いやすくなると思う。
この箸でものを食べてみよう。
地獄の住人はつまんだものを自分の口に持っていこうとするが届かなくて苛立つらしい。やってみよう。
口に届きそうで届かない。あともう30センチくらいなのだ。香りは分かるけど口には届かないもどかしい距離。これが地獄である。1回目だったので楽しかったが、これが毎食続いたら気が狂うだろう。
この箸を三尺三寸と設定した人はすごい。一番苛立つ長さにするために実際にやってみたんだろう。バラエティ番組の罰ゲームをADさんで検証するように。
なるほど、地獄は確かに辛い。極楽はどうだろうか。
不気味な絵面なのは食べさせる相手がパネルだからだと思うのだが、それにしても長い箸で人にものを食べさせるというのは変な感じがした。「あーん」としてあげる様なあの親密さが、1メートルという距離によってすっかり無くなってしまっている。
猛獣にエサをあげる時長い棒の先に肉を付けるけど、あんな気持ちだった。近づいちゃいけない相手にものを食べさせている。
しかしそれでも食べられるというのは幸せなことである。近づけなくとも共に生きてはいける。パネルは森で、私はタタラ場で暮らそう。
さあ、ここからである。中学校の先生のありがたい話を曲解して、箸を短く持つ。
できた。あっさりできてしまった。
胸がキュっとなる。地獄の人々、極楽の人々、そしてこの説話を現代まで語り継いだ人々の「そういうことじゃないんだよ」という声が僕の胸をキュっとさせる。地獄でも極楽でもないここはどこなんだ。ここが本当の地獄なんじゃないか。
地獄でも極楽でもない野暮の世界。ここはどこなんだ。どう死んだらここに来るんだ。
困惑しながらむしゃむしゃと食べていると、皆本当はこうしたいけどできない事情があったんじゃないかという気がしてきた。持っていい場所以外を持つと電気が流れるとか。
そこで、ここからは箸の持ち手(箸頭というらしい)を持ちながら食べる方法を考えてみる。
再び箸頭を持つ。食べ物をつまんで途方に暮れる。
マシュマロだし空中に放って口でキャッチすれば、とか思うのだが、手でもうまくいくか分からないことを箸でやらない方がいい。
突然、撮影をしてくれていた編集部の藤原さんが「箸の真ん中でつまんだらどうですか?」と提案してくれた。
…そうか。そうですよね。
食べられるはずのないマシュマロが口の中に入ってきて甘い香りを広げる。体じゅうの力が抜けて「えへっへ…、ふぇっ…」と変な笑い声が出た。
持つ場所やつまむ場所をずらすだけで食べられるのだ。
この説話の大事なところは助け合うことでそこは極楽になるということで、長い箸でものが食べられたからといってその価値は少しも損なわれたりはしないのだが、まあそれはそれとして、長い箸というのはやりようによって結構使えるしなんかおもしろい。
心苦しいが結論を出そう。
三尺三寸の箸は、結構食べられる。
繰り返すが、こんなことで助け合いの素晴らしさが損なわれることは決して無い。説話を聞いた僕の「箸を短く持てばいいじゃん」という気持ちに落とし所が見つかったということだ。
そう、短く持てば食べられる。なんなら空いた手で補助するだけでも食べられる。それはもういいから、散々やったから、話を正面から聞きなさい。
どうやって食べればいいか考えている時「手で食べればいいんですよ」と一番やっちゃいけないアイデアが出て、実際に長い箸を握りながら手でパンを食べた。
▽デイリーポータルZトップへ | ||
▲デイリーポータルZトップへ | バックナンバーいちらんへ |
福岡では普通なの?「うどん居酒屋」とは (安藤昌教) (01.22 11:00)
嘘の地元で嘘の思い出を語れば、初対面でも幼馴染になれる (んちゅたぐい) (01.22 11:00)
算数が苦手なやつが考えた7の段が難しい理由を詳しい人に聞いてもらう(傑作選) (西村まさゆき) (01.21 18:00)
鍋を見ながらジンギスカン、ジン鍋鑑賞ジンパ開催 (伊藤健史) (01.21 16:00)
飯丸め (石井公二) (01.21 11:00)
ジャンクフードの罪を祓ってギルトフリー化する (窪田鳳花) (01.21 11:00)
おしゃれな手術着で会社に行ってもいいですか(傑作選) (3yk(みゆき)) (01.20 18:00)
自家用カート / うっかりデイリー 2025年1月18日号 (デイリーポータルZ) (01.20 17:00)
書き出し小説大賞 287回秀作発表 (天久聖一) (01.20 16:00)
手のひらサイズの洗濯板が足袋を洗うのにちょうどいい (窪田鳳花) (01.20 13:00)
自分の腕が縮んでいくところを見たい (林雄司) (01.20 11:00)
服を染めるとうれしい (べつやく れい) (01.20 11:00)
2025.1.19見どころ)先週は焼肉のシズル感と細かい地元案内が人気のなか、ちゃぶ台が食い込みました (林雄司) (01.19 11:00)
昔のレコードもちゃんとかけるとすごくいい音(傑作選) (べつやく れい) (01.18 16:00)
辰年から巳年への年越しを「辰巳」ですごした (高瀬雄一郎) (01.18 11:00)
料理撮影用の板が欲しかったので、古いちゃぶ台を買って手入れをした (玉置標本) (01.18 11:00)
辰年から巳年へ、「辰巳」は盛り上がっているのか (いまいずみひとし) (01.18 11:00)
ドラゴンフルーツの皮が想像以上にマグロすぎる(傑作選) (miooon(DEEokinawa)) (01.17 20:00)
アフタートーク・古賀及子×べつやくれい 第8回 (デイリーポータルZ) (01.17 18:00)
パン祖のパン! 日本で最初に焼かれたパンを食べる (地主恵亮) (01.17 16:00)
ハンドメイド「とまれ」~ 今週の「これすごくない?」 (デイリーポータルZ) (01.17 16:00)
地元にずっとあるけど入ったことのない焼肉屋さんへ行ってみる~大泉学園「炭火焼肉 だい苑」 (パリッコ) (01.17 11:00)
干支飾りをキメラにして、より愛する (とりもちうずら) (01.17 11:00)
2025.1.17 みどころ)地元の焼肉屋紹介、干支のキメラのちりめん細工、日本最古のパン、これすごくない? (石川大樹) (01.17 10:59)
ことでん(高松琴平電気鉄道)の琴を作った(傑作選) (乙幡啓子) (01.16 18:00)
マスクをしたまま食べて目がヒーっとなるもの比べ (トルー) (01.16 16:00)
狩猟で捕獲したシカは、家庭用ミンサーでハンバーグにすべし (こーだい) (01.16 11:00)
「焼肉いちばん」の肉はレーンに乗ってやってくる (佐伯) (01.16 11:00)
2025.1.16見どころ)よく焼く焼肉、よく焼くハンバーグ、ヒーッ (林雄司) (01.16 10:59)
2025.1.18見どころ)唐突な辰巳特集、ちゃぶ台みがき (林雄司) (01.16 10:59)
編集部のリレーコラム、人気記事やイベント情報などをおとどけします。