特集 2019年6月4日

マウスのボールで作れるか、ボールペン

マウスのボールでボールペンを作ったら、意外と使えるものができた

平成の終わりに、今はなき「マウスのボール」について思いを馳せていた。

あのコロコロしていて、適度な重量と摩擦を持ったボール。もはや使うことはないだろうが、ただ捨ててしまうのも惜しい。何かに使えないだろうか。

ボールといえば……ボールペン? そうだ、ボールペンを作ろう。

1983年徳島県生まれ。大阪在住。散歩が趣味の組込エンジニア。エアコンの配管や室外機のある風景など、普段着の街を見るのが好き。日常的すぎて誰も気にしないようなモノに気付いていきたい。(動画インタビュー)

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マウスの底にボールがあった時代

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ここに昔のマウスがある。たぶん20年くらい前のもの

ケーブル端子がUSBではなくPS/2なのも懐かしいが、裏返すとさらに当時の記憶がよみがえってくる。

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ボールである。レーザー式マウスなどに取って代わられ、いまでは見かけなくなったボール式マウス
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そうそう、この部分に埃がたまるのだ。定期的に綿棒で掃除していたのも今は昔……
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そしてこれが、マウスから取り出した「マウスのボール」。ひとつのマウスから一個しか採取できない希少部位である

久しぶりにマウスのボールを手に取ってみると、質感がかなり良いことに気付いた。

机の上でスリップせず転がる必要があるため、表面にはほどよい摩擦がある。でもスーパーボールみたいな軽快さはなく、中までずっしりと身が詰まっていて固くて重い。他ではなかなか味わえない感触だ。

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そのためよく転がる。「ピタゴラ装置」みたいな使い方をするには最適かもしれない

こんなに良いボールを、ただ捨ててしまうなんて勿体ない気がした。マウスのボールは「マウスのボール」としか言いようがなく、つまりボール式マウスを機能させるために存在していた専用ボールである。他に代わるものがない。

とはいえ、もうPS/2端子の付いたPCも持っていない。となると、ボールを何かに転用できないだろうか。ボール……ボールといえば……ボールペン?

この連想ゲームみたいな思いつきから、マウスのボールを使ったボールペンの製作が始まった。

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ボールを観察する

まずは本家ボールペンを観察してみる。ご存じの通り先端にボールが付いているものの、あまりに小さいので普段はほとんど意識することがない。

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この小さなボールが紙との摩擦で回転し、それによって中のインクが転写される

理屈では分かっちゃいるけど、にわかに信じられないレベルの細かさである。極細ペンになると、直径は0.55ミリ未満だという(JIS規格)。

消耗品として何気に使っているボールペン。でもその実は、精密加工技術のかたまりだ。それなのに、今やなんと100円以下で買えてしまう。おそろしい世の中である。

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一方でマウスのボールはというと、直径22ミリ。手元にあった3つのボール(全部違うメーカー)は、どれも同じ大きさだった

調べてみると、一般的なマウスのボールはほとんどが22ミリらしい。ボール式マウスを使わなくなって久しい2019年に、初めて知るボールの知識。まだ捨てずに持っているという方は、ぜひ直径を測っていただきたい。

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ボールを抜かれたマウスは抜け殻のようだ

ところで、マウスのボールって“コア”っぽい雰囲気がある。「シューティングゲームだったら、絶対にここが弱点だな」……なんてことを思いながら、マウス本体からボールを取り出した。

コアを抜かれたマウスは、魂が抜けたようにゴロンと机に横たわっていた。

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作ろう、ボールペン

さて、そんなマウスのボールを使ってボールペンを作っていこう。

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まず3D CADソフトを使って、ペン先を設計する。上からインクを注ぎ込むと、それが先端のマウスボール部分に流れ込む。ボールペンと同様の構造である
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そのままではボールが装てんできないため、ボールを入れたあとで先端のパーツを被せる形にした。ただよう弾丸っぽさ
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これを3Dプリンタで印刷する。ガーっと音を立てながら、全自動でパーツができあがっていった
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ペン先を微調整する日々

なんだ、めちゃくちゃ簡単にできてしまったなぁ。そんな風に感じたら、まず間違いなく死亡フラグである。気を付けよう。

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できあがったペン先に
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ボールを入れて、ふたをすれば完成……
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と思ったんだけど、ギチギチでボールが全然回らなかった

こういう工作って、一回目で上手くいくことはまずない。この場合、ボールとペン先の隙間(クリアランス)が小さすぎたのが問題だった。

ただ3Dプリンタの精度もそれほど高くないため、CADソフトで設計したサイズからさらにゼロコンマ数ミリはズレが生じる。ある程度目星を付けたら、あとは実際に印刷して確かめていくしかない。

作業をやっていると、ボールペンのペン先がいかに高精度かを思い知らされる。当サイトでも以前、松本圭司さんが『ペットボトルすげぇ』という記事を書かれているが、本当にそうなのだ。ペットボトルもすげぇし、ボールペンもすげぇのである。世の工業製品はみんなすごい。

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ボールペンの40倍もあるマウスボールを扱うのですら四苦八苦である。何度も試作を重ねて、理想のペン先を追い求めていく
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一週間くらい改良に取り組んだ結果、ようやく満足できるものが完成。見た目は全く変わってないけれど、ボールはスムーズに回転するようになった。これで上手くいくはず……
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ボールペンらしく、ペン軸とフタも作成
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組み合わせると出来上がりだ。なんだか意図せず、ドラえもんの秘密道具みたいな風情が出てしまった(色のせいだろうか)
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普通のボールペンと比較すると、親子みたいなサイズ感。観光地のお土産で、こういう巨大ペン売ってる
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字を書いてみる

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マウスボールペンの使い方。まずはペン先が不安定なので、筒状のペン台にセットする
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スポイトでインクをセットすると
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うおー、漏れた……。ボール部分から漏れるかと思っていたら、側面の接合部から漏れてきた。まあそうだよな、と冷静にエポキシパテで穴埋めする

……それでは気を取り直して、ボールペンで字を書いてみよう。

あ、意外と普通に書ける。マウスのボールで字は書ける!

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マウスの
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ボールで
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字が書けたぞー

作っておいてなんだが、ここまでちゃんと書けるとは思わなかった。

マウスのボールが現役だったころ、3Dプリンタはまだ一般的ではなかった。なので、同じように「マウスのボール」から「ボールペン」を連想したとしても、素人がこんな風には作れなかったわけだ。

そう考えると、時空を超えた工作であるといえる。昔の技術と、新しい技術の融合。その先にあったのがマウスボールペンなのである。

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さらに字を書いてみる

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こんなペンだけど、慣れると普通に書けるようになってきた。「つけペン」ではなく、あくまで構造は「ボールペン」。インクを貯めておけるため、長い文章もスラスラ書けてしまう

マウスのボールが直径22ミリ、つまり極細ボールペンの40倍もあるので、それに比例して文字も極太である。そのせいか、どことなく書道っぽさが隠しきれない。

それならば。味わいが似ているかと思って、街でよく見かけるあの看板を書いてみた。

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が……なんか違った。書道を真似るにはちょっと細すぎで、やはりこれは「ボールペン」であると再認識
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インクを入れすぎると盛大な“ダマ”になるので、ほどのほどのインク量を維持するのが良い
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ああ、マウスボールのポテンシャルの高さよ
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インクが減ると、こんな風に線がかすれていくのもボールペンらしい
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やがてボールの先が乾いてインク切れを迎える
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おつかれ様でした

以上、マウスのボールを使ったボールペンの製作……だったのだが、こんな風にボールとたわむれていると、だんだんボール式マウスが愛おしくなってきた。

目の前には、魂を抜かれたように横たわるマウス本体がある。

……仕方がない。

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ボールはキレイに洗って、またマウスの元へと返したのであった

それでも隠しきれない書道っぽさ

ボールの直径が40倍あるので、本当はペン軸も40倍にしたかった(製造ができないので断念)。

そうなると、見た目はパフォーマンス用の大筆書道みたいになるだろう。……それはそれで面白そうだな。

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書いた文字を乾かしている様子は、完全に書道だった
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