特集 2023年1月10日

千歳水族館であの「ミンクのコート」のミンクを見た

ミンクのえり巻きをするミンク。

高級毛皮として名高いミンクのコート、ドラクエでは生涯賃金かというほどの高値で売られており、私は異世界の冒険の中で富裕層というものに強いあこがれを抱いたのだった。そのミンクって何なのかというと北アメリカ原産のイタチ科の動物で、養殖のために北米から北海道に持ち込まれたものが野生化して定着しているのだ。

千歳水族館では国内水族館で唯一の試みとしてミンクの飼育展示を開始した。

ゴージャスなイメージと謎に包まれたミンクは千歳川でどのように生きているのか。見て、聞いてきた。

1975年神奈川県生まれ。毒ライター。
普段は会社勤めをして生計をたてている。 有毒生物や街歩きが好き。つまり商店街とかが有毒生物で埋め尽くされれば一番ユートピア度が高いのではないだろうか。
最近バレンチノ収集を始めました。(動画インタビュー)

前の記事:西千葉のラウンドアバウトをトレースするミニストップがかっこいい

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サケのふるさとでミンクを見る

 

「実は今、ミンクの飼育展示の準備をしています」

以前、インディアン水車を取材した「サケのふるさと千歳水族館」の菊池館長からそう聞いたのは2021年の12月、別の用事で北海道を訪れた際に立ち寄った時の事だった。

ミンク仕様に改装中。

千歳水族館は支笏湖を経て千歳市内を流れる千歳川に隣接し、専門のサケをはじめ千歳川とその周辺に住む生き物の営みを展示している。

館内の窓から千歳川の川底を直接観察する事ができる。何度来ても何時間見ても飽きない。写真は12月に千歳川に遡上してきたサケ。

 つまり、千歳川にはミンクがいるということなのか。

「います。北海道には昔毛皮用に輸入されてきたものが逃げ出したり放されたりして各地に住みついていますが、千歳川にも生息しています」

1年経った2022年の12月、この年の春から始まっているミンクの展示を見にまた千歳水族館を訪れた。

この日の空はミンク色。
「ソーシャケディスタンス」が呼びかけられているがクマは守る気なさそう。

ミンクと聞いて思い浮かぶのは、もはや国民的ゲームとなったドラゴンクエストⅡの道具屋で思わず画面に表示された金額の桁を数えた超高級アイテム「ミンクのコート」だ。その価格は60000ゴールド、たしか所持できる最大額が65535ゴールドだったのでもう三井のリハウスかよというぐらいの一世一代の代物だった。

「サケだけじゃない!」

 後にミンクとはイタチとかオコジョみたいな動物だと知った。ふっさふさの毛皮が掛川の茶畑のように段々とつらなったコートは見るからに高貴な、選ばれし者の装いといった雰囲気をまとっていた。

ミンクが生きて動く姿を目にするのは初めてだ。やはり高貴なたたずまいで私のようなナチュラルボーン庶民を見下してくるのだろうか。なんかそうされたいような気もしてきた。

おお、仕上がっているミンク水槽。しかしミンクはどこに.....。
あれか!

水槽のガラスにひっ付いた寝床でオスとメスが折り重なって爆睡していた。

なにこの寝ぞう。

まったく無防備に四肢を伸ばし腹を見せ、時々小さく痙攣しながら眠りこけている。小動物として大丈夫なのか、やっていけるのか心配になるが優雅ではある。

しばらく眺めていると上に乗っているオスがむっくり起き上がって寝床を抜け出した。

めちゃめちゃかわいいので動画でどうぞ。
 

奥で立ち寝状態。トイレだろうか。

木に体をこすりつけてまた寝床に戻る。
 

で、またぐっすり。

なんというブリリアントな午後のひととき。2頭のミンクが織りなす、遅いブランチのかわりに頼んだプレーンオムレツを一口食べてみるみたいな満ち足りた倦怠感を私は見つめていた。寝息がガラス越しに伝わってくる。
 

ハイテンションでアメリカンな案内パネル。

思いきりアメリカンに紹介されているとおり、正式にはアメリカミンクといい、北米原産のイタチ科の動物である。

1866年にアメリカで初めて養殖に成功すると、1930年代初頭には世界中で養殖業が行われるようになった。日本では1928年、カナダから2頭のミンクが北海道に輸入され、試験飼育が行なわれた。これはうまくいかなかったようだが、1930年代後半になりキツネの養殖業が活況を呈すると共にミンクの飼育も広がりを見せた。

刻々と切り替わる寝ぞう。

太平洋戦争で事業は壊滅的な打撃を受けるが戦後になるとまた北海道に輸入され、大手商社や水産会社も参入し市場は活性化、新聞の見出しに「ミンクブーム」というフレーズが踊った。

1980年代に最盛期を迎えたものの半ばを過ぎると世界的な生産過剰や円高による国際競争力の低下などで国内ミンク養殖業は急激に衰退、1990年代にはほぼすべての飼育場が閉鎖され、現在では行われていない。

このような流れの中で、飼育舎から逃げ出したり倒産した業者によって捨てられたミンクが野生化した。1970年代には農林水産業への被害が報告され、2005年に特定外来生物に指定されている。

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飼うのは難しい、はずだったが.......

数奇な運命のもと千歳川の住人となったミンクについて、国内水族館では唯一の展示に取り組みアメリカンなパネルを掲示した千歳水族館の菊池館長にオンラインで取材した。(当日は都合がつかなかった)

「ミンクめっちゃ寝てましたね」「ですよねえ...」

――ミンクの野生化が確認されてからそれなりに年月が経っていますが、千歳川周辺でもよく見かけるものなんですか? 

 「千歳水族館ができて、私が赴任したのが約30年前(1994年)になりますがその時はすでに近くで見られましたね。最初の出会いはインパクトがあって、オープンして間もない頃、当館の窓から千歳川を覗いていたお客さんより『川でネコがおぼれています!』と通報があったんです」

――それは慌てますよね。

「はい。で、急いで網を持って駆けつけたら溺れていると思いきや、すいすい泳いでいるんですね。どういう事だと呆気に取られて(笑)、よく見たらミンクだったんです」
 

千歳川にダイブしてウグイにおそいかかる。泳ぎはかなり達者だ、とか言いながらこの映像では狩りに失敗しているが。※千歳水族館提供

――国内水族館で唯一との事ですが動物園でもミンクって見かけないですよね(旭山動物園のみ)。なぜ展示を行ったんですか?

「もともと当館はサケを中心としていますが、やはり千歳川と一体となった水族館として『川と生き物同士のつながりをなるべく広く知ってもらいたい』という思いで展示を企画しています。なので千歳川に住んでいる生き物をできるだけ幅広く見てもらおうとミンクの展示は前から考えてはいました」
 

魚だけでなく爬虫類両生類や水生昆虫、鳥まで飼育展示している。写真はカイツブリのカイくん。平均寿命10年ほどのところ、今年で14歳になるがなんかすごく元気。

「とはいえ魚から離れた生き物で、しかも哺乳類を飼育展示するというのはなかなか勇気がいるので一歩踏み出せずにいましたが、ある時カラスに襲われて傷ついたミンクを当館で保護する機会があり、割と手ごたえを感じたのでいよいよやってみようという事になりました」

――ただ他でやっていないとなると、ノウハウがないですよね。

「そう、飼育に関してはとにかく情報がなかったんですが、昔ミンクの養殖業をしていた方とつながりができてお話を聞いたりすることができました」

――あ、そうか。養殖していたという事は飼っていたという事だから。

「ただ、そうやって情報収集してみると、飼うこと自体がそもそもかなり大変だという話ばかりで、養殖の場合は細長いカゴのようなケージで一頭ずつ飼うんですがとにかく気性が荒くて人になつかないと」

ここではひたすらアンニュイだが......。

――カプセルホテルみたいな感じで飼うんですね。やっぱり毛皮の質を考えてという事なんですかね。

「複数だとケンカになって毛皮がだめになっちゃうみたいですね。複数飼いなんてケンカばかりするから絶対に無理だと言われました。」

――オスとメスで飼ってもですか?

「相性がかなりシビアで、良くないと繁殖行動をしないどころか激しくケンカになるんです。あとはにおいの問題もありました。イタチやスカンクと同じくストレスを感じると臭腺からくさいニオイを出して、それが館内に充満してしまうんじゃないか、とか......」

――どんなニオイなんですか?

「うまく言えないんですが、くさった卵にくさったみかんを混ぜたような......」

――ウワー想像するだけでやばい......。でも、なんかうまくいっている感じですよね。

むしろ無いですよね、緊張感。

「そうなんです。さすがにそこまで聞かされると、これはちょっと飼えないかな、ぐらいに思ったんですけど、とりあえず捕獲したオス、メスの2頭をバックヤードで飼育してみたところ特に喧嘩もせず仲良くやっているんですよ。その後メス2頭を捕獲してそちらもペアで飼育しているのですが、やはり仲良くやっていますね」

――思いのほか平和だったんですね。

「ケンカが激しくて複数飼いは絶対に無理だと言われていたんですが、そんな事はなかったですね。養殖とちがって広いところで飼っていたのでストレスがなかったり、捕獲したのがおそらくは同じ親から生まれた兄弟なのでそういうところもあるのかもしれないですが」

水族館近くのサーモンパークの小川で不用意に泳いで遊ぶ子を慌てて連れ戻す親ミンク。親族の絆は強い?※提供:千歳水族館

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わからない、だから面白いミンク

――がっつり寝てちょっと起きてという感じでしたが、夜行性ではないんですよね。

「はい、ただ睡眠時間はやたらと長いです。飼育環境で記録を取ってみると、明るい時間帯と暗い時間帯でどちらもほぼ半分寝て半分活動してといった具合です。朝にちょっと活動してずっと寝ている事もあったので、エサの時間を分散させて可能な時には活魚をやるようにしています。そうすると潜って魚を追いかけたりするようになるので」

水槽の中を泳いで魚を捕る。※提供:千歳水族館

「さらに寝ている時でもお客さんに見ていただこうとハンモックを目の前に作って、そこで寝てくれるようになったので寝姿も見てもらえるようになりました」

――寝ぞうの無防備さがすごいですよね。

呑み過ぎかよ。

「そうなんですよ。野生でもこんなふうにしてるのかなあと(笑)。この人馴れ感といい無防備さといい、ひょっとしたら野生下では淘汰されていたような個体が捕まってうちに来ちゃったのかなと思わなくもないです」

――ただ、魚をするどい牙でばりばり食べたりするところを見ているとやはり確かに獣性を感じますね。

牙がやばい!

「そうですね。実はミンクは非常に頭のいい動物で、親子でいる時に遭遇すると親がこちらの目を引いてその間に子供を逃げさせたり、カワウソが獲った魚を岸に並べる『獺祭(だっさい)』のようにミンクも獲った魚を並べていたり、ほんとうにいろいろ面白い生態を持っているんですが、飼育下でもフィールドでのありようなども、まだわからない事がたくさんあります」

さっと食ってさっと寝に行くことはわかった。

 「今のところは特に体調不良もなく、うまくいっていますが、もっとミンクの生態や飼育方法でこれまで言われていた事とのギャップなど、記録を取りながら進めていきたいと思っていて、スタッフともそういう意識を共有してやっています」

――他にやっていないし、単純におもしろいことですよね。

「そうですね、手探りで大変ですけど、とてもやりがいのある取り組みだと思っています」
 

約90分の観察で「ミンクがミンクのえり巻きをしたがるぐらいだからやはりこの毛皮はいいものに違いない」という知見を得た。

※参照:北海道のミンク養殖業の形成と消滅までの過程〜網走地域を中心に〜(宇仁義和/オホーツク産業経営論集 第30巻第1号)

  


アメリカミンクは特定外来生物に指定され、生態系への影響や漁業被害などが懸念されているという事実がある一方で、彼らは生まれた地で、ただ懸命に生きようとしているという事もまた事実である。

「この展示を通じて、なぜ身近に外来種がいるのか、その外来種がどのような影響をおよぼしているのかについても、関心を持つきっかけとしていただければと考えています」

※千歳水族館公式サイトアメリカミンク紹介ページより(いい動画あります)https://chitose-aq.jp/archives/19914.html

寝ても覚めてもかわいくおもしろい動物である事は間違いない。

 

■取材強力:サケのふるさと 千歳水族館 https://chitose-aq.jp/

    

 

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