友だちが狩猟をはじめた
近所の友だちの一人が狩猟の免許を取ったと聞いた。
狩猟って鉄砲で獲物を狩るやつ?ごんぎつね?まったくイメージが沸かない。
知らない世界はつべこべいわずに体験してみることが肝心だろう。お願いして連れて行ってもらった。

友だちの健さんも僕と同じように、最初は興味本位で知り合いの猟師さんについて行ったのが始まりなのだとか。
健さん「そうしたらこれがものすごくてさ。ちゃんと向き合わなきゃと思ってすぐに免許取りに行ったんだよね」
健さんの行動力にはおそれいるが、免許の取り方を聞いてさらにおそれいった。

狩猟の免許を取るには知識、適正、技能のそれぞれの試験に合格する必要がある。

それだけではない。猟銃を使う場合、狩猟免許とあわせて猟銃を所持するための手順もある。
これは銃刀法にもとづき警察署に届け出て講習を受けるのだけれど、さらに自宅に銃をしまっておくロッカーと実弾をしまっておく保管場所がそれぞれ必要となり、加えてそもそもその人が銃を持っても大丈夫なのかを周辺の人たちに聞いて回る調査も行われるのだとか。

確定申告すらままならない僕にとって、手続きこそが猟師になるための最大のハードルのように思えた。
でも考えてみたらそのくらいの根性と、強くて正しい意思を持った人でないと銃なんてものは持たせてはいけないのだろう。厳しすぎるくらいの方が外野からすると安心感がある。


健さんがそこまでして資格を取った「猟師」というのはいったいどんなものなのだろうか。今日は近くから見学させてもらえることになった。
場所は伊豆半島の先端に位置する南伊豆町である。ここは兵庫、岐阜と並んで狩猟の盛んな地域なのだとか。
まずはミーティングから
今回僕が見学させてもらうのは、単独ではなくチームで猟を行うみなさん。
その日の猟場と各メンバーの立ち位置、役割なんかを決めるミーティングから猟の一日は始まる。


ここで行われている猟は複数人でチームを組んで狩りを行うグループ猟である。
まず勢子(せこ)と呼ばれる役割の人が山に犬を放って獲物を囲い込み、立間(たつま)と呼ばれる人が、追い込まれてきた獲物を猟銃で仕留める。
他にも「忍び猟」と呼ばれる、一人で、その名の通り動物に気づかれないよう忍んでいって撃つというスタイルの猟もあるそうだが、それはちょっと見学すらできなさそうだ。

勢子(せこ)は主に犬をコントロールするのが役目なのだけれど、犬に囲い込まれた獲物がうまく立間(たつま)の方へと移動してくるとは限らない。勢子も猟師なので、自分の守備範囲に入ってきた獲物は自分で撃つことになる。
「というわけでこっちに向かってきた獲物は私が撃ちますので、安藤さんは邪魔にならない場所まで下がっていてください」
え、ちょっと。ものすごい緊張感である。
どこまで下がって見ていたらいいのかわからないのに加え、猟師さんたちと違って僕は丸腰なのだ。もし動物がこっちに向かってきたらまず確実に太刀打ちできないだろう。
そんな僕の不安をよそに、遠くの方から犬の吠える声が聞こえてきた。同時に勢子(せこ)は臨戦態勢にはいる。
いきなり猟が始まる

犬の声はまだ遠いが、かなり興奮しているように聞こえる。それも複数匹だ。きっと獲物を囲み込んでこちらに向かって来ているのだろう。
にわかに空気が張り詰める。(「犬の鳴き声が聞こえたら話し声も足音も立てないでください」勢子がささやく)
ワン、ワン…
ワン、ワン、ワン…
………
猟師にはあってはならない感情なのかもしれないが、僕は(お願いですからこっちにきませんように)と心の中で願っていた。いい写真が撮れるだろうとかそういう話ではないのだ。

今回狙うのは鹿とイノシシである。
狩猟は趣味として、とくにヨーロッパで人気のスポーツらしいのだが、最近は日本でも、増えすぎた野生動物の頭数を管理するという役割も担いつつ行われているのだという。
この地域での鹿とイノシシの猟期は11月から3月だが、そのほかの期間にも、罠による害獣駆除を行政と猟師さんが連携して行っていたりする。



犬の声と仲間との無線を頼りに戦略を練り、獲物を追い込んでいく。
その範囲や場所は刻一刻と変化するし、一瞬の判断ミスが命取りにもなる。これは思っていたよりずっと頭も体力も使う仕事である。

僕は普段トレイルランニングといって山の中を走り回る競技をやっている。というわけで、山を走るのならそこそこ大丈夫だろうと自信を持っていたのだ。
しかし甘かった。
トレイルランニングは未舗装路とはいえ、見れば簡単に道だとわかる道を選んで走る。しかし猟師はそうはいかない。それは動物が道とか気にせず走り回るから。

僕が後ろにつかせてもらった勢子(せこ)の方は、片手に猟銃を持ちながらも動物並みの軽快な足取りで山の中を移動していく。

ここで近くにいた立間(たつま)の猟師さんから鹿を仕留めたという無線が入ったのでかけつけた。
かけつけた、と言っても文字通りかけつけたのは猟師さんで、僕はよたよたと足を滑らせて穴に落ちたりしながら、なんとか合流できたという感じである。

すでに猟師さんの能力の高さに驚いているところだが、すごいのはみんな猟期にはほぼ毎日のようにこれをやっているということだ。
僕が見学させてもらった勢子(せこ)のリサさんは、少し前にマダニに刺されたことが原因で感染症になり、数週間集中治療室で生死の境をさまよったのだと言っていた。このチームの親方の石井さんは、狩猟が原因ではないが、病気のため入院していた病院から一昨日退院したばかりらしい。
それでも猟師は山に入るのである。何が彼らをそうさせるのか。