ビシャビシャーという感じになる食べ物
大阪・九条の「MoMoBooks」は松井良太さんとそのパートナー・桃子さんが営む書店である。公式サイトでは桃子さんのイラストによる業務日誌というか、最近のできごとが「モモブー日記」というシリーズで公開されていて、その中に「パニプリ2081」と題された回がある。

桃子さんが九条のインド・ネパール料理店で出会った「パニプリ」という食べ物と、初めてそれを食べた時の驚きが描かれている。
このイラストというかマンガを読んだのが先だったか、松井さんや桃子さんと実際に会って話したのが先だったか忘れてしまったが、「MoMoBooks」のおかげで私も「パニプリ」を知った。「いつか食べに行きましょうー!」と言いつつ、なかなか実行に移せぬまま日が過ぎた。
そんな前段がまずあって、先日、私は大阪・豊中市の服部天神という街で取材をしていたのだが、ふと立ち寄った「ビスワス服部店」というスパイス専門店に「パニプリ」という文字を見つけたのだった。


思わずお店の方に「これはどんなものですか?」尋ねてみると、「これはね、揚げると中が空洞の丸いパリパリのものになるんです。それをスプーンで割ったりして、ジャガイモのボイルしたやつとかカレーパウダーであえたやつとか、スナック菓子を砕いて散らしたりして、酸味のある汁を入れて一口で食べるんです」と教えてくれた。
教わったものの、まだ全然想像がつかない。「美味しいですよ。まあいつも食べたいってわけでもないですけどね(笑)」と店主が言うのでますます気になって、これはいよいよ食べに行くしかないと思った。
それからすぐ、タイミングよく「MoMoBooks」で私が聞き手として参加するトークイベントがあって、その日の閉店後なら桃子さんも松井さんも都合がよく、一緒に食べに行ってくれるという。「それはありがたい!」とお願いすることにした。
「おおきに」というネパール居酒屋へ
取材当日、「MoMoBooks」でのイベントが無事終わり、しばらくして閉店時間となった。ちなみにそのイベントは大阪のちんどん屋「ちんどん通信社」のみなさんとのトークイベントで、イベントに先駆けて、実際に九条の街を練り歩く「街廻り」の時間もあってすごく楽しかった。トークパートの配信チケットが5月3日まで購入可能なのでよかったら!

イベントに参加してくださった方の中には私の知人や「MoMoBooks」のご常連さんもおり、「この後、よかったらパニプリ食べに行きませんか?」といきなり誘わせてもらったりして、なかなかの人数になった。
夕暮れの九条の街を、パニプリを求めて歩く。最初にやってきたのは、「ルンビニ」というお店。

桃子さんはここの「パニプリ」が好きなのだとか。が、桃子さんがお店の方に尋ねてくれたところによると、「今日はパニプリが売り切れだそうです!」とのこと。

それはそれで仕方ない。幸い、他にもパニプリを出すお店が近くにあるというので、気を取り直して歩く。今度は「おおきに」という名のネパール居酒屋にやってきた。

カウンターだけのお店なのに我々は7人連れという無茶な状況だったのだが、幸いちょうどぴったり席が空いていて座ることができた。

オープンから1年ほどになるというお店で、冒頭に紹介した桃子さんの漫画の、「4月頃行った時、その日はネパールでちょうど正月にあたる日だったらしく」と書かれているのがこの店だという。ネパールで一般的に使用されている「ビクラム暦」では今年(西暦2025年)は2082年となる。桃子さんたちが前回この店を訪れた昨年の4月半ばのある日は、ちょうどビクラム暦の正月に当たっていたらしい。

お店のメニューを開いてみる。ネパール料理と日本的な居酒屋メニューが同居する面白いメニューだ。「モモ」も「サモサ」もあれば、「枝豆」も「豆腐サラダ」もある。

そして、そのメニューの右隅に……あった!パニプリが。

メニュー画像の下の説明文には「薄焼きの球状クラッカーにじゃがいもや豆などの具材を詰め、スープソースに浸して食べる軽食」とある。
「本当だ!パニプリ、あります!」とはしゃいでいると、それを聞いた店主が「パニプリ、頼むんやな?」と声をかけてくれた。この店の店主はジョティさんという方。
「お名前は?」「ジョティです」「ジョティさん?」「さん、なくていいよ」「ネパールのご出身なんですか?」「はい。そんなやつですー」と、気さくに話してくださる。

「パニプリください!」と伝えると「辛さはどのぐらいまでいけますか?」とのこと。辛さの要素もあるのか。初回なので「ノーマルぐらいで」とお願いすることに。今日は人数も多いので5Pと10Pを組み合わせて15個作ってもらうことにした。おすすめだという「チキンチョイラ」「スパイシーゆでたまごフライ」も注文する。
厨房で別のスタッフの方が調理してくれている間、ジョティさんにパニプリのことを聞いてみる。
――パニプリはよく食べるものですか?
「うーん。よく食べるもんでもないんですけど、食べても全然いいんです。悪いものちゃいますから(笑)こんな風に(とメニューの中のパニプリの写真を指差し)“プリ”を作って、その中に野菜、じゃがいもとかきゅうりとか、玉ねぎとか入れて包んで、ソースで食べるやつがパニプリ」
――へー!家で食べるものですか?そうでもない?
「家でも、面倒くさいけど、食べるよ!でもだいたいはお店で食べる」
――昔からあるものですか?
「昔はあんまりなかった。もともとインドの食べ物。今は、でも、ネパールにもめっちゃある。特に若い人が食べる。おつまみですよね。うちのお店、パニプリファンのお客さん多いですよー!」
と、「パニプリファン」という言葉の可愛い響きが耳に残った。とにかく、悪いもんではないらしい。
いよいよパニプリを食べてみる
それからしばらくして、いよいよパニプリができあがった。

たこ焼き大の球体の中に、ジョティさんが教えてくれた通り、ジャガイモやきゅうりなどの野菜が詰められているようだ。
そしてそこに、ドレッシングなどをよく入れるあのプラボトルに入ったソースを注入して一口で食べるというものらしい。

ソースはこんな風にボトルで提供される店もあれば、カップに入った状態で出てくる場合もあるそう。桃子さんにお手本を見せてもらう。

九条のパニプリを食べ歩いてきた桃子さんによればこのパニプリはかなり具だくさんな方なので、そこまでソースを注ぎ入れる余地がなく、よって、ビシャビシャ感も薄いかもとのこと。とにかく一ついただいてみることにする。

私の後ろの壁に、なんの動物だろう、くるんと曲がった角が特徴的な動物の絵が描かれていて、その目の前でパニプリに食らいつく写真を後日、松井さんに送ってもらったのだが、なんだか不思議なおかしみがあった。


なるほど、桃子さんが書いていた通り、外側の“プリ”を噛むと、パリッとした食感の中から、ビシャーッとソースがあふれる、まあ、自分で注いだんだからそりゃそうなのだが、その感覚がなんとも新鮮で面白い。”プリ”の中に入っている具材もソースも冷たいので、ビシャーッともするし、ヒヤッともする。
ソースには酸味があって、プリの中の具材はポテトサラダみたいな感じなので、食感は別としてこの味を伝えるなら、「ポテサラにレモン汁をかけてちょっとミックススパイスを振りかけた感じ」となるだろうか。私はかなり好きな味で、これがお通しで出てくる居酒屋があってもいいなと思った。一口サラダ感覚で食べられる。

「パニプリ美味しいですか?これでパニプリファンね」とジョティさんが言うので「美味しいです!この液体はなんなんですか?」と聞くと「ふふふ……」と笑いながら向こうの方に行ってしまった。謎である。レモン果汁にミックススパイスを混ぜた感じ、レモンじゃなく、ライムかもしれない、とにかく酸味と塩気と、スパイスの香りのある液体だ。
「MoMoBooks」の松井さんが「インドでは路上でパニプリを売っていて、手のひらを出すとポンと一個のっけてくれて、お店の人がそこに親指をズブッて入れて割って具材を詰めてくれるらしいです」と言い、「えー!そんなワイルドな感じ!」とみんなで笑って聞いていたら、ジョティさんが「嫌だー!2082年のネパールではそれはない」と言っていた。店内には爆音でEDMが流れており、そのリズムに合わせて体を揺らしながらパニプリを食べていく。これが2082年のやり方。

