アジア料理の街大久保は八百屋まで変
大久保には韓国のお店だけでなくインドやネパールなどアジアを中心としたさまざまな料理店、食材店がある。
筆者はインドには行ったことがあるのだが、食材店なんかは現地そのままの雰囲気だ。おもしろがって用もないのに見に行ったりしていた。
ある日八百屋から見慣れない料理の看板が出ていることに気づいた。
隣のネパール料理屋の看板でもなく、どうも八百屋のもののようだ。書かれているメニューが独特。ラッシーはインドのヨーグルトドリンクでモモはネパールの餃子……でもナムキンってなんだ?
惣菜がアジア料理な八百屋がある
店に入ってみると中はちゃんと八百屋だった。だけどその惣菜コーナーにアジアの料理がたくさんあったのだ。これが大久保、ふつうの八百屋までアジア料理だとは…!!
おもしろくて安い、ちょっとした海外旅行
そして安い。カレーとターメリックライスのお弁当が300円ちょっと。定食めいたもので400円くらいでお惣菜は2~300円くらいだ。
おもしろいので通りがかるたびに買っていた。看板のナムキンというのは値札では「ニムキン」と書かれている。甘いのか…しょっぱいのか…と身構えておそるおそる食べると「……甘くもしょっぱくもないっ!!」とひっくり返ることとなった。
ただの小麦粉を揚げたものとしか言いようのないぼんやりしたものだった。なんだったんだニムキン。
ジャレビ4枚299円!!
これは一体どういうことなのか話を聞いてみたいなーと思って再び店に足を運んだ。店の奥には外国の店員さんがいる。この人が作ってるんだろうか?
あ、もしかしてこんな感じか。八百屋で働き始めた外国人の店員さんがしょんぼりしている。日本の味に舌が合わないと。「だったらお前の故郷の味で作ってみろ」「いいんですか、おやっさん」これだ。そんな郷愁の味を私達がかすめとっているのだ。
レジで取材について聞いてみると事務所の連絡先をくれた。ついでにカレーとジャレビを買った。相変わらずなんのことかわからない。
「うまい!!」と書かれているがジャレビがなにかわからないので訴えかけるものがなにもない。ただ「うまいなにか、4枚299円」なのだ。やはり最高だな。
アジア惣菜八百屋は3店舗あった
指定された事務所に向かうと一階はまたも八百屋だった。しかもお惣菜はあのアジア料理だ。まさかこんな店が何軒もあるのか!?
「店はここ(東新宿)と大久保とあと小滝橋ですね。大久保はアド街ック天国に出ましたよ。始めたのは一年くらい前からですね。お惣菜はこの近くの戸山ハイツに工場があってそこで作ってますね」
なんと近隣に3店舗もあったのだ!
お話をうかがったのは芳賀青果とユウキイノベーション(こっちが惣菜を作ってるらしい)という2つの会社を運営している芳賀雄希さん。若い社長さんが出てきてなんかイメージがちがうぞ。
狙って始めたものだった
もともと芳賀さんのお父さんがスーパーを経営していて、元住吉の店長がネパールの人でネパール惣菜を出したところ評判が良かったそうだ。事業をうけついだ芳賀さんが八百屋だけじゃなくなにかやらないと、と自分の店でもネパール惣菜を出すことにした。
「たまたまウケたっていうか絶対ウケると思ってやってるんですよ」と芳賀さんは言う。
「ここらへんネパール人がめちゃくちゃ多いんですよ。でもネパール料理とかレストランに行かないと食べられないじゃないですか。かんたんにテイクアウトできる場所を作ってあげたら絶対売れるなと思って。
お客さんは東新宿なら地元の人が多いですけど大久保なら7~9割くらいネパールじゃないですかね」
──意外! 狙って戦略的にしかけられたものだったんですね
「はい。ぼく職業カリスマなんで」
──…おやおやおや!?
おやおやおや!? である。目の前に人がいるはずなのに、なにか一瞬でテレビ画面の向こう側を見ている気になってきた。
「カリスマなんで。ふつうの人だったら『お、当たった!』って感じじゃないですか。ぼく逆なんです。『おっ、つまづいた!』って感じで。ぼくなんでもできちゃうんです」
うお、やっぱりだ。この人は「秒で1億稼ぐ」みたいな異名と異名を戦わせるような世界に生きているのだ。
「今までほしいものとかも全部手に入れてきましたし。
ほら、時計とかも」
──あ、なんか腕に存在感あるなと思ったら文字がぐにゃぐにゃのやつだ! すげえきらきらしてる!!
お惣菜の話を聞きに行ってフランクミュラーを見た
「フランクミュラー。5~600万円したかな。たいしたことないですよ。だってこれ二本めですから。まだ"うぶ"のがあるんですよ。どこで買ったんだっけな。楽天かな」
──フランクミュラーって楽天で買うんだ! 楽天ポイントがえらいことになってしまう!
「YouTuberのラファエルにあこがれて買ったんですよ」
──へえ! ちょっと知らない世界で申し訳ないんですけどラファエルさんってどういうことしてる人なんですか?
「全然何してるかわからないです。ぼく、興味あるようでないんで。そういう人たちがつけてるものとかああいいなって思うくらいで」
興味ないYouTuber見て楽天で時計買うのか。600万円の時計買うのにもっと壮大なドラマというか骨太のストーリーというかしっかりした背景は要らないんだろうか。
「でもぼくの車見たらもっとビビると思いますよ。日本で見たことないと思いますよ」
──あー、でも車のこと全然知らなくてよくわからないんですよ
「大丈夫です、おれも全然車知らないんでスペックとかどうでもよくて形で決めたんですよ。トイザらス行ったときにラジコンカー見てこれがほしいってなって選んだんですよ」
──トイザらスで車選ぶんだ!
芳賀さん、YouTuber見て時計選んだり、トイザらス行って車決めたり、でかい買い物の入り口がへんだ。
「清水の次郎長? 知らねえなあ」みたいな(相手を知らない=おれの方がえらい)構図の行き過ぎた形なのだろうか。お金持ってる人に会ったことないのだがやはりだいぶ変わったことになっているな…
芳賀さんは大学を出たあと一年大阪で働いて、お父さんに連れ戻され会社のあとをついでそのとき1億円借金があったそうだ。
「いや、もう。商売なんて楽勝ですから。極端言えば人とやんないことやればいいんで。もうそれだけじゃないですか」
──なるほど、ネパール惣菜もそうですね
「いやこれはもうおまけなんで。でもこれにしたって数年したらまたちがうことやらないといけないと思いますよ。」
──あ、そうですか……(ネパール惣菜の話になかなかならないな)
──お惣菜の話をしたいんですけども……芳賀さんはどんなメニューが出てるかとかは認識してますか?
「もちろん。全部見てるんで。ネパール料理としてどういう位置なのかはわからないですけどね。工場で作ってるのは5、6人くらいですかね。ほとんどネパール人ですけど日本人も入ってます。日本のお惣菜も出してるので」
「ニムキンを食べたんですか? あのへんはもう全部ネパールのおやつみたいなやつですよね。
日本人からしたら大しておいしくないものですけど、でもネパールの人たちはあれが好きなんですね。昔から食べてるものが好き。
ぼくからしたら松阪牛が好きみたいな。すいません嘘です(笑)」
──あ、嘘なんですね
「このあとSNSとかで『あいつ死ねばいいのにな』とかやめてくださいよ(笑)」
──大丈夫です、おもしろい人だなと思ってますよ!
──……ちなみにお惣菜のおすすめとかあります?
「おれが一番おすすめですよ(笑)」
もうお惣菜のこと知れるのはここまでなのだろう、とこの時深く思った。
──芳賀さんのその軽妙な感じ、やっぱり夜は歌舞伎町(ここから近い)とかで飲んだりしてるんですか?
「ぼくはお酒飲まないんです。お酒もたばこも。夜は毎日10キロ走ってます。雪の日は一回怪我してやめました」
──へぇ、意外です
「朝起きて仕入れして値付けして伝票整理して銀行行って帰って走る。そのルーティンをずっと繰り返してます。仕事という感覚じゃなくて遊びって感覚なので遊んでないですね。友達もいないんですよ、仕事仲間がいたらいい」
──芳賀さんって今おいくつくらいなんですか?
「いくつに見えます? 」
──「いくつに見えます?」って聞くんですね!?
「残念だなあ。おれほんと大好きなんですよ、こうやって投げかけるの。一番やりたいの『おれ何してると思う? 当てたら100万円やるよ?』って。
だって八百屋って、当たるわけないじゃないですか。当たらないですから。もし当たっても「惣菜やってるんだ」って」
──それはただのズルですよ!
お惣菜を見に行ったはずがスーパーカー見てた
大久保の八百屋のお惣菜は安くておもしろいなーと思って話を聞きに行ったらやりての八百屋さんが出てきた。
最終的にはスーパーカーのドアが上に跳ね上がって、お惣菜工場の長はおすすめについて「ない」と答えた。
こんなことがあるだろうか? 答えはもちろん「ある」だ。
フランクミュラーもBMWも買えない筆者は大久保のお惣菜の違和感をおもしろがって日常のダイナミックさに感激するしかない。
世界中で拡大する貧富の差、私、勝手ながら日々のセンス・オブ・ワンダーをBMWくらいありがたがる方向で生かさせていただいております。
(2020年1月9日追記)
芳賀さんからTwitterとインスタを始めたと連絡がありました。アカウントはこちら。
Instagram go_5161
Twitter @t691LnQRpKQr1ux