ドンキの店内の見方が変わる
とてもいいものを見れた。丹精込めて作られたPOPは圧巻だし、オリジナルドンペンはかわいくて、おもしろい。
一つ一つのPOPが手書きであること、その裏にいろいろな創意工夫があることを知ると、店内の見え方も変わってくる。
ドンキの文字で描いてもらった自分の名前は、表札にしようと思う。
ドンキには、商品を紹介する独特のPOPがある。極端にカリカチュアされた文字。派手な彩色。「驚安」は何度も重ねて強調され、マスコットキャラクターのドンペンも描かれる。そのPOPは過剰で、そして、ドンキの風景に欠かせない。
聞くところによると、そのPOPを描く専門の人がいるらしい。どんな人なのか。どんな風に仕事をしているのか。あわよくば、いろいろな言葉をドンキの文字風に描いてもらいたい。
話を聞いてきました。
さっそく話を聞いてみよう。
松本 今日の質問にお答えしたものをメモにしたんですけど
谷頭・林 おお!
谷頭 すでにメモの字がドンキの文字ですね、すごい!
松本 あ、それは全然意識していなかったです(笑)
ドンキの文字って独特で、この文字を書くための研修があるんです。それでだいたい同じような文字が書けるようにはなるんですが、私は元々、こういう字でした(笑)
谷頭 ドンキに選ばれし人だ。これだけでぐっと掴まれました。
松本 だーっと書いたので、そんな反応が来ると思っていなくて(笑)
谷頭 この「ン」なんて最高ですよ
松本 ふだん、役所に提出する書類もこういうドンキっぽい文字で書いてしまうんですよ。でも、これしか書けないので、どうすることもできないんですよ。
松本 子どもの学校に出す書類を書いたとき、子どもが先生から「今度はお母さんに書いてもらってね」って言われて。私が書いたのに(笑)子どもの字だと思われちゃう(笑)
林 はははは。でも、子どもはあんなにきれいに書かないですよね、完成度高いですからね、この字だと。
谷頭 松本さんはPOPを描きはじめて何年ぐらいになるんですか?
松本 もう19年ぐらいですね。練馬店ができてからずっとなので。
谷頭 練馬店のPOPライターは松本さん以外にもいらっしゃるんですか?
松本 はい、1人だけですが。
谷頭 じゃあ、お2人で練馬店の全てのPOPを書かれているんですね。すごい仕事量……!
松本 朝から晩までPOPを描いているので(笑)小さいものだと、1日で数十枚は描けますね。
谷頭 どの商品のPOPを描くのかは、商品の担当者と相談するんですか?
松本 そうですね。それぞれの商品担当者から依頼が来て、そこからサイズなどを相談して決めて書きます。
林 構図とか色は頭の中で決めて書かれるわけですか?
松本 基本商品のイメージに合うように色は選んで、全体的なイメージを頭に思い浮かべながら書いてます。一度書き始めると失敗できないので、下書きを紙に書いて、それをなぞりながらやったりしますね。
谷頭 かなり緊張しますね。
谷頭 そんな松本さんの作品を見てみたいです。
松本 (POPを取り出しながら)これなんかは1日以上かかったやつですね。
谷頭 すごい。でかい。
林 横から見ると、紙の厚さもそれぞれ違って立体的。
谷頭 背景の画像は自分で探すんですか?
松本 こういうのは、会社で共有されているものを使っています。
谷頭 へえ!共有されてるんですね。素材は色々あって、それをどう組み合わせるかは自分次第なんですね。
松本 そうですね。商品を調べてコメントを考えたり、メーカーさんがアピールしているポイントを使ったりして、このPOPだけで商品の宣伝になるように意識しています。
あと、これなんかも作るのは大変でした。什器の周りに枠をつけて、波を表して。
谷頭 鮭が濁流の中にいてドンペンがそれを釣り上げている。そして鮭とばになっている……。
松本 これは魚のイラストから描いたので。
谷頭 イラストもめちゃくちゃうまいですね
谷頭 すごいPOPの数々を見せてもらいましたが、描いている中で大変なことなどありましたか? 松本さんの場合、最初の字がすでにドンキっぽいから、すぐに馴染んでそうですが。
松本 まだPOP作りに不慣れなとき、180cmぐらいの大きいPOPを、テーブルじゃなくて床で描いたことがあって。机で描くことしかやってこなかったから、そういうのが1番大変でした。
林 腰にきますね
松本 まあ、積み重ねなので、その時は大変でも、だんだん慣れてきました。
谷頭 あと、ドンキっぽい文字が描けても、明らかに美的センスが必要ですよね。構図とか色を決めたりするような。
松本 それもありますし、あとは依頼者からの要望に応えられるようにしておかないといけないんですよね。
谷頭 対応力が問われる。
松本 私はなるべくそれ以上のものを作ろうと思ってるんですけど。それが新人さんだとなかなか難しいんじゃないかなと思います。
それと、日本語じゃない文字を書くのも大変ですね、韓国語とか。ドンキの文字って、かなりアレンジして書くんですけど、韓国語だとそれがダメなんだろうなと思って。
谷頭 日本語だったらどこまで崩せばいいのかわかるけど、ハングルだとわからないですもんね。苦労も多い。
清水さん(横でインタビュー聞いていた店員さん) 松本さんにPOPを書いてもらうと売り上げが上がりますね。
林 たしかに、これは売り上げ変わりますよね
清水 松本さんが作ったPOPは、だいたい毎回、社内の賞を取ってますよ。
谷頭 そんな賞があるんだ
清水 今、賞を取ったPOPが買い場(売り場のこと)にあるはずです。
谷頭 え、見にいきたい。
ーーというわけで、買い場に見に行く一同
松本 あれが賞を取ったレッドブルのPOPです
谷頭 レッドブルがロケットになって店内に飛び出している……。まわりにドンペンがいる。
谷頭・林 これはすごい!
松本 ロケットです。ちゃんと煙も出てます(笑)
谷頭 POPを描いているというか、もう工作ですね。こりゃすごいわ。
林 立体感がすごい。はははは、このドンペン、おもしろい。
谷頭 レッドブルの「ブル」のところのグラデーションがすごいですね。
林 本当だ、すごい。
松本 それはパステルでやってます。チョークを粉にして、それを指に付けてグラデーションになるようにやってるんですよ。
林 エアブラシかと思ったら。
松本 全部、手作業ですね(笑)
谷頭 というわけで、松本さん制作のPOPを堪能したわけですが、実は、事前にドンキ風の文字でこんな言葉を書いて欲しい、というのをお願いしてまして。
松本 お題のやつ、頑張って描きました。難しくてあんまりよくわからなかったんですが(笑)
谷頭 すみません…
お題でお願いしたものとお願いした雰囲気 ・「谷頭 和希」をファンキーな感じで(ライターの名前) |
松本 まずは、これです
谷頭 ああ!すごい!自分の名前が!
林 俺のも美味しそうな感じで・・・
松本 肉まんっぽい感じで。
谷頭 めちゃめちゃいいじゃないですか・・。純粋理性批判も美味しそうだ。上の部分がドーナツですね。
林 いや、ちょっとすごい。
谷頭 「恥の多い生涯を送って来ました」(笑)
松本 「恥」っていう字が楽しそうじゃなくて。「恥」って私のイメージではこういう字なんですよ。こういうどんよりした感じで。
谷頭 泣いてますね
松本 だから、周りをカラフルにして楽しさを出してみたんですけど。
松本 それと、これはクールな感じでって指定があったんですけど、 文字数が多かったので、筆で書きました。
谷頭 指定が多くてすみません。しかし、契約書の硬い文面なのに、ドンキで見た気もするぐらいしっくりきますね・・・。
松本 ありがとうございます。
谷頭 それぞれ、大胆な雰囲気に見えて色づかいとか構図は繊細ですよね。緻密というか。
松本 そうですね。色で全体の印象がかなり決まっちゃうので。
松本 それで、「墾田永年私財法」はここで書いて欲しいということだったので、さっき書いてみたんですよ。これがペンを使って一発で書いたやつです。
谷頭 これすごい!ほんとに、ドンキ文字が染み付いてますね。「墾」みたいな複雑な漢字って大変じゃないですか?
松本 大変ですよ!
谷頭・林(笑)
谷頭 わざわざすみません(笑)
松本 しかもぐちゃぐちゃにならないように、文字は圧縮して書かないといけないので、字画が多いのは大変なんです。
林 こういう文字を一発で全部描くって、プロなんだなあって。当たり前なんだけど
谷頭 じゃあ、実際に書いてみていただいて…。この一筆書きを見るだけで圧巻だと思うんです。
松本 わかりました
谷頭・林 おお〜
松本 こんな感じですね。緊張しちゃった(笑)
林 でも、この90度で曲がるところとかすごい。太いペン先ってほんとに描きにくいですもんね
松本 カーブは難しいですね
谷頭 普通の書き順とは全然違いますね。
松本 そうなんです、そうなんです。書き順はメチャクチャになっちゃいますよ。
谷頭 ペンに特化した書き順になっちゃうという。
松本 値書きはこんな感じですかね
林 8とか9とかって、そんなに分けて描くんですね!
谷頭 曲線が多くて、難しそう。ドンキの商品って298円とか398円とか、「98円」が付くのが多いから、8と9はよく出てきそうですね。
松本 多いですよ! 1番書いてると思うんですけど、実は1番好きじゃない。普通に4とかの方がいい(笑)
谷頭・林 (笑)
松本 値書きの場合は、ここからさらに白を足すんです。
谷頭 ああ、つやが出た!
松本 これで完成です
谷頭 いつも見てるやつだ!
谷頭 この税抜きの漢字も最高ですねえ
林 これ、朝だと調子出ないとかあるんですか?
松本 基本的にはないんですけど、2日お休みしちゃうと、ペンの調子が悪くなります。インクが出にくくなるんですよ。ここの机でペンを逆さまにしているのはインクが下にいくようにしてるんです。
谷頭 ペンの機嫌に依るんですね。
林 ペンってポスカですか?
松本 そうですね。書くときには、ポスカが1番多いです。
松本 それと、ポスカで売っていない色があるんですよ。そういうのは自分で色を作ってます。グラデーションになるように。ポスカの中に少し赤を足している。
谷頭 確かに、微妙な発色のニュアンスが違いますね
林 こんな微妙な色のポスカは売ってないですよね
松本 ちょっとずつ変えていって、グラデーションにしています。
谷頭 ポスカを調合している人、初めて見ました
松本 多分、どこのPOPライターもこれはやってるんじゃないかと思います。
谷頭 POP看板には、文字だけじゃなくて、ドンぺン(ドンキのマスコットキャラクターのペンギン)もよく描かれてるじゃないですか。それもご自分で描いているんですか?
松本 これは別に描いている人がいるんですよ。それと、ドンペンもいろんな人が描いたのを共有して使えるんです。
谷頭 これも共有できるんだ!
松本 そういうのを使って作ってますね。全部一人でやると、出来上がらないんですよね。
谷頭 使えるところは使って。
松本 私も書いたりはしますけど、余裕があるときしか書かないですね。
林 ドンペンって、これをみんな同じタッチで書けるものなんですか?
松本 いや、タッチは結構、違うんですよ。九州の方のドンペンは少し九州っぽかったり(笑)
谷頭 どんな感じなんですか?
松本 博多っぽい感じというか、 うまく言えないんですけど(笑)。
谷頭 キリッとした九州男児みたいな
松本 そうですね(笑)微妙に全部違ったドンペンになってます。他の店を回ってみて「こういうドンペンもいるんだ!」みたいなのもあります。
松本 私のイラストで描いたドンペンだと、こういうものがあって。これはラーメンを食べてるドンペンですね
林 オバケのQ太郎の小池さんみたいな。これいいなあ。
松本 これなんかは、「冷たーい」ってPOPに描いたときに作ったもので、冷たそうじゃないですか
谷頭 震えている。
林 これぐらいのアレンジはしていいんですね
谷頭 こういうのは、書いて共有したりするんですか?
松本 これは共有してません!
谷頭 一点ものだ!
林 ポップとかドンペンとか色々見せてもらったんですけど、それぞれドンキっぽさもありつつ、一個一個違うのがいいですね。
松本 そうですね。基本の文字はありつつ、それぞれの個性がありますね。個性が出ちゃう。
林 作品ですよね。
谷頭 展覧会とかしてほしい。
松本 よく、職場体験でドンキに来る中学生がいるんですよ。最後にPOPを描いてもらうんです。それで、全部終わってから何が1番楽しかったかって聞くんですけど、POP作りが1番楽しかったって言ってくれる子どもが多いんです。最初は大変でも、作ったものが店内に貼られると、嬉しいみたいで。
谷頭 めちゃくちゃ嬉しいですよね、自分の描いたものが店にあったら。その意味でも、宣伝用のPOPであることを超えて、作品作り、創作に近いところがあるのかもしれないですね。
林 しかも、それがお店で生きて使われているというのもいいですよね。
谷頭 ドンキのポップ、おもしろかった。
松本 喜んでいただけたなら良かったです(笑)
とてもいいものを見れた。丹精込めて作られたPOPは圧巻だし、オリジナルドンペンはかわいくて、おもしろい。
一つ一つのPOPが手書きであること、その裏にいろいろな創意工夫があることを知ると、店内の見え方も変わってくる。
ドンキの文字で描いてもらった自分の名前は、表札にしようと思う。
この記事のライターである私、谷頭和希が丸々ドンキ一冊の新書『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』を集英社新書から発売しました(今回の取材とは関係ありません)。
マスコットキャラクターのドンペン、テーマソング「ミラクル・ショッピング」、居抜き戦略などに注目しながら、ドンキについてあれこれ書いております。
(ドン・キホーテへの取材ではなく、都市におけるドン・キホーテの役割を考察した内容になっています。)
全国の書店、Amazon等で絶賛発売しております。なにとぞ、よろしくお願いします!
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