特集 2020年11月6日

トラウトはサーモンを超えているか

MLBに負けないテンションでトラウトとサーモンを談じます!

2020年9月、メジャーリーグはロサンゼルス・エンゼルスのマイク・トラウト選手が通算300号のホームランを記録、ティム・サーモン氏の持っていた球団記録を更新した。

この件は「トラウト(マス)のサーモン(サケ)超え」とうまい事言った感じで報じられて話題となった。

しかし、そもそもトラウトとサーモンの違いは何なのか? 魚としてもトラウトはサーモンを超えているのかいないのか? サケの専門家に問うた。

1975年神奈川県生まれ。毒ライター。
普段は会社勤めをして生計をたてている。 有毒生物や街歩きが好き。つまり商店街とかが有毒生物で埋め尽くされれば一番ユートピア度が高いのではないだろうか。
最近バレンチノ収集を始めました。(動画インタビュー)

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サケ好きの心を動かしたホームラン

球場のフェンスの事を「野球のふち」と呼んでいたくらい野球にはうとい私だが、2020年9月に飛び込んできたニュースに注目しないわけにはいかなかった。

「トラウトがサーモン超え、エンゼルス史上最多300本塁打達成」
https://www.afpbb.com/articles/-/3303143

米大リーグ、ロサンゼルス・エンゼルスのマイク・トラウト選手が球団史上最多となる通算300号本塁打を放ち、ティム・サーモン氏の記録を更新した。
トラウトは魚のマス、サーモンはサケという事で日本のスポーツ紙などは保守でもリベラルでもなく、魚種寄りの論調でこのトピックスを報じた。

「マスがシャケを超えた!トラウト2ランで通算300号 サーモン氏超えエンゼルス最年少記録「破られる運命」(東京中日スポーツ)
https://www.chunichi.co.jp/article/116434

そこで、ほのかな疑問が生じた。
「野球でトラウトがサーモンを超えたのはわかった。じゃあ魚ではどうなんだ」と。
サケマイスター2級の私がわからない事はマスターに頼るのがサーモンジェダイの掟だ。早速電子メールをしたためた。

「トラウトがサーモンを超えるなんて事が、あるのでしょうか?」

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トラウト選手の応援グッズに魚の形の「トラウト帽子」があった。真顔でかぶるの楽しい。

サケのプロに聞いてみた

サケマイスターの取得や各種取材でお世話になっている北海道、標津サーモン科学館の館長、市村さんと副館長の西尾さんにオンライン取材を敢行した。

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「トラウトがサーモンを超えた?はい?」左から副館長西尾さん、館長の市村さん。二人ともメジャーリーグは詳しくない。
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いや.......超える超えないの前にまず基本的な事なんですが、英語のサーモン(salmon)はそもそも、タイセイヨウサケの事でした。英名でアトランティックサーモンというやつです。
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元祖サーモン、アトランティックサーモン。サーモンにはラテン語で「跳躍」という意味がある。たしかにジャンプ力すごい。(写真提供:標津サーモン科学館)
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一方、トラウト(trout)はもともとブラウントラウトに付けられていた呼称です。この2種は大西洋域に生息している魚種です。
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こちらが元祖トラウトのブラウントラウト。(写真提供:標津サーモン科学館)

 

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そこからヨーロッパの人達は北米で、初めて出会ったサケの仲間たちにサーモンやトラウトという呼称をつけていきました。
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サーモンとトラウトの分け方の基準は何ですか?

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タイセイヨウサケや我々になじみの深いシロザケのように、一度海へ降りていくものはサーモン。ブラウントラウトのように川や湖沼など淡水で過ごすものはトラウト。
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おお、わかりやすい!
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ただ、そう簡単に割り切れないのがサーモン・トラウトなんです。
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なんですと?
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そもそもこれは生物学的な分類に基づいた名前の付け方ではないんですね。元々のサーモンとトラウト、つまりタイセイヨウサケとブラウントラウトは「サルモ属(タイセイヨウサケ属)」ですがその後北米でサーモンやトラウトと付けられた魚は主に「タイヘイヨウサケ属」なんです。
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分類上で属が違うのもサーモンとかトラウトになっているわけですね。具体的にはどのような種がいるんでしょう。

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シロザケやギンザケ、ベニザケがサーモン、トラウトはニジマス、カットスロートトラウトなどですね。
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サーモン(サケ)とトラウト(マス)をマッピング。きちんと分けられているように見えるが......(写真提供:標津サーモン科学館)
※「シロザケ」の標準和名は「サケ」ですが記事の特性上、サケ科魚類の総称としての「サケ」と混同してややこしくなるので「シロザケ」と表記しています。

 

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なるほど、でもサケとマスがちゃんと分けられているような気がしますが......。

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いや、ここからややこしくなります。まずタイヘイヨウサケ属のマスノスケという魚、これはマスなのに英名だとキング・サーモンになります。
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さらにカラフトマスはピンク・サーモン、サクラマスにいたってはマス・サーモンです
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マスなのにサーモン軍団が乱入。「おつかれー」じゃないよ、なんなんだお前ら。サーモンなの?トラウトなの?(写真提供:標津サーモン科学館)

 

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うわー、ごちゃごちゃしてきた。ちょっと待ってください。さっきの基準だと海に降りるのがサーモン、淡水にいるのがトラウトでしょ、この3種は全部海に降りますよね。だとしたら英名のサーモンが正しくて、和名はみんなサケノスケとかカラフトザケ、サクラザケになるべきじゃないんですか?

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(海に降りるかどうかという)生活史を優先すればそうとも言えますね。しかし英名もですが和名では特に歴史的な背景や食文化が絡んでくるのでそうもいきません。
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ちなみにサクラマスには海に降りずに淡水に留まり、ヤマメとなるものもいる。
(写真提供:標津サーモン科学館)

 

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で、逆にニジマスには海に降りていくものがいる(スチールヘッド)
市村「海に降りるのがサーモン、川で暮らすのがトラウトという基準も徹底しているわけではないんです」(写真提供:標津サーモン科学館)

 

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日本ではシロザケ以外マスだった

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ヨーロッパではサーモン(サケ)はタイセイヨウサケでトラウト(マス)はブラウントラウトと言いましたが、日本ではそもそも、サケはシロザケでマスはサクラマスでした。 
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サケといえばシロザケ。
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マスといえばサクラマス。

 

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その後、開拓や遠洋漁業などで出会ったサケやマスっぽい魚にはすべてマスと名付けていたんです。
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日本では海に降りるのもマスだったんですね。でもベニザケとかギンザケというサケがいますよね?

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1970年以前くらいまではベニマス・ギンマスだったんですよ。
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日本ではシロザケ以外全部マスだった。

 

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ええ?逆になんで後でサケになったんですか?
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商品価値ですかねえ。サケのほうが特別で高級感もあったのでベニザケ・ギンザケとなってそっちが定着したんでしょうね。
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そのノリであればカラフトマスなんかもやっぱりカラフトザケにすりゃいいじゃんとか思ってしまいますが......。

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ある意味なってます。
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え?
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サケ缶ってあるじゃないですか。有名なマルハニチロのサケ缶の原料はカラフトマスです。
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さけ(からふとます)。なが〜いエスカレーターでサケ缶を見つめた時の写真しかなくてすいません。
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おお、PINKっていうのは英名のピンクサーモンからですね。
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あと、最近人気の回転寿司や刺身のサーモンもシロザケではなくて、ノルウェーやチリ産の養殖されたアトランティックサーモンやニジマス(レインボートラウト)だったりします。
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アトランティックサーモン刺身。堂々と「美味」と言っているのがいい。

 

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サーモンがニジマスの可能性もあるのか......。
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それどころかニジマスの商品名は「サーモントラウト」ですからねえ......。
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全部入りか、さらに混沌としてきた......。

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あ、「トラウトサーモン」もあります。
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逆もですか!
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サーモントラウトよ、おまえ!ニジマスだったんか!
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トラウトサーモン、お前もか!

 

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最近は国内で養殖されたニジマスやギンサケなどを「ご当地サーモン」として売り出しているケースも多いですね。青森の深浦サーモン(ニジマス)とかみやぎサーモン(ギンザケ)とか。 
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取り寄せてみた。青森産「日本海深浦サーモン」

 

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淡水と海水で約2年間育てられたニジマス。臭みもなく、締まった身とほどよい脂ののりが絶品。
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最初にお話したように「サーモン」という呼称は昔からありましたが、日本で一般的にサーモンという言葉が浸透したのは回転寿司のネタで養殖のサーモンが使われてからというのが大きいんじゃないかと思っています。
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なるほど、いつぐらいからなんですか?

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ノルウェーなど海外から養殖でアトランティックサーモンが輸入され始めたのが1980年代の半ばですが、一般に広く浸透したのは1990年前後ぐらいではないでしょうか。
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意外に最近なんですね。もっと昔からある印象でしたが......。
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シブがき隊の「スシ食いネェ!」って歌があるでしょ。歌に出てくる寿司ネタを書き出してみた事があるんですが、サーモンは出てきませんでした。リリースされたのは1986年なのでやはりサーモンが浸透してきたのはその後かと思いますね。
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ほんとだ!「館長何やってんですか」とも思ったが書き出すの楽しかった。
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しかしなんでニジマス、とかトラウトってはっきり言わないんですかね。

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そもそもニジマスもサケ属ですし、やはり商品のイメージとしてサーモンのほうがいいからでしょうね。
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ベニマス・ギンマスがサケに変わったのと似たような感じなんですね。
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先ほど話題になったサケ缶のカラフトマスもオホーツクエリア(網走・斜里など)では、「オホーツクサーモン」というブランド名で呼ばれていますね。
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皆、それぞれのやりかたでサーモンへ。

 

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そのトラウト、サーモンかもしれないよ

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ニジマスといいカラフトマスといい、これだけサーモンを名乗っているという事は、やはりトラウトはサーモンを超えたと言っていいんでしょうか。
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それは結論?が早すぎます。分類上、「マス科」という区分は存在しません。マスの仲間という区分はなくて、全部サケ科なんです。大躍進してるニジマスは分類上はシロザケなどと同じタイヘイヨウサケ属になります。つまり”結局はサケの仲間”なんですね。
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みんなサケ科(標津サーモン科学館提供資料より一部抜粋)

 

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なるほど、ぜんぶサケ科だ。サーモンが超え返した!

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超え返す(笑)
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資源の規模(養殖)でいうと、ニジマス約80万トンに比べ、アトランティックサーモンは約200万トンとかなり大きいです。こういった視点だとまだまだトラウトは超えてないかな、サーモンを。
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うん、超えてないな。と思うために作ったグラフ(FAO(国際連合食糧農業機関)で公開されているデータを基に標津サーモン科学館が作成した資料を参照)

 

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野球界のトラウトのように明確にサーモンを超えてはいないんですね。

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「そのトラウトだってサーモンかもしれないよ」という話ですね。
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おお、なんかかっこいい!
今回は野球の話がきっかけになりましたけど、ふつうにマスとサケって何が違うの?っていう質問は来そうだなと思ったんですが。

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サーモン科学館へ来るお客さんにもよく聞かれますが、これまでお話したようにだいぶ複雑なんですね。
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ですよねえ.......。
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マスもサケ科の魚なので、一般の方に簡潔に説明する場合は、「サクラマス、ニジマスなど"マス”とつく魚はいろいろいますがマスの仲間という区分はなく、すべてはサケの仲間になります」といった感じです。

もうちょっと突っ込むなら「英語圏ではおおまかに海に降りる魚を『サーモン(サケ)』と呼び、淡水で一生を送る魚を『トラウト(マス)』と呼んできましたが例外もあります。
日本ではシロザケ以外は全部マスと呼ばれていましたが、近年は英語圏のように呼び分けられる傾向にあるものの統一はされていなかったり、各地の食文化や歴史も絡むので非常に複雑(ここ大事!)なんです」
となりますかね。いずれにせよ一言では言い表せない。

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なるほど、超えるも超えないもないですね。

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だから言ってるじゃないですか(笑)。この状況を以前釣り雑誌に「鮭鱒錯綜(さけますさくそう)」というタイトルで寄稿した事がありますがまさに錯綜なんです。
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さけますさくそう。なんともかっこいい字面だ、来年の書き初めにどうぞ。

 

 

報道によれば、トラウト選手に本塁打記録を抜かれたサーモン氏は大変気さくなナイスガイで、日本の報道陣に「ワタシハ シャケデース」と陽気に声をかけた事もあったという。記録は更新されたものの、その偉大なトラウトもシャケのナカマナノデースといつか陽気に声をかけてあげたい。

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こちらはみやぎサーモン。ギンザケなのでトラウト
ではないサーモン。なんにせようまい。

■取材協力:標津サーモン科学館
http://s-salmon.com

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