作者はネギが道に落ちている画像を淡々とリツイートするTwitterアカウントをやっている
まず、肝心のフリーペーパーの概要について紹介しておきたい。
タイトル含め文字は一切なく、ネギの写真だけです。
A5サイズ、フルカラーで、表紙と裏表紙も入れると28ページにわたって道に落ちていたネギの写真が収録されている。
このフリーペーパーの元になっているのが「ネギが道に落ちてる画像」という名の
Twitterアカウントだ。
Twitter上に投稿された“道に落ちているネギを撮影したツイート”を淡々とリツイートするだけのアカウント。スクロールしていけば、気が済むまで道に落ちていたネギの写真を見ることができる。
このアカウントの主こそが私の友達の「エーチャン」さんである。
プロフィールは「大阪在住の30代男性でお願いします」とのこと。
エーチャンさんとはたまにお酒を飲み行く。少し前に会った時に、最近、「落ちてるネギの画像をリツイートするアカウントを始めたんです」と言っていた。そして、「いつかある程度の量になったら写真集を作って無料で配りたい」とも言っていた。
「おお写真集!それは良いですねー!」と返答した私だったが、それを実際に手にする日がこんなにも早く訪れようとは思わなかった。ページをめくっていくと、不思議な感情が込み上げる。「なんなんだ!この本!」。
さて、本人に話を聞くにあたって、ただ普通にインタビューするよりは、道にネギが落ちてないか探して歩きながら色々聞けたら楽しいなと考えた。なので集合場所は「ネギが落ちてそうな町」にする必要があった。
エーチャンさんに相談してみると「スーパーや商店街があって、少し歩いたところに団地があるような町がいいんじゃないでしょうか。途中にネギが落ちてそうです」と言うので、大阪市内でそんな場所を考えてみた結果、JR環状線の西九条駅がちょうどいいのではと思いあたり、そこに集合することにした。
落ちてそうで落ちてないもの、それがネギ
祝日の昼、JR西九条駅に集合。
私たちがこれからネギを探しにいくところだとは誰も気づくまい
西九条駅は大阪市の此花区にある。ユニバーサル・スタジオ・ジャパンのある場所、として認知されることが多い此花区。古くから工業地帯だったエリアなのだが、閑静な住宅街も広がっていて、昔ながらの商店街があり、団地もあり、どこかのんびりした空気が漂っている。ネギが落ちていてもまったく違和感がない町並みだ。
駅前のスーパーに立ち寄り、ネギの価格をチェックした。
鳥取県産の白ネギが一束298円だった。
一束に4本のネギが入っていたので、1本70円ちょっとか。もし落としたからといって身もだえするほどの損害じゃないけど、少し落ち込むぐらいの額ではある。
スーパーを出て少し歩いてみると、道端に積み上げられた「白ねぎ」の箱にいきなり遭遇。
散策開始から5分ほどであわやゴールか。
ラーメン屋さんでこれから仕込みに使われるネギが一時的に外に出されていたものらしい。散策が始まってあまりにすぐのことだったので「あっぶねえー!ギリギリセーフ」と思った。あんまりすぐ目的が達成されたらつまらないではないか。しかし今思えば全然“ギリギリ”ではない。これは断じて道に落ちているネギではないのだ。
落ちてるネギなんかと一緒にしないでよね!
気を取り直して散策を続ける。途中、イヤホンが落ちていたり手袋が片方落ちていたりした。
「Apple純正のやつですよ!」とエーチャンさん
“落ちてるもの”の定番、手袋。
ネギが落ちてそうな場所を歩きまわってみたが……
西九条駅から20分ほど歩き、団地のある「伝法」というエリアまでやってきた。晴天に恵まれ、気持ちのいい散歩ではあるがネギは落ちていない。
酒屋の前のプランターに「おっ!」と目が止まる。ネギか!?
「いや、これは、稲っすね」とエーチャンさん。
「いや、これは、志っすね」とエーチャンさん。
なんだ志か。
大きなスーパーと大きなマンションがあり、ネギ探しには好条件と思えるも、やはり簡単には見つからない。
都会の中で迷子になってしまったようなエーチャンさん。
マンション前の空き地に建てられたオブジェに近寄る。
何を意味するオブジェなんだろうか。
「ほら!この角度から見ればネギっぽく見えなくもないですよ!」
そんなことをしてもむなしいだけ。
イチョウの木の下に大量の銀杏が落ちている。エーチャンさんは落ちている銀杏を拾って処理し、お酒のつまみにすることもあるんだとか。
「いやぁこれ、すごい量ですよ!」と大喜び。
1円玉が落ちているのをエーチャンさんが発見したところで一旦捜索を打ち切ることにした。
違うのものは落ちているが肝心のネギには出会えず。
フリーペーパーを作った動機について聞いてみる。
近くにある「森お好み焼き店」に入り、お店の方にお好み焼きを焼いてもらいながら話を聞いた。
すごく良い雰囲気の店です。
エーチャンさんが「ネギが道に落ちてる画像」のTwitterアカウントを開設したのは2014年11月のこと。エーチャンさんは以前から「道に落ちているものって面白いな」となんとなく思っていたそう。道に置かれたままになっている落とし物の画像をネットで検索しては、その姿に魅力を感じていたという。
ある時、数ある落とし物の中から何か一つにテーマを絞って画像を集めてみたら面白いのではと思い、「ネギ」に焦点を当てることにした。アスファルトに白くて綺麗なネギがニョキッとした姿で落ちているのがファニーで良いと。そこで試しにTwitterで検索してみたところ、「帰り道にネギが落ちてた!」というようなツイートが思った以上に引っかかった。日本中の色々な場所で、色々な人が道に落ちたネギを発見している。そこで、毎日それらのツイートを探し出しては淡々とリツイートしていくというスタイルにたどり着いたとのこと。
開設以来ほぼ毎日、一日に数回の頻度で路上のネギ画像ツイートを検索しているらしい。「“ネギ 道”で検索したり、“ネギ 落ちてた”で検索したり、ネギを漢字にしてみたり、色々とワードを変えて探しています。そうやって探してるとたまにネギトロ巻きが落ちてる画像が引っかかるんですよ」と言う。
だがエーチャンさんに言わせれば「道に落ちているネギトロ巻き」では落とした人が不憫すぎてダメなんだとか。あくまで「ネギ」の持つ軽みが重要なのだ。
「ネギって、もし落としてもそんなに晩ごはんの内容にも影響がないじゃないですか。だからそんなに悲壮感も無くて好きなんです」
Twitterアカウントを運営しているうち、様々な人が投稿したネギ画像がどんどんたまっていく。そこで「いつか写真集にしてみたい」という思いがわき起こった。ただ、他人が投稿した画像を掲載するわけなので、投稿者にきちんと許可を得た上で、あくまで無料で配布することにしようと当初から決めていた。
「今年(2017年)の2月頃に写真集を作ろうと思って、載せたい写真をある程度選んでいって、夏ごろからそれぞれのツイートの投稿者に連絡していきました。でも結構返事が来ない人が多くて……。まあ、考えてみたら『あのネギの画像を写真集に載せたいのですが』とかいきなり言われても『ハァ!?』って感じですよね(笑)」
そういう事情で掲載写真を選び直したりしつつ、最終的には、掲載許可がおりた複数の画像を用意することができた。そのデータをUSBメモリーに詰め込み、直接印刷所に持っていったという。スタッフの人が「こんな仕上がりになりますがよろしいでしょうか?」とモニターを見せてきたときは、その内容のシュールさに恥ずかしさを感じたそうである。
そうやってできたのが300部のフリーペーパー。製作費は35,000円。もちろんすべて自腹である。Twitterアカウント上で告知したところ、それが拡散されていって話題になった。その後、アカウントのフォロワー数も急増したそうである。フリーペーパーは、東京・神保町の「三省堂書店」や東小金井の「ONLY FREE PAPER」、大阪のシカクなど数店舗で配布されていたが好評につき早期に無くなったとのこと。
大阪のミニコミ専門書店「シカク」でも配布されていた。
「追加で制作する予定は?」と聞いてみたところ「もう小遣いを使い切っちゃったんで……誰かお金を出してやってくれる方がいたら丸投げしたいです」とのことであった。
再びネギを探して歩き始める
「森お好み焼き店」のおっちゃんが「近くで縁日やってるで」と教えてくれたのでそこに立ち寄ったり、「千鳥橋商店街」のアーケードをウロウロするもネギは落ちていない。
「澪標住吉神社」の縁日をひやかす。
祝日の昼下がり。のどかな雰囲気の商店街。
八百屋さんの前を通るエーチャンさんの足元にネギらしきものが!と色めきたった私だったが残念ながら野菜を入れるネットだった。
白ネギだ!と思ったのだが。
残念です。
「もうこれを落としちゃいましょうか」と無茶苦茶言いたくなった
玉置標本さんが「
関西の肉屋で売っているホルモン焼き巡り」という記事で紹介していたホルモン焼きの「みのや」を通りがかったので、店のおばちゃんに「この辺にネギ落ちてませんでしたか?」と聞いてみた。
「この辺な、おもろい町やで!おばちゃんの店もおもろいやろ!?」とのこと。
おばちゃんの怒涛のトークにネギがどうしたとかそんなことは一瞬で押し流されてしまった。
「この前、取材に来た人おったで。あんたら、仲間か!?」と言われる。さすが鋭い。
ネギは落ちてないけど楽しい散歩
我々はその後も散策を続けた。商店街のわき道にちらっと目をやるとちょうどお祭りをやっていて、高齢の方々が「マイムマイム」を踊っていた。
これ以上なく和む光景。
「最高のお祭りっすね!」
「此花健康まつり」というお祭りのようだ。「健康まつり」の名の通り、食べ物を売る屋台に混じって“骨密度”が測定できるブースが出ていたりして面白い。
お年寄りの率が非常に高いお祭りであった。
屋台の前を通ると「豚汁買っていって!二人で300円でいいよ!美味しいよ!お願い!お願い!豚汁!」と屋台のお姉さんに激しく声をかけられ2つ購入。
こんなに誰かに必要とされたことないぐらいのラブコールだった。
さらに「豚汁と相性抜群やで!」と、なぜかキューバ産のラム酒を使ったラムコークを薦められ、それももらうことに。
豚汁とラムコークを交互に飲みながらお祭りの出し物を見る。
賑やかな祭りの騒ぎを背後に感じながらまた歩き始める。
いい町だなあ。
結局、道に落ちているネギを見つけることはできなかった。しかしエーチャンさんと語り合って確信したことがあった。それは「ネギが落ちてそうな町は良い町」ということだ。お店があって住まいがあってなんとなく隙があるような町。ゆったりした空気が流れ、そのゆるいムードに思わず買い物袋からネギがポロンと転げ落ちる。そんな雰囲気の町を散歩していると、人の生活を間近に感じてほのぼのした気持ちになったり、思いがけない出会いがあったりする。
「ネギが落ちている写真を見て、どんな人が落としていったんだろう、とか、これを写真に撮った人はどんな人なんだろうとか想像するのが楽しいんですよ」とエーチャンさんは言う。そんな風なゆるやかな想像力を町に対して広げていけば、「あの軒先の植木はどんな人が世話してるんだろう」とか、「この味わい深い飲み屋でどんな人がお酒を飲んでるんだろう」とか、いくらでも楽しむことができるのだ。
そんな風に考えてみると、ネギを探して歩けばのんびりした良い散歩ができる、という法則が成り立ちそうな気がしてくる。今後もネギを探して歩き続けようと思う。
エーチャンさんに聞いてみて驚いたのだが、本人は実際にネギが落ちているのを見たことがまだ無いんだという。思った以上に遭遇率は低いのかもしれない。
ただ、普段から何か落ちてないかと注意しながら歩いているらしく、「歩きスマホするぐらいなら落ちてるもの探して歩いた方が絶対楽しいですよ!」と言っていたのが印象的だった。
写真は、そんなエーチャンさんが見つけた「何だか分からないけど大事そうなもの」である。