
ビリヤード場へ飲みに行く
そのうちの1人は、変わった場所巡りをライフワークとしているライターの金原みわさんだったのだが、すごいビリヤード場があるらしいからそこにいきたいと提案してきた。ただ、まだ実際に行ったことはないので、どうすごいのかはよくわからないらしい。
私はプールバーというのをプールがあるバーだと最近まで思っていたくらいビリヤードとは縁がなく(ビリヤード台のあるバーのことだそうです)、あとの2人もビリヤードにはそれほど興味はないようだが、金原さんがすごいというのならと行くことになった。
まだ開店まで時間があったので、別の場所で一杯飲んで近況報告などをすませ、ほなそろそろいこかと目的の店へと向かう。
店の場所はターミナル駅のすぐそばで、再開発の流れを断固拒否しているような渋い通り沿いにあった。



金原さんから事前にそんな話を聞いていたが、まったくピンとこなかった。なに屋だそれ。
そして実際に行ってみると、一つの建物に入り口が二つあり、一つはうどん屋(というか飲み屋)で、もう一つの入りにくい方がビリヤード屋となっていた。



一応酒を飲みに来たのだから、大漁とか地酒とか書いてある方の暖簾をくぐるのが正解なのだろうが、初志貫徹ですごいビリヤード場とやらに足を向ける。
たぶん全員、一人だったら絶対に入らなかったと思う。

確かに飲めるビリヤード屋のようだ
いきなりの犬にびっくりしていたら、奥から私と同年代かちょっと上くらいの男性の店員さんが、「ビリヤードですか?」と聞いてきた。
ビリヤード場なのだから聞くまでもない質問なのだが、金原さんが「いえ、飲めますか?」と強いハートで聞き返す。
「はい、大丈夫ですよ」とあっさり通された先は意外と広く、縦に3台のビリヤード台が並んでいた。店員さんは男性2名で、雰囲気が何となく似ている。兄弟だろうか。



それは迷惑な客なんじゃないかと不安になったのだが、よく見れば入り口側の二台にはメニューや箸がおかれており、普通のテーブルとして使われているようだ。
ちょっとまだこの店の作法がわからない。



カクテルやウイスキーが横文字で並んでるのだろうと思ったら、縦書きで日本酒が強く押されていた。カタカナの飲み物なんてビールだけだ。



この状況についていけず、まったく頭が回らないので、とりあえず生ビールを頼む。まさに、とりあえずの生だ。
ドリンクを頼んで一呼吸したところで、フードのメニューを眺めてみると、こちらもミックスナッツとかサラミではなかった。



ようやくわかってきた。もう一つの入り口のうどん屋とメニューが共通で、こっちのビリヤード場でも同じものが食べられるということのようだ。
しかし、この店の謎はまだまだこれからだった。

ビリヤード台の上を電車が走っていた
なんなんだ、この自由さは。



そんなことを教えてくれながら、ちょっと誇らしげに、そして照れくさそうに電車を動かしてくれた。



この秘密基地みたいな店はそっとしておくべきだという思いと、ネタにしたいというイヤらしい考えが、頭の中でせめぎ合う。



うん、そのほうがいい。それで正解だと思う。







由緒あるビリヤード場だった
店のオープンに合わせてきたので、お店は今のところほぼ貸切状態。邪魔にならない程度に、ちょっとずつお店の方と雑談をさせてもらった。



「うちらはビリヤードをやらんけど、でもその台だけは、ちゃんとビリヤードができるようにしてる。この前、クロスを張り替えたばかりや」
基本的には常連さん向けの店なのだろうけど、初めての我々にも気さくに話してもらえたのが嬉しかった。







ビリヤード場だけどつまみがうまい
12種類も並んだ刺身に迷っていたら、「市場にいってきたばかりだから、なんでもうまいよ」と笑う店員さん。



気になったので、その生さばきずしと、ちぬ造りを注文してみた。ちぬは釣り人がクロダイを呼ぶときの名前として知っていたが、こうしてメニューにあるのは初めて見たかもしれない。
しばらくしてうどん屋の扉からやってきた2品は、どちらもびっくりするうまさだった。程よく締められた脂の乗ったサバに、臭みが一切ない旨味たっぷりのチヌ。まさかこの空間で旅先ならではの味が楽しめるとは。



「テレビはなしでも、ネットとかの記事は大丈夫ですか?」と探ってみると、「取材は受けないけど、ほら今は食べログとかでお客さんが書くでしょ。それは止めることもできんからな」とのこと。
なるほど、取材という形はNGだが、お客が勝手に書く分には黙認のようだ。さて、どうしたものだろう。食べログデビューしようかな。

日本酒もうまい
お酒を入れている冷蔵庫を見せてもらうと、選挙の立候補者が掛けるタスキのようなラベルが貼られた特別な日本酒がズラリ。私でも知っているようなプレミアムなやつもある。
そんなにアルコールを消費できない体としては、とりあえずビールではなく、いきなり日本酒でいくべきだったか。



はじめて飲んでもらう酒は、こうして必ず試飲をしてから出すとのこと。どちらもうまいが、明らかに味が違う。ドラクエ5のビアンカとフローラ、どちらかを選ぶ気分で迷いながら決める贅沢なシステムだ。
だめだ、この店、良すぎる。





そして出てきたのは、たっぷりのだし汁で、大粒のカキをやさしく煮たものだった。



「ダシがうまいやろ。このダシで煮るから、おでんもうまいよ」



でももうちょっとだけと引き留めて、最後にさいぼしという馬の燻製もいただいた。





うどんを食べにきた
あのだし汁を使ったうどんを、どうしても食べてみたかったのだ。ここで食べなかったら、ずっと夢見が悪くなる。



うどん屋はカウンターだけで10席ほどという広さだった。さっきまでこの壁の向こうで飲んでいたのか。
このキッチンの奥がビリヤード場に続いているのを、ここに訪れた客の何割が知っているのだろうか。





うどんもやっぱりうまかった
じゃあとあっさりを頼んだところ、おぼろ昆布と溶き卵という、フワフワしたものが2つも乗ったうどんが出てきた。ただでさえうまいだしに、さらに旨味が増している。そして肝心のうどんももちろんうまい。



飲んでみると、だしにダイコンや練り物の味がプラスされて、またうまくなっている。おでんの汁である。
もうこっちの胃袋に余裕がないのをわかった上で、汁だけでもとすすめてくれたのだ。



今度は色がしっかりと濃く、飲んでみると醤油ではなく赤みその味で、そこにブリの風味がしっかりと染みだしていた。うわー、うまい。



見せてもらった鍋には、濃厚な赤みその汁で大量のブリが煮込まれていた。ビリヤード台に置かれたメニューにあった、ブリの赤だしというやつなのだろう。



「ぼくらが4代目なんやけど、やりたいことを足していったらこうなった。ラウンドワンみたいなもんです。電車は好きやね。あの模型もまだ途中やけど、お魚もさばかなあかんし」
もう誰かに話したくてしょうがない。でも話すのは苦手なので文章にしたい。今日のことを、ぼやかしつつネットの記事に書いてもいいですかねと、店を出る前に聞いてみた。
「それはお客さんの自由やな。さて、どんな人がたどり着くかな」
自分が旅に出る理由の半分は、こんな人達とたまたま出会うことなんじゃないかなと思った。









