小野式製麺機との出会い
古民家を借り切っての泊りがけ飲み会というイベント明けの朝、遅れて参加したBさんが、早起きをして小麦粉を練っていた。小麦粉?
なんでも今からみんなの朝ごはん用にラーメンを作ってくれるらしい。小麦粉からだ。
宿のチェックアウトまであと二時間だが間に合うのだろうか。
本当は〆ラー(飲んだ後の〆に食べるラーメン)にと考えていたそうだが、みんながすぐ酔い潰れてしまったので、朝ラーになった。
この製麺機を使ってラーメンを作るらしい。この日、製麺機と洗面器を聞き間違える事故が多発した。
彼が用意したのは小野式製麺機という武骨な機械で、これで生地をのすこと(薄く延ばすこと)と、麺の幅に切ることができる。パスタマシーンと同じ機能だが、頑丈さが桁違いなのだ。
鋳物でできているこの製麺機、生産はだいぶ前に終了しているため、Bさんは程度のよい中古品を探し求めて、わざわざ長野から買い付けたらしい。
ヨロヨロと起きてきた人達が、次々にハンドルを回して歓声を上げている。
スープも当然Bさんの手作りだ。鳥とカツオの和風ダシ。
この製麺機、欲しい
ずっしりとした重量感と頑丈さ。歯車だけのシンプルな構造で電気いらず。どんな固い生地でもなめらかにのし、正確な幅で麺にしていく。
なんだろう、この頼りがいは。
人は自分にないものを求めるというが、私はこの製麺機が欲しくてたまらなくなってきた。
温かいラーメンかと思ったら冷しつけ麺だった。刃が二種類あるので、太麺と細麺が楽しめる。
この麺がしっとりモチモチで抜群にうまい。和風のあっさりスープとの組み合わせが最高。
Bさんによると、本当は麺を寝かさないといけないので、まだまだこれは完璧なものではないとのことだが、もう十二分にうまい。
あまり物欲はない方だと思うのだが、この製麺機に関しては、猛烈に欲しくなってしまった。
朝ラーメン、大人気。
オークションで買ってみた
あの製麺機が欲しいといっても、すでに生産は終了しており、普通にお店で売っているものではない。
だがそこは21世紀になって早10年。Bさんのアドバイスでネットオークションを覗いてみると、ジャンク品扱いのサビまくったもの、完全レストアされたもの、クローンと呼ばれるコピー品など、結構な数が出品されていた。
欲しいものは3万くらい。だがすぐに飽きそうな道具に(そういう自覚はある)、あまりお金を掛ける訳にもいかないので、5千円で出品されていたギリギリ動きそうなものを入札。誰も競らなかったので、そのまま落札となった。
初対面のおじいちゃんから手渡しで引き取ってきた。家にあると適度に邪魔な大きさだ。
オークションをするにあたって、Bさんにいろいろと相談したのだが、電気を使っているものではないので、物理的に壊れていなければ、だいたい動くは動くらしい。
麺を切る刃が最大の不安要素なのだが、もし全然切れなかった場合でも、のすところだけ製麺機を使って、切るのはパスタマシーンを別途購入すればいいという、一周回ったようなアドバイスをもらった。
それなら最初からパスタマシーンを買えばいいような気もするが、この製麺機の一番の長所は、どんなに固い生地でものすことができるところにあるのだそうだ。
見て楽しむ骨董品としては格好いいが、実用のための製麺機としては不安がいっぱい。
回るのか、この歯車。切れるのか、この麺切り用刃。
台座のシールがまだはがれていなかった。見た目ほど古いものではないのかも。あるいは全然使っていなかったのかな。
裏面には印字があった。いつ製造されたのかが、わかりそうでわからない。これは1号両刃型という機種らしい。
根性入れて洗ってみる
この状態では当然使うことができないので、ばらせるところは全部ばらして、自分基準で気持ちよく使用できる状態まで洗わなくてはならない。
まずは古い油やサビを落としたいのだが、慣れない作業なので、どんな洗剤を使ったらいいのかがわからない。
ちゃんとお金を出して、きれいなやつを買うべきだったかと思いつつも、せっかくだからこういう工程を含めて楽しみたい。
とりあえず天然由来とかの肩書を持つ洗剤で磨いてみる。大変面倒臭いが若干楽しい。
なかなか掃除のやりがいがある裏面。途方に暮れていいだろうか。
一通り拭いてみたのだが、主な汚れである古い油とへばりついた小麦粉がなかなかとれないので、思い切って洗剤を入れた水に漬けこんでみた。
電気を一切使わない道具だからこそできる芸当だ。たぶん間違ったやり方だとは思う。
犬神家の一族に特別出演したR2-D2みたいだ(架空の話です)。
そこそこきれいになりました
多少強引とも思える方法を駆使して丸一日掛けて洗い、翌日みたらやっぱり汚いのでもう一度洗い直した。
心配だった刃は大丈夫そう。ちょっとエッジがとれているような気もするが。
サビ防止と潤滑剤として、シャリバナーレという、すしロボットで使われている安全な油を使用。
まあ冷静に見ると、そこらじゅうに汚れが多々残っているのだが、あまりピカピカにしてしまうとせっかくの雰囲気が台無しだし、刃の部分は切れ味を落とさないために極力触らない方がいいらしい。
そんなことを言い訳にして、キリがないのでこれでいいことにする。
製麺機ビフォーアフター。
ここまで手を入れたことで、この小野式製麺機1号両方型に愛着が沸きまくっている。
あんなにサビとホコリにまみれていた製麺機が、こんな魅力的になるなんて。
これが俺のマイ・フェア・レディだ。
うどんを作って内部の汚れを落とそう
私が最終的に作りたいのはもちろんラーメンなのだが、まずは肩慣らしとしてうどん作りから挑戦。
これは食べるためではなくて、ブラシなどが届かない場所の汚れを、生地にくっつけて落とすためだ。
本当は中力粉を使うのだけれど、製麺機の実力を試すために、強力粉でガチガチの生地を作ってみよう。
塩水で捏ねて生地を作るところまでは手作業だが、これは完璧を目指さなければ難しくはない。
うどんだったら何度か手打ちで作ったことがあるが、やはりのす作業と切る作業が難しかった覚えがある。
製麺機を使うことで、どこまで楽に作業できるかが楽しみでしょうがない。
製麺機が力強くてたまらない
適当に作った固めの生地を棒状に伸ばし、ローラー部分に当ててハンドルを回す。ローラーの幅はネジで無段階に調整可能だ。どうだ、すごいだろう(自分の手柄のように)。
ローラーに挟まれたガチガチの生地が、ハンドルを回すたびにグイグイと、それはそれは力強く引きこまれ、均一にのされて下から出ていく。一度生地が巻きこまれはじめたら、押すよりも引っ張るくらいがいいようだ。
楽しい、楽しい、すごく楽しい。
キン肉マン世代だったら、「サンシャイン!」と叫ばずにはいられない地獄のローラー。
生地を二つ折りにしてまたローラー。幅を狭くしてまたローラー。やっぱり買ってよかった。
適当な幅まで生地を薄くしたら、次はお待ちかねのカッタータイム。製麺機のクライマックスだ。
汚れ取りが目的なので、打ち粉はせずにそのまま刃に生地が挟まれるようにセットしてハンドルを回す。
(あ、逆に回しちゃった! なんてキャーキャーいいながら楽しんでいます)
刃がちゃんと切れるか心配だったのだが、使ってみたらまったく問題なし。それは見事に麺ができあがってくれた。
生地が切れただけなのだが、歓声を上げずにはいられない。
前後二つに分かれて麺が出てきた。へー。
うどんを食べてみる
作った麺はまとめて捏ね直し、またローラーでのして、今度は細麺用の刃で製麺。細麺用もまた素晴らしい切れ味でうれしい。
製麺機の汚れが落ちるまでというよりも、私の気が済むまで、何度も繰り返して楽しんだあとは、新しい小麦粉で食べる用のうどんを作って試食してみた。
こんなうどんが簡単にできてしまうのだ。台所が粉だらけになるけれど。ネギとダシ醤油でシンプルにいただく。
うどんのコシが笑えるくらい強い。さすが強力粉。煮込んでちょうどいいくらいの硬さだ。
強力粉100%で作ったので、さすがにぶっかけうどんとして食べるには硬すぎたが、今後の活躍を約束してくれる麺の出来栄えである。
ところで、この製麺機を購入してからは、外食をする際はなるべくラーメンを食べるようにして、自分が求める理想形を探している。
人生で一番ラーメンを食べています。
中華麺を作る
さて、うどん作りに成功して、すぐにラーメン作りに取り掛かろうと思ったのだが、麺を中華麺にする魔法の物質、かんすいが手に入らなくて困ってしまった。
困った時は東急ハンズということで訪ねてみるも、今は扱っていないとのこと。店員さんの前でさびしそうな顔をしていたら、「隣のビルに入っている富澤商店なら売っているかもしれません」と教えてもらった。さすが東急ハンズ、情報の出し惜しみがないぜ。
富澤商店というのは、お菓子やパン作りなどの関連商品を扱っている、デパートなどに入っている店のようだ(
こちら)。
ということで、富澤商店で無事購入。安い。
ついでに国産の麺用小麦粉も購入。うどん用でいいらしい。
作り方はうどんと一緒なのだが、かんすいが入ると生地が黄色くなる。
ハンドルを回すだけで、夢の自家製中華麺がニョロニョロとできあがっていく。
太麺用もやってみたが、さすがに太すぎ。Bさんの製麺機とは刃の太さが違うらしい。
中華麺は二日くらい寝かせてから使う。ローラーの厚み調整がアナログなので、微妙に太さがバラバラだ。
中華麺の作り方は、基本的にうどん作りと同じ。水にかんすいが入ることと、麺を寝かせるという部分が違うだけ。縮れ麺にしたい場合は、手でぎゅっと揉めばいい(Bさんがやっていた)。
私はかんすいに固執したのだが、なければ代わりに重曹を入れるという方法もあるらしい。
あるいはライター松本さんが以前紹介していた、茹でるお湯に重曹を入れるという方法(
こちら)でもよかったかも。
スープも作ってみる
麺が用意できたら、次はもうひとつの主役であるスープの出番。せっかくなのでこれも自分で作ってみる。
何軒かのラーメンを食べてみて、こってりしているけれど動物臭くなく、そして魚介の香りも感じられる醤油ラーメンが好きなような気がしてきたので(そういう店はなかったが)、その方向を目指してみる。
ラーメンに関してはまるっきり素人なので、何を入れるとどういう味になるのか、味の足し算ができないのだが、フィーリングで集めた材料を圧力鍋で煮込んでいく。
追加で入れた材料によって、スープの味がどんどんと変わっていくのが新鮮だ。
鳥ガラとトンコツをベースに、鰹節、ネギ、コンブ、干しシイタケなど、味を見ながらいろいろ入れてみた。
スープの味付けはチャーシューの煮汁がいいらしいので、チャーシューも作る。チャーシューというか、煮豚ですね。
材料を圧力鍋で煮込んだので、白濁した濃厚なスープになった。トンコツは控えめなので、臭みはない。
スープを濾したカス。鳥ガラも粉々。これをつまむと結構うまかったりする。
できたスープに醤油ダレを加えて味見してみると、これが自分で作ったとは思えないほどおいしい。
やばい。 なんだかラーメン屋をやらなくてはいけないような気がしてくるくらいに、うますぎて焦る。どうしよう。
これを自分だけで食べるのはもったいない。人に自慢してこその自家製ラーメン。勢いでツイッターで出前先の募集とかをしてしまったが、よく考えたら面倒なので、ある人に家まで食べにきてもらうことにした。
小野式製麺機なので、小野さんにきてもらった
記念すべき第一回自家製ラーメン試食会に来てもらったのは、ライターの小野法師丸さん夫婦である。
家が比較的近いという物理的な理由もあるが、小野式製麺機なんだから、ここはやはり小野さんだろう。
開店祝いに提灯を持ってきてくれた。「家の前にこっそり掛けようかとも思ったんですよ」 やめてー。
ラーメンを食べてもらう前に、小野式製麺機の説明(自慢)をしておきたいということで、事前に用意しておいた生地を使って、うどんをつくってもらった。
この機械、持っていると自慢したくなるんですよ。
「これは楽しいですね!僕も買おうかな~」 そうでしょう、そうでしょう。さすが小野さん、褒め上手。
あっという間に完成。これからラーメンを食べるので量は少し。大根おろしと醤油でさっぱりと。
「いただきまーす!」
「大根、辛ーい!」
かなり自信のあったおろしうどんだが、小野さんは一口食べるなり、「僕、むせやすいんですよ」といいながら、涙目でケホケホし続けている。子供か。
隣で小野さんの奥さんが悲しそうな顔をしている。
なんだか悪いことをした。
自家製ラーメンを食べていただく
真っ赤だった小野さんの顔色が戻ったところで、ようやくラーメン作りのスタートだ。
すべての下準備はしてあるので、あとは麺を茹でて盛りつけるだけなのだが、この作業の出来次第で、ラーメンそのものの印象が変わってくる。
ここは頑固おやじになった気分で、無駄話などせず作業に集中しておきたい。
「ラーメン屋開店おめでとう!イエーイ!」
「何でも手伝いますよ!」「じゃあ座っていてください!」
具には自家製チャーシュー(煮豚)、ネギ、ノリ、メンマをセレクト。煮卵も用意したかったが、買い物をした日が近所のスーパーで卵の安い曜日じゃなかったので断念。
「写真撮ってないで早く食べさせてよー!」
麺が伸びては台無しだと焦ってしまい、盛りつけが雑になってしまったが、我ながらうまそうなラーメンになったと思う。
明確に完成形をイメージして作り始めた訳でもないのだけれど、できあがったのを見て、俺はこれが食べたかったんだと思ってしまった。でもやっぱり煮卵を作るべきだったか。
もはやどこからどう見てもラーメンである。自家製とは思えないスープと麺。自分で作っておいてびっくりだ。
食べてみると、見た目と香りを裏切らないうまさ。スープがあまりにうますぎて、肝心の麺の味がよくわからないという弊害もあるが、大成功といっていいだろう。
うますぎてキス顔。
わざわざ呼んでおいて、おいしくなかったらどうしようと不安だったが、喜んでもらえてよかった。
ちょっと打ち粉が多すぎたのか、麺にぬめりが感じられたので、替え玉は固めに茹でてから水で洗って温めたのだが、これでさらに麺がおいしくなった。
一度作って食べてみると、もっとああしたい、いやこうしたい、というのが無限に生まれてくる。
ラーメン作り、楽しい。
飽きるまで続けます
ちょっと前までラーメンが850円とかチャーシューメン1000円とか聞くと、なんでそんなに高いんだよとプンスカしていたが、自分で作ってみると、その手間と原価に、ちゃんとしたラーメンならそりゃ高い値段をとりたくなるよなと、ラーメン屋の気持ちがわかるようになった。勝手に仲間意識。
ラーメン作り、せっかく製麺機も買ったことだし、飽きるまで続けてみようと思う。