なにも言わずにまずはこれを見てほしい
今回の話。けっこう長い。長いけど、それだけ熱いしおもしろかったと断言する。その魅力の数々をこれから言葉で説明するんだけど、そこはやっぱり百聞は一見に如かずだ。5秒くらいでいいからこの動画を見てほしい。
見た?見てない?どっちにしろ、さぁはじめるぜ!
体育館に集まる浴衣姿のひとびと
場所は静岡県伊東市、県内最東部に位置する。平安時代からつづく温泉地としても知られるが、ここ数年で知られてきたのが「まくら投げの発祥地」。あれに発祥なんてあるの?という疑問は当然。そのだれもが知るまくら投げを「競技化」したのがここ伊東市というわけです。
そしてこの日8回目となる全国大会が行われる。南は鹿児島、北は北海道より、日本一を目指して全48チーム400人以上が参加。競技の詳細についてはのちほど。
なんだもうのっけからすごいぞ、違和感がさ。外を浴衣姿の男女がわいわいと歩く姿は完全に温泉街のそれだけど、一帯には湯けむりひとつ立っていない。で、なにより彼らが向かう先は体育館。浴衣の柄も行動する人たちで合わせているあたり、チームのユニフォームらしい。
寝る・投げる・かわす・護る・叫ぶ!
会場に入るとその異様な光景に固まった。
そもそもなんだここは体育館だぞ、冷たくないか、あ、布団の上だからだいじょうぶか。そんなふしぎな光景を呆然と眺めていると拡声器越しの声が館内に響き渡る。
「Cコート、試合を開始します!ビーッ!(ブザー)」
えーーーーっと!?
よぉし…見たままを説明してみるぜ…
対面するコートで浴衣姿の男女が布団でガッツリ寝てると思ったら、ブザーと同時に起き上がって最前線へ駆けつけ、ひとりは掛け布団を広げ、三人はまくらを投げて、ひとりは相手から投げられるまくらを避けまくり、うしろの二人は相手が投げたまくらを走っては回収して前線の足元に供給している…。うん、え!?わからん!
ルールは今のところサッパリだが、その熱気と真剣さはビンビンにこれでもかというくらい伝わってくる。なにか身に覚えがある感じだなーと思ったら、中学の頃に出場したなつかしき柔道大会。スポーツ大会独特の空気感がまさしくそれ。漫画だったら宙の木の葉がビシッバシッと弾かれる演出が入るところ。すまん分かりづらい。
説明しよう!「競技」としてのまくら投げ
なぞの人物「今日は総当たりですが、明日は負けたら敗退のトーナメント戦なのでもっとピリピリしてますよ」
まくら投げのインストラクター、大塚さん。伊東市と伊東観光協会とともに本大会を主催している。冒頭のベトナムで出会った青年とは彼のこと、4年前に教えてくれたのは企画者本人だったのだ。たとえるならばスティーブ・ジョブズから「iPhoneっていいぜ」と教えてもらっていたようなもの。いやちがうか。どうでもいいか。
ちなみに大塚さんのふだんの拠点は新潟県十日町市。実はこれまでにも2度訪ねて本サイトでも3本記事を書いている。「おっぱいは家族!ある温泉旅館の真摯なおっぱい愛」「縄文ネームはツネルペ!太古への愛に学ぶ歴史と平和!」「宿直ごっこを限界集落の廃校で」。毎度毎度楽しすぎてタイトルが長くなりがち。ありがとう。
今回は本当にたまたま偶然で、私が東京にいるタイミングで「十日町行きますー」と連絡したら、「明日からまくら投げ大会ですけど来ます?」と誘われたっていう。いやまさか、積年念願のイベントがこんな不意打ちで向こうからやって来る?ふざけんなよ、超うれしいです。
ところで、そうだ、説明しようぞまくら投げ。
2013年に伊東市のまちおこしとしてはじまったまくら投げ大会。デザインコンテストで地元の高校生が考えた「まくら投げのすすめ」をもとに競技化、大塚さんと伊東市や地元観光協会がルールや世界観をブラッシュアップして、第3回のあたりで現在につづくルールが完成。
そのルールについて教えてもらった。会場ですぐ目にした光景だとだれがなんのためになにをしているのか分からんかったが聞くとなるほど、深いゲーム性があった。
あらかじめ試合の流れを見ておくと理解が進むぞ!なおこれは決勝戦で、なんにしろかわし方が達人だから見て(流れ把握的には、冒頭の動画で十分です)。
まくら投げの基本的なルールはこうだ。
・6~8対6~8
・試合時間は2分1セットの2セット先取制
・役割は、大将、アタッカー、リベロ、サポーター。
・20畳のコート(4.5m×7.2m)を2つに分けて戦う
・相手チームの大将にまくらを当てたら勝ち(当てられたら負け)
・制限時間内に大将を当てられなければ、終了時点で選手が多く残る方が勝ち。
ルール、言葉だと想像しづらいが、投げて避けるところはドッジボール、役割があるところはバレーボール、複数の球(まくら)が飛び交うところはサバイバルゲームに似ている。そこで、さらにまくら投げをまくら投げという競技たらしめているルールとは!?「大会を先に見る」という人は、ここをクリックで説明を飛ばせます。
まくら投げルール1:4つの役割
ひとつのチームは、1人の大将、3人のアタッカー、1人のリベロ、1~3人のサポーターで構成される。
開始前は大将ひとりが前線にいて(布団で寝ていて)、
開始後はコート前線にある畳の上にアタッカーとリベロが出張って、サポーターは畳の外(後ろ)で構える。
■「大将」の役割
とにかく当てられたら負けな人。当然避ける技術が高い人が担うことが多く、大人と子どもの混成チームでは的として小さい子どもがなることも。大将がまくらを投げてもよいが、隙を生みやすいので基本は回避に徹する。
■「アタッカー」の役割
読んで字のごとく、まくらを投げてアタックする人。サッカーでいうフォワードにあたる攻め役だが、一度でも当てられたら退場して元の位置に戻る(布団で寝る)。
■「リベロ」の役割
最前線に駆けつけたら即かけ布団を広げ、相手チームから飛んでくるまくらから身を挺してチームメンバーを守る人。バレーでいうブロック。制限時間付き(後述)。
■「サポーター」の役割
相手チームから投げられたまくらをときにはコート外まで走って回収して、自陣に供給する人。投げ合いに参加こそしないが、チームの火力を支える縁の下の力持ち。
まくら投げルール2:先生が来たぞ~コール
2~3セットの試合で一度だけ使えるカードが、逆転の「先生が来たぞ~コール」。まくら投げならではのこのコールを受けたチームは10秒間全員がその場で強制就寝(留まる)。その間コールしたチームから大将が相手コートに溜まったまくらを回収して丸腰にできる。
まくら投げルール3:残り30秒でリベロ終了
投げたまくらはそのまま相手の持ち弾になってしまうためうかつには連発できず、選手がリベロを盾にして膠着状態になることも。しかしそんなリベロは試合時間残り30秒で強制終了、あとはノーガードでの撃ち合いに。
最低限のルールを並べたつもりが長くなった(ほかにも役割ごとの移動範囲とかいろいろあるけどそれは公式HPを見て)。私も何試合か流れを見ているうちに分かったので文字だけじゃ把握できないかもしれないが、これだけ語れる時点で「奥深さ」は十分伝わったと思う。
このルールを踏まえた上で選手側から生まれた戦法や技術もあるのだけれど、それはあとで書くとして。せっかく全国大会に来ているのだ、参加チームに密着したい。
覇権を狙う2019年東京王者・らくまっくす
らくまっくすは、結成5年目のチーム。もともと地元の友達や同僚だったというワケでなく、メンバー共通の友人からの声かけで集まったというのだから、まさに「まくら投げがつないだ縁」である。浴衣かっこいいな~と思っていたので紹介してもらったときにじつは喜んだ。
全国大会に向けて、さる2019年11月に開かれた東京予選会では優勝を果たした。そのような輝かしい戦歴がある一方で全国大会はいまだベスト16どまりだという。
大将の鈴木さんは大塚さんと並び日本に3人しかいないスポーツまくら投げインストラクター。その実力とリーダーシップを発揮して日本一の栄光を勝ち取れるか!?
水嶋「チームの強みはなんですか?」
鈴木「うちはやっぱり戦略ですね」
水嶋「戦略!」
鈴木「はい、ほかのチームもあると思いますが、うちはとくに練っている方だと思います」
「必ずモザイクかけます」という条件で撮らせていただいた。勝つためには戦略が必要。なんかもう、まくら投げの奥深さを伝えるには十二分すぎるアイテムだな…。
大塚さんが話していた通り、本番は2日目の、負けたら終わりのトーナメント戦。1日目は体力を温存するチームも多いという。フィギュアスケートみたいな世界だな、いやこれよく知らんで言ってるけども。ならばと私も撮影用のデータ容量を温存しよう(ラクする口実)。
そして翌朝…
友を越えて頂点へ駆け上がれ!
朝から会場へ(泊まりがけ)。まだ運営関係者がパラパラとしかいないひんやりとした体育館で、まくらや布団などの「競技器具」をちょっといじらせていただいた。
まくら投げに使うからといって、本来の就寝用途に適してないことはまったくない。むしろふつうにほしい高品質。まくらはさっきも書いたとおり"もにゅんもにゅんでぼよんぼよん"で、懐かしいなと思ったら昔つくったスライムに似てる。重曹多めで固めにつくったやつね。
布団も布団で、試合前は寝て待機するのだが、ふつうにいい布団でぬくぬくと勝ち気を吸い取られてしまいそうだ。ゲームバランスがよくできてる。「試合前に寝てしまった人はいるか」と大塚さんに聞いたら「いない」とのことだった。戦士たちに無礼な想像をはたらいた。
そうこうしているうちに浴衣姿の選手たちが会場入り。
昨日は和やかさもあった彼らも、その眼差しや空気に鋭さがある。それはほかのチームも同じ。取材はしたいが邪魔したくない、一歩引いたところから眺めていよう。
それもそのはず、実は対戦チームは合同練習仲間!浴衣もあわせてつくったという。言ってみれば同部屋対決。ちなみに伊東市での宿泊先も同じで、その意味でも同部屋対決(同じ部屋に泊まったってワケじゃあないが)。
「ビーーーーーーーーーッッッ!」(試合開始)
「ビーーーーーーーーーッッッ!」(試合終了)
えっ?終了!?なに?なにが…ちょ、ちょっリプレイ!
らくまっくすが2秒で勝利!!なにが起こった!?
大塚「あれは"韋駄天(いだてん)"ですね」
水嶋「大塚さん!?いだてん!!?」
大塚「韋駄天は大将の先手必勝法。開始直後から最前線にいる大将は狙われやすいですが、同時に相手の大将を狙いやすいんです。それが鮮やかに決まりましたね~」
水嶋「韋駄天って名前まで決まってるんだ!?すごいなまくら投げの世界!なんかすごいないまさらだけど!」
まくら投げのルールはすでに説明した通りだが、それをベースに韋駄天のように、選手たちの手であらゆる戦法や技術が生み出されているとのこと。大将を徹底的に守って攻める「穴熊」、リベロの布団を勢いある枕でまくり上げて後ろまで枕を届かせる「リベロ抜き」、アタッカーが自分の身を挺して大将を守る「タンク」という戦略がある。ほかにも手首のスナップで回転をかけることでホップアップする枕が投げられる「ベルヌーイ投法」(流線上でエネルギーが保存されるという「ベルヌーイの定理」から命名)がある。ちなみにこれを考案したのは東京理科大学チーム。いやもう漫画化しようぜこれ。
「競技」じゃない…まくら投げは「世界」だ!!
らくまっくす、順当に勝ち抜き準決勝へ!
そのあとも、大将・鈴木選手の韋駄天のみならず、かわすスキルに、アタッカーたちが投げるレーザービームに時間差で空襲するボレー、リベロがムササビのように後ろ手に布団を広げるムササビリベロ(これは「ピロートークす」というチームの井岡選手が考案して広まったとのこと)、サポーターの声掛けと的確な位置の供給、試合の流れを変える先生が来たぞ~コール爆発!勝ち進む。
会場は3つのコートで同時に試合が行われているので、あちこちで「がんばれ!」「いけるぞ!」「攻めて攻めて!」と老若男女の声援あがる(マジで老若男女)。私の目の前を飛んでいるのはまくらであって、まくらではないのかもしれない。まくらってなんだ。まくらって。
子どもたちも大人と同じルールでまくらを投げ合うが、バタバタと動くかわいらしさこそ感じれど、その激しさと観戦のおもしろさは変わらない。力が小さくなればまくらの鋭さも多少変わるが、小さい分当てづらくなるので長所短所が変わるだけ。その点でまくら投げは、個人差が小さく、ひろく門戸がひらかれた競技なのだろう。
そして…
らくまっくす、準決勝へー!
別のチームのベテラン選手に必要な要素を聞いたとき、「運と若さ(体力)」と言っていた。ベスト4まで勝ち抜いた猛者たちの対決。実力は拮抗し、紙一重、いや浴衣一枚のギリギリのかわし方はアクロバティックを極め、真剣勝負と同時に競演パフォーマンスを見せてくれる。
盛り上がりどころはバレーや卓球のラリーにも似ているが、違いは「返すか」ではなく「かわすか」だ。しかも球(まくら)はひとつじゃないので息つく暇が与えられない。こんな白熱する競技、意外と観たことなかった…!
かわしては撃ち!撃ってはかわす!大将たちの一騎打ちとなったときにはいつか見た映画マトリックスの、ネオとエージェントの撃ち合いが頭をよぎる!ただし飛び交うものはまくら!寝る「静」と戦う「動」が、共存する!なんだこれは!?エビバデセイッ!!まくら投げだ~!!
そして!!
らくまっくす、準決勝敗退ー。
うなだれる鈴木さんと、やさしく背中をさするメンバー。努力友情勝利すべてがここにある。健闘への賛辞、ひたむきさへの敬意、感動に感謝を彼らにおくりたい。なお、冒頭の動画はこの準決勝の様子でした。
再掲!
らくまっくす、全日本まくら投げ大会2020は4位に。ベスト16からのジャンプアップは素晴らしいが、鈴木さんはじめ選手のみなさんの目にはにじむ光があった。
だが、チームと選手それぞれの課題も見えた。戦略の活かし方も見えた。次こそは日本一を勝ち取ってほしい。
まくら投げの世界は、世界へ!
2013年にはじめて回を重ねてルールを固め、今や伊東市のまちおこしとしても知られるようになったまくら投げ大会。過去に予選大会を開いた地区は、静岡・東京・千葉・新潟・大阪・福島の6カ所、参加チームは350。
すごく熱かったし、おもしろかった。そのすべての魅力は現場で見てみないと伝わらない(観戦しただけで相当おもしろかったので実際にやったらハマってしまうと思う)。だからこそお手軽にシェアできないのがちょっと惜しいが、お手軽じゃないからおもしろいのだろう。
あの会場の熱量だ、これからも着実にピローファイター(というらしいです)を増やしていくんだろうと思う。
水嶋「これからどうしたいとか、ありますか?」
大塚「世界大会がしたいですね」
水嶋「いい!」
大塚「タイ代表とか、アメリカ代表とか、集まると熱いなと思います」
水嶋「ストリートファイターだ、いやピローか」
大塚「畳、浴衣、布団、まくら、日本の文化がたくさん詰まってる。それを伝える上でも広げていきたいと思ってます」
水嶋「確かに。床で寝るって日本的だし、そもそも日本人ならだれもが知ってるという点で満場一致の日本文化ですね」
水嶋「あと気になってたんですけど、公式ホームページに社員研修ってありますよね。まくら投げで?」
大塚「チームビルディングとして提供してます」
水嶋「あーー、納得!」
らくまっくすさんに聞いた話では、メンバー同士で結婚した例もあるそうだ。そのほかのチームでもカップリングが多いそうで、そんな話を聞くと交流やチームワークを深める上で確かにピッタリの競技なのかもしれない。
誤解を恐れずに言えば、敷居の低い真剣勝負。それもいいし、なにげに「浴衣」という服装にはお互いの心理的ハードルを下げる効果が実はあるのではないかと思った(日本人や日本育ち限定だけど)。それに社員旅行からそのまま持っていけるしな。なんか、うまくできてる。
開催したかったり、社員研修に使いたかったり。まくら投げ(いまさらだけど正式にはスポーツまくら投げ)に興味のある方は、公式HPよりお問い合わせください。
最後にアレにふれときます
こんな締め方もどうかと思ったけど。さすがにこのタイミングで「イベント」についての記事なので、しれっと流さずに書いておきたいと思ったのがコロナのお話。
大会開催は2月23日。政府がイベント自粛を要請する26日の前で各自に判断が任されていた、じつに微妙な状況でした。当然、大塚さんも頭を悩ませたそう。この大会は、8年目で、全国各地で予選が行われ、決勝を楽しみにしている選手と関係者たちがたくさんいる。
結果、伊東市は開催決定(ちなみに今は市主催イベントは中止or延期の方針です)。参加者全員へのマスク配布、入場者の手指や、まくらと布団の消毒、常時換気を徹底。いま思えばだから寒かったのか。なので「当時と今では状況が違うよ」と言いたいし、3週間経ってわるい知らせを聞かないことがその答えなのだと思います。
すくなくとも!4年越しで待ち望んだまくら投げ大会を楽しませてもらった自分としては、開催してくれたことにいち個人として感謝してます。だからこれも書けた。それは会場にいた人たちも同じだと思う。あー、俺も参加したいなー、メンバー集めないとなんだよな。