特集 2016年5月25日

縄文ネームはツネルペ!太古への愛に学ぶ歴史と平和

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縄文土器…!

日本人なら誰しもが小学校で学んだ言葉だろう。が、知名度に対し、これほど日常生活に登場しない言葉も珍しい。なんたって縄文時代、紀元前131世紀から4世紀までのことである。今から152世紀前って!

しかし、私の心に今ではもう、縄文土器という言葉がシッカリと刻まれている。何故なら「ツネルペさん」に出会ってしまったからだ。今日は私からあなたに縄文土器、そしてツネルペさんの魅力を全力でお伝えしたい。
1984年大阪生まれ。2011年に旅先で誘われベトナム移住。ダチョウに乗って走ったり、ドリアンの皮を装備したりと、人は羨まないが平和な人生送ってます。世界のカルチャーを紹介するサイト「海外ZINE」編集長。(動画インタビュー

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> 個人サイト べとまる

何はともあれ、この写真を見てください

今回の記事は正直、長めだ。だからこそ、まずは見てほしい写真がある。この一枚に、すべてのストーリーが詰まっているからだ。
sampleと入っている理由は商品データをお借りしているので。
sampleと入っている理由は商品データをお借りしているので。
月明かりでぼんやりと照らされた雪原に、縄文土器が置かれている。これを見て今、ほとんどの人がちんぷんかんぷんなのは分かってる。しかし、記事を読み終える頃には、この一枚が持つ強さをきっと分かってもらえるはずだ。

十日町市(笹山)は縄文のまち

前回の「おっぱい温泉」にひきつづき新潟県十日町市でネタを探していると、友人・ドラ塚さんから情報が。
ツネルペ…?
ツネルペ…?
縄文ネーム…!?
縄文ネーム…!?
なんて豪速球を投げてくるんだと思った。縄文ネーム?そんなものを出されたら食いつくに決まってるではないか!紹介してください!そう伝えて、一呼吸を置いてから、「ところで火焔(かえん)型縄文土器って何?」と思って調べてみた。
あ~、これか!写真は十日町市博物館にあるレプリカ。
あ~、これか!写真は十日町市博物館にあるレプリカ。
歴史の教科書で見たことがある人も多いのではないか。縁(ふち)が燃え盛る炎のように見える縄文土器だから、火焔型縄文土器。十日町市中条にある笹山遺跡はそれらが多く出土した遺跡で、ほかの土器や石器なども含めた928点の出土品は、新潟県唯一の国宝なのだとか。

ツネルペさんは、その笹山遺跡の出土品の管理や情報発信を行う、NPO法人「笹山縄文の里」の事務局長らしい。うん、肩書きは分かったけど、分かったのは肩書きだけだ。数々の疑問を抱えながら、会いに行った。
笹山遺跡のそばにある、笹山縄文館。
笹山遺跡のそばにある、笹山縄文館。
もうすぐ4月だというのに、豪雪ぶりがすごい。
もうすぐ4月だというのに、豪雪ぶりがすごい。

ツネルペさん、縄文人だった

ガチャ

友人「こんにちはー」
男性「あぁ、どうもー」
我々「えっ」
我々「えっ」
我々「えぇ~~~~っ!?」
我々「えぇ~~~~っ!?」
縄文人だ、縄文人がいる!見たことないけど、きっとこの人は縄文人だ。眼鏡も掛けてるし下にあったかそうなトレーナーを着てるけど、ヤリも持ってるし縄文人だ。

そう、こちらの男性こそがツネルペさん。

念を押しておくが、事前に「縄文っぽい格好でお願いします」なんてことは一切伝えていない。何故なら人柄や活動についてほぼ謎だったからだ。掴みはOK、ってこういうときにこそ使うべき言葉だなと思った。
渡された名刺には本名と、「ツネルペは縄文名です」という断り書きがあった。
渡された名刺には本名と、「ツネルペは縄文名です」という断り書きがあった。

新潟県議会議員も持っている!縄文ネームの謎

笹山が縄文土器と関わりがあるということは前述の通りだが、それではどうして「ツネルペ」なのか、というより「縄文ネーム」って何なのか。聞かせてもらいます。
誤解を恐れずに言えば…服装以外、普通の人だ!
誤解を恐れずに言えば…服装以外、普通の人だ!
背後の「ツネルペ」と書かれたファイルも気になる。
背後の「ツネルペ」と書かれたファイルも気になる。
私 「まず、そうですね、聞きたいことはいろいろありますが…縄文ネームとは?」

ツネ「平成20年ころから、笹山の地域づくりとして、みんなであらためて自分たちの地域を見つめ直しビジョンを描いてみよう、という話があったんですよ」

私 「地域づくりですか」

ツネ「はい。この笹山という土地は、昭和57年に火焔型土器が出土して平成11年に国宝指定されて以来、ずっと縄文の里として知られていた。それなら、地域づくりの一環として縄文をテーマに盛り上げると良いんじゃないか、『まずはみんなで縄文ネームを名乗ろうか!』ってアイデアが出てきてね」

私 「入りがおもしろいですね…!笑」

ツネ「縄文時代に生きていた頃、自分は何だったか思い出そうというワークショップが行われたんです。それぞれが、『俺は空を飛んでいたなぁ』とか、『確か花だったなぁ』とか、浮かんだイメージから名前を付けていったんですよ」

私 「待ってください。メンバーってことは、ツネルペさん以外にも縄文ネームを名乗る方がいるんですか?」

ツネ「いますよ、100人くらい

私 「多い!

ツネ「十日町市市長の縄文ネームは『ヨシプ』です」

私 「サラッと地元の大物が…ヨシヒコさんですかね」

ヨシフミさんでした(Wikipediaより)。

ツネ「新潟県議会議員の方々も、縄文ネームを持ってますよ

私 「県議が!?コードネームみたいでちょっとカッコイイ」

驚天!ツネルペさんと私の共通点

私 「では、そのワークショップで『ツネルペ』という名前を?」

ツネ「いや、それが違うんですよ。さっき水嶋さんと名刺を交換したときにビックリしちゃったんだけど…」

私 「え?名刺ですか」
その名刺。べとまるとは、私が運営しているベトナム紹介サイトの名前です。
その名刺。べとまるとは、私が運営しているベトナム紹介サイトの名前です。
ツネ「最初に私、縄文ネームを『べとまる』って付けたんですよ」

私 「ま、またまた~」

ツネ「いや本当に」

私 「マジですか」

ツネ「うん」

私 「えぇーーーっ…」

まさかのツネルペさん、以前はべとまるさんだった!自分が四年前にはじめたサイトの名前が、他と被ったことなど一度もない。それがまさかここで…だが、ツネルペさんの方が私以上に驚いたかもしれない。何たって自分の旧名(のサイト)を名乗る男が向こうからやって来たのだから。

私 「でも…私は『ベトナム』だから『べとまる』ですが、ツネルペさんは何故にべとまるだったんですか?」

ツネ「さっきのワークショップで、縄文時代に自分は何だったかを考えたとき、俺は火焔型土器になった土だったなぁと思って。で、こっちの方言で土って『べと』って言うんですよ、あとはまあ、かわいく『まる』。それで『べとまる』」

うん、理屈まで通っている。奇跡。

そのあと本名の恒雄(つねお)から「ツネルペ」に改名したツネルペさん。当時は思いつきだったそうだが、後にアイヌの詩人の宇梶静江さん(俳優の宇梶剛士さんの母親)から「恒雄の道を歩め、ということよ」と教わり、すごい名前なんだなと、あらためて大切に使っているとのこと。
ここであまり関係ありませんが、
ここであまり関係ありませんが、
十日町市博物館には土偶のガシャポンがありました(エポック社より)
十日町市博物館には土偶のガシャポンがありました(エポック社より

火焔型土器に人生を賭けている、は伊達じゃない

名前の話だけですでにお腹いっぱいだけど、まだまだ入り口。そうだ、友人は「ツネルペさんは火焔型縄文土器を広めるために人生を使っている」と言っていた。具体的に、どんなことをしているのか聞いてみようじゃないか。

ツネ「地域の取り組みとして一番大きなものは、『笹山じょうもん市』かな。そのお手伝いをしています」
そう言って資料を出してくれた。
そう言って資料を出してくれた。
今は雪で覆われている笹山遺跡の広場で、6月の第一日曜日に行われる「笹山じょうもん市」。遺跡での出土品が国宝に指定された翌年から行われている、笹山のひとびとが総力を挙げて縄文を学び楽しみ発信するお祭り。毎年3000人近くの人が訪れ、今年は17回目となる。
地元の人たちがつくり、10年以上踊り継がれているという縄文の踊り。
地元の人たちがつくり、10年以上踊り継がれているという縄文の踊り。
土器めっちゃでかい。
土器めっちゃでかい。
歌姫や踊り子もいます。
歌姫や踊り子もいます。
笹山じょうもん市ではないけれど、ツネルペさん自身も踊ります!
笹山じょうもん市ではないけれど、ツネルペさん自身も踊ります!
また、ツネルペさんは現在、子どもたちのメッセージを載せた笹山縄文の絵はがきやカレンダーを製作中とのこと。その絵はがきこそが、冒頭で紹介した一枚である。
うーむ、底が見えない。ツネルペさん、底が見えないぞ。これは珍しくページをまたいでしまうぞ。という訳で次ページへ。なんと、国宝級縄文土器に触れちゃいます。
こちらはツネルペさんが博物館で買ったという「火焔型土器ペーパークラフト」!
こちらはツネルペさんが博物館で買ったという「火焔型土器ペーパークラフト」!
どんだけ頭の良い人がつくったの、というほど構造が複雑すぎる!
どんだけ頭の良い人がつくったの、というほど構造が複雑すぎる!
だが安心、ちゃんと作り方もあります。この世界、深すぎるぞ…!(愛知県埋蔵文化財センター制作)
だが安心、ちゃんと作り方もあります。この世界、深すぎるぞ…!(愛知県埋蔵文化財センター制作
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火焔型縄文土器の発掘、紙一重だった

ツネ「ちょっと移動しましょうか」

そう言ってツネルペさんは我々を廊下へ連れ出した。

ツネ「見えますか?あの木」
ツネ「二本並んでる左の木」
ツネ「二本並んでる左の木」
私 「はい、あれが…?」
私 「はい、あれが…?」
ツネ「あの根本のあたりで火焔型土器が出土しました」

我々「おぉ~~っ!!」

そうか、雪に覆われていたため意識していなかったけど、国宝の928点は紛れも無くこの周辺から出土したものなんだ。むしろ、今でもまだ眠っている可能性は高い。後の国宝の火焔型土器、出土の瞬間をツネルペさんは語ってくれた。

ツネ「出土は、ここにスポーツ施設を建てるために行った発掘調査ででした。昭和57年7月8日ですね、この日は調査最終日で片付けだけ、翌日からは工事が始まるところだったんです。その日の朝に担当者が見回りに来たら、木のふもとの一箇所だけが地面と色が違うんですよ、前日の七夕の夜に雨が降っていた影響でしょうね。おかしいぞ、となって、急遽掘って出てきたものが、今や人類の至宝、火焔型土器No.1でした」
後に建てられたスポーツ施設が、さらに時を経てここ笹山縄文館になった。
後に建てられたスポーツ施設が、さらに時を経てここ笹山縄文館になった。
まったく、すごい。七夕の夜に雨が降らなければ、担当の方が気付かなければ、翌日にはもう工事がはじまって、現在の国宝は今も土に埋まったままだったかもしれない。

それが、今やどの歴史の教科書にも載っているであろう、火焔型土器、とりわけNo.1とされるものの発掘エピソードだ。子どもの頃にテストのために暗記する言葉でしかなかった存在が、発見した場所と関係者の言葉によって、ありありと現実感を帯びていく。

ツネ「その担当者は今、市の幹部ですね」

我々「それはやっぱり出世したんですかね」

ツネ「分かりませんけど、すごい感性を持っている方です」

こちらの担当者の方、大地の芸術祭(地元のアートイベント。小堺さんが以前取材されています)のアーティストでもあり、脚本家でもあり、十日町市のまちづくりに大活躍されているらしい。もはや火焔型土器の方がこの方を選んだのではないか。
十日町市博物館には縄文がテーマのフリーペーパーまであった。市の懐、とにかく深そう。ウェブ版はこちら。
十日町市博物館には縄文がテーマのフリーペーパーまであった。市の懐、とにかく深そう。ウェブ版はこちら

触れられる!国宝級縄文土器

二階へ案内しますよ、ということで移動する。
おっー!
おっー!
ツネ「ここでは博物館やボランティアのみなさんが、出土した土器や石器の整理や復元をしています」
私 「なるほど、なるほ…」
改めて見るとすごい格好してますねツネルペさん。
改めて見るとすごい格好してますねツネルペさん。
スッカリと見慣れていたツネルペさんの縄文服に、いたって一般的である第三者の方々を見て、初見の驚きがよみがえった。
ついでにスリッパに書かれた名前にも今気がついた。
ついでにスリッパに書かれた名前にも今気がついた。
ツネ「どうぞ近くで見てください、土器」
うわー…!
うわー…!
ほんまもんの縄文土器じゃないですか…!
ほんまもんの縄文土器じゃないですか…!
近い。触れられるほどに近い。
ただそれだけで、迫力がある。

これらは今時点で国宝ではないが、これから指定されても何らおかしくない国宝級の出土品たちらしい。

本物という点ではきっと昔、博物館などで見たことはあるのだろう。しかし、実物をこの距離で見た今になってはじめて、自分にとってガラス越しに見る土器もテレビで見る土器も、同じ味気のないものだったと気がついた。
そして、なんとアーティスティックな紋様か!
そして、なんとアーティスティックな紋様か!
その紋様は、まさしくアートだ。細部を見れば見るほど、縄文人の感性が数千年の時を超えて自分の脳みそにガツーン!と叩きつけられる。毛皮をまとってヤリを持って獣を追いかけて…とイメージするとなんとなく粗野と感じるが、とんでもない!この感性は繊細そのものだ。

私「ヤバイヤバイ…これはちょっとヤバイ」
学芸員さん「さわってもいいですよ」
私「えっ?」
学芸員さん「土器にさわってもいいですよ」
いいんですか!!?
このわたくしなんぞが…!
このわたくしなんぞが…!
悠久の時を経て現代によみがえった縄文土器に…!!
悠久の時を経て現代によみがえった縄文土器に…!!
あっ、もう持てません怖いから。
あっ、もう持てません怖いから。
ちなみにこの土器の縁は火焔型土器よりも抑えめだが、これは時が経つとともに盛り上がっていったらしい。つまり、当時の縄文人のノリも盛り上がっていったということだろう。

すでにこのとき、私はスッカリと縄文土器のファンになっていた。あぁ、縄文人もこの溝の手触りを肌で感じていたんだなぁと思うと、ドキドキがとまらない。そうか、これは「間接キス」の理屈と同じなんだ。いや、説明させてください。

憧れのあの子が飲んでよこしてくれたペットボトルを、自分も飲む。縄文土器に触れるということは、数千年の時を超えて、縄文人と自分が手触りを介して、「間接キス」ならぬ「間接タッチ」をしたことになるのだ。

まぁ、縄文人が土器をタンブラー代わりにしていたとするなら間接キスもあながち間違いではないかもしれないが、国宝級の代物にそんなこと出来る訳がない。

実はこれら、職員の方がいる場であれば触れられるのだが、この記事が公開される頃にはこの土器たちは十日町市博物館に移されており、こうして触れられる機会が次はいつになるか分からないそうだ。タッチの差だったのか…タッチしただけに(白目)。
3月は五回も触れるチャンスがあった!
3月は五回も触れるチャンスがあった!
笹山遺跡はほかにも、出土品と全く同じ形のチョコレートをつくったりもしていた。もはや日本でもっとも遊び心にあふれる遺跡ではないだろうか。
「これは3Dスキャンで…?」「いやシリコンで」「シリコンでいいんだ!」
「これは3Dスキャンで…?」「いやシリコンで」「シリコンでいいんだ!」
食品と書かれているが、中はチョコではなく出土品。
食品と書かれているが、中はチョコではなく出土品。

火焔型土器写真家としてのツネルペさん

ツネ「ちょっと移動しますか、縄文服が着られますよ」

まだ…あるのか!

遺跡そのものは雪に覆われているというのに、ネタは尽きない。どこまでも付いていきますよ、ツネルペさん!
縄文独自の渦巻きを活かした縄文服。
縄文独自の渦巻きを活かした縄文服。
これで私も縄文人に。
これで私も縄文人に。
私 「…と、この後ろの写真は何ですか?」
ツネ「あ、これはですねー」
ツネ「私がライフワークとして撮り続けているものです」
ツネ「私がライフワークとして撮り続けているものです」
私 「本当に何でもやりますよね!」
私 「本当に何でもやりますよね!」
しかも、よく見るとすごいぞコレ。
地元の風景写真かと思いきや…。
すべてのモデルが、
すべてのモデルが、
火焔型縄文土器だ。
火焔型縄文土器だ。
それにしても存在感がすごいぞ。
それにしても存在感がすごいぞ。
これらはもちろんレプリカである。国宝そのものでやっていたとしたらおもしろいけど、その場合は国が止めるべき案件だ。
テーマは、「ふるさとである笹山の大地で、火焔型土器は何を語ろうとしているのか」とのこと。
テーマは、「ふるさとである笹山の大地で、火焔型土器は何を語ろうとしているのか」とのこと。
話せば話すほど、「縄文に人生を賭けている」ということがよく理解できた。縄文の伝道師と呼ぶに相応しい。

そんなツネルペさん、実はもともと新潟県の職員だった。しかし、こうした地元・笹山が縁を結んだ縄文愛がきっかけで、昨年から地元の高校で物理の非常勤講師をしているそうだ。学校でも機会があれば、縄文ダンスを披露しているらしい。

私 「え、でも、物理と縄文は関係ないんじゃ…」

ツネ「縄文は物理ですよ。物の理(ことわり)。紋様によく使われる渦巻きもまた、宇宙の根源的なエネルギーの姿を表しているともいわれます。数千年前の縄文の人々もまた、鋭敏な感性と洞察力でこの世界の理を見つめていたのではないでしょうか」

縄文人になったり、商品を企画したり、ヤリを持って踊ったり、写真を撮ったり、物理学(縄文)を教えたりと、ツネルペさんは、縄文を軸とした伝道師でありクリエイターでありエンターテイナーだ。すごいな、ツネルペさんと話していると、まさにあの渦巻きのように縄文の世界に引き込まれる。

縄文時代の一万年三千年の太平を現代に

最後、ツネルペさんに、縄文文化の普及を通してどうしたいのか考えを聞いてみた。

ツネ「人も動物も植物もみな、ともに生きることのできる良い時代になればいいな、と思っています。今って、戦争だったり、環境破壊だったり、目に見える価値だけを追い求める中で、大きな危機に向かっている気がする。縄文時代の遺跡を見てもね、戦争はなかったんですよ。実に一万三千年以上もの間、共生と平和を築いてきた時代だったということです。理想化しすぎるかもしれないけど、それでも今から見ると理想の時代です。その精神性の一欠片でも学び取り、生き方や価値観を見直すきっかけになれば良いのになぁ…と考えています」

縄文って、広くて深い。

ツネルペさんの願いが叶う日が来るのだろうか。しかし、ただ教科書で学んだ知識でしかなかった「縄文」は、確かに私の中で生きた言葉となった。間接タッチをした私と縄文人は、もう他人ではいられない気がしている。
雪が溶けた頃、そのシートの中身(竪穴式住居)を拝みに行きますね。
雪が溶けた頃、そのシートの中身(竪穴式住居)を拝みに行きますね。
私 「私にも縄文ネームください」 ツネ「べとまるでしょ」<br> 私 「ですよね」
私 「私にも縄文ネームください」
ツネ「べとまるでしょ」
私 「ですよね」

縄文土器を東京オリンピックの聖火に!

現在、十日町市を含めた新潟県5市町の取り組みとして、「2020年東京オリンピック・パラリンピックの聖火台デザインに火焔型縄文土器を!」という活動を行っているとのこと。ツネルペさんいわく、「平和の祭典であるオリンピックには、前述した共生と平和の象徴である縄文の火焔型土器が相応しいと思うんですよ」、とのこと。ここまで踏み込んだ私もまた、声高に一票を叫びたい。見たいぞ、火焔型縄文土器型聖火!

なお、6月の第一日曜と前述した通り、第17回笹山じょうもん市は6月5日(日)に開催されます。もちろんツネルペさんも参加されているので、都合のつく方はぜひ行ってみましょう。
それにしてもなんだこのタイミング、運命か。
それにしてもなんだこのタイミング、運命か。

最後は、ツネルペさんの火焔型土器写真と(絵葉書に添えられた)メッセージで締めたいと思います。
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あなたももうきっと、縄文の渦中にいる。
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