自分が初めて止まってるエスカレーターに対する違和感を感じたのは、閉店間際までデパートで買い物をしていて出そびれてしまい、エスカレーターが止まったあとに下の階まで下りることになったときだったかな……と思い出した。小学生時代のことだ。
そもそも当初「つまずきそう」って誰もが必ず分かる感覚なんだろうか……という疑問もあったのだが、今回は「分かるだろう」という前提で進めてみた。もし「分からん!!!!!」という方いたら、なぜなのか気になるので教えてください。
数年前、鹿児島の霧島温泉のホテルで変わった階段を見かけた。手すりはエスカレーターなのに、乗る部分が普通の階段なのだ。いったいこれはどういうものなんだろう。
階段を上ってみると「停止中のエスカレーターを歩いたときに感じる、身体が思うように進まないような妙な感覚」を覚える。ただの階段なのに。なぜだろう。
エスカレーターマニアと「あの感覚」を研究してる方にそれぞれ話を聞いてみた。
まずは見てもらおう。素通りしそうになったが違和感を感じて二度見し、上ってみたら「停止中のエスカレーターに乗ったときのようなつまずきそうな感覚」を覚えた階段を。
なんとなく「階段が生えてる!!」と思えたのは、エスカレーターが床から出てくるのを連想したためだろう。1段目の段差の低さもエスカレーターっぽい。
違和感がものすごい。そもそもこれは一体どういうものなんだろう。以前はエスカレーターとして動いてたんだろうな、きっと。じゃないとこの手すりの意味がまったくわからないし。
そんな疑問をTwitterで呟いてたところ、似たようなものを見たことがあるという目撃情報がいくつか届いた。
ひとつは「アップガレージ奈良四条店」にある階段。
もうひとつは、フランス・パリ郊外にあるオルリー空港・第3ターミナルの到着用エスカレーター(?)だ。
ほかにもこんな階段の目撃情報はいくつか届いた。
具体的な情報もざっくりとした情報もある。私は初めて見たが、意外とあるものなのだろう。
それはそうと、私のようなエスカレーター素人のもとに情報が集まったり疑問をぶつけられても何の解決にもならないじゃないか。せっかくなら詳しい人に聞きたい。そこで元デイリーポータルZライターでエスカレーターマニアの田村美葉さんに疑問をぶつけてみよう。
さくらい:こんな手すりがついた階段はすべて「元エスカレーター」という認識でいいんですよね? 作りかけてやめたとかではなく。
田村さん:そうですね! 作りかけてやめたみたいな可能性はないと思います。エスカレーターは全体を一気に納品するのでステップだけ後回しとかになる可能性はないかと……。
さくらい:なんで階段部分は直して手すりはエスカレーターのまま残ってるのか分かりますか? 撤去費用がかかるとか、そういう理由ですかね?
田村さん:これは推測ですけど、撤去費用が結構かかるんじゃないですかね。また、エスカレーターって日本はすごくよくメンテナンスするので、そのまま置いておいてもメンテナンス費がめっちゃかかるんだと思います。中国の広州で見かけたノーメンテナンスで放置されてたエスカレーターはステップが陥没して超危険でしたから、そうならないようにみたいなことかと思います。
さくらい:日本ですごくよくメンテナンスするのは、規定で決まっていたりするからですか?
田村さん:法律とそれに基づく指針みたいですねー。
さくらい:この鹿児島のはいつ頃のものか分かりますか? ホテルから直接情報は得られないんですが、田村さんに聞けば分かるかなーと。
田村さん:手すり下の欄干が完全に一体型になる前の「準丸ボディ」って呼んでるやつですね。今一般的なタイプのひとつ前世代ぐらいです。最新型はガラス部分がスリムでシュッとしているんです。
さくらい:田村さんは「元エスカレーター」をいくつぐらい知ってるんですか?
田村さん:私が知ってるのはそんなに多くはないです(宮城、大分、初台、新宿など)。新宿のは、私が見たときはこう(下の写真の状態)だったので、やっぱりこのまま放置すると危ないから階段化するんですかね。
さくらい:逆に「元階段」だなっていう感じのするエスカレーターはありますか?
田村さん:駅によくある後付けのエスカレーターですね。階段の上に付いてたり、上りと下りでずれてたりして不自然なのでこれも写真に撮ってたりします。
さくらい:ああ、なるほど。サイズが合わなくて階段を少しだけ残したのか……!
田村さん:あとは上りと下りでメーカー違うやつとかもそうですね。
田村さん:ぜひ紹介したい「元エスカレーター」階段もいろいろあります。
さくらい:おお……それはぜひ教えてください!
田村さん:これは最近なくなっちゃったそうなんですが、豊橋にわざわざ見に行った、部分照明タイプの「元エスカレーター」です。ちゃんと、照明部分が光っててすごく良かったです。エスカレーターマニア的には、エスカレーターの途中で「立ち止まって」写真をとったり、行ったり来たりできるのがめちゃくちゃ不思議な感覚でした。
さくらい:すごい、光ってる! こういう光るタイプのエスカレーター、懐かしいですね。ほかにもありますか?
田村さん:つぎのはもうエスカレーターは残ってないんですけど、かつてスパイラルエスカレーターがあって、その角度のまま階段になっているところです。階段としては、段の無い部分まで手すりが伸びていたり不自然。スパイラルエスカレーターのカーブって全て同じなんで、すごく見慣れたカーブの「階段」があって面白かったです。
さくらい:「すごく見慣れたカーブの階段」ということは、初見の階段のカーブを見て「これは元エスカレーターだ!」とピンとくることもあるんですか?
田村さん:スパイラルのカーブはすべて共通なのでわかりますが、元スパイラルエスカレーターの階段があるのはそもそも、(多分世界的にも)金沢のこの1箇所ぐらいだと思います。
さくらい:あ、そもそもここだけなんですね。
田村さん:あとは、太陽の塔が「元エスカレーター塔」だったと聞いて、言われてみたら、あの腕の部分の角度はエスカレーターの角度なんだな!と思って興奮してました。
さくらい:………?? あああー……!! 腕がエスカレーターの角度と同じだ! (写真をしばらく見てやっと気付いた)
田村さん:おすすめの「元エスカレーター」については以上です~!
思った以上にたっぷりと「元エスカレーター」のことも「元階段」のことも、完全に階段になったものについてまでも聞くことができた。
「元エスカレーター」そのものについてはだいぶ分かったが、なぜ上ろうとすると、つまずきそうな妙な感覚を覚えるんだろう?
それについてはNTTコミュニケーション科学基礎研究所の五味裕章先生にお話をうかがった。
五味先生は「止まっているエスカレーターに乗ったときに感じる違和感」について研究、論文も発表されている。実験結果によると、「あの感覚」を生み出しているのは、エスカレーターの手すり部分だという。エスカレーターの手すりに静止した階段がついている元エスカレーターは、「あの感覚」を起こすのにまさにうってつけだったわけだ。
さくらい:手すりを見て脳が「エスカレーターだ!」と認識しているとのことですが、逆の組み合わせ(階段っぽい手すり+床がエスカレーター)では感じないのですか?
五味先生:我々はそれに関係する実験はいくつかやっています。「階段をエスカレーターに似せる」やりかたとして、まず「手すりのない、エスカレーターと似た段差の階段」を作ってみたんですね。
五味先生:そうすると、階段ではまったく違和感を感じないんです。「構造が同じでも、見てくれが全然違うと違和感には結びつかない」ということが分かります。
五味先生:もうひとつは視覚的な実験です。
⇒ この3つの条件で、感じる違和感を比較する。
五味先生:この条件で違和感が起きるのは2と3、つまり手すりが見えていれば起きるということがわかりました。「エスカレータのステップの部分のストライプが視覚的な錯覚を引き起こす」と説明されたこともありましたが、そのような理由ではなかったようです。
さくらい:こういう感覚って、きっとエスカレーターに乗った経験がある人じゃないと感じないものですよね。
五味先生:大人になってもエスカレーターに乗ったことがない人がいたとすると、その人は違和感を感じないのではないかと思います。
さくらい:例えば、エスカレーターがない国の人とかですかね?
五味先生:そうですね。それと、エスカレーターがあってもよく止まってる国……例えばフランスに行くと、パリにはエスカレーターや動く歩道はいっぱいあるんですけどよく止まってるんですね。
止まってるような状況が頻繁にあるようなところだと慣れてしまって、「止まってるエスカレーター用のモジュール」というのが脳の中にできて、「身体はこういう風に反応しなさい」というのを学習してるので、あまり感じなくなります。
五味先生:あとは、私がこの話題で講演したときに「感じません」という人がいたんです。詳しく聞くと、駅で清掃のバイトをしていた若い男性の方だったんですけど、終電が行ってからエスカレータが停止した後に清掃するんですって。「初めのうちは感じてたけど、だんだん感じなくなってきました」と言ってて。
さくらい:それって一回学習したらずっと有効なんですか?
五味先生:かなり有効です。例えば「自転車に一回乗れるようになるとなかなか忘れない」のと同じで、そういう学習は脳の中にすごく維持されるんです。その状況に遭遇するとそういうプログラムが探されて、身体が反応します。
さくらい:動いてるエスカレーターを学習したあとで、停まってるエスカレーターを学習しても、うまく切り替えられるものなんですか?
五味先生:一旦両方で学習して、両方が定着した形になっている人は瞬時に切り替わります。
五味先生:「動いてるかどうか」だけでなく、「速度」への反応も日常生活の中で脳に構築されています。例えばロンドンに行くと、日本と比べてエスカレーターがすごく速いんですね。日本のエスカレーターに乗り慣れてると、乗った瞬間に後ろにのけぞってしまうんですよ。
石川:遅い設定のエスカレーターに注意書きが書いてあるのを見たことがあります。危ないからってことなんですね。
さくらい:これは人間だけが感じる感覚なんですか?
五味先生:動物に「あなたは感じましたか?」って聞く訳にいかないから難しいんですけど、動物でも運動学習をすることは様々な研究で示されています。ある環境での運動に慣れると、見かけは同じでもちょっと力を変えなければいけない環境で動く時に、変な運動になります。ですので、例えばハムスターの回し車の力のかけ方を変えるだけでも、ハムスターが「おっとっと」となることはあると思います。
さくらい:現実的に盲導犬とかだと、エスカレーターに乗る可能性もあり得るのかなーと思うんですが。
五味先生:あるかもしれないですね。犬のような四足歩行の場合には、あんまり不安定にならないので、それほど身体の動きには表れないかもしれないです。人間は二足歩行で重心が身体の上の方にあるので、コントロールがうまくいかなくなると身体に大きな変化が現れるんですけど……。
さくらい:動物ってグラグラしにくいから分かりづらいんですね。
さくらい:エスカレーター以外にこういう感覚って日常にありますか?
五味先生:海外では、車線のレーンが日本と左右違ってますよね。運転するとき、慣れた運転と違うこと(逆方向の車線を運転)をしないといけないので、頭ではそれが正しいとわかっていても、違和感を感じます。
歩いて道路を横断しようとするときも、車が来ないか確認のために「逆方向を見ないといけない」のは意識では分かってるんですけど、実際やってみると違和感を感じますよね。
それと日常的なものではないんですけど、ここに「マウスを前に動かしたときに90度まわった方向にカーソルが進む」という実験のデモがあります。
さくらい:(デモを操作しつつ)あーーーーーーーー!!!! 気持ち悪い!!!!!!!!!!!! これって慣れたらできるようになるんですよね?
五味先生:慣れます。それに、いきなり90度回転させないで数百回かけて徐々にじわじわと回転させていけば、ある程度の角度までは、変えられたことに気づかないんですよ。
さくらい:えっ!? 気づかないんですか?
五味先生:30度ぐらいまでは全然気付かない。そこからパッと元に(通常方向に)戻すと、逆の方向に動いちゃいます。
さくらい:いきなり戻されると対応できなくなるんですか。ということは、この法則をエスカレーターに当てはめると、エスカレーターの速度を少しずつ遅くしていって、徐々に止めれば感じないまま慣れていくということですか?
五味先生:そういう状況って社会の中ではないですけど、慣れていくと思いますね。
五味先生の研究は、人が見たものと感じるものとのギャップから人間の情報処理のメカニズムを明らかにすることで、それを使った「心まで伝わるような未来の通信」という大きな目的に向かっているという。
その研究は多方面にわたり、深堀すれば内容もどんどん深くなっていくのだが、こちらに分かる範囲で説明してもらってかなり納得したような気になれた。
ここまで分かったなら、「止まってるエスカレーターでも違和感を覚えない学習をしてみたい」と思えてきたが、そのためには身近で止まってるエスカレーターか「元エスカレーター」の階段を探さなくては。
習得して脳内のモジュールをパパっと切り替えられたら気持ちがよさそうだなと思ったが、それを自宅で手軽にやるなら、まずはあのマウスのゲームを習得するのがいいのかもしれない。
自分が初めて止まってるエスカレーターに対する違和感を感じたのは、閉店間際までデパートで買い物をしていて出そびれてしまい、エスカレーターが止まったあとに下の階まで下りることになったときだったかな……と思い出した。小学生時代のことだ。
そもそも当初「つまずきそう」って誰もが必ず分かる感覚なんだろうか……という疑問もあったのだが、今回は「分かるだろう」という前提で進めてみた。もし「分からん!!!!!」という方いたら、なぜなのか気になるので教えてください。
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