今回案内してくれるのは『図鑑NEO 花』『図鑑NEO 植物』『花と葉で見分ける野草』などを手掛ける小学館の編集者小林由佳さん。
訪れた街は小林さんの地元東急池上線千鳥町~久が原周辺。大田区の蒲田と田園調布の中間あたりにあるちょっと高そうな住宅街だ。
エノコログサは猫じゃらしなのに犬
たとえばこういう草もすぐわかるんですか? と、目についた猫じゃらしについて聞いてみたところ「あー、エノコログサですね。エノコロってワンコロって意味なんですよ。だから猫じゃらしって俗称には猫がついてるけど正式名称は犬」とスラスラ答える小林さん。
すでにへぇ~である。私たちのへぇ銀行が今日はデフォルトを起こすかもしれない。こういう「へぇ」を今日はあと13回やります。
小林さんは図鑑で育って図鑑編集者になった
小林さんはただの編集者というわけではなく幼少の頃より植物図鑑に慣れ親しんで育ってきたそう。
小林:幼稚園に入る前から植物とか好きで「これ何? これ何?」ってずっと聞いてるから親が図鑑をくれたんですけどそしたらすごい覚えちゃって。就職して山とか行くようになったら本当に図鑑で読んでた通りのがいっぱいある! みたいな感じでおもしろくて
すごい。図鑑作ってる人ってほんとに図鑑好きなのか。世の中はうまいこと回っているな…
オシロイバナと毒の話
小林さんが次に指差したのは線路脇に咲く紫の小さな花。
小林:これ、オシロイバナなんですけどもっと遅い時間に咲くんですよ。これって花の奥の方が長いじゃないですか。ここが長いのは蝶とか蛾とか口にストローがついてる虫が媒花するんですよ。
花の奥が長いいわゆる「花!」って感じのものは蝶や蛾を対象にしたものだったのか。その辺りからもうへぇ~である
小林:この場合スズメガなんで、スズメガって夜にしか飛ばないから夜に咲くんですけど、この後もうちょっと遅くなると多分満開になりそうですね
林:へぇ~植物ってそんなすごく理にかなってるものなんですね!
小林:そうです。あとこれオシロイバナの由来になったのがこの実なんですけど、割ると白い粉が出てきてこれを江戸時代とかにおしろいとして使ってたからオシロイバナっていう名前の由来になったといわれています。
林:へぇ~。でもこれだとおしろいにするのけっこうとらないとだめですね
小林:そうなんです。でも厳密にはこれ毒なんですけどね
林:昔の人は毒をおしろいに使ってたんですか?
小林:でも今もそうじゃないすか? 化粧水をごくごく飲んだら毒だし。植物やきのこの毒も同じで。
よく「毒って書いてあったけど別の図鑑には食って書いてあるんですけど」って意見がくるんですが、難しいんですよね。例えば牡蠣って毎年すごい食中毒出ますよね。あれを「毒」って書くか「食」って書くかってことなんですよ。
植物やきのこだと牡蠣みたいにメジャーじゃないから「毒」って書くと「うちの地域では食用にしてるんですけど…」ってなるので「食」って書くんです。
でも「食」って書いてあるものほど「毒」になる可能性も高いんですよね。牡蠣みたいに美味しそうなものは中毒覚悟でトライする人が多いじゃないですか。「食」とも「毒」とも書いてないものは「何となくマズそうなので誰もトライしないもの」だったりします。
へぇ~、食であるものほど毒、毒でないものは誰もトライしないもの。小学校の校長先生はこの辺りの文言を朝礼にご活用ください
今歩いている千鳥町~久が原の住宅街は小林さんの地元なので植物の多そうな公園を案内してもらった。こちらのくさっぱら公園は昔からその名のとおり草ぼうぼう主義の公園だそうだ。公園ってこんなに文字通りにするものなのか…
ホウセンカでは種をはじけさせ、オオバコの葉は葉脈のスジを残してバリッとやる小林さん。これらは草花あそびとしてよく知られているものだそうだ。草花あそびというジャンルがあるのか…
小林さんは植物を使ってちょっとした遊びを紹介してくれる。これらの遊びは伝承されていくものでもあるし自分でも作るらしい。「新しいの発掘しないと子供が飽きちゃうから」だそうで、草花あそび研究会という集まりもあるそうだ。
幼稚園の先生がどこかから仕入れてくるこうした遊びにもプロたちがいるのだ。へぇ~。
小林:これはアベリアといって、マルハナバチや蝶や蛾の媒花(虫媒花:虫に花粉を運んでもらう)なんですけど、小さくて花の奥の方が細いじゃないですか。こういうのは大体、蝶や蛾狙いなんですね。媒花する虫を絞ることによって同じ種類の別の花に花粉を運ぶ打率を上げるっていう作戦なんです。
なるほど、同じ花にたどりついてもらいたいのでそういう戦略をとるのか、へぇ~。
記者が来ると本当に嫌
くさっぱら公園を出て久が原の住宅街を歩く。立派なお屋敷が多い。会社の社長の家も多いらしい。検索をすると
「数十年前、この辺の住宅地を大企業の勤め人にたとえれば田園調布は社長クラス、久が原は部長クラス、雪谷は課長クラスが住む地域と言われたものですよ」(参考:暮らしワイドな窓No.884)
という一文にあたった。部長どころではない「はっきりと立派な」感じがこの辺の家にはあるが。
小林:新井将敬さんていう政治家の家があって、品川のホテルで亡くなった事件があって。その向かいが友達の家なんですけど、張り込んでた記者がみんな自分ん家におしっことかしてて本当に嫌だって言ってました。この辺コンビニとかない住宅地だから
林:へぇ~、久が原昔ばなしですね(笑)
小林:これはトクサっていう恐竜とかの時代からある植物なんですけど、すごいヤスリみたいになってるでしょう。これをね切って、ビッグダディが「こうやって歯を磨くんだよ」ってテレビで言ってました。
ほへぇ~、植物に詳しいとビッグダディの歯の磨き方まで知ることとなる。(ビッグダディがどういう文脈で言ったのかは定かではない)
小林:これはイヌホウズキっていって毒なんですけど。白い花が咲いててトマトっぽい実がなるのがだいたいナス科で。でもアメリカイヌホウズキかな、どっちだろう?
といって図鑑をめくる小林さん。白い花とトマトっぽい実はだいたいナス科。へぇ~。これを座右の銘にしよう(ちなみにそれまでの座右の銘は「生殺与奪の権を他人に握らせるな」鬼滅の刃より)。
小林:あれ? アメリカ載せてないのかな私…、あ、あった。これは光沢があるからアメリカイヌホウズキですねこっちは外来種。両方とも毒です
ところでそもそも図鑑に載せる植物はどうやって決めるのだろうか
小林:植物って分かってるものだけでも何千種もあるんですよ。でも図鑑って最大でも1200種とかしか載せられなくて。その1200をどれにするか、テーマを決めて学者の先生と取捨選択するって感じなんですけど
林:へぇ~。これは絶対載せたいとか揉めたりします?
小林:揉めてる編集者ってだいたいフィールドに出てなかったりして。家の近所に咲いてるやつ絶対載せたい、みたいな変な固執とかしちゃう人の場合揉めますけど。ある程度分かってればそんな変なことにはならないですね
──基本的には「フィールドに出てるとよくあるやつ」っていう基準で選ぶんですか
小林:子供の図鑑でいうとそうですかね。大人向けの高山植物系とかだとすごいマニアックなもの、登山の時に見るものとかもあるかもしれない
──これがよく咲いてるとかよく知ってますね!
小林:パッと見て「こんなの私の子供の頃にはなかったけど増えてるな~」とかなんとなくありますね
林:へぇ~、そういう目で世界が見えてるんですね
小林:これは椿の実ですね。この実の中にすごく油っぽい種が入っててそれをすりつぶすと椿油になるんです
林:へぇ~! 植物の椿と知ってる商品とが今やっと繋がりました!
ところで椿って毒あるんだっけないんだっけという話から毒の話に。
林:昔の人、毒があっても平気で中だけ使ったりすごいですね
小林:ソテツとかそうですよね。こういう感じでヤシの木みたいに上にいっぱい実がつくんですけど。これを毒抜きして飢饉の時には食べたらしいですね。食べられるものをみんな食べちゃうから本当に困った時の食べ物として毒があるものを毒抜きして食べるんですね。
林:うわ~。食べるなって警告を発してる感じの色ですよね
ソテツは救荒植物といって、実や幹のデンプンを毒抜きして食べることがあるそう。毒抜きの工程は複雑で戦前には「ソテツ地獄」という多数の中毒者を出した飢饉もあった。Wikipediaが読み応えある。
林:おお、モサモサして野趣あふれる家ですね
小林:オリーブ植えてる、ああ、オリーブ植えそうな小洒落た家ですね。これがオリーブの葉っぱ
林:国旗とかになってるやつですか?
オリーブは国連の旗に使われていて、他にもキプロス共和国やエリトリア国(東アフリカ)に使われている。ちなみに月桂樹はメキシコら4カ国、ヤシはハイチ、ペルーら5カ国に使われている。へぇ~、だがこれは検索のへぇ。
久が原のアンダー・ザ・レインボー
小林:あっ! 私昔ここで露出魔を見たんですよ。雨上がりで、なんかまさにこういう感じで向こうから日があたって。そしたら後ろに見事な虹がかかっていたんですよ。
林:へぇ~(笑)こんな高級お屋敷街でも出るんですね
──虹を背負ってる変態が(笑)
小林:すごい覚えてます、逆光で、虹の。だから彼にとって見せたいところがよく見えないんですよね。神秘的な感じ。
小林:これがアカメガシワって言って、もっとここ赤いんですよ。擦ってみてください。もっともっと強く。そしたら赤い毛がね、とれてつるつるになるんですよ。この赤いので強すぎる日光とかから新芽を守ってるんです
林:でもとっちゃったじゃないですか…
小林:ゲラゲラ~(笑)赤い新芽の葉っぱって多くないですか? 街路樹とかでもありますよね。ああいうのはだいたい新芽を守ってるんですよ。いつか緑になるんですけど
赤い植え込み、あるある。あれは新芽を守っているのか。なんとなく「和」とか「雅」とか感じていたが車の「赤ちゃんが乗っています」くらいの意味だったのかもしれない
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