渋谷で有用な植物を求めて
今回案内してくれるのは「ハーブ王子」と著書に銘打たれてしまっている山下智道さん。『なんでもハーブ284』という煩悩を2周半くらい回った数のハーブを紹介した本が今度出るのだという。
大北「ハーブ王子のハーブの定義ってそもそもなんなんですか?」
山下「ハーブ王子、忘れてましたその呼び名(笑)。ただの植物野郎ですから。ハーブは役に立つ植物のこと、ほとんどの有用植物はそうですね。食べられる以外に防虫したり染料にしたりもあります」
植物に野郎がつくタイプの人を初めて見た。雨上がりの渋谷、ハチ公前広場で待ち合わせをした。渋谷を植物目線で歩いたことなんて一回もない。
山下「渋谷にも色々植物があって、もともとある在来種というより外来種が生えてきてるんだと思います。ブームからきている植物がけっこう多いんですよ。プランターから逃げちゃって野生化※してるんです。その辺りの時代の背景がわかりやすいんじゃないかなと思って今日は渋谷に来ました」
と言うなりハチ公から一番近い植え込みを覗きに行く山下さん。この植え込み意識して覗いたことないし覗きこんでいる人を見たこともない。
※逃げ出し種というやつで、植物図鑑の編集者と久が原を歩いたときに観葉植物のタマサンゴがその辺で増えちゃったときに教えてもらった
まずネコジャラシは食べられる
「これですね」とまず指したのはネコジャラシことエノコログサ。
山下「ヒエとかアワ(粟)ってありますよね。これはアワの原種なんですよ。エノコログサの大きいやつでオオエノコロというのがありまして、それの栽培型がアワ(粟)ですね。この実も雑穀米みたいに使えます。これ全部食べられますよ。ふりかけにできますし、茎も葉っぱもハーブティーにしたらおいしいですよ」
猫じゃらし食べれたのか! そんな視点で見たことなかったがしかもそれが渋谷のハチ公のそばで教えてもらってるのもすごい。この植え込みだけでもまだまだハーブ紹介は終わらない。
山下「カタバミですね。キムタクのレストランのドラマにチョコレート系のスイーツと相性がいいってことで出てきましたけど、サラダにするとおいしいですよ。レモンの味がします。シュウ酸が多いので量は気をつけて。八百屋に並んだりはしていませんね。よっぽど美味くて、生産として発芽率がいいやつとかは野菜に上がっていくと思うんですが」
野草と野菜のちがいは美味しさだけでなく栽培の効率のよさもあるのか、あ~、なるほど!
続いての植え込みからも3つ立て続けにハーブが。見つけるのがめちゃくちゃ速い。山下さんは見えてる世界がちがう。
ハチ公前はハーブだらけ
山下「これも食べれます。ヤブガラシ(ヤブカラシ)といってほんのりピリ辛なのでヤブのカラシ。根っこが薬用で烏瀲苺(うれんぼ)って生薬で解熱剤に使われたりとかですね。奈良県に森野旧薬園っていう古い薬草園(※江戸時代中期からある私設の植物園)があるんですけどそこにも納められた植物で歴史もあります。
こっちはくさいという意味でヘクソカズラ。これ種がいいんですよ、アルブチンという保湿にいい成分があって化粧水や軟膏にしたり。
これはヤブラン(藪蘭)っていってですね。風邪の引き始めに麦門冬っていう薬を飲むんですよ。あれの代用品で大葉麦門冬っていう生薬に使いますね。結構身近なものから薬って生まれているんですよね」
ヘクソカズラまでハーブだったのか…うちの保育園の先生がくさいくさいと嫌っていたがお肌の保湿にいいなんて。身近な植物から薬を作ってたんだろうと想像はつくが、未だにその薬がごろごろしているとは。
山下「松はすごいです。調べればいくらでも出てきますが脳梗塞の予防にも使いますね」
林「でかい病気が。脳梗塞治しちゃうんですね 」
山下「毛細血管の血流を良くしてくれるんですかね。黒松っぽいんですけど赤松が一番おいしいです。葉っぱをジューサーで青汁にして三ツ矢サイダーで割ったり、寒天にしたりするとおいしいですね。
ジントニックのジンも針葉樹(セイヨウネズ)の実が入ってるので。すっきり系の味になります。松かさができるじゃないですか。ロシアとかではあれもグリーンのときはジャムにするんですよ」
松のイメージが変わった。あれはジントニックみたいな味がするのか…!!
山下「これもいいですよクスノキ。タンスにゴンとかあるじゃないですか。衣替えするときに使うあれに使える。タンスにこの葉っぱを10枚くらい入れておくと虫食いにすごく強いんで。
ここにこういうゴマみたいなくぼみが二つありますよね。これがダニを飼育している部屋ですね。『ダニ部屋』といってダニを飼育して害虫からそのダニに守ってもらってる。生薬の樟脳の材料ですね。葉っぱを揉んでみてください。クスノキ科だからシナモンスティックみたいな香りしますよ」
大北「渋谷だけでもだいぶありますね…」
山下「まだいくらでもありますね。人が連れてきてるのか、こういう足の裏にくっついてくるタイプとか都会でしか見れないタイプもありますね」
すき間からどうやって生えているのか?
山下「あれなんかそうですよ。たんぽぽコーヒーで大ブレイクしたセイヨウタンポポ。最近野菜としても結構出てます。うまいですよ。春巻きにしたりしゃぶしゃぶにしてもうまいです。
これは種が風で飛んできたんだと思います。セイヨウタンポポはクローンで増えていくので圧倒的に多い」
山下「飛んできてこういうところに落ちて道路がめくれてきて紫外線にあたって発芽してくる。土はこれぐらい見えていれば十分です。おそらくこういうところに色んな種子があるんですけどシードバンクっていうんですね。たぶん相当な種があるはずです」
こういうすきまの下には種がめちゃくちゃあって、ちょっとでも顔を出すところがあれば生えてくる。ああ、そういうことだったのか~
山下「ここにへばりついているのが、セイタカアワダチソウですね、あっちがオオアレチノギクでその隣がヒメムカシヨモギですけど鉄道に多い植物たちです。鉄道で種が運ばれて。鉄道とともに発展していったので文明草(※)っていうんですけど。」
鉄道に多い植物なんてものがあるのか…!! もう知らないことばかりで私達の知恵袋がパンパンである。
※線路ができると開かれた場所で日当たりがよく背が高い草がぐんぐん伸びてヒメムカシヨモギが目立つ、なので「鉄道草」と呼ばれている、としているWEB記事もある
山下「…これだけでも10種類くらいあるんじゃないですか、隙間があってそこから生えてるんでしょうね。オニヤブソテツとかあのハルノノゲシですね。これはナムルにすると美味しいノゲシ。鮮やかな緑はウラジロチチコグサその上はオニタビラコですねギンゴケがいてここだけでも生態系を見ていくと結構面白いですけどね~」
線路沿いの壁を見て植物をすらすら言う山下さん。言われて見ると壁が標本の箱のようだ。しかも山下さん、同定するのがめちゃくちゃ速い。最近、植物図鑑を持って外を歩いたのだが花があってやっと何か探れるような…花もないのにこんな遠くから一瞬でバーっと植物を特定できるのは驚異的だ。
山下「そこにあるの美味しいです。多分ですけどコタネツケバナですね。美味いので最近薬味としても使われている"ていれぎ"といってオオバタネツケバナを使うんですけどピリ辛でおいしいです。生で食べてもらいたいですけどね」
大北「植物がこの辺に生えていて何割ぐらいが食べていいやつなんですか?」
山下「8~9割食べていいんですけど、おいしいのがやっぱり少ないんです。ほとんど毒がないけど、繊維が多いので噛んでも噛んでも口に残る。その中でも美味いのが山菜になったりします。」
林「食べられるものは生で食べるんですか?」
山下「やっぱり湯がかないといけないやつもありますね。アクが多かったり少なかったり」
大北「アクってそもそも何なんですか?」
山下「アクっていうのはタンニンとか(※植物が持つ水溶性成分の総称だそう)。ポリフェノールみたいなものですよね。渋いとか苦みとかですね。ただ、ごぼうもそうですけどアク抜きもしすぎると栄養価がどんどんなくなってしまうので。ほどほどにっていうのは難しいです」
山下「これなんかおいしいですよ、ツユクサ。おすすめですね。油絵するときの下書きでこれ使ったり、水溶性なんでこれで描いて水で流したりですね。草餅もいいですし葉っぱも花も全部食べやすいですね。鴨跖草(オウセキソウ)っていう生薬なんですね。」
山下「あそこにあれがあるの面白いですよ。ツルボ。あれは野生でしょう。里山とかに多いんですよ。ここでこれはちょっと嬉しいですよ! いやこの植物を見るには田んぼの脇とかもうちょっと外れた場所に行かないとですね、あれ球根で多年草なんですよね~」
渋谷でツルボが見られるなんて!と山下さんは盛り上がっていたのだが、そもそもツルボが知らなくて申し訳ない。多年草らしいので毎年10月あたりには渋谷の王将に寄ったついでにツルボの花を見に行ってください。
このあと見たのは新しくなった宮下公園の植え込み。宮下公園といってもほぼ商業施設なので植え込みもお金がかかってそうなものだ。
山下「この龍のひげとかは植えたやつですけど、これはキヅタの仲間、カタバミもいますしコニシキソウもいますね。こうしてる今も種が飛んでるんですよね。種が落ちてから芽が出てくるまでは早いと思いますよ」
渋谷に長芋とラズベリーが植わっている
山下「ここすごいですよ。いろいろあるので。これとか多分ね、ナガイモですね。あの長芋です。ヤマノイモとの違いはここがムラサキがかるんですよ。生薬だとサンヤクっていうんです。掘れば長芋出てきますよ」
林「飲み屋の向かいに山芋埋まってると思わないですよね!」
山下「なんか関連してそうですけどね(笑)」
山下「後ろにいっぱい生えてるのは美味しいキイチゴのクサイチゴ(和名)ですよね。キイチゴのなかでも結構うまいグループ。ジャパニーズフランボワーズ。ラズベリーのことをフランス語でフランボワーズって言いますね。あれ全部そうです」
林「ラズベリーって聞くと急にいいもののように思えてきますね」
大北「すごい、渋谷にしてもディーンアンドデルーカとかじゃなくてこんな荒れたところにラズベリーがあるんだ(笑)」
山下「イタドリですね。関節に効くグルコサミンってありますよね。あれの代わりとして最近イタドリエキスのサプリメントができてるんですよ。痛みをとるからイタドリ。シンプルですよね。
ルバーブと近いですけどこれも春先の出始めにジャムにするんですよ。あと北海道だとアイヌの文化でこれを釣り竿にするんですよ。これを割くと虫が入ってるのでそれを餌にして釣るんですよ。セットになってる」
釣りセットなのか。なんておもしろい植物なんだ、イタドリ…。
山下「オリヅルランですね。これなんかも植えてるやつが逃げ出してるやつですよね。これホタルブクロですね。オオアレチノギク。こんな場所だと大荒れ地ですからね。オリヅルランは強いですから、ほんと。あ、イヌワラビ。イヌワラビと言ってあのわらびじゃないんですけど軸がちょっと黒っぽいのが特徴ですね」
林「植物の名前に犬ってついてますけどなんでですか?」
山下「あれは色々説あるんですけど『劣る』っていう意味もあるみたいですね。本物よりちょっと劣ってると」
イヌってモドキみたいに使われてることもあるのか。
山下「しだれ柳とかもハーブですね。痛みを止めるアスピリンが生まれたのは柳からなんですよ。ほんとはセイヨウシロヤナギっていう柳があって。それをあのヒポクラテスです、医学の父が痛みに効くことを発見した。爪楊枝の楊枝って「やなぎ」って書きますけど、噛んで歯茎の痛みを止めるためにできた(※古代中国にて)んですね。痛みを取るとか鎮痛ですね、ヤナギおすすめですね僕の中では結構好き。乾燥させてお茶にするとすっきりした味になります」
渋谷駅から全然離れられていないが、ようやく宮下公園に進もうとしている。ここから先は真新しい施設だがその脇に山下さんは何かを発見した。
山下「野生だとこれなんかもそうですね。ノライチジク。あのいちじくですね。ボロボロですけど、多分。これ実生ですかね? 実生っていうのは種から発芽することで、もしかしたら誰かが食べたあとのものから。そういうトマトとかけっこう野菜はありますから。 頑張って生えてますよね。たまたま環境が合ってるんですかね。そのうち実がつくんじゃないかと思いますよ」
山下さんは3、4歳くらいから植物に興味を持ち、そこからずっとハマり続けているそうだ。「ただの植物野郎ですよ」というのもわかる。めちゃくちゃに詳しい…!!
そしてそんな山下さんとまだまだ渋谷でおもしろい植物を発見した記事は来週火曜公開!
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