自分の口はチャーハンにできない
チャーハンの口を作り出したい。しかしそういう意識があるのだとしたら自分の口では純粋なチャーハンの口にならないだろう。他人にチャーハンの口を作り出す必要がある。
デイリーポータルZのライターにトルー(北村真一)という心優しくユーモラスな男がいる。彼ならチャーハンの口にされても怒ったりはしないだろう。
口にさせる方法 予告チャーハン
トルーにはデイリーポータルZの記事としてチャーハンの試食をしてもらいたいとお願いをした。 とてもおいしいチャーハンであることも告げた。
トルーは「おいしいチャーハン」というもののイメージがないらしい。特別チャーハンが好きだという感じもない。わかる。私だってそうだ。
だが「明日うまいチャーハンを食う」この予定だけでも随分とチャーハンの口になったはずだ。さらに、ここからである。
口にさせる方法 チャーハンの写真をツイートしておく
トルーが見てない可能性もあるが、チャーハンの写真をツイートしておいた。「なにかチャーハンの準備をしてるんだな」と思うかもしれないし、ただ写真を見るだけでもサブリミナル効果のようなものがはたらくのではないか。
口にさせる方法 映像を見せる
最も「今日はチャーハンの口だ」になりやすいのは美味しそうな記事や映像を見たときではないか。なかでもおじさんが延々と食べ物を描写しているドラマ『孤独のグルメ』は効果が高そうだ。
孤独のグルメのチャーハン回を送り、当日までに見ておいてほしいとトルーに頼んだ。「こういうものが出てくるから」と言い添えて。もちろん全く出てこないのだが。
口にさせる方法 多方面からチャーハンの口にさせる
映像で意識は大きくチャーハンに傾いただろうから、今度は無意識なところを攻めておきたい。知り合いに頼んで多方面からチャーハンを意識させることにした。
まずはデイリーポータルの編集部から別企画としてチャーハンに関する企画を持ちかけてもらった。
つづいてライター仲間の江ノ島茂道にチャーハンのことを軽く話題にしてもらうことにした。
日をずらして同じくライター仲間の北向ハナウタさんにも。トルーが気づきはじめているので変化球でいってもらった。ハナウタさんは中華料理屋でトルーに似た人を見たとメッセージを送った。そしてその中華屋がチャーハンのうまい店なのだ。
口にさせる方法 チャーハンのことを考えて寝てもらう
多方面からチャーハンの話題にふれ、トルーの無意識の外堀をチャーハンで埋めていったわけだがこれを完全に埋めてもらうために「チャーハンのことを考えて寝てくれ」とお願いした。
最近知ったのだが、上から順に体の力を抜いて、湖のボートの上で青空を見上げることを想像するとよく寝られるらしい。青空の代わりに今回はチャーハンである。
ロックミュージシャンは孤独を抱いて眠り、トルーはチャーハンを抱いて眠るのだ。
トルーが一連のチャーハン攻勢になにがあったのかと不安がっているようだ。これは対戦型格闘ゲームでいうところの「ピヨっている」状態だろう。チャンスだ。防御のない今の隙にチャーハン連打だ、とばかりにチャーハンの写真とテキストを送っておいた。
これでチャーハンの夢でも見ればトルーの無意識の外堀と内堀までもチャーハンでみっちみちだろう。チャーハン大阪夏の陣はこのあと火蓋を切る。トルーはもはや城を出て徳川家康本陣※に向けて突撃するしかない。
(※この比喩がここで何を指すのかは思いつかないが)
口にさせる方法 当日腹ペコで来てもらう
いよいよ当日である。トルーには何もたべないで来てくれとお願いをしておいた。麦茶しか飲んでないらしい。えらい。チャーハンを楽しみにしてきたとも言っている。
ただし懸念もあるようだ。「江ノ島さんからチャーハンについて突然メッセージが来るし、さっきもハナウタさんからチャーハンの話題があって『世にも奇妙な物語』みたいな感じで…」と心配している。
トルーはもう内から外からチャーハンのことでいっぱいである。業務用チャーハン62kgが服着て歩いてるようなものだ。こんなにチャーハンな男を私は知らない。
口にさせる もう一度映像を見せる
「いよいよこれが出てくるからもう一度予習をしてくれ」ともう一度『孤独のグルメ』を見てもらった。これで完全にチャーハンの口になったろう。
口にさせる方法 容器を立派にする
トルーははたしてチャーハンの口になってるのか?
はたしてトルーはチャーハンの口になっているのか? それをたしかめるためにまずピラフを食べさせることにした。
日本の喫茶店文化としてのピラフはほぼ西洋チャーハンであるが、ピラフの本来は米を炒めてから炊いたものである。
今日はコンビニで売られている「高菜ピラフ」を食べてもらうことにした。辛子高菜やにんじんが入っていてチャーハンと呼ぶには少し独特だ。
もしトルーがチャーハンの口になっているのならピラフも補正がはたらいてチャーハンだと言うはずである。
成功! チャーハンの口はピラフをチャーハンと認識する
成功した。トルーはこれを「ネギみたいなのが入ったスタンダードなチャーハン」だという。ピリッと辛みを生かした高菜ピラフなのだが。
これがチャーハンの口の力か。私たちは一人の人間の口をチャーハン化することに成功した。
チキンライスもチャーハンになるのか?
つづいてはチキンライスである。ピラフからさらにチャーハンから遠くした。チャーハンの口はどこまでをチャーハンと認識するのだろうか??
チャーハンの口だとチキンライスもチャーハンになる
成功だ。トルーはカレー粉を入れたカレーチャーハンをよく作るらしくカレーチャーハンだと認識したようだ。
それにしてもケチャップを中心とした味付けをカレーチャーハンとして認識させるとは。このままだとトルーは洋食屋を見て「チャーハン屋さん」と認識するかもしれないし、ファミレスを見て「チャーレス」と言うかもしれない。
ダイナマイトを発明したノーベルもこんな感じだったのかもしれない。私はチャーハンの口の力に一抹の恐ろしさを覚えた。
炊き込みご飯もチャーハンの口で補正されるのか?
つづいては和食、ローソンの鶏ごぼうごはん、いわば炊き込みご飯である。これはかなりチャーハンから遠いだろう。油分から香辛料から全くちがうものである。
チャーハンの口は炊き込みご飯を乗り越えられず
残念ながら鶏ごぼうごはんは失敗に終わった。スパイス的な刺激が一切感じられなかったのと決定的だったのは食材のごぼうに気づいたことだったそうだ。
「ネギかなと思ったんですけど……厚いなって気づいて。ごぼうだ!と」
一瞬ネギかと思わせたチャーハンの口の力はえらかったがそれまでか。よくがんばってくれた。
ドリアはチャーハンと思うのか?
3つめの炊き込みご飯でチャーハンの口の限界は見えたのだが、一応その先としてドリアを用意した
ドリアはチャーハンの口であんかけチャーハンになる
トルーはドリアを「あんかけチャーハンの中までしみたやつ」と答えているのでこれも成功だと言える。
しかし「…チーズ?」という疑念と「3つめがチャーハンじゃなくて、4つめがまたチャーハンってあるのかな??」というシステム上の疑念が払拭できないのだという。完全に成功というわけでもなさそうだ。
それでもチャーハンの口の力の強さを思い知った。
目隠しをとって食べる
1つ目の高菜ピラフは見て食べても「こういうチャーハンあるんだ」と思うレベルらしい。そもそもがかなりチャーハンだ。
2つ目はチキンライス。「チャーハンじゃなか…!?」とトルーの言葉が止まった。見ながら食べると「やっぱりカレーじゃないですね。香りでカレーだと思ったんですけどね」と。
3つめの炊き込みご飯は圧倒的なやさしさを感じると。チャーハンの口になっていると炊き込みご飯は物足りなかったらしい。
4つめのドリア。あんかけチャーハンが一つはあるだろうと予想していたのでこれだと思ったそうだ。
ここで企画を説明する。チャーハンの口を人為的に起こすという企画であること、そして一連のチャーハンは全てこの企画のためなのだと。
「そうだったんですね……編集部からの推す飯の企画、コンビニ、コンビニ、と来てチャーハン!?と思って。冷凍食品って送ったのに返事がなくて……もしかして江ノ島さんも!? はあ~、ドッキリだ」
そう、今回ははからずもドッキリという形になってしまった。「ドッキリってあるんですね、デイリーポータル……」ふだんはないけど必要に応じてあるのだ。
振り返ってみてトルーはチャーハンの口になったのだろうか?
「……なーりましたね…なりましたけど、なんなんだろう?? っていうもう一個の口にもなりましたね」
小細工をやりすぎた。なんなんだという口まで開いてしまったのだ。
ドッキリで失う人間関係
チャーハンの口にさせることは可能だった。それはチキンライスをカレーチャーハンだと認識させるくらい強いものだった。
ただ被験者のトルーは呆然としている。「ドッキリを仕掛けられたショックで……」「人に嘘つかれたのって。けっこうショックですね……」とトルーは言う。私は大切ななにかを失ったのかもしれない。
ドッキリがそこにあるとき。一つの信頼が失われているのだ。テレビでやっているから、と安易にやるべきではないだろう。それを回避するためにはやらせしかない。やらせでドッキリさせなければ信頼を失うことはない。
こうして私はドッキリに対しての信頼まで失ってしまった。それでも得られたものがある。○○の口は人為的に起こせる。そしてその力はけっこうすごいということ。人類は進歩を遂げた。