標津番屋に集まる人達
9月とはいえ18時近くになるとあたりは真っ暗になってしまう。北海道の東の端なので当然といえば当然だ。そんな標津町の海沿いにあるキャンプ施設になにやら大人達が参集していた。
プライベート解剖講座&バーベキュー
昨年、チョウザメに腕をかまれるサケ博士こと市村館長によるサケの解剖講座を受講してものすごく面白かったが、なんせ解剖なのでビジュアル的にエグくて紹介しにくいなあと思っていたら副館長の西尾さんから提案があった。
「食いながらやりましょう」
それが具体的に解決策になるのかよくわからなかったが素敵ではないか、飲み食いしながら生物学。
こうしてサケの体の構造や機能なんかを学びながらめしを食おうという催しが敢行され、東京都民代表として乗り込んだのである。めざせ、すしざんまいを超える多幸感。
ビールやおにぎりなどもガンガン運び込まれて、もういいから食っちゃおうかという空気が立ち込めるなか、館長の講義が始まった。
サケは原始的な魚
「まずはサケというより魚の基礎知識なんですが、魚には背ビレ、胸ビレ、腹ビレ、尻ビレ、尾ビレと5つのヒレがあります。中には背ビレや腹ビレがない魚もいますが、それは原始的か、逆に進化している魚です。尻ビレの前には肛門があります」
「変わった形の魚でカレイなんかがいますけど、これもちゃんと5つのヒレがあり、尻ビレの前に肛門があります、って今日のはちっちゃいな……」
「ヒレを観察する時にひとつ面白い視点があって、ヒレの位置で魚の進化の度合いがおおよそですがわかるんです」
――へー、ヒレの位置で。
「魚は進化にしたがって胸ビレが上のほうに、腹ビレが前のほうにずれていく傾向があります。サケとサバを見比べてみましょう」
――腹ビレもがぜん前にありますね。サバのほうが進化した魚っていうことなんですね。
「はい。サケは原始的な部類の魚です。ただこの法則はあくまで傾向であって、すべての魚にあてはまるわけではありません」
――なるほど、水族館とかでそういう見方をしてみると面白いですね。
ポケモンは変態
「ちなみに進化といえばポケモンが流行っていますがあれは生物学的には進化とはいえません」
――え、なんでですか?
「進化というのは簡単にいうと、何世代にも渡って体の形や機能などが変化することなんです。ポケモンは同じ個体が短時間で姿形を変えていきますが、あれは進化より変態という方がふさわしいですね」
――なるほどー。でもピカチュウがライチュウに変態しましたってのもなあ……。
「ただ注意が必要なのはデジモンってあるでしょ、あれは進化でOKなんです。デジモンは生物じゃなくて機械だから」
――いいですよデジモンまで話広げなくて。
「あとサケ科の魚の特徴としてアブラビレというヒレがあります。具体的にどんな役割があるのかは不明でしたが、これがある事によって泳ぐ効率が何%かは向上しているという説もあります」
全身で味を感じる、我々もそうありたい
「人間のように魚にも臭覚や味覚などを感じる感覚器があります。まずは鼻ですが多くの魚の鼻はここにあります」
「このように前後に2つの穴が開いていて、中でつながっています。泳ぎながらこの穴を通り抜ける水のにおいを嗅いでいます」
「次に味覚です。人間の舌には味を感じる味蕾(みらい)という器官がありますが、魚の口の中にもあります。口以外ではヒゲについている魚もいて、それを使って触角と味覚で獲物を探しているものもいます。また、ナマズなどの中には身体中に味蕾がついているのもいます」
――身体中で味を感じる、なんだか艶かしい……。周りの味がわかるんですかね。僕らだったら「原宿あまいな~」とか「新橋にがいなー」とか。
「具体的な感覚は魚に聞いてみないとわからないですがそんな感じかもしれませんね、次はいよいよ体の中を見てみましょう」
内臓ざんまい
「内臓はだいたい食べられます。せっかくなので今回はシンプルな味付けでいきましょう」
「まず卵巣です。卵巣は左右2個あります。オスの精巣も2個ありますからこれは人間と同じですね」
――精巣というと白子ですね。
「白子も塩コショウで焼いておいしく食べられます。ちなみにこのオスは最近標津が売り出している船上活(かつ)じめのサケです。漁師が穫れたてをしめて血抜きをするので鮮度や色つやもよく、臭みもありません」
――あーそういえばポスターを見ました。
「活じめの白子は臭みが出にくいので生の冷凍刺身(ルイベ)で食べられます」
――前にサケ漁に行ったからなんとなくわかるんですが船上でしめるなんて忙しくてたくさんはできないですよね。
「はい。ぜひ味わってもらいたいと思って冷凍しておいたんですが家に忘れてきました」
――言わなきゃいいじゃないですか。
「肝臓は血抜きをして炒め物や汁物に使えます。ただ、サケの内臓にはアニーがいますね、アニーが」
――ブロードウェイの名作みたいに言わないでください。
「アニサキスは内臓に寄生していますが筋肉にもいることがあります。海にいる天然のサケ科魚類はほぼ感染しているので生食はいけないんですが、マイナス20度以下で24時間以上冷凍されれば死滅します。それがルイベですね」
「次は消化器官を取り出します。これが胃袋です」
――体のわりにずいぶん小さいですね……。
「成熟したサケは餌を食べなくなるので胃は小さくなり消化吸収機能も無くなっています。今から3ヶ月くらい前の、まだ餌を取っているサケの胃は私の指2本ほどの太さはあったはずです。オスよりもメスのほうが小さくなります。少しでもたくさんの卵を抱えるためなんでしょうね」
――胃袋にひだひだみたいなのがついていますが。
「幽門垂(ゆうもんすい)といって主に消化用の酵素を分泌したりする器官です。中に苦い液が入っているので中身を出してから炒めたりして食べます」
フォトジェニック輸尿管
「人間に腎臓は2つありますが多くの魚はひとつ、背中のほうにあって背わたとか血合いと呼ばれているところです」
「腎臓はご存知のとおりおしっこを作る器官です。中に通る白い筋を輸尿管といって、腎臓でできた尿はここを通って肛門の近くから排出されます」
「……。」
――どうしました?
「そういえばうち(科学館)に輸尿管のいい写真なかったな、西尾さん、撮影しておこうか」
「腎臓を塩辛にしたのが“めふん”という珍味です」
心臓は小さいのにパワフル
「はやくビールが飲みたいので内蔵ラストいきましょう。いよいよ心臓です」
――思いのほかコンパクトで作りもシンプルですね。
「はい、人間の心臓は2心房2心室ですが魚は1心房1心室です。静脈血は心房から心室を通り、エラでガス交換をして全身に運ばれます。ずっと動いている筋肉なので硬くて力強いです。この辺りでは串刺しにして焼いて食べます」
――心臓っていう事は1匹から1個しか取れないわけですよね、かなり貴重な部位なのでは?
「北海道の外にがんがん流通するわけではないのでシーズンになればわりと簡単に手に入ります」
「エラを見てみましょう。赤いところがガス交換をするところです。内側にあるトゲトゲは何かというと鰓耙(さいは)といって食べ物をこし取るところです」
「泳いでいる時に口から入った水はエラから抜けて行きます。その時にこの鰓耙(さいは)に引っ掛けて餌を取るわけです」
「この間隔だと微細なプランクトンなどは通り抜けてしまいますから食べることができませんね。つまり鰓耙の細かさで食べるエサの大きさがおおよそわかるんです」
サケが白身に戻る時
いよいよサケの主食部分を見てみよう。
「サケは赤身の魚と思われがちですが、れっきとした白身魚です。身が赤いのはエサにふくまれるアスタキサンチンという色素による、というのはもう結構有名ですが、実際に切り身を見るとよくわかります。ではいきましょう、まっぷたつ切り」
――え?何が始まるんですか?
「サケの身を赤くしているアスタキサンチンは成熟と共に体表や卵に移動したり代謝に使われたりして筋肉から失われていきます。なので川に遡上している成熟したサケは見た目も白身になります」
「これも食べ比べてみましょう」
我々がよく食べる塩鮭より塩辛さは薄いがしっかりしたサケ本来の肉の風味と脂ののりを感じられる。対して成熟後の(ブナと呼ばれる)方はどうだろう。
こちらはやや臭みがあるのとなんというかパサパサして、やはりエネルギー感がない。正直、無理して食べんでもという感じだ。
「脂の含有量は成熟後が約1%で成熟前の赤い方でも5%ほどと思いのほか差がないんですが成熟後のほうは水分量が多くなるのでパサパサ感が強調されるのでしょう。生での焼き魚ではなく、干したり塩蔵したりするのが多いです」
他の鉄板では半身のサケがオフィーリアのように寝かされていた。北海道の代表的な郷土料理、ちゃんちゃん焼きである。
「サケの頭の部分は煮込みにすればほぼ全て食べられます」
「この煮込みを食べる時に私はよく学生に耳石(じせき)を探させます。耳石とは我々でいうところの耳で聴覚や平衡感覚を司る器官です」
――かなり小さいですね。
「はい、ですがここには魚の成長と共に木の年輪のような細かい線(日輪)が刻まれていきます。含有されたストロンチウムの濃度で海に行ったタイミングが推測できたり、年齢がわかったりと、ここで得られる情報はかなり多いんです」
「捨てるところのない魚」と言われているサケはほんとうに捨てるところがなかった。
「サケの器官は我々人間とは形状や機能が随分異なっていますがなんとなく我々はここから進化してきたんだなという事が感じていただけたかなと思います。ただこれだけ長い間関わってきてもまだまだサケはわからない事だらけです。まあ、ビールを飲みましょう」
まとめ
講座に参加していた羅臼町出身の商工観光課の朝倉さんは「標津の人は同じ北海道に住む人から見ても特にサケを大事に、その全てをいただいている印象があります」と言う。
9月には町内の各家庭にサケが1匹無料配布されるサケの町、標津を訪れた際には静かな街並みに垣間見えるハイテンションなサケ愛を堪能してほしい。
取材協力:標津サーモン科学館
北海道標津郡標津町北1条西6丁目1番1ー1号
※12月~1月は冬期閉館
TEL 0153-82-1141
http://www.s-salmon.com
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