下北沢の変な店
東京は下北沢、再開発の仮囲いに追い立てられるように小田急線の駅を出てごちゃごちゃした路地を行く。
いやここはよほどのことがないと入っていかないでしょうという袋小路のどんづまりに小さな店がある。
PRANKとは「いたずら」という意味。タイの雑貨を中心にオリジナルデザインのTシャツや帽子、はたまた古レコードなど自由奔放な品揃えで「何の店」と一言では言い表せない奥行きを持っている。
「いや、正直自分でもよくわかんないんですよね」
店主すら説明を放棄している。
10月、このカオス味あふれる店で店主の弟が物売りを始めた。
小説家、太田靖久と私
太田靖久(おおたやすひさ)小説家。
私とは高校のサッカー部で出会って以来、パスの他になんかいろいろ交換してきた友人である。
文化祭でオバQとハットリ君とドラえもんが旅をしながら発狂してゆくというわけがわからない劇を演出し、学校中に爆笑と賛否を巻き起こしたかと思えば卒業生代表として創立以来最高と評された答辞(1994年当時)を読み会場を感涙であふれさせたり(ただし本人は浪人)、有り余る想像力と巧みな嘘で周囲を引き込んだり狼狽させたりする高校生活を送っていた。
高校を卒業し、まあ今後お互いどういう道へ進もうがなんだかんだ一番難しいのは生きる事だから生存確認でもしていこうかと、年が明けた瞬間の0時に実家の電話で「最近どうよ」みたいな話をだらだらとする文通ならぬ「電通」をもう24年も続けている。はじめて15年くらいはこの「電通」を盛り上げるためにあえて会わないようにしていた。今思うと何をそんなにストイックになっていたのか。ほほえましいを超えて変態的だ。
大学を卒業すると太田は毎年のように職を転々とし、電話口で私をやきもきさせていたが結局その妄想スキルを小説執筆という、言われてみれば向いてるじゃねえかというベクトルに暴走させ、若くして才能を認められながらも沈降したり紆余曲折を経て2010年、「ののの」で新潮新人賞を獲得、プロの小説家としてデビューした。
次作「お神さん」は「死後の労働(死体での)と引き換えに生前のベーシックインカムが保障される」というぶっとんだ設定。ベーシックインカム好きのサラリーマンとしては「そんな不穏なベーシックインカムはいやだ」と声を大にして主張したい。
小説家の「たねねた」本とは?
彼が始めたのが「ブックマート川太郎」
しかしただの本屋ではなさそうなので本人に聞いてみよう。
「ただの古本ではなくて、街の古本屋などで目に止まった本から僕が物語を創作する『ネタの種』がセットになった『たねねた本』です。ネタにしどころの『解説』と、それをネタにした物語、つまり『創作』が書かれた帯がついています」
――なるほど、小説家のネタの活かし方みたいなものが垣間見える仕かけなんだな。しかしラインナップのつかみどころのなさがすごいね。なんか選定の基準はあるの?
「ざっくり言えば『多様性』かな。あえて自分の興味関心から遠いものを集める。そこからキャラクターや話を発想する事で、作品の中に他者性というか違った色をつけていく。今回は1冊につき短い文章を書いているけど、他に大きな話を作っていて『ここにちょっと異物がほしいな』っていう時にこういう本からヒントを得たりもする」
――小説とかは無いんだな。
「そうだね、書き手の主観がメインになっているようなものはなるべく選ばない」
――それにしてもTシャツまで作ったのか......。
「キャラクターとグッズは兄にデザインしてもらったんだよ」
――ちなみにいくら?
「4800円」
――思いのほか高いな!
ゲバラで元気出せ
――少し掘り下げてみよう。さっきから眼が合ってしょうがない本があるんだけど。
「これはいいでしょ、ゲバラで『元気が出る』だからね」
――まあ、基本的に元気がないと革命とかできないしな。
「こういうのはパッと見ただけでどんどん物語の要素が出てくるよね。ゲバラの言葉に心酔して部下に訓示するモーレツな管理職とか」
――あーなるほど、そういうキャラ設定ができて、創作がこれと。
――わはは、元気あるの課長だけじゃないか。
「そうそう、パワハラ問題とかがあるけど今の気分としてゲバラで周囲を鼓舞しようとしてもついてこない。そんな中でもゲバラに心酔する元気な坂下課長は魅力的なキャラクターになりそうな気がする」
――次の朝礼でも課長はまたゲバラ訓示をたれるんだろうな。
「ムロン」がじわじわきた
――これはどうなんだろう、「テーブルマナー・ブック」あ、でも食事シーンとかだからやりやすいのかな。
「と、思ったんだけどいざ創作してみたら意外に苦戦したんだよね。さっきのゲバラがするする出た例だとするとこれは逆だったかな」
「なんというかひっかかるものが無くて結構熟読したんだけど、そしたらあるワードにグッときた」
――ムロン・オ・ポルト?なんだそれは
「僕もはじめて知ったんだけど、見た目のインパクトとかよりもこの『ムロン』ってさあ、『メロン』でしょ?フランス語なんだろうけどなんとなくそこにグッと反応して」
――そこか!でもムロンがなんかじわじわくるのはわかる。あとこの仕様でポルト酒苦手って窮地すぎるだろう。
創作から逆読みしてもおもしろい。「結婚式のうた」より。
――ショートショートぽくて好きな話だけどまさかこの本に「こんにちは赤ちゃん」が載ってるわけではないよね。
「いや、載ってるんだよ」
「まあ、お子様に恵まれますようにという意味もあるのかもしれないけど驚くよね、これも瞬時に物語が浮かんだ」
たねねた本に欠落していたもの
世の中に転がっているなにげない知見から短く、シンプルに創作を生み出す「たねねた」はまさにアイディアの源流と言えるかもしれない。
また、こんな距離感で純文学作家と密にコミュニケーションを取れるので文芸好きはもとより文筆業を志す人にとってもなかなか貴重なマートなのではないか。
「いつかこれを手に入れた誰かがこの話の続きを作ったりしたら面白いと思う。自分が『たねねた』にしている以上、自分のもそうなる可能性が当然あるわけで」
――そうか、そんな誰かが続きのアイディアを持って太田のところに来たりして、とか思ってよく見たら帯のどこにも「太田靖久」という署名がないんだが……。
「確かに……。忘れてた。まあ、あまり情報量が多くてもあれだから」
――いやいや名前はどう考えても必須の情報だろ。このままだと本屋さんの不思議な帯じゃないか。
「ブックマート川太郎」はPRANK店内の他、11月3日(土)に東京都三鷹市で行われる「図書館フェスタ」の一箱古本市に出店予定だ。当然太田もそこにいるので彼の世界を存分に堪能してもらいたい。