プールにいたマツモムシ(コマツモムシ)をハイスピード撮影したら動きが一発ギャグみたいでよかった。
■ 取材協力:杉並区立 和田小学校
東京は杉並区の閑静な住宅街にある小学校のプールには8,000匹を超えるヤゴがひそんでいた。子供も大人も大狂乱、初夏のヤゴフェスに参加した。
ヘボコンからのヤゴ
6月はじめ、編集部の石川さんに「小学校のプールで繁殖したヤゴを捕獲する授業に参加しませんか」と誘われ、東京都杉並区立和田小学校へと向かった。
石川さんは今やグローバルに広がるローテク賛歌工作イベント「ヘボコン」の産みの親として有名だが、そのヘボコンを授業に取り入れた校長先生のお誘いで「ヤゴ救出大作戦」に参加できることとなったのだ。
学校に着くとプールはすでにある程度水が抜かれ、底にはオフシーズンの間にたまった泥が見える。3年生の生徒たちがプールサイドで待機し、いまかいまかと開始を待っていた。
ところでヤゴとは
この時期になるとプール開きを前に各地の小学校でプールに住み着いたヤゴを救出する「ヤゴ救出大作戦」が報じられるがそもそもヤゴとはなんなのか。
ヤゴとはトンボの幼虫の事で、オスとメスのアバンチュールを経て水辺に産み落とされた卵からふ化すると、水中で脱皮を繰り返して成長し、陸に上がってトンボになる(羽化)のだ。
夏が終わって使われなくなったプールにトンボが卵を産み、その中で育った大量のヤゴ達をプール清掃の前にみんなで救いだそう、というわけだ。
瞬く間にヤゴまみれ
杉並区では学校支援本部という、各小学校の教育活動をサポートするボランティア組織が設置されており、今回のヤゴ救出作戦は学校支援本部の主催で行われる。
合図とともにまず大人がプールに入り安全を確保、続いて生徒達がプールに入り、網を使って泥を一心不乱にすくいあげる。
立ち会った父兄の方も「私もヤゴってはじめて見たんですけどこれがトンボになるんですねえ……」とイメージとのギャップに驚いていた。
何トンボか見分けよう
プールのそこここでヤゴががんがん水揚げされている。こうしてはいられないとベーリング海で一攫千金を狙う漁師のように私もプールへ降り立った。
トンボはなんかもう地球上でベストオブ飛行体なんじゃないのってくらいに巧みに空を飛び回るが、幼虫のヤゴもかなり機動力が高い。尻から水をジェット噴射のように吹き出して高速で水中を移動できる。
すごく撮り方がへただがハイスピード動画でどうぞ。
今回はさらに強力なヤゴ観察アイテムを持ってきた。
ヤゴは見ての通り地味で、姿形も似通っているものが多く私のような素人の知見では種の同定は困難を極める。
これさえあればこのヤゴが何トンボなのかたちまち特定して子供達から「おじさん、知識人だね、教養人だね」「きっと高額納税者なんだね」などと尊敬を一身に集めることができるのだ。
はりきってはみたものの種レベルの見分けとなると「腹部の後半にあるトゲの長さ」とか寝ぐせレベルの微妙なポイントを判定しなければならない。しかし現場では授業の取材をしながら拡大した写真でじっくり見きわめることはできない。
「わからんな、これは……」
途方に暮れていると一人の生徒がヤゴを持ってきた。
「これ何トンボのヤゴかわかる?」
「そ、そうだねこれは…ヤンマやイトトンボ以外の、いわゆるトンボ(なにが)だね……ウスバキトンボか、コノシメトンボか…それ以外かもしれない」
結局トンボとしか言ってないがおっさんの博識は伝わっただろうか。彼はこの後もヤゴを持ってきてくれたがそのたびに様々な表現で遠回しになんらかのトンボと言い続けた。
ヤゴ以外もいる
私が尊敬を得ることができずにいる一方で、石川さんは「ヒカキンに似てる!」とまじリスペクトされていた。なんだよそれ、トンボ関係ねえじゃん。
そんな石川さんが「こんなの見つけたんですけどなんですかね」とヤゴとは違う虫を持って来た。
これはミズムシ(たぶんコミズムシ)といってタガメやマツモムシなどと同じ水生カメムシの仲間である。小魚やカエルを捕らえて食べる他の水生カメムシと違い、藻などを食べるおとなしい虫だ。
「おお、ミズムシもいましたか。せっかくだからケースに入れてみましょう、泳ぎ方もかわいいですよ」
「まじですか、見たい見たい」
と無邪気にケースに投入した瞬間……
一匹のヤゴが飛びかかり、ミズムシをあの大きなアゴでがっちり捕らえてしまった。
むしゃむしゃしてる動画もどうぞ
ミズムシには悪い事をした。こんなになってから言うのも何だがこの虫はあのじゅくじゅくして嫌な水虫とは無関係だ。
それにしてもヤゴの身体能力の高さよ、いちいちトンボになる必要があるのだろうか。モスラだって幼虫の時にゴジラに勝ってたぞ。
いったい何匹救ったのか
こうして生徒達に救出されまくったヤゴの数が集計され、発表された。
「今日救出されたヤゴの数はなんと、8,880匹でした!」
沸き上がる歓声、拍手
「学校やお家で、このヤゴ達をきちんと育ててトンボにすればまた秋になってこのプールに卵を産んでくれるかもしれません、大事に飼ってあげてください」という長澤さんの言葉で授業は終了。この後、ヤゴの配布会が行われ、ヤゴは生徒達にもらわれていった。
ヤゴ救出をシンゴジラのヤシオリ作戦のごとく巧みに陣頭指揮していた長澤さんにすこし話を聞いた。
「ヤゴ救出大作戦は杉並区では20校ほどが実施していて、毎年ヤゴ数の統計を環境ネットワークのサイトで発表しています。もう20年近くやっていますね」
--最近の取り組みかと思ってましたがそんなに長くやっているんですね。学校によって捕れるヤゴの数は違うんですか?
「数だけではなく種類も違います。この和田小はほぼアカトンボやアカネでしたが、ヤンマが多いところもある。ヤンマは卵を水面ではなく水草の葉っぱや茎に産むのでプールに水草を入れてそういう環境を作ったりもしています」
--今日は8,880匹のヤゴが確認されましたがヤゴはこの後どうなるんですか?
「学校の教室でトンボになるまで飼育したり、希望する生徒に配って家で飼ってもらいます。残りはビオトープに入れたりあとは学校で育てているバケツ稲に入れると茎を登って羽化したりするんでそういうところに配布したりします」
この夏も泥から拾ってきたエイリアンがぱっくり割れて優雅なトンボが出て来る様を目撃してたくさんの親子が目を丸くするのだろう。
授業に招待してくれた山岸校長は言う。
「このヤゴ救出作戦はカリキュラム的には理科になるんですけれども、泥に網を突っ込んでお宝を探すっていうのはもうなんていうか、ロマンですよね。子供だろうが大人だろうがね」
その言葉に赤べこのようにうなずいた。この日、プールに降りた子供も、大人も、心の中にそれぞれのベーリング海が広がっていたに違いない。
プールにいたマツモムシ(コマツモムシ)をハイスピード撮影したら動きが一発ギャグみたいでよかった。
■ 取材協力:杉並区立 和田小学校
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