特集 2020年6月3日

真っ黒すぎる塗料で脳がバグる

なにかシークレットなものを手に乗せてるように見えるかもだが、単に黒いだけなのだ。

文房具ライターという仕事をやっていると、「黒さ」にちょっと敏感になる。

例えばボールペンの黒はどれも同じように見えて、実は油性インクの赤黒いのとか、フリクションのグレー気味な黒とか、ほんといろいろ。で、どれが結局いちばん黒いんだ的な話になることもあって、黒さを気にする機会が多いのだ。

そんな中、ポールペンじゃないが「やたらと黒い塗料」が発売されるという話を耳にした。どれぐらい黒いのか、気になるじゃないか。

1973年京都生まれ。色物文具愛好家、文具ライター。小学生の頃、勉強も運動も見た目も普通の人間がクラスでちやほやされるにはどうすれば良いかを考え抜いた結果「面白い文具を自慢する」という結論に辿り着き、そのまま今に至る。(動画インタビュー)

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> 個人サイト イロブン Twitter:tech_k

黒い塗料業界、わりと混沌

実はこの黒い塗料というジャンル、以前からなにかと面白いのだ。

まず、ちょっと前まで「世界でもっとも黒い」とされていた「ベンタブラック」という塗料がある。これは光の吸収率が99.965%という異常なやつで、グシャグシャのアルミホイルに塗ったら真っ平らな黒い板に見えるほどに黒い。ほぼ光を反射しない、ブラックホールみたいな感じ。

それぐらいすごいベンタブラックなんだけど、2016年に彫刻家アニッシュ・カプーア氏が開発元からアート部門での独占使用権を購入。カプーア氏以外のアーティストは作品にベンタブラック使っちゃダメよ、ということになってしまった。

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アルミホイルに塗布されたベンタブラック(Wikipediaより)。ホイルのシワがいっさい見えないのが怖い。

そんなのズルいぞ!と怒ったのが、英国人アーティストのスチュアート・センプル氏。

彼はすぐさま独自の超黒い塗料「Black 2.0」を発売(後にBlack 3.0も作った)したんだけど、これは「誰でも自由に使っていいけど、カプーアだけは使用不可」という但し書きがついている。

まぁ子供のケンカみたいな感じなんだけど、芸術分野ではそれぐらい黒さにこだわってる人がいる、という話だろう。

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Black 2.0をそこらにあったプラのフックに塗ってみた。うーん…黒いっちゃ黒いけど、ベンタブラック見たあとだと「そんなもん?」としか。

実は僕も発売当時におもしろがってセンプル氏のBlack 2.0をイギリスから取り寄せてみたんだけど…なんか、正直、そんなに黒くない。普通に凹凸もくっきり見えちゃうし。

比べてみても、あきらかにベンタ圧勝って感じ(光の吸収率は95%)で、かなりガッカリしたのである。

カプーア氏じゃなくても使える黒の本命、ついに登場!

なんだけど、今年になって、カプーアもセンプルも関係ないところですっごい黒の塗料が出る、という話があった。←冒頭で耳にしたという話はこれ。

それが「黒色無双」というやつ。以前に弊サイトでべつやくさんが「世界一黒い車」という記事で取材されていた、光陽オリエントジャパンが発売したものだ。

あのときの黒い車は黒いシートを貼って作っていたけど、これは塗るだけで片っ端から真っ黒にできる水性アクリル塗料である。

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俺より黒いヤツいないぞ、という意気込みを感じる名前の「黒色無双」。人気過ぎて初期ロットは買えず、二次販売に滑り込みで間に合った。

光の吸収率は99.2%(エアブラシで塗装した場合)。かなりベンタブラックの数値に近づいているんだけど、でもそんな数値で言われてもピンとこないだろう。

なので、さっそくプシューッとピンポン球を塗ってみた。

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ついでに、前からわりと気になってた充電式の一体型エアブラシも購入した。うーん、これラクでいいな。

メーカーサイトには「エアブラシで塗る場合は30〜50%ぐらいに希釈して、2度塗り3度塗りする」とあったので、ひとまず50%希釈で3度塗りしてみよう。

で、できあがった真っ黒なピンポン球がこちら。

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これがピンポン球。わー、もう笑えるレベルで黒いわー。
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ここまでカリッカリに明るく加工すると、かろうじて「あ、球体だったな」と分かる。

おおおおお!黒い!
球体の陰影とか生ぬるい話抜きで、ただ単にベタッと黒い円にしか見えない。画像に穴空いてんじゃねえのかと思うレベル。もちろんPhotoshopで加工なんかしてないのに、これだ。

日常的にここまで黒いものを見たことがないので、ほんとに脳が軽くバグったかと思うほどである。

 

ただ、ものすごく黒いだけに、ちょっと使いづらいところもある。

まず、やたらとエアブラシが詰まるのだ。

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10分ほど吹いていると詰まりだして、飛沫が飛び散るように。

「黒色無双」は塗った部分が粉状の塗膜になって、それが光を吸収して黒く見える、という仕組み。

どうもその粉がエアブラシの中で詰まってくるっぽいのだ。なので、しばらく機嫌良くプシューッと霧状に塗料が出てるなー、と油断していたら、あっという間にプシッ…プシッと咳き込むようになり、最終的に詰まって出なくなる。

塗装中はこまめに洗浄せねばならず、それがやたらと手間なのだ。(そもそも50%だと濃かったのかも)

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200倍の顕微鏡で塗膜を見たところ。粒子がいっぱいでかなりデコボコしている。

あともうひとつ、塗膜がヤワすぎて簡単に剥げる。

塗ったところを手で触れるだけで、表面の粉層が取れてテカってしまうのだ。あと、硬いモノにぶつけたら簡単に傷が付いて剥げるし。

なかなか扱いが難しい塗料なのである。

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立体感、完全にバグる

とはいえ、まさかここまで黒く仕上がるとは…予想以上に面白いぞ。

あまりに面白いので、他にもいろいろと塗って黒くしてみよう。

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ダイソーで買ってきたキティちゃんの彼氏ことダニエルくん人形。きみ、夏に向けてちょっと日焼けしてみるか。
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わざわざ日サロなんか行かなくても、黒色無双さえあれば大丈夫。
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ほら、メリハリのないパーフェクト真っ黒ボディのできあがり。

うーん、黒い。

これだと、「このあと、話題のあの人が登場!」でCMまたぎする時に画面に映るシルエット的なヤツにしか見えない。もしくは著作権的にマズくて黒塗りにされたか、どっちかだ。

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ものすごくハイキーにすると「あ、耳とか鼻そんなふうになってたんだ」って分かる。

ヤバい。黒くなるだけでなんでこんなにテンション上がるんだ、ってぐらいに面白い。

たぶん分別のない子どもにこの塗料を持たせたら、あっという間に家の中のモノ全部真っ黒に塗られてしまうと思う。

なんせ、普段は無意識に立体感として認識している「モノの陰影」がほぼゼロになるのだ。

そんなの常識で考えればありえない話で、だからこそ脳がバグった感じになるし、その認知のズレが面白さに変換されている、ということなのかもしれない。

 

例えば、以前に工作した残りの木片があったので塗ってみたんだけど、これどうだろうか。

パッと見、なかなかに混乱するはずだ

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普通に写真撮っただけなのに、自動的に錯視図形っぽくなってる。

同じ木材の立方体なのに、黒い方は立体じゃなくてズレた六角形に見えるのではないか。

普通の木片とセットで見ることで、ようやく「あ、立方体をナナメから撮ったのか」と把握できる感じ。陰影がないと、ここまで立体認識というのは狂ってしまうのだ。

 

いや、そんなややこしいこと抜きで「うわー、まっくろー、おもしろーい」でいいんだけど。

ジャニーズが写ってる雑誌の表紙を黒い塗料で再現する

ほんと、ややこしいこと抜きで黒くなるだけで面白いんだけど、さらになにか黒くして面白くなるようなことってないだろうか?

思いついたのは、アレだ。雑誌の電子版にジャニーズの人が写ってるやつ。

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真っ黒になってるイメージが強かったけど、改めていま検索したらグレーが多いな。まぁいいや。

ご存知の通りジャニーズの人は画像がネット掲載禁止(現在はケースによってはOK)なので、雑誌の電子版は表紙がこんなことになってしまうのだ。

ジャニーズの方針はまぁ「あー、そうなんですね」と思うだけなんだけど、それよりも人のカタチに黒塗りされてるビジュアルはかなり面白い。

そして「黒色無双」を使えば、あの感じをリアルで再現できるんじゃないだろうか。

もちろん人間にダイレクトに塗装はできないので、人形に塗るんだけど。

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ポージング人形を分解して、プシューと塗装。
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それを組み立て直すと、黒塗りの人のできあがり。

さっきから同じことばっかり言ってるけど、すごく黒い。なんかこう、「よし、すごく黒いな!」という満足感のある黒さである。

満足感のある黒さ、という表現が存在するのかどうかも分かんないけど。

 

そして、肌色の人形(ジャニーズじゃない人を表現してます)と見比べると、平板さが際だって感じられる。

ちょっと影の映り込みが出てしまったので、完全な平面っぽさは出なかったけど、それでもかなり黒塗りっぽいぞ。

で、これを表紙風にすると…

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雑誌「デイリーポータルZ」完成。表紙にジャニーズの人が写ってるというテイでご覧ください。

うん、あの黒塗りの異様な感じ、わりと出たんじゃないだろうか。

本当ならもっとポーズをキメていろいろと撮りたかったんだけど、残念ながら人形の関節部分の隙間までみっちりと塗装してしまったので、固まって動かせないのである。無理に動かすと塗装が剥げるし。

そこだけちょっと惜しかったなー。

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もうひとつやってみたかった、瞬間芸「影」

とりあえず、真っ黒にするのがとても楽しいことは理解してもらえただろう。間違いなく、黒く塗るのはホビーとして立派なポテンシャルがある。

そりゃ、カプーアとセンプルも、こんな楽しいのの取り合いならケンカもするわなー、って感じだ。

とりあえず「黒色無双」は普通に誰でも帰るので、みんなも買って暇つぶしにいろいろと黒くするといいと思うよ。


ところで冒頭でボールペンのインクの黒さについてちょっと話をしたんだけど、実はボールペン業界もいま「黒さ」が勝負どころになってたりするのだ。

これまでは、ぺんてるの「エナージェル」がとにかく黒いということで人気だったんだけど、最近発売された三菱鉛筆の「ユニボール ワン」は、それよりさらに黒い。ぶっちゃけ、ボールペン史上で最も黒いインクなんじゃないかと言われているほどだ。

しかも「黒色無双」と同様に光の反射が極端に少ないので、ナナメから見ても筆跡がテカらない黒さなのである。

「最新の黒い塗料は面白そうだけど、でも塗装するのは面倒だなー」と思った人は、まずボールペンのすごい黒から体験してみるのもいいんじゃないだろうか。オススメ。

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ボールペン業界の真っ黒代表、ユニボールワン。
黒色無双 100ml
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