後日、カプラのメーカーに問い合わせたところ(試した日は営業時間外だったのだ)、4ページくらいのマニュアルが送られてきた。それによると、パルス回線の場合、手動でダイヤルしないといけなかったらしい。ビジネスフォンで試した時は、トーン回線だったのでオートダイヤル機能が働いてうまくいったのだ。なので、手動接続でやれば黒電話を介してインターネットにつなぐことは出来るのです。
なんだ、そうだったのか。
理由が分かってすっきりしたけど、最初からマニュアルが欲しかったよ。
僕が子供の頃、家の電話は黒電話だった。多分、どこの家も黒電話だったはずだ。ジーコ、ジーコとダイヤルを回す黒電話。今はほとんど使われていないと思う。
そんな黒電話を介してインターネットにつなげて見ようと考えた。昔の道具だって使い方次第では現代の機能に近づけるはずだ。
※2006年9月に掲載された記事を、AIにより画像を拡大して加筆修正のうえ再掲載しました。
今から10年近く前、当時勤めていた会社の社員旅行で香港に行った。忙しい時期だったので現地でも仕事をする羽目になってしまい、全く迷惑な社員旅行だ、などとぼやきながら、とりあえずネットにつなごうとした。
しかし、当時はインターネットの黎明期である。ホテルにネット環境なんてない。電話線はジャック接続ではなく、壁から直接出ていてモデムを電話回線に直接接続出来ない。
「無理ですよ。あきらめて観光しましょう」
と一緒に仕事をしていた先輩に提案してみたが、先輩はあきらめず、カバンから受話器みたいな器具を取り出した。音響カプラである。音響カプラを電話機の受話器に密着させ、受話器のスピーカーとマイクを介してネットに接続するというのだ。そんなスパイみたいな事出来るのか?
やっぱりうまく行かず結局仕事をあきらめる。そうなる事を見込んで、先輩が音響カプラでネットにつなぐところを見ていた。
しばらく試行錯誤を繰り返した後、ピーガーガガガーピーと音がした。本当につながってしまったのだ。やっぱり仕事かとがっかりした反面、音響カプラの力には素直に感動した。カプラ、凄い。
前置きが長くなってしまった。
今回はそんな音響カプラを使って、黒電話からインターネットにつなげてみようという企画である。
音響カプラを初めて目にしてから10年が経ち、ネット環境はドラスティックに変化した。当時の音響カプラの通信速度は5Kbps程度。昨今のブロードバンドは1秒に100MBなので、約20,000倍速くなった計算だ。
20,000倍! お金に換算すると10年間で1円が2万円になった訳だ。0金利時代の今日では考えられない数字である。
それほど環境が変わった訳なので、音響カプラなんて手に入らないかもしれない。おっかなびっくりネットで検索をかけると、取り扱っているお店が結構あった。
事務所から一番近い、新宿御苑の「デバイスネット」という会社でカプラを購入した。「テレカプラー2プラス」という音響カプラで、最速28.8Kbpsの通信速度を保証している。ヨーロッパの古い街に出張で行く人や、中近東諸国で取材する記者の方などは今でも音響カプラをメインの通信手段として使用しているという。
事務所に戻り、早速ビジネスフォンで音響カプラを試してみる事にした。
まずはノートパソコンの設定をいじる。ネットワーク接続から「新しい接続」を作成し、アナログ回線用の電話番号を設定する。僕はニフティさんの会員なので、ニフティさんのアクセスポイントを利用する。
かつては全国に沢山あったアナログ回線用のアクセスポイントであるが、今は全国共通の番号1つだけになっていた。その1つだけの電話番号だってほとんど使われていないかもしれない。
アクセスポイントの設定が済んだら、次はモデムの種類と速度を指定してパソコン側の設定は終了だ。
音響カプラをパソコンのモデム口につなぎ、ビジネスフォンの受話器と音響カプラをマジックテープで密着させて準備完了である。いよいよ、10年ぶりに音響カプラでネットにつないでみる。
電話機の外線ボタンを押し、モデムの「接続」ボタンをクリックするとすぐ「ピポパポ」と電話をかける音がした。電話をかけ終わると、ピーガーガガガーピー!とサーバーと交信する音が聞こえた。ネットに接続出来たのだ。
接続完了後、通信速度は19.2Kbpsと表示された。まずまずの速度である。デイリーポータルZのトップページ読み込みには2分弱かかった。
割とあっさりとビジネスフォンを介した音響カプラによる接続テストは成功した。
次は黒電話の手配である。
黒電話を今でも使用している人がいたらその回線を貸してもらおう。そう考えて、再びネットで検索したがそんな情報は見つからなかった。知り合いや親戚に聞いても誰も使っていない。
だったら黒電話を手に入れて、それを今の電話と交換すればいいんじゃないか?
ネットで黒電話を取り扱っている店を探す。すると色々な種類の黒電話を販売しているアンティークショップの通販サイトを見つけた。商品説明のページには、現代のモジュラーアダプターがついているのですぐに使用出来る、とあった。在庫わずか、とも書いてある。売り切れてしまわないうちに即買いした。
購入申し込みをした後、万が一使えなかったらまずいと思い、黒電話の使用方法を問い合わせてみた。すると、契約している電話回線がダイヤル回線ならば受信、送信とも出来るが、プッシュ回線の場合は受信しか出来ないという事が分かった。
会社も家もプッシュ回線なので受信しか出来ない。となると、電話をかけられない訳なのでネットにつなぐ事も出来ない。
困った。ダイヤル回線の家を探さないといけない。
もしかしたら実家がダイヤル回線かもしれない。実家は母と弟の2人暮らしで、未だにネットは開通していない。長男の僕がネット関係の仕事をしているというのに、2人とも全く無関心なのだ。
116番に電話をかけて実家の電話番号について調べてもらい、以下の事が分かった。
・回線の種類はダイヤル回線。
・電話の名義が6年前に亡くなった父のままである。
・今でも黒電話のレンタル代金が毎月180円引き落とされている。
・使ってないようだったら黒電話を返して欲しい。
やっぱり実家はダイヤル回線であった。しかもまだ黒電話を使ってる事になってるらしい。すぐに母に電話をかけて黒電話の事を聞いてみた。返さないといけないらしいけど、まだ残ってる?
「そんなのとっくに捨てちゃったわよ」
母はすぐに物を捨てちゃうのだ。116番の人も、万が一残っていたら返してください、という言い方をしていたから謝れば許してもらえるだろう。
それはともかく、音響カプラ、黒電話、アナログ回線の用意が出来た。これでお膳立ては整った訳だ。
実家に向かった。
母親は箱根に旅行に行き、弟はまだ仕事から帰っていない。柴犬とチワワがおとなしく留守番をしていた。
早速、持って来た黒電話に電話線をつなぎ、ちゃんと使えるか確認する事にした。
なんでレースのカバーをかけるのか?
それは今度母に確認するとして、黒電話のチェックである。
まずは黒電話から自分の携帯に電話かける。
0、9、0……、とダイヤルを回すとジーコ、ジーコと黒電話が音を立てる。久しぶりの感触。そうそう、こういう感じだった。番号を全部回すのに20秒以上かかる。リダイヤルもなければメモリ機能もない。昔の電話はこんなに不便だったのだ。
黒電話からかかってきた電話に出ると、それは過去の自分からの電話だった。というような事はもちろんなく、黒電話から携帯への通話は無事に成功した。
逆に携帯から黒電話への通話も確認出来た。
これで黒電話はちゃんと使える事が分かった。
いよいよ、黒電話を介したインターネット接続に挑戦します。
一体、どれくらいの速度でつながるのだろうか?
ビジネスフォンの時と同様にセッティングを行う。ダイヤル設定が「パルス」という違いだけで、後は全く一緒である。
一度成功しているのだ。心の余裕が違う。
手際良く準備が整った。後は「接続」ボタンをクリックするだけだ。
接続!
パソコンのスピーカーからジーコジーコとダイヤルを回す音が聞こえる。全部の番号を回し終えたらサーバーとの交信音が聞こえてくるはずだ。ここまでは順調である。
ん?
全部の番号を回し終えると、パソコンからプープープーと回線が切れた音が聞こえる。何度やっても、プープープーだ。
どうなってる?
モデムの設定を変えたり、色々とやってみてもプープープーだ。
一旦黒電話をあきらめて、今使っている電話機で試してみる事にした。これでつながれば黒電話に原因がある事になる。
やっぱり、プープープーだ。
なんでだ? レースのカバーがいけないのか?
……。
ダメらしいぞ。
何度やってもダメだったのであきらめた。
あーあ。
後日、カプラのメーカーに問い合わせたところ(試した日は営業時間外だったのだ)、4ページくらいのマニュアルが送られてきた。それによると、パルス回線の場合、手動でダイヤルしないといけなかったらしい。ビジネスフォンで試した時は、トーン回線だったのでオートダイヤル機能が働いてうまくいったのだ。なので、手動接続でやれば黒電話を介してインターネットにつなぐことは出来るのです。
なんだ、そうだったのか。
理由が分かってすっきりしたけど、最初からマニュアルが欲しかったよ。
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