特集 2019年8月28日

「手紙文の書き方」本の例文はもはや短編小説

LINEやFacebookが普及する前の通信手段として一般的だったものといえば、なんといっても、手紙だろう。

むかしは、手紙のやり取りをスムーズにするため、いろんなシチュエーションの例文を集めた「手紙文の書き方」といった本がたくさん売られていた。

その、例文をじっくり読んでみたい。

鳥取県出身。東京都中央区在住。フリーライター(自称)。境界や境目がとてもきになる。尊敬する人はバッハ。(動画インタビュー)

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「手紙の書き方」本とは

手紙のやりとりをしなくなって久しい。

いま、家に送られてくる手紙といえば、クレジットカードの明細だとか、税金の通知といった、ペリッと剥がすハガキばかりになってしまったが、ぼくが子供の頃(今から30年ほど前)は、それでもまだ手紙でのやり取りは多少あったように思う。
家の書類がつまっている引き出しを開けると、親がやり取りした手紙がドサッと入っていたりした。

昭和時代の中ごろから平成の初めごろまで、「手紙文の書き方」という本(以降「手紙本」と記述)が盛んに出版されていた。

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手紙文の書き方の本

冠婚葬祭における手紙のやり取りの定番フレーズや、各種祝いごと、お見舞いや、近況を知らせる手紙、借金の申込みや催促など、具体的な文章の例文などが一通り載っている。

これらの例文はたいてい、架空の人物の架空のやり取りで構成されているのだけれど、改めて読んでみると、なかなか滋味深い、グッと来る文章が多々あることにきづいた。

まずはこちらをご覧頂きたい。昭和32年(1957)の『最新手紙辞典』(金園社)という手紙本だ。

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『最新手紙辞典』(金園社)

見返しにでかく書いてある「主要都市あて電報の平均到着時間」の図が興味をそそられる。電報、結婚式とか葬式以外で送ったことないけれど、「普通」と「至急」なんて区分があるなんて知らなかった。

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青森や盛岡よりも仙台が時間かかるのはなぜだろう?

さて、きになる中身のほうだが、パラパラとめくりつつ、きになったものをいくつかあげたい。たとえば「父の上京を知らせる」という例文。

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父の上京を知らせる『最新手紙辞典』金園社p.165

父の上京を知らせる

姉さん、早速ですが、かねがねおすすめしていた父の東京見物、陽気がよくなったので近く決行することになりました。
目下の予定では、芳雄が付添って、来たる十日朝九時二十分上野駅着の夜行に乗りますから、どうぞお出迎えをお願いします。何しろお年がお年ですし、芳雄も東京はまったく不案内ですから、家じゅうでいろいろ心配していますが、姉さんに出迎えていただければ、あとは安心です。
父もこれが最後の東京見物だなどと心細いことをいっていますが、さすがにとても楽しいらしい様子です。予定変更の場合は電報を打ちますから、よろしくお願いします。
末ながらお兄上にもどうぞよろしく。

『最新手紙辞典』(金園社)p.165

小津安二郎の映画の一コマのような風景が浮かんでくるような例文だ。父役は笠智衆。おそらく、この父は東京見物を終えて家に戻るとまもなく亡くなってしまう、あるいは一緒に上京した芳雄が死ぬかもしれない……。人が死ぬストーリーばかり考えてもしょうがないのでやめるが。

当時は、ネットはもちろん、電話さえもっている人は少なかった。そのため、ちょっとした待ち合わせでさえ、日付と日時を指定して手紙で知らせなければいけなかった。今思うと信じられないのだが、それが普通だった。

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ほっこりする例文

近況を知らせる例文は、内容が妙に具体的で、なんだかほっこりしてしまうものも多い。

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『最新手紙辞典』(金園社)p.167

近況を知らせる

川島君、元気で勉強をつづけていますか。だんだん寒くなるから、あまり夜ふかしなどして体をこわさないよう、気をつけてくれたまえ。
僕は相変わらず、毎日土まみれになって働いている。昼は仕事に追われ、夜は疲れて眠くなるから、つい君にもご無沙汰してしまって、申し訳ないと思っています。君の家も、お父さんは相変わらずお達者だし、お母さんも婦人会の世話役で、いそがしく歩き廻っておいでだ。
村ではせんだって消防自動車を買い入れたが、運転する者がいないというので、荒物屋の仙ちゃんが村費で A市へ派遣されて、目下運転技術の習得中だ。仙ちゃんが免状をもらって来るまで、まあ火事はあるまいというわけだが、いかにものんびりした話だね。
川口屋の京ちゃんが、結婚して大阪へ行ってしまったよ。相手は洋服屋の若旦那だそうだが、写真だけで一も二もなく惚れこんだというのだから、たいしたものさ。おかげで失恋の苦杯をなめさせられた青年が、村にも二人や三人はいるだろうと、しきりに取り沙汰している。
まだ書きたいことはたくさんあるけれど眠くなってきたからやめる。君が冬休みに帰省したとき、ゆっくり話そう。体に気をつけて、しっかり勉強して下さい。さようなら。

『最新手紙辞典』(金園社)p.167

おそらく、田舎の村に住む男が、都会の大学に進学した友人へ村の近況を知らせる、というシチュエーションだろう。
村で消防車を買い入れたが、免許をもっているものがいない。というのが、時代を反映しておりおもしろい。しかも、免許ではなく「免状」だ。いまや、地方の農村では、自動車の免許をもっていないほうが珍しい。
村の消防団で一番若くて暇なやつ、荒物屋の仙ちゃんが「おい、お前車の免状とってこい」とかいわれて派遣されたのだろう。

そして気になるのが、川口屋の京ちゃん。写真をみて結婚を決めた……ということはお見合い結婚だろう。
村に、京ちゃんに思いを寄せる男が複数人いるほどモテたようだが、そういった男たちとくっつくことはなく、都会の金持ちに嫁入りしてしまったということである。

もしかしたら、村の男たちと京ちゃんの間に、金色夜叉みたいな話があったりなかったりしたかもしれない。

村の男との恋愛結婚ではなく、都会の金持ちとのお見合い結婚を選ぶ京ちゃんの選択にも時代を感じさせるものがあるのではないか。

実は、村の近況を知らせる例文はこの本だけでなく、他の本にも掲載されている。

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『手紙文の書き方』(金園社)

 冒頭で紹介した本と同じ出版社、金園社の『手紙文の書き方』だが、こちらは出版年を見ると昭和62年(1987年)となっている。

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『手紙文の書き方』(金園社)p.102

近況を知らせる(都会の友へ)

朝夕はだいぶ涼しくなり、早くも秋の訪れを思わせます。君は相変わらずお元気ですか。夏中休暇にも帰省しないで、アルバイトで頑張り通しているよし、君のご両親から聞きました。さぞ苦しいこともあろうかとお察ししますが、どうかあまり無理しないで、体には十分気をつけて下さい。
僕は十年一日の如く、黙々と百姓の生活を送っています。昼間仕事に追われているので、夜は眠くなってしまい、君に便りを書こうと思いながら、いつものびのびになってしまうのです。
村はいま蚕の最盛期で、万事がそれに集中されているので、これというニュースもありません。長いことあいていた旧役場の跡に、今月はじめから年寄りのお医者さんが来たこと、この春大阪へ嫁に行ったタバコ屋の澄ちゃんが、半年もたたないのに離縁になって戻ってきたことなど、まあニュースと言えばニュースかもしれないけれど、村の生活は相変わらず坦々たるものです。繭の値がいいので、秋には盛大にお祭りをやろうといっていますが、公民館の屋根や壁がひどく損じているのなど、まるで関心がないのだから話になりません。
お正月まではお会いできませんが、くれぐれもご自愛祈ります。折を見てお便りを下さい。

『手紙文の書き方』(金園社)p.102

同じ出版社から出版されていたものだからなのか、全体の構成が『最新手紙辞典』の例文とそっくりではあるものの、細かな情報はすべて違っている。

都会で学生をしている友人は、アルバイトに忙しくなっている。大学生が、勉強だけに専念できる時代ではなくなってきたということだろうか。

旧役場だった建物に医者がやってきたということは、村は昭和の大合併でなくなってしまった可能性もある。

そして、大阪に嫁に行ったタバコ屋の澄ちゃんが、離縁になって戻ってきている。澄ちゃんになにがあったのか。

構成は似ていても、時代を反映した内容にちゃんとアップデートされているところが、興味深い。

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 こころがざわつく例文

昔の人は、ほっこりした手紙ばかりをやりとりしていたわけではない。中には、こころがざわつく例文もある。 

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『青年らしい手紙文の書き方』(日本文芸社)

 例えば、昭和55年(1980)発行の『青年らしい手紙文の書き方』(日本文芸社)に載っていたこちらの例文。

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『青年らしい手紙文の書き方』(日本文芸社)p.53

強盗に入られた友へ

前略、今朝の新聞に君の写真が掲載されているのを発見して驚きました。昨夕、君の家に強盗が入ったそうじゃないですか。しかも、君は強盗と大格闘を演じ、全治十日間の傷害を負ったとある。その上、犯人を取り逃がしたとは誠に残念だ。果たして幸といえるかどうかは知れないが、君の格闘により犯人は何も盗らずに逃走したとの由、不幸中の幸いといえよう。(中略)
最近の泥棒ときたら、すぐに斬りつけたり、ピストルを暴発させたりする兇悪な奴等でまったく危なくて仕方がない。そんな相手に立ち向かって格闘を演じた君の勇気にはただ敬服に値する。ただし、一つ間違えば生命の問題ともなりかねない。何も臆病になれというのではないが、以後は賊の品定め、状況を判断した上で適切な処置をした方が君のためになるのではないか。君子危うきに近寄らずという言葉は、決して卑怯な意味じゃない、ある一面の真理をついているのだ。もっとも、二度とこんな事件が起こらないことを切望して止まないが。それよりも、戸締まりを厳重にすることが、まず大切といわねばならない。くどうようだが、君の豪胆さには謹んで敬意を表します。
賊が一刻も早く捕縛されんことを祈ります。
まずはお見舞いの書状まで。

『青年らしい手紙文の書き方』(日本文芸社)p.53

 強盗被害にあった友人へのお見舞いの手紙である。

そんなシチュエーション、そうそうないだろ。と思わなくもないが、例文があるのである。
当時は、すぐに斬りつけたりピストルを暴発させたりするような強盗が多かったらしいが、最近はそんな乱暴な方法で金を盗むやつはすっかり影を潜め、もっぱら電話でもって老人から金を騙し盗るやつばかりである。

それにしても“賊の品定め”“捕縛されんこと”あたりの口調は完全に鬼平犯科帳である。中西龍のナレーションで読んでほしい。

被害者が抗議するための例文でかなりざわざわするものがこちら。有紀書房『女性のための手紙百科』平成2年(1990)刊。

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『女性のための手紙百科』有紀書房
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『女性のための手紙百科』(有紀書房)p.178

お手伝いの紹介者に抗議する

先日は、いろいろとお手数をわずらわせまして申しわけございませんでした。早速ですが、ご紹介くださった笹田りつ子さんのことですが、この六日の午後、私の留守中にいなくなったままいまだに帰ってまいりません。
一時は事故にあったのではないかと心配しましたが、荷物もいつのまにか持ち出していることがわかりました。
また来た翌日からしばしば男の人から電話がかかってきましたし、失踪の前日も、家の近所で意味ありげに三十歳ほどの男性と立ち話をしているのを見かけました。
また困ったことに、机の引出しに入れておいた現金十五万円ばかり入った封筒と指輪も、彼女のいなくなった直後に見えなくなりました。盗難のほうはいまのところはっきりした証拠がありませんが、私の他に家族がいるわけではありませんし、外から物盗りが押し入った形跡は何もございません。すっかり安心して、万事まかせて外出した私のうかつさも反省いたしますが、ひとことあなたからご説明を頂けたらと存じまして、取り急ぎ右の次第をお知らせ申し上げます。

『女性のための手紙百科』(有紀書房)p.178

読んでいてヒリヒリするような例文だ。りつ子になにがあったのか。十五万円はなかなかの大金なので、こんな手紙を書くヒマがあったら警察に通報したいところだが、やむにやまれぬ事情があったのかもしれない。
逆に、この手紙を受取る方だったら……と想像するのもたまらない。「これ、どういうこと? ちょっと説明してくれる」とつめられるやつだ。
そんなときは、どうもこうもないことが多いが、冷や汗が吹き出るあの感覚がよみがえる。

なかにはこんな手紙の例文もある。

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『手紙文の書き方』(金園社)p165

親からの縁談について

とつぜん、ぶしつけにお手紙さしあげます失礼をお許し下さい。私は農村に住む十八歳の娘です。このたび、一身のことについて、たいへん困ったことがありますので、失礼をかえりみず先生にお教えしていただきたくお手紙で申し上げる気になりました。
実は、ただ今、私に縁談がおこっています。相手の人は同じ村の役場に勤める今年三十歳の方ですが、二年前に奥さんをなくし、それからずっと独身でいらっしゃったのですが、人を通じて結婚の申し込みがありました。
ですが、私は相手の人を好きではありませんし、まだ十八ぐらいで、結婚する気にはなれません。父や母はしつこく結婚をすすめます。というのは、私に結婚の話をもってきた人というのは、父や母にとってたいへん恩のある人だそうで、その人に借金もしており、とうていことわりきれないのだそうです。
母などは、私が厭だといいますと、半狂乱になって、お前を殺して死ぬなどと口走ります。一体私はどうすべきでしょうか。親のいいなりに、少女の身で人妻になるべきでしょうか。それとも、あくまで自分の考えどおり自分の人生を自分できり開いていくべきでしょうか。
この間から迷いに迷って、ろくろく食事も喉をとおりません。どうぞ私のとるべき道をお教え下さい。

『手紙文の書き方』(金園社)p165

 強盗や抗議とはまた違った胸さわぎがおきる人生相談の手紙だ。「とつぜん、ぶしつけに」というくらいなので、相談者はとうぜん、先生と言われているひとと面識がないのだろう。他人にこういった人生相談を送るという文化はラジオやテレビに受け継がれているが、むかしは面識の無い先生に直接手紙を送ることもあったのだろう。

だいたい借金のカタに娘を差し出す親も親だし、お前を殺して死ぬとか言い出すのはおだやかではない。

なんとも暗い気持ちになってしまうところだが、ご安心いただきたい。これらの事件はすべて架空の話である。お金を持ち逃げしたりつ子も居ないし、望まぬ結婚を強制される18歳の娘もいない。そんな人は居ない! ひと安心である。

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こっ恥ずかしくなるラブレターの例文

さて、手紙といえばラブレターだろう。手紙本にもラブレターの例文はどっさり載っている。

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『青年らしい手紙文の書き方』(日本文芸社)p.206

「イエス」といってください
先日のハイキングは、邦子さんがご一緒だったのでことの他愉快でした。特に、フォークダンスをした際、あなたとカップルになった時の喜びはいまだに心の底に強烈に焼きつけられています。邦子さんの白いリボンがリズムに合わせて、可愛らしく踊っていたことが鮮やかに思い出されます。あれ以来すでに二週間、邦子さんのすべての印象は消え去らないばかりかますます繁く僕の脳裡を去来するのです。学業も運動も一向に捗らず、徒に過ごす時間があまりにも多くなってしまいました。
なぜなら、僕は、邦子さんを心の底から愛してしまったのです。
まだ青二才の学生の癖になにが愛だ、恋だといわれそうな気がするのですが、でもどうしようもないのです。僕ははじめて愛する苦しさを知りました。今まで恋愛についてのたくさんの小説を読み、いくつかの名曲を鑑賞しましたが、実際に体験してみないとやはり真の芸術も理解できないことがわかりました。
今日も、一人でショパンの名曲を喫茶店に行って聞き、胸の緊めつけられる思いにわれながら驚いてしまいました。
愛する邦子さん、僕と交際してください。あなたは僕のことをいかがお思いですか、ぜひ聞かせてください。そして、ただ一言「イエス」とおっしゃってください。ご返事を決して強制するつもりはないのですが、僕の気持ちを深くご想像ください。
愛するが故に、こんな失礼な手紙を差し上げたことをお許しください。邦子さんの手で書かれたお手紙を心からお待ちいたしております。

『青年らしい手紙文の書き方』(日本文芸社)p.206

フォークダンスで邦子さんの可愛らしいリボンを見て、恋に落ちた青年の懊悩。LINEはもとより、電話さえない時代は、こういった気持ちを文章にし、紙に書き付けて送り合っていた。

告白部分は鬼気迫るものがある。

“なぜなら、僕は、邦子さんを心の底から愛してしまったのです”

真正面から斬りつけるような、正面突破の告白だ。こんな重すぎる告白、手紙だからこそのものなのかもしれない。

邦子さんを心から愛してしまった彼は、抑えきれない感情のやり場に困り“今日も、一人でショパンの名曲を喫茶店に行って聞き、胸の緊めつけられる思いにわれながら驚いてしまいました”という。

この、名曲喫茶にショパンを聴きに行くというのは、今だったら、SpotifyでRADWIMPSを聴くみたいなことだろうし、戦国時代なら鼓で敦盛を舞う感じなんだろうけど、なにやってんだ? という気にもなる。

『手紙文国語辞典』(永岡書店)にもすごいラブレターが載っている。

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『手紙文国語辞典』(永岡書店)
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『手紙文国語辞典』(永岡書店)p.745

モナリザ展をみて
あなたの写真を眺めながら思うこと――モナリザのひとみよりもつぶらで、モナリザのくちびるよりも豊かで、モナリザの方よりもなだらかで、モナリザの手の甲よりもふくよかで、そしてなによりもぼくをひきつけているのは、あなたの情愛のこまやかさだと。こんなことなら、なにもわざわざ展覧会場へ行かなくても、きょう一日あなたの写真を眺めておればよかったと思いました。

『手紙文国語辞典』(永岡書店)p.745

浮かれてどうかしちゃった男の、ハズすぎるポエムみたいなラブレターの例文を読むのも、手紙本の味わいのひとつである。アジア料理に入っているパクチーみたいなものだろう。

ちなみに、右側の「もっと愛がほしい」の方はちょっと怖い気もするけれど。

ところで、男性だけでなく、女性も変な浮かれかたをしている例文がある。『全例手紙文の書き方』(西東社)に載っているこの例文。

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『全例手紙文の書き方』(西東社)
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『全例手紙文の書き方』(西東社)p.130

バレンタイン・デーのプレゼントに添えて

日の光が一日一日ルックスを増してくると、さぁ、待望のバレンタイン・デーなのダ。春一番が吹き出すまでのウズウズした気持ちでこの日を迎えると、なんとなくドキドキとオンナのコたちはみな、ムネがトキメクのダ。
そうだ。ケンに何か、プレゼントしなきゃ。さて、ケンにピッタリするものって何がいいかナ。
オトコのコって意外にホシュだから、やっぱしネクタイなんかに弱いよ――ルミが言ってたのを、そのままスナオに実行するのはちょっとシャクだけど、それにきめたっと。
だから行ってきました。渋谷の P で、さんざん選んでこれ一本、アタシがきめたのを見てチョーダイ。ムフフ、きっとケンもこれならゴキゲンたろうよ。このリコのガマグチはたいたネクタイよ。私のせつない恋をかなえてオクレ!
ところが、バレンタイン・デーって、会社も学校もお休みじゃないのネ。なんたる不公平。しかたがないから十七日の二時にジュクのあの店の二階で待ってます。
もしも、あのネクタイをしめてこなかったら、そのときゃケンは極悪、非道、バカ、マヌケそのものだ。天罰下るゾ。死ね! 

『全例手紙文の書き方』(西東社)p.130

浮かれすぎというか、ユーモアの角度が鋭利すぎて、最後はただの悪口になっている。当時の若者言葉がよくわからない著者がなんとなく想像で書いたのだろうか。ちなみに、この本は昭和58年(1983)発行だ。

いずれにしても、親しい間柄でやりとりするのであればこれぐらい恥ずかしい手紙でも大丈夫ということなのかもしれない。

ここで注目したいのは、バレンタインデーの贈り物でネクタイを選んでいるところだろうか。チョコレートが定番になったのは1970年代らしいので、この頃はバレンタインデー=チョコというイメージは人によってはなかったかもしれない。

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小説みたいなラブレター 

こういった浮かれたラブレターがあると思うと、そうじゃないのものもある。

『新しい日常手紙文の書き方』(日本文芸社)に載っているラブレターの例文だ。

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『新しい日常手紙文の書き方』(日本文芸社)p.239

私を忘れて

吉郎様、私のまちがいでした。
どうか、私を忘れて下さい。お願い……。
あまりにも、自分で自分があわれに思われてなりません。
あれから、私は、自分の部屋にもどってきて机のスタンドのスイッチを入れたとき、そこには亡夫の写真が、ニッコリと私の方を見て微笑んでいました。
あなたとお近づきになってから、今日こそ、今夜は……亡夫の写真を机からとって、どこか見えないところにしまっておこうと思いながらも、ついつい、それも出来ず、まだおいてありますの。あなたのお見えになった夜だけは、そっとかくして……あなたの感情を壊すまいと思って、その一夜だけは、どこかへしまってしまう私、なんという偽善者、悪い女なのでしょう。
私は、まだ亡夫への思慕が絶ちきれませんの。いまも私は亡夫の写真をみつめて、「あなたが悪いのよ、悪いのよ」と、とめどなく涙をおさえきれずにいいました。
吉郎さん、許して……。
もう、これ以上、私はたえられないわ。あなたの愛をうければ、うけるほど、私は苦しまなければなりませんの。
それなのに悪い久美子。あなたの愛撫を思い出し、また明日のお約束を思いかえすとそんな自責さえ忘れる私。
でも、もう、これ以上駄目だわ。これでお別れしたいの。どうぞ私を苦しませないでいただきたいの。
どうぞお元気で……。

『新しい日常手紙文の書き方』(日本文芸社)p.239

 いきなり「私のまちがいでした」ではじまる。強烈だ。原稿用紙1枚ほどの短い例文だけれど、吉郎と久美子になにがあったのか、想像をかきたてる。

久美子さんは、そんなに自分を責め立てなくてもいいんじゃないかな……と思うけどなー。おじさんは。

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『新しい日常手紙文の書き方』(日本文芸社)p.240

複雑な気持ちです

お手紙いただきました。僕にとっては最大の不幸といってよいお申し出です。なんともいえぬ複雑な気持ちに包まれていますが、僕はそれになんとか耐えようと努力しております。
あなたのお申し出は全部、無条件で受け入れます。どうぞ安心して新しい幸福への道を歩んで下さい。それを衷心より祈っております。
苦しかった、楽しかったかずかずの思い出を頭に描きながら、この返事をしたためております。僕は幸福でした。
たとえ数ヶ月であったにしろその幸福を与えて下さったことに対し心からお礼をいいます。
どうか幸福にお過ごし下さい。あなたが新しい幸福を得ることができれば、僕も満足です。

「久美ちゃん」さようなら。

『新しい日常手紙文の書き方』(日本文芸社)p.240

“「久美ちゃん」さようなら”って、お前かーっ、吉郎は! 未亡人の心を弄ぶんじゃない!

未亡人の心乱れる例文の後に、ご丁寧にも、男側からの返事の手紙が載っている。もう「手紙の例文集」という本来の目的を逸脱している。普通に短編小説だ。松本清張の短編だといわれれば信じてしまいそうである。 

例文で知る昔の生活のようす

コミュニケーションの手段が手紙しか無かった時代は、ありとあらゆるやりとりを手紙に行っていた。そこには、人々の生活の営みが色濃く反映されているはずだ。

手紙のやりとりを見ていけば、社会科の教科書に載っているような「政治の動きの歴史」ではない、庶民のくらしのようすをうかがい知ることができるはずだ。

これらの手紙本は、そんな庶民のくらしの様子をうかがい知るための一助になるのではないかという気もする。

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