特集 2016年11月21日

魚の骨の標本は家庭にある普通のもので作られていた

魚の頭の骨格標本。一般家庭にあるようなものでつくられていました。
魚の頭の骨格標本。一般家庭にあるようなものでつくられていました。
前回「情報系同人誌即売会に行けば面白い本が必ず見つかる」という記事で、自作の魚の骨格標本の写真集を紹介しました

いつも見ている魚から珍しい魚まで、様々な魚の骨がカッコいい写真で紹介されている。いったいどうやって作っているのか不思議にながめていました。

あまりにも不思議なので、実際にどうやって作るか聞いてきました。意外と家にあるようなもの、その辺で簡単に入手できるもので作られていました。その気になればあなたにも出来る・・かもしれません。
1972年生まれ。元機械設計屋の工業製造業系ライター。普段は工業、製造業関係、テクノロジー全般の記事を多く書いています。元プロボクサーでウルトラマラソンを走ります。日本酒利き酒師の資格があり、ライター以外に日本酒と発酵食品をメインにした飲み屋も経営しているので、体力実践系、各種料理、日本酒関係の記事も多く書いています。(動画インタビュー

前の記事:情報系同人誌即売会に行けば面白い本が必ず見つかる

> 個人サイト 酒と醸し料理 BY 工業製造業系ライター 馬場吉成 website

同人誌即売会で手に入れた「魚骨」

前回の記事にも紹介しました「魚骨」について改めて説明しておきます。
標本というよりアートでしょうか。
標本というよりアートでしょうか。
「魚骨」は、サークル「いぞらど」の魚の骨格標本の写真集です。全体や頭部の骨の標本がカラーと白黒で各種掲載されています。

実際の写真がこちら。写真をお借りしました。
オニダルマオコゼ
オニダルマオコゼ
マダラロリカリア(こちらの記事の魚)
マダラロリカリア(こちらの記事の魚)
アユ
アユ
ハモ
ハモ
珍しい魚から身近なものまで、カラーや白黒で色々掲載されています。さて、これをいったいどうやって作っているのか。製作者にお聞きしました。

肉は台所にてカッターで

やってきたのはとある住宅街に建つ小さなビル。魚の骨格標本の制作現場はそのビル内にあります。
水槽がある以外、見た目は普通の作業部屋。
水槽がある以外、見た目は普通の作業部屋。
ドアをあけると小さめの室内に水槽と机。棚には多くの骨の標本が並んでいました。
いったいなんという名前の魚の骨だろうか?
いったいなんという名前の魚の骨だろうか?
なんとなく見たことあるような形のものから、全く分からないものまで各種並んでいます。骨なのですが、台に乗って飾られているとなんともカッコいい。
「いぞらど」代表の石田さん。よろしくお願いします。
「いぞらど」代表の石田さん。よろしくお願いします。
こちらが製作者の石田さん。実際に使用している道具を見せていただきました。
制作道具。近所の文房具店やドラッグストアで買えるものばかり。
制作道具。近所の文房具店やドラッグストアで買えるものばかり。
骨格標本の作り方は、大雑把にいって次のような手順になるそうです。まず大きい肉や内臓を取る。おおよそ肉を取ったら薬剤につけて細かい肉を除去。洗浄と乾燥。修正を行い完成です。

これらの道具は肉の除去や修正作業の為のもの。部位や大きさによって使い分けられます。
本格的なメスの方が切れ味はいいが、高いので普通の替刃式のデザインカッターを使用。これで大丈夫だそうです。
本格的なメスの方が切れ味はいいが、高いので普通の替刃式のデザインカッターを使用。これで大丈夫だそうです。
はさみ、カッター、ピンセット。ほとんどの道具が近所のお店で売っているレベルのごく普通の物です。特に高いものでもなく、簡単に手に入ります。
ラー油や醤油の瓶が一緒に並んでいるあたり、普通の食卓でやっている感が高い。
ラー油や醤油の瓶が一緒に並んでいるあたり、普通の食卓でやっている感が高い。
肉を取る実際の作業は、この場所に水場が無いので家の台所内で行っているそうです。作業が多少細かい以外、やっている事は魚をさばくのと大体同じ。骨が傷つかないように各部の肉を取り除きます。

液はパイプスルーかポリデント

肉がとれたら液に浸けて細かい肉を除去していきます。この工程に使う液も特殊な物ではありません。排水管を掃除する洗剤や漂白剤、酵素入りの入れ歯洗浄剤などが使われます。
こんな感じで液に浸ける。パイプスルーとかハイターとかポリデント使用。
こんな感じで液に浸ける。パイプスルーとかハイターとかポリデント使用。
骨格標本マニア(?)の方によっては、本格的な専用の液剤を使う人もいるが、多くはその辺で売っている洗剤類で代用しているそうです。また、パイプ洗浄剤などの酸やアルカリ液を使うと早く肉がとれるものの、細かい部分(ヒレの先端や歯など)にダメージ(毛羽立ったり溶けたり)が発生することがあります。酵素を使った場合はダメージなく除去出来るものの、時間がかかるとのこと。

いずれにしろ本来の使い方ではないので、製作者の自己責任というスタンスで皆さん行っているという話でした。メーカーもパイプ洗浄剤や入れ歯洗浄剤で骨格標本作るなんて想定するはずない。

見た目を優先。標本?アート?

こうして肉が取れて洗浄、乾燥すれば骨格標本のおおよその形ができます。ここから修正作業が入ります。
シューティングゲームのラスボスのようだ。
シューティングゲームのラスボスのようだ。
魚の種類によっては、メインの頭や胴体の骨の他、細い毛のような骨が無数に走っているものがあります。そのような場合、毛のような骨まで残すと魚の形がどうなっているのかよく分からなくなります。
こちらの骨も背ビレの部分の細かい骨を取り除いているそうです。上のアユも歯を見せるために唇の皮を除去している(除去せず口の形を残したものもある)。見た目重視。
こちらの骨も背ビレの部分の細かい骨を取り除いているそうです。上のアユも歯を見せるために唇の皮を除去している(除去せず口の形を残したものもある)。見た目重視。
そこで、魚の躍動感が残るように、細かい骨や覆われた部分を取り除いてしまいます。

石田さん曰く「本来正確な生物標本と言ったら骨が全て残っていないと魚の種類を決めることが出来ないなどの問題が出るのでやりません。そのため、この作品は標本と言っていいのかどうか。かといってアートというのもちょっと違う気がするし。なんと言っていいか、いつも悩むんですよ。」
アユの骨もこんな感じで台の上に載っています。写真にするとまた違う。
アユの骨もこんな感じで台の上に載っています。写真にするとまた違う。
いや、アートでいいと思います。見ていてカッコいい。薄暗いバーとかで、スポットライトに照らされて置かれていたらかなり雰囲気出そうです。
ケースに入ると一気に商品風になる。先の記事にも書きましたが、小さいものだと2000円ぐらいから。大きい珍しい魚だと15000円ぐらいから実際に販売中。
ケースに入ると一気に商品風になる。先の記事にも書きましたが、小さいものだと2000円ぐらいから。大きい珍しい魚だと15000円ぐらいから実際に販売中。
いずれにしろ、使っている道具は普通のものではありますが、魚の構造がちゃんとわかっていたり、かなり根気が必要とされたりする作業なので、あなたにも簡単に出来る!とはいかないでしょう。

やろうと思えば出来るぐらいでしょうか。石田さんは「慣れればそうでもないですよ」と言っていましたが、そうなのか?

標本界のトレンドはホルマリンではなくグリセリン

さて、続いてちょっと変わった骨格標本も見せていただきました。
魚のグリセリン液漬け。標本界のトレンドです。高校の先生が考えた方法だそうです。
魚のグリセリン液漬け。標本界のトレンドです。高校の先生が考えた方法だそうです。
よく学校の生物室の後ろの棚などに入っていた生物のホルマリン漬けのようにも見えますが、これはホルマリンではありません。化粧品などにも使われるグリセリン液に浸けられたもの。
グリセリンに浸けるのと乾燥を繰り返すと水分が抜けてだんだんこんな感じに。綺麗に作る方法は大学でも研究されていました。
グリセリンに浸けるのと乾燥を繰り返すと水分が抜けてだんだんこんな感じに。綺麗に作る方法は大学でも研究されていました。
グリセリン液に浸けるのと乾燥させるのを繰り返すことにより、魚の質感を保ったまま標本にしていきます。グリセリン液はドラッグストアでも簡単に手に入る物なので、安く綺麗に出来るそうです。
ハコフグの骨格標本。こう見ると普段見る形と大体同じ。
ハコフグの骨格標本。こう見ると普段見る形と大体同じ。
つづいてこちらのハコフグの標本。作り方は最初に紹介した肉をとって液に浸ける方法と同じ。ウロコや皮の硬い魚は外側の形がこのようにそのまま残るそうです。
こんな厚い皮に包まれていたのか。
こんな厚い皮に包まれていたのか。
その為、先に上手く外側を半分に切り開き、中の肉を出して制作するとこんな形になります。骨が箱に入ったようで、正にハコフグです。
ガーもこんな感じに出来る。
ガーもこんな感じに出来る。
こういう形になると、骨格標本というより何かの模型のような感じがします。魚のようで魚でないような見た目。なんとも不思議な構造です。
透明骨格標本。今、標本マニア界では一番ホットな標本だそうです。 自作ではなく購入品。
透明骨格標本。今、標本マニア界では一番ホットな標本だそうです。 自作ではなく購入品。
そして最後がこちら。透明骨格標本です。死んだ標本とする生物をホルマリン液に浸けて固定。水酸化カリウム液につけて肉を透明化。染色液で骨を染色。グリセリン液に浸けて保存。そんな感じの工程で作られる標本。

薬品の扱いが難しいので一般家庭では難しいですが、高校の理科の実験などでは作られているそうです。作るのには結構時間がかかるとのことでした。

今は肉が透明な標本まであるのか。驚きだ。

標本の世界も奥が深い

今回は色々な物を見せてもらい楽しい取材でした。手間と注意が必要ですが、頑張れば夏休みの自由研究レベルでも何かの魚の骨格標本が作れそうです。

ちなみに、石田さんは標本にする珍しい魚は、買うか漁師の人に分けてもらうなどして入手しているそうです。食べられる魚ならば切り取った肉は食べますが、大きい魚だと量が多いので食べるのが大変。魚屋や飲食店と組んで、普段食べ慣れない珍しい魚の肉と骨格標本とを出せるような事が出来ないものかと考えているのだとか。

魚屋や魚料理の店の方。どうですか?珍魚と骨格標本。
作業場の水槽にいた魚。ペットなのですぐに標本にはしないが、死んだら標本になる可能性はあるらしい。
作業場の水槽にいた魚。ペットなのですぐに標本にはしないが、死んだら標本になる可能性はあるらしい。
取材協力
サークル「いぞらど」
http://blog.goo.ne.jp/isolado-kokkakuhyouhonn
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