特集 2014年11月1日

横浜駅から徒歩2分用途不明な三角地帯が2億円

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「京急に乗っていると、横浜から戸部のあいだに謎の三角地帯を通ります。JRと京急と川に挟まれていて、大雨の日は浸水しています。所有者は? 利用予定は?」

はまれぽ.com編集部に読者のreさんから情報が寄せられた。調べてみると、所有者は「田辺建設」。京急線から見える三角地帯は道路に隣接していないため、商業施設としての利用が不可能で買い手がほしくても見つからない状態らしい。

はまれぽ.com 山崎 島
はまれぽ.comは横浜のキニナル情報が見つかるwebマガジンです。毎日更新の新着記事ではユーザーさんから投稿されたキニナル疑問を解決。はまれぽが体を張って徹底調査します。

前の記事:平成元年開催の横浜博覧会で動いていたゴンドラが道路脇に?


一つの街を歩きまくると、なにここ? と不思議になる謎の場所が見えてくる。個人的にそういう場所が好きで、散歩と称して謎場所めぐりをしたりする今日このごろ。めきめき新しい建物が構築されている横浜の中心地にもそんな謎の場所があるなんて!! キニナりすぎるこの場所をじっくり調査した!

持ち主を探す!!

意気揚々と家を出たが、横浜から戸部駅へ向かう京浜急行線から見えて、JRと川に挟まれていて、たまに水没している、という情報しかなく、果たしてたどり着けるのかと不安になった。大丈夫、いつも何とかなったし!! まだこの時は夏真っ只中で暑かった。京急線の各駅停車の一番後ろの車両に乗り、目をこらす。すると・・・

む? むむ? むー!

あったー!! あーよかった。三角地帯は思いのほか広く、緑とぬかるんだ地面と、並んだ杭を確認できた。しかし入れそうな場所がどこにも無いような・・・このあと京急線でもう1往復し、JR根岸線にも乗ってみる。諸事情により京急線の車窓からの風景をお見せすることはできないが、三角地帯をはさんでいるというJR側からの景色はこちら。
写真奥が京急線の線路
写真奥が京急線の線路
2秒ぐらいで通りすぎてしまう
2秒ぐらいで通りすぎてしまう
この謎の三角地帯について、市役所や鉄道会社に電話しまくったが、皆さん「え・・・」という感じでなかなかご対応いただけなかった。シュンとして法務局へ行き、不動産登記を取ってまいりました。
これ。住所は西区高島町二丁目55番22
これ。住所は西区高島町二丁目55番22
わー!! 会社法人の所有地だと判明!! 早速、田辺建設株式会社(資本金:4100万円、従業員数73名)の本社(新潟県上越市)に取材を依頼。すると土地の簡単なご説明と購入当時を知っている方がいないため、取材は応じられないとのご返答が。そこをなんとか!! とお願いすると、東京支店(千代田区六番町)の長谷川さんという方が会ってくださることに。ありがとうございます!! 早速、東京支店に向かった。
あと一歩のところでまたしても迷った
あと一歩のところでまたしても迷った
こちらが四ツ谷の東京支店。
かなりお忙しい中お時間をくださった長谷川さん
かなりお忙しい中お時間をくださった長谷川さん
よろしくお願い致します。まずは会社の成り立ちについて教えていただいた。

田辺建設株式会社は1921(大正10)年創業、設立は1951(昭和26)年の歴史ある会社。パンフレットによると「90有余年、熱い志と確かな技術力で、建設、土木、地域の街づくりなどに幅広く実績を重ねて参りました」とのこと。老舗の建設会社なんですね!!

現在は新潟の本社のほかに東京支店を含め、3つの支店を抱えている。同社はかつて都内や神奈川県内に、年1~2筆(ひつ:土地の単位)ほど土地を買い、建物を建設して販売していた。日ノ出町駅周辺のビル「アクロス」もそのうちの一つ。こちらは1991(平成3)年に京急と地主3名が協力して建てたそう。約8年前までは同社も一部の所有権を持っており、同社横浜支店の事務所が入っていたそうだが現在は売却してしまった。
日ノ出町「アクロス」
日ノ出町「アクロス」
「アクロス」を建てた時に送られた横浜まちづくり功労者賞
「アクロス」を建てた時に送られた横浜まちづくり功労者賞
その際に比較的付近に立地していた件(くだん)の「三角地」も購入されたという。確かに不動産登記にも「平成2年売買」と記されていた。

今となっては当時、土地の購入を行っていた開発部もなくなり、詳しいことをご存じの方はいない。
事前にグーグルマップで三角地の写真を出してくださっていた
事前にグーグルマップで三角地の写真を出してくださっていた
三角地について長谷川さんは「私も一度この土地を見に行ったんですけど、線路と川に挟まれて、どこからも入ることができない上、道路にも接していないため、何も建てられません。はっきり言ってプロが買う土地ではないですね」とおっしゃっていた。

三角地に入るためには帷子川を挟んだ対岸からボートを出すか、京急に許可を取って終電から始発までの間に線路を突っ切って入るしかなさそう。どれも現実的じゃないな・・・現在は土地の手入れなどは誰もしていないが、特にクレームなどはないという。この先草木が伸びて線路に入ってしまったら、どうしましょうね・・・みんなで考えてしまった。
悩みますね・・・
悩みますね・・・
三角地を購入した理由についての長谷川さんの考えは「土地を購入する際、仲介業者が間に入ってくるため、誤った情報を参考に購入してしまったのではないか」とのこと。こちらの土地は「横浜駅から徒歩2分で150坪」という、文字情報だけで見ると「とても良い条件」なので、もしかしたらそこに注目しすぎちゃったのかな・・・。

不動産登記には、なんと田辺建設はこちらの土地を2億円で購入したという記録が!! これには長谷川さんもびっくり。「当時はバブルでしたし、もしかしたら弊社にとっては大した額じゃなかったんでしょうね・・・2億・・・」と仰っていた。現在は簿価(会計処理上の数字)が約2000万円だそう。
これから、どうしましょう? ここ
これから、どうしましょう? ここ
これからこの三角地をどうするか、お伺いすると「この土地の横を通過する京急線は速度を落とすので、人の目にふれる広告看板など立てたらどうかと考えたのですが、やはり工事のことを考えると難しいですね。ちゃんとした記録がないのでわからないのですが、恐らくJRが大元となっている会社から購入したと言われているので、JRに購入し直してもらえるように直談判するしかないかな。資材置き場としてだったら利用できるんじゃないですかね」とのこと。

ザキヤマも利用法を考えてみた、勝手に!!
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だって夢があってほしいじゃない!!
だって夢があってほしいじゃない!!
ユーザーの皆さんも、考えてみませんか? 長谷川さん、ありがとうございました。
いったん広告です

三角地にアタック!

で、そのまま編集部・山岸と三角地へ。今まで一瞬で通り過ぎる景色か、写真でしか三角地を見ていなかったため、歩いてじっくり見てみた! わくわくする、ざきやまぎし。

JR横浜駅東口の郵便局のすぐ横の道をまっすぐ行くと帷子川が見える。
万里橋を渡らずに、川沿いを歩くよ
万里橋を渡らずに、川沿いを歩くよ
台風一過の空
台風一過の空
緑が萌えている一角が件の土地。京急線の踏切から見える
緑が萌えている一角が件の土地。京急線の踏切から見える
正面から。塀しか見えない
正面から。塀しか見えない
近くにいるのに・・・全然中が見えないよ!! なんだこの久々に切ない気持ちは。周りを見回す。
そんなときは振り向くと手がかりが・・・ってことなの?
そんなときは振り向くと手がかりが・・・ってことなの?
京急線のすぐ横のあの建物!! 三角地だけ見ていて気がつかなかった。早速、撮影の許可をお願いした。
「スカイメナー横浜」
「スカイメナー横浜」
事務所へ行くと、優しい管理人さんが即許可をくださり、最上階へ。
JR根岸線と
JR根岸線と
見えたー! ついに全貌を肉眼で確認。ザキヤマギシサイレント歓喜! 思っていたよりも荒れてはいない。投稿にあった「大雨の日は浸水している」という内容も、台風直後の様子を見るとうなづける。
細部1。水と杭
細部1。水と杭
細部2。湿地?
細部2。湿地?
三角地は人が立ち入った形跡がなさそうで、自然が豊かな印象。調査開始当初はここで生き物観察をし、おにぎりを食べる予定だった・・・残念。でも見られてよかったー。

この三角地、いつごろからあるのかを調べたがなかなか資料がなく、正確なことは分からなかった。横浜市中央図書館で『西区明細地図』を確認したところ、1964(昭和39)年には既にこの形の空き地だったことが確認できた。
明治時代の初代横浜駅(桜木町)周辺の様子。ここからは三角地らしき様子はうかがえない
明治時代の初代横浜駅(桜木町)周辺の様子。ここからは三角地らしき様子はうかがえない
その後、約3年おきにさかのぼっても建物が建てられていた様子はなかった。それ以前の地図が、まっことに残念ながら見つからず・・・「JRと京急の線路が敷かれた時にこの形になったんじゃない?」との山岸の意見を参考に調べてみると、

JR側の線路は新橋駅から現在の桜木町駅まで開通した1872(明治5)年から。京急側の線路は横浜駅―黄金町間が開通した1931(昭和6)年からだと分かったので、恐らく1931(昭和6)年からあの形になったのでは? と思っている。

ちなみに、JR東日本横浜支社に「三角地を購入するか」問合わせたところ「わかりません」とのこと。そうですか・・・しばらくは手つかずの自然が残る謎の三角地としてこの街に残っていきそうだ。

取材を終えて

会社としてはあまり触れて欲しくないであろう資産のことを、ご丁寧にお話しくださった田辺建設さんにとても感謝しています。ありがとうございました。

横浜の街は余すところなく人の手が加えられているが、その中に長いあいだ手つかずの場所があるのはすごいことだな、と思った。なんだ横浜が更に親しみやすくなったように感じる。こういう不思議な場所について、個人的にも興味を持ち、調べていきたい。


―終わり―


参考文献
『西区明細地図』 (有)経済地図社
『京浜急行百年史』 京浜急行株式会社
『JR横浜線・根岸線 街と駅の1世紀』 株式会社彩流社
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