その雑草は陽当たりの良い空き地や荒れ地にふつうに生えている。
おじさんが小学生相手にドヤ顔を披露するためだけに嵌められた僕としては「それだけかよ!?」と思わずにはおれなかった。だが後々調べてみると、例の雑草は「スイバ」という植物で、その酸味を活かして食用になることがわかった。おじさん!ちゃんとそういうとこまで教えてくれよ!
まあ、おじさんへの恨み辛みはこの辺にして、おもしろそうなので試食してみよう。
空き地や休耕田に多く見られる。
近所の空き地に出向くと、いきなり見つかる。スイバだ。ちょうどこの時期はピンク色の花をつけているので遠くからでもすぐに判別できる。
春先は花をつけているので見つけやすい。
この葉っぱだ。
また、矢じりのような形をした葉もスイバの特徴だ。まだ色が淡く柔らかい若葉を選んで摘み採る。
同じような場所にはよく似た草が生えていて間違えやすい。
スイバが生えている場所には、たいていよく似た「ギシギシ」という植物が生えている。
このギシギシも調理次第で食べられるが、スイバのような酸味はほとんど無い。摘みに行く場合は注意が必要だ。
上がギシギシ、下がスイバの葉。
葉のつけねの形で見分けられる。
しかし、このスイバという植物は相当タフらしい。陽当たりさえよければどこにでも生えるようだ。
石垣の隙間からも生えていた。エクストリーム生育。
これでおいしければ、いつでもいくらでも採れるじゃないか。夢は膨らむ。早速持ち帰り、試食してみよう。
とりあえず生でかじってみる。
空き地に生えていた草なので、念入りに洗ってから調理していく。
手始めに生のまま食べてみよう。あの酸味を再確認するために。
うーん、やっぱすっぱい!
すっぱい。やっぱりすっぱい。酸味に続いて青臭さが広がる。未熟な果物をかじったような…。そのままではあまりおいしいとは思えないが、個性的な味ではある。スイバとその改良品種はフレンチに欠かせない食材だと聞いたことがあるし、この酸味を活かすことができれば、きっとおいしい料理に化けるのだろう。
他の野菜とサラダにしてみたが、まだ口に合わない。
単体で食べたのが失敗だったのだ!と思いサラダに混ぜてみたが、それでも個人的には今一つといった印象だった。やはり酸味と「雑草感」が強すぎる。
ところで、スイバの酸味はシュウ酸という物質に由来するのだそうだ。シュウ酸は漢字で書くと「蓚酸」で、蓚とはスイバのことらしい。このシュウ酸は一度にたくさん摂りすぎると、何かと体に良くない。シュウ酸はホウレンソウにも含まれており、ホウレンソウを茹でてあく抜きする工程は、まさにこのシュウ酸を除いているのだとか。
というわけでおひたしに。
ならば!とホウレンソウのようにおひたしにしてみた。
こうすれば余分なシュウ酸が抜けて味もマイルドになること必至!
なんか余計強烈になった気が…。
…思惑は外れた。なぜかはわからないが、酸味がより際立ってしまったような…。正直言って口に合わない。まずい。
これはちょっと調理法を真剣に考えなければなるまい。
薬味的に使うべきでは?
そもそも、こんなにクセの強い食材を皿の主役として使ったのがまずかったのではなかろうか?
あくまで料理の引き立て役、薬味や調味料的な使い方をすべきだったのでは…。
そう思い立ちネットでスイバの利用法を検索すると、「昔は酢の代用品として生魚の調理に使われていた」という記述を発見。これはおそらく酢じめのことだろうと勝手に判断した。
酢じめは酢酸の殺菌作用で魚の傷みを遅らせると聞く。シュウ酸も酸の一種なのだから、大なり小なり似た効果があるかもしれない。その辺は素人には断言できないが。
だが生臭さを軽減したり、酸味で魚の味を引き立てるくらいの効果はあるかもしれない。やってみよう。
アジで試したかったのだが、手に入らなかったのでカンパチの若魚で。
みじんに刻んだスイバを刺身に和え、冷蔵庫で2時間ほど馴染ませる。もっとじっくり寝かせた方がいい気もするが、正直に言って現時点ではスイバの風味についてあまり良い印象が無い。これ以上放置するのは怖いのだ。
白っぽくなり、身が締まるなど味や香り以外の変化も。
心配していた青臭さはない。
身の色がやや白っぽくなり、若干だが固く締まったようだ。
おっ、意外に食べられる!
口に運ぶと酸味もほのかに感じられる。スイバ締めしていない刺身と食べ比べると、魚特有の生臭さも軽減された…気がしないでもない。そして心配していた青臭さはほとんど感じられない。これはなかなか悪くない。もっとスイバの量と漬け込む時間を大幅に増やしても良かったかもしれない。
梅肉の代わりに
この薬味・調味料路線は正解なのかもしれない。スイバじめで手ごたえを感じた。
何か酢以外に、スイバで代用できそうなすっぱい薬味はないだろうか?
…梅干し。すなわち梅肉はどうだろう?
スイバの若葉をとろけるまで煮込む。
スイバをじっくり煮込み、すり潰してペースト状にしていく。煮ているとシソのような香りが立ち込め、可能性を感じさせる。
おひたしにしたときにも感じたが、このスイバという植物はほんの少し茹でただけで緑色がくすんで茶色っぽくなってしまう。ビジュアル面に関しては使いにくい部類の野草だ。
このあまりおいしそうには見えないペーストを、細かく裂いた鶏の胸肉に和えてやる。
鶏胸肉のスイバ和え
…見た目が恐ろしく悪い。その点ですでに梅肉和えとは大きく異なっているが大丈夫だろうか。不安だ。
あ、これはアリだぞ。
…これが食べてみると悪くない。いや、けっこうおいしい。
「そういう料理だ。」と言われれば「そうか。そういう料理か。」と納得して一皿ペロリといけてしまうだろう。ネットやレシピ本に頼ることなく、自力で一つの正解を見つけることができた。これはうれしい。
ジャムにするとおいしい!?
さらにネットを駆使してスイバのレシピ(意外と豊富)を漁っていると、意外なものが目に飛び込んできた。「ジャム」である。しかも、スイバのジャムを紹介しているページはいくつもある。どうやらスイバ愛好家の界隈ではかなりメジャーな食べ方らしい。
すっぱくて食べにくいなら、砂糖を加えて甘ずっぱくしてしまえという算段なのだろうか。ぜひ試してみよう。
スイバの若葉を砂糖と少量の水とともに鍋へ投入し、
煮ていく。スイバはあらかじめ刻んでおいた方が良かったように思う。
たっぷりの砂糖でスイバの若葉を煮詰めていく。
火にかけてすぐは例のシソっぽい青臭さが鼻を着いたが、スイバの形が崩れるまで煮込んでいるうちにだんだんと気にならなくなってきた。どういうわけだろう。臭いが消えたのか、単に鼻が慣れ切っただけか。これは案外いけるかもしれないぞ。
うわぁい!まずそう!
…だめだ。すごくまずそうなブツが出来上がってしまった。僕の幼少時代の友人に、雑草と水を空き瓶へぶち込んで棒ですり潰し、「毒~!毒作った~!」と喜んでいるクソガキがいたが、今目の前にあるジャム(ということになっているもの)はまさにその「毒」と同じ色形を呈している。20年以上の時を越え、僕も図らずして「毒」を作ってしまったのだ。
どうしよう。食べたくない。
海苔…?
だが、試食のためクラッカーに乗せてみるとなんだか海苔の佃煮に見えてきた。おっ、海苔だと思えば案外抵抗なく食べられそうな気もしてくるな…。
スウィートでハイカラなジャムとして生まれ変わったスイバさんには失礼な話だが。
ええい!一思いに、ええい!
勢いよくスイバジャムをたっぷり乗せたクラッカーを頬張る。齧る。噛みしめる。味わう。
…!
スイバはルバーブの仲間
酸っぱくて草ジャムにもなる草と言えば他にはイタドリや、最近ではルバーブが有名だ。
ルバーブとイタドリもスイバと同じタデ科の植物で、その酸味はシュウ酸に由来するのだとか。今回のスイバジャムもルバーブで作ったそれに似た味わいだった。いつかスイバのジャムも小洒落たカフェやベーカリーで当たり前に供される日が来るかもしれないし来ないかもしれない。たぶん来ない。
冬場なら赤いジャムになるらしい
スイバのジャムは見た目こそ悪いがおいしかった。しかし、この見た目の悪さも時季によってはそこまで問題にならないらしい。スイバの葉は冬になると赤く色づくので、そのタイミングで収穫したものなら、割と食欲をそそる綺麗なジャムにできるそうだ。実際試していないのでどれほどのものかはわからないが、少なくとも海苔の佃煮と見間違うようなことにはならないだろう。
陽当たりが良くて土があれば、本当にどこにでも生えていた。いつでも手に入るので、次は冬に摘んでみよう。